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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
森の奥に潜むものー
271/324

そして花になるー

狼は思う。


自分はもう存在してはいけない。

死ぬことも出来ぬまま来てしまったが、残った僅かな魔力を使い切れば、そのまま消滅できるだろう。


そうしよう。消えよう。それがいい。


ーただ、少年に別れを告げたい。それが最後のわがままだ。もう何百年も生きた。今更生きたいとは思わない。


けれど、誰にも知られず消えるのは嫌だ。少年に、お別れを言いたい。


次に少年が来たら...最後の魔力を使い、サヨナラを伝えよう。そして、消えよう。永遠に。


狼は、静かに目を閉じた。


残されたわずかな力を、自らの中に集める。


もう何も望まない。


これで終わる。


狼は、静かに目を閉じた。


残されたわずかな力を、自らの中に集める。


それは、長く生きてきた存在にとって最後に残された意思だった。


もう何も望まない。


これで終わる。


そう思った、


その時――


遠くから、足音が聞こえた。


少年の足音。


それは、はっきりと分かるほどに、近づいてくる。


狼の中で、止まりかけていた時間がわずかに揺れる。


――来た。


最後に会いたかった存在が、そこにいる。


狼はゆっくりと目を開ける。


片目に映る少年の姿。


何も知らずに、まっすぐこちらへ向かってくるその姿。


その瞬間、すべてが変わる。


さっきまで決めていたはずの終わりが、わずかに揺らぐ。


消えることが正しいのか。


それとも――


このままここに残ることが、誰かを守ることになるのか。


狼は、少年を見つめたまま、動かない。


選びかけていた終わりの手前で、立ち止まる。


そして、ただ一つ確かなことだけが残る。


――この少年の前で、何かを決めなければならない。


それが、最後に残された選択だった。


少年よ、来い。


もっと近くに、もっと側に。


私の力は残り少ない。声は張れない。近くで、もっと近くへ。


私の最後の言葉を、どうか聞いてくれ。


少年が近付く。そして狼の耳に触れる。


あぁ、そうだ。その距離だ。この距離ならば。


狼は最後の魔力を使い、喉も無くした口で、言葉を放つ。


サヨナラだ。サヨナラを伝えよう。


彼にきちんとお別れを言おう。それで消える。私は消える。消えてなくなるーそれがいい。


僅かに狼が口を動かした事に少年が驚き、口に顔を近づけた。


そして、狼が声を発した。


「ーワタシ...ハ...ー」


少年が驚く、だが笑顔になり狼の口に耳を近づけた。狼は思う。


あぁ少年よ。


私の声を聞こうとしてくれるのか、ありがたい。ありがとう。嬉しい。嬉しくて悲しい。別れたく、ない。


そしてー


「ワタシハ...ハナニナリ、タイ...」


伝えられる。


頭で考えていた言葉ではない、心に秘めた願いが、思わず口走った。


狼が自らの言葉にハッとする。


少年の表情が、わずかに変わる。


驚きと、そして――やさしさ。


それを見て、狼は思う。


ああ。


この距離でよかった。


この距離で、出会えてよかった。


声は、かすれている。


言葉は、完全ではない。


それでも、少年はちゃんと受け取ろうとしてくれる。


――ありがとう。


それが、最後に伝えたい想いだった。


長い時間の果てに。


孤独の果てに。


たった一人、出会えた存在へ。


狼は、静かにその片目を閉じる。


そして、最後にただ一度だけ、強く願う。


この時間が、少年の中で、やさしいままで残るように。


それだけを願って。


少年の声が、静かな空気を揺らした。


「おまえ、花になりたかったのか」


狼は、わずかに片目を開く。


少年は立ち上がり、満面の笑みを見せた。


その表情に、迷いはない。


「生きてるのはわかってたけど、話せるとは思ってなかったからさ」


そう言って、右手を差し出す。


「俺がおまえを花にしてやるよ」


狼は、その言葉を理解できず、ただ見つめる。


だが、その意味を測ろうとした時――


少年はさらに続けた。


