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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
籠の中の鳥ー
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籠の中の鳥はー

村の入口に、土埃を巻き上げながら一台の荷車が入ってきた。


木製の車輪が軋む音とともに、軽く荷を揺らしながら男が手綱を引いている。荷台には布で覆われた品々や、小さな鳥かごがいくつも積まれていた。


鳥かごの中で、小さな影がひとつだけ、かすかに動いた。


しかし、その動きはあまりに弱く、風が吹けば消えてしまいそうなほどだった。


村人たちは足を止めることなく、通り過ぎる者もいれば、興味なさげに一瞥するだけの者もいる。


男は荷車を止め、ゆっくりと荷を見せ始めた。


「ほら見ろよ、いい品揃えてるぜ。食料に雑貨、ちょっとした飾り物もある。安くしとくぞ」


軽い口調で声を張る。


だが、鳥かごの前に来たときだけ、男の視線がわずかに曇った。


かごの中の小鳥は、羽をうまく広げることもできず、床にうずくまっている。


呼吸も浅い。


「……こいつはダメだな」


男は小さく舌打ちするように呟いた。


「弱りすぎてる。売り物にならねぇ。引き取ってくれるならタダでもいいくらいだ」


その言葉に、誰も反応しなかった。


村人たちは視線を逸らし、足早に離れていく。


そんな中で、小さな足音がひとつだけ近づいてきた。


黒い服を着た少女が、鳥かごの前で立ち止まる。


少女はそっとしゃがみ込み、かごの中を覗き込んだ。


「……まだ、生きてる」


小さく、しかしはっきりとした声だった。


男が少女を見る。


「おいおい、やめとけ。どう見ても長くは持たねぇぞ」


それでも少女は、小鳥から目を離さない。


かすかに、羽が震えている。


「この子……助けたい」


少女は静かにそう言った。


男は肩をすくめる。


「助けるって言ったってな。金は出せるのか?」


少女は少しだけ迷ったあと、自分のポケットに手を入れる。


取り出した小さな袋の中には、わずかな硬貨が入っていた。


それを両手で差し出す。


「これで、足りますか」


男は一瞬だけ目を細め、硬貨を受け取ると軽く数える。


「……まぁいい。持ってけ」


かごの鍵を外し、少女の前に差し出した。


少女は壊れないようにそっと鳥かごを受け取る。


中の小鳥は、かすかに目を開いた。


少女はその小さな命を、両手で守るように抱え込む。


遠くで風が吹いた。


その風の中に、ほんのわずかに、熱のようなものが混じっていた。


黒髪の少女は、鳥かごを胸に抱いたまま、ゆっくりと村の中を歩き出した。


人の流れの中をすり抜けるようにして、少女は小さな坂道へと向かう。


村の外れに、白い壁の建物が見えてくる。


小さな教会。


そのすぐ隣には、同じ敷地に建てられた古びた建物があり、そこには孤児たちが暮らしていた。


少女もまた、その場所で暮らしている一人だった。


風が吹くたびに、鳥かごが小さく揺れる。


少女はそれを両手でそっと支え直しながら、歩みを止めない。


教会の前に着くと、扉はわずかに開いていた。


少女は静かに中へと入る。


中は薄暗く、しかし清らかな空気に満ちている。


前方には、簡素な祭壇と十字が見えた。


少女はその前を通り過ぎ、奥へと向かう。


孤児院の建物へと続く扉を開けると、そこには小さな生活の気配があった。


笑い声、足音、そしてかすかな温もり。


少女は鳥かごを胸に抱いたまま、少しだけ足を止める。


そして、静かに息を吐いた。


「……大丈夫」


誰に言うでもなく、小さく呟く。


腕の中の小さな命に向けて、かすかな声が落ちた。


その言葉に応えるように、小鳥はほんのわずかに身を動かす。


少女は目を細め、さらに優しく鳥かごを抱きしめる。


そして、そのまま廊下を進んでいった。


孤児院の奥へと続く部屋には、いくつものベッドが整然と並んでいた。


広いとは言えない空間の中に、質素な寝具が静かに並んでいる。


そこにいるのは、ここで暮らす子どもたちのすべてだった。


少女はその中を、音を立てないようにゆっくりと進む。


一番奥。