「お前に名前を付けてやる」


その一言で、狼の中の何かが止まる。


名前。


それは、ただの呼び名ではない。


存在を、確かにするもの。


少年は少しだけ考え込む。


「おまえ、強そうだから、強そうな名前がいいなぁ」


狼は、わずかに目を細める。


強そうな、花。


そんなものがあるのかと、思考が揺れる。


「そうだなぁ……棘のあるのがかっこいいから、薔薇?いや、なんか違うか」


その言葉を聞きながら、狼は静かに考える。


この少年は、何を言っているのか。


なぜ、こんなにも楽しそうなのか。


なぜ、こんなにも――優しいのか。


そして。


少年は、手を打つ。


「そうだ!」


その声は、少し弾んでいた。


そして、まっすぐに狼を見て言う。


「イバラキ!お前の名前はイバラキだ!」


その瞬間。


狼の片目が、わずかに見開かれる。


イバラキ。


それは、今までの自分にはなかったもの。


ただの「狼」ではない。


ただの「存在」でもない。


名前を持った、ひとつの個。


少年の手は、まだ差し出されたまま。


狼は、その手を見つめる。


消えようとしていた思いが、わずかに形を変える。


――これは、別れではないのか。


――それとも、始まりなのか。


答えは、まだ分からない。


だがひとつだけ確かなことがあった。


この少年は、狼を終わらせようとしているのではない。


むしろ――


ここから先へ、引き上げようとしている。


狼は、静かにその名前を受け止めるように。


片目を、ゆっくりと少年に向け続けた。


瞬間、狼の内側に、強い熱が生まれた。


それは、終わりではない。


断絶でもない。


むしろ――


始まりだった。


少年が与えた名前。


「イバラキ」


その音が、確かに意味を持ち始める。


それはただの呼び名ではなく、

この存在を「ここに在る」と結び直すもの。


狼の中で、何かがほどけていく。


長い年月、閉じていたもの。


諦めとして固まっていたもの。


それらが、熱に溶けるように揺れ、流れ出す。


そして――


形が変わる。


揺らぎ、歪み、再構成されていく。


自分という存在が、組み替えられていく感覚。


それは怖くはなかった。


むしろ――


初めて「正しい場所に戻っていく」ような感覚。


あたたかい。


これまで感じたことのない、深く、やわらかな熱。


それが全身を満たしていく。


片目で見ていた世界が、少しずつ広がる。


ただ見ているだけだった存在が、


何かを“受け取る側”へと変わっていく。


熱が光になり、


形が輪郭を持ち、


存在が“再び定義されていく”。


その中で、イバラキは理解する。


これは失われることではない。


終わることでもない。


――生まれ変わった。


少年の言葉によって。


名を与えられたことで。


この存在は、別の形へと進んでいる。


やがて、光が静かに収束する。


その中心に、新しい「形」が現れる。


かつての狼ではない。


けれど、確かにその延長にある存在。


イバラキは、その変化を受け入れる。


そして、初めて――


少年と同じ高さで、世界を見ることになる。


静かに、光が引いていく。


それは消失ではない。


ただ、形を変えただけのもの。


そこに残ったのは――


少女の姿をしている。


だがそれは、人の形を借りているだけの存在。


黒髪が肩まで落ちている。


整った顔立ち。


長い手足。


均整の取れた身体。


どこまでも「イバラキ」のままの姿。


ただ――


その存在の質が違う。


人間のようでいて、人間ではない。


何かが根本から異なる。


少女は、自分の手を見下ろす。


指を動かす。


その動きは滑らかで、違和感はない。


だが同時に――


どこか“作られたもの”のような静けさがある。


呼吸をする。


息が通る。


だがそれは、生物としての当然ではなく、


「そう在るように整えられている」かのようだった。


イバラキは、ゆっくりと顔を上げる。


少年を見る。


その視線は、先ほどと同じ。


けれど――


確かに変わっている。


ただ見ていた時とは違う。


今は、見ている。


そして――


見られていることを、理解している。


世界との距離が、ひとつ近づいた。


イバラキは、まだ何も言わない。


言葉は、うまく形にならない。


だがそれでも――


その存在は、確かに「ここに在る」。


人でも、姫神でもない。


ただ、名前を与えられたことで輪郭を持った、


ひとつの存在として。


静かに、光が引いていく。


それは消失ではない。


ただ、形を変えただけのもの。


そこに残ったのは――


ひとつの「輪郭」。


少女の姿をしている。


だが、それは人間ではない。


人の形を借りているだけの存在。


黒髪が肩まで落ちている。


整った顔立ち。


長い手足。


均整の取れた身体。


どこまでも「イバラキ」のままの姿。


ただ――


その存在の質が違う。


人間のようでいて、人間ではない。


何かが根本から異なる。


少女は、自分の手を見下ろす。


指を動かす。


その動きは滑らかで、違和感はない。


だが同時に――


どこか“作られたもの”のような静けさがある。


呼吸をする。


息が通る。


だがそれは、生物としての当然ではなく、


「そう在るように整えられている」かのようだった。


イバラキは、ゆっくりと顔を上げる。


少年を見る。


その視線は、先ほどと同じ。


けれど――


確かに変わっている。


ただ見ていた時とは違う。


今は、見ている。


そして――


見られていることを、理解している。


世界との距離が、ひとつ近づいた。


イバラキは、まだ何も言わない。


言葉は、うまく形にならない。


だがそれでも――


その存在は、確かに「ここに在る」。


人でも、姫神でもない。


ただ、名前を与えられたことで輪郭を持った、


ひとつの存在として。


「おぉ、おぉぉぉぉ、いいじゃん!お前メスだったんだな!」


「メス……我に性別などないが、お前が男だから合わせたのだろう。きっと」


「めっちゃ流暢に話すじゃん!」


「本来はこれくらい話せる」


「へー!やっぱ話せるって、いいな!」


少女は、わずかに首を傾ける。


「……そうか。お前は、我と話すことを“いい”と感じるのか」


「当たり前だろ。ずっと一方的に喋ってたしな!」


軽く笑う。


「返事あるだけで全然違うわ。なんかちゃんと“いる”って感じするし」


少女の瞳が、わずかに揺れる。


「……我は、今までもそこに在った」


「うん、でも違うんだよな」


あっさりと返される。


「前は“あった”って感じ。でも今は“いる”って感じ」


少し考えながら、言葉を探す。


「なんて言うんだろ……ちゃんと相手してくれるっていうかさ」


その言葉を、静かに受け止める。


“あった”と“いる”。


その差を、ゆっくりと咀嚼する。


「……なるほど」


小さく頷く。


「ならば、我は今、“いる”のだな」


「そうそう、それそれ!」


嬉しそうに笑う。


その様子を見つめながら、少女は思う。


この少年は、変わらない。


姿が変わっても、関係なく。


同じように接してくる。


そのことが、少しだけ不思議で――心地よい。


「……ベル」


初めて、その名を呼ぶ。


「名を与えた責任、どう取るつもりだ」


ほんのわずかに、視線がやわらぐ。


「我は“イバラキ”として在ることになった」


「ならば、お前はそれに関わり続ける義務があるのではないか?」


苦笑して、頭をかく。


「まあ……いいけどさ」


少しだけ間を置いて、


その一言が、静かに落ちる。


少女は、何も言わずにそれを受け取る。


――また来る。


その響きだけで、十分だった。


「……そうか」


短く、応える。


だがその声は、わずかに柔らかくなっていた。


「じゃーお前も、俺の姫神にならないか?」


「姫神?」


首をわずかに傾ける。


言葉の意味を測るように、静かに見つめる。


少年は、いつもの調子で説明を始める。


「まあ簡単に言うとさ、契約みたいなもんだな。力を貸してもらう代わりに、こっちもちゃんと面倒見るっていうか」


「無理やり縛るとかじゃねーよ。嫌なら断っていいやつ」


「あと……まあ、俺のとこに来るって感じ?」


ざっくりとした説明。


だが、要点は伝わる。


力の共有。


関係の固定。


そして――繋がり。