窓際に置かれたベッドの前で足を止めた。


窓からはやわらかな光が差し込み、ベッドの一角を淡く照らしている。


そこには小さな花瓶が置かれていた。


少女はそれをそっと手に取り、少しだけ場所をずらす。


窓の光が、花瓶の代わりに空いた空間へと降り注ぐ。


その場所に、少女はゆっくりと鳥かごを置いた。


金属の床に触れる音は、小さく静かだった。


かごの中の小鳥は、かすかに身じろぎをする。


少女は膝をつき、その小さな命と目線を合わせる。


「……ここで、少し休んでてね」


声は柔らかく、どこまでも穏やかだった。


窓の外では、風が木々を揺らしている。


その風に乗るように、光が揺れ、鳥かごの中に落ちる影もまた、ゆっくりと揺れていた。


少女はしばらくその様子を見つめていたが、やがて静かに立ち上がる。


そして、ベッドの端に手を添えたまま、小さく息をついた。


部屋の中には、かすかな命の気配がひとつ増えていた。


窓際のベッドの上。


少女が置いた鳥かごの中で、小さな命がかすかに身じろぎしていた。


その羽は、光を受けてわずかに色を返す。


淡い、オレンジ色。


夕焼けをそのまま閉じ込めたような、柔らかく優しい色だった。


少女はその色を見て、少しだけ目を細める。


「……きれい」


ぽつりと落ちた声は、誰に向けたものでもない。


だが、その声に呼応するように、小鳥がわずかに羽を震わせた。


少女は鳥かごに手を伸ばし、そっと外側に触れる。


冷えた金属に指先が触れると、ほんのりとした温度が伝わってくる。


「まずは暖かくしなきゃだよね」


小さくそう言うと、少女は自分の黒い服に手をかけた。


ためらいはない。


上着を脱ぎ、それをそっと鳥かごへと掛ける。


黒い布がかごを覆い、外の冷たい空気を遮った。


光が布越しにやわらかくにじむ。


少女はそれを見て、少しだけ首を傾げる。


これで少しはあたたかいかなー?


白いインナー姿になった少女は、それでも気にする様子もなく、鳥かごを覗き込む。


中の小鳥は、淡いオレンジの羽をわずかに丸め、じっとしている。


弱い。


それでも、生きている。


少女はその小さな命を、まっすぐに見つめた。


「……大丈夫」


誰に聞かせるでもなく、静かに呟く。


その言葉に答えるように、小鳥はかすかに目を開いた。


その瞳の奥には、消えかけるような光と、ほんのわずかな熱が宿っている。


少女は気づかないまま、ただその様子を見守り続けていた。


窓の外では風が吹き、冬の冷たい空気が揺れている。


布越しに小鳥の気配を感じながら、少女はそのまま立ち尽くす。


窓から差し込む光は柔らかいのに、空気は冷たいままだった。


「……っ」


小さく息を呑む。


指先がわずかに震える。


寒さが、ゆっくりと身体に染み込んでくる。


少女は自分の腕を抱くようにして、軽く身を縮めた。


それでも視線は、鳥かごから離さない。


淡いオレンジ色の小鳥は、布の中でわずかに身を動かしている。


その姿を見て、少女は小さく笑った。


「……よかった」


震えは止まらない。


それでも少女は、その場を離れようとはしなかった。


少女は白い息をこぼしながら、鳥かごを見つめていた。


「そんな格好で何してんの?」


背後からかけられた声に、少女は一瞬、ビクッと肩を震わせ、動きを止める。


ゆっくりと、肩越しに振り返る。


そこに立っていたのは、小柄な少女だった。


いや、見上げるほどに小さい。


金色の髪に、そばかすの浮かぶ顔。


その瞳が、まっすぐにこちらを見上げている。


少女は、少しだけ困ったように笑った。


「えへへ……えっとぉ」


言葉を濁しながら、視線を逸らす。


その金髪の少女は、ふと視線をずらし、黒髪の少女の肩越しに窓の方を見た。


「あ! 鳥じゃん!」


その声に、黒髪の少女はしまった、という顔をする。


だがもう遅い。


金髪の少女は、ドタドタと足音を立てて窓際へと駆け寄った。


そして、鳥かごの前に顔を近づける。


中を覗き込むその目は、まじまじと、小さな命を観察していた。


淡いオレンジ色の小鳥。


その存在に、彼女はすぐに興味を示す。


「……わぁ」


小さく、感嘆の声が漏れた。



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