イバラキは、少しだけ考える。


拒む理由はあるか。


ない。


むしろ。


それは自然な流れのように思えた。


名を与えられ。


存在を定められ。


そして今、関係を結ぶ。


すべてが繋がっている。


「……良いだろう」


迷いはなかった。


「そうしよう」


その言葉は、静かでありながら確かなもの。


少年の顔が、一気に明るくなる。


「よし!そうと決まれば!」


勢いよく一歩踏み出す。


その動きに、イバラキはわずかに目を細める。


何が始まるのか。


それを見極めるように、じっと見つめた。



「我がおまえの花になろう」


その言葉が落ちた瞬間――


空気が、変わる。


静かだった森が、一拍遅れて震えた。


足元の草がざわめき、風が逆巻く。


イバラキの身体の奥から、抑え込まれていた何かが一気に溢れ出す。


森全体が息を呑むように静まり、次の瞬間、眩い輝きが溢れ出す。


黒だった髪は一瞬で色を変え、


金、銀、緑、青――幾重にも重なる光彩が、風に舞うように揺れる。


しなやかな茨の蔓が身体に巻き付き、肌の上をなぞるように絡みつく。


鋭い棘を持ちながらも、それはどこまでも美しく、


装飾であり、力であり、存在の証そのものだった。


全身から淡く光が滲み出る。


豪奢で、煌びやかで、圧倒的な存在感。


森が応えるようにざわめく。


まるで、新たな主を迎え入れるかのように。


イバラキはゆっくりと目を開く。


その瞳には、確かな意思と――少しの戸惑い。


「我は……」


言いかけて、止まる。


ほんの一瞬、考えるように視線が揺れる。


「……いや、やめよう」


小さく吐き捨てるように言う。


そして、胸を張る。


「生まれ変わった……そう、あたしは!」


一歩踏み出す。


蔓がわずかに揺れ、光が弾ける。


「ベル……いいや!」


一瞬だけ間を置いて、


視線をまっすぐ向ける。


「主が自慢できるくらいの花になる!」


「咲き誇ってみせる!」


その宣言は、まっすぐで、どこか誇らしげだった。


ベルは一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑う。


「いいじゃんいいじゃん!そのノリいいじゃん!」


その軽さに、イバラキの眉がぴくりと動く。


「ベ、別に主のためじゃないし!」


即座にそっぽを向く。


だが、耳のあたりがほんの少しだけ赤い。


狼、いや、イバラキはツンデレだった。


「ただ……あたしがそうしたいだけだから!」


言い切る。


だが、その声にはわずかな照れが混じっていた。


ベルはそんな様子を見て、さらに笑う。


「はいはい」


「素直じゃねーなぁ」


「うるさい!」


即座に返す。


だが――


そのやり取りは、どこか軽やかで。


さっきまでの重さが嘘のように、やわらかい空気に変わっていた。


「いいからほら、指輪になれよ」


そう言って、ベルは軽く手を差し出す。


イバラキはむっとした顔のまま、その手を見る。


「……なによ..その雑な言い方、ムカつくんだけど」


不満を滲ませる声。


だが、その視線はどこか落ち着いている。


「俺がここから連れ出してやるよ」


その一言で、空気が少しだけ変わる。


イバラキの目が、わずかに細くなる。


「……」


短い沈黙。


そして――


「……まぁ、いいけど」


小さく、そっけなく答える。


だがその声には、拒絶はない。


次の瞬間。


光が、ふっと収束する。


茨がほどけるように消え、


全身を覆っていた輝きが、一点へと集まっていく。


指先へ。


輪郭が縮み、圧縮され、凝縮される。


やがて――


ひとつの形へ。


細く、しかし確かな存在感を持つ輪。


光を内に宿した指輪。


静かに、ベルの差し出した手の中へと収まる。


温かい。


ほんのわずかに、呼吸するような気配がある。


そこに、確かに「イバラキ」がいる。


ベルはそれを見て、軽く笑う。


「じゃ、まずは家に帰ろう」


そのまま指輪を持ち上げる。


外の世界へ。


森の奥から、一歩。


新しい関係を携えて。



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