究極VS英雄ー
タブラスカの全身に刻まれた紋様が、一斉に輝きを放つ。
光は繋がり、巡り、全身を覆い尽くす。
白い肌が変質する。
黒く、鈍く光る――硬質な金属へ。
同時に、筋肉が膨れ上がる。
内側から力が溢れ出す。
抑えきれない圧。
足元の地面が、軋み、沈み込む。
その存在だけで、空間が押し潰される。
それを見たベルは――
ふっと力を抜いた。
構えを解き、ただ立つ。
「本気の本気って感じだな」
タブラスカが拳を握りしめる。
そこに、すべてが集まっていく。
「絶対防御《英雄は傷付かない》」
低く、重く。
「絶対出力《英雄には誰も敵わない》」
さらに、力が膨れ上がる。
「そして――絶対破壊《英雄の一撃》」
握られた拳が、軋む。
「すべてを、この一撃にかけよう」
ベルは小さく息を吐く。
「いいぜ」
ゆっくりと、腰を落とす。
「だったら俺も、究極の一撃を」
次の瞬間。
ベルの中から、力が引いていく。
炎も、冷気も、すべて消える。
残るのは――静寂。
「カタナ、聞いたろ?」
右手を、静かに突き出す。
指輪が、かすかに震える。
「お前の最高を見せてくれ」
応えるように――
ベルの右手が、わずかに変わる。
鋼の気配。
空気が、そこだけ張り詰める。
その手を、左の腰へ引く。
居合。
ただ、それだけの構え。
ベルは目を閉じる。
呼吸が、消える。
音が、消える。
世界から切り離されたような静けさ。
タブラスカが、口元を歪める。
「ほぅ……それがお前の――究極か」
ベルは目を閉じたまま、応える。
「これが俺の――究極のひとつだ」
次の瞬間。
タブラスカが踏み出す。
地面が砕ける。
振り上げた拳に、すべてを乗せて。
一直線に迫る。
ベルは、動かない。
ただ、待つ。
迎撃の構えのまま。
「おもしろい!」
タブラスカが吠える。
「貴様の究極――我が英雄の一撃の前に果てるがいい!」
振り下ろされる。
英雄の一撃。
空間ごと叩き潰す、絶対の破壊。
その瞬間――
ベルが目を開く。
そして。
右手が、解き放たれる。
一閃。
音すら置き去りにする斬撃。
すべてが、遅れる。
時間が止まったかのような、一瞬。
タブラスカは、拳を振り下ろした姿勢のまま――止まる。
ベルもまた、振り抜いた姿勢で静止する。
風だけが、遅れて吹き抜ける。
やがて。
タブラスカの体が、わずかによろめく。
そのまま、ベルの隣を通り過ぎる。
一歩。
二歩。
そして――
崩れるように、地面へ倒れ込んだ。
直後。
遅れていた“結果”が現れる。
地面が――割れる。
岩盤ごと、真っ二つに裂ける。
轟音。
岸壁が、大規模に切り崩されていく。
斬撃は、そこにあったすべてを断ち切っていた。
崩れ落ちる岸壁。
足場が砕け、岩が連鎖的に崩れていく。
ベルは跳んだ――
いや、跳ぼうとした。
「……やべェ、力使いすぎた!」
踏み込んだ足から、力が抜ける。
膝が揺れる。
崩れる岩盤の上で、かろうじて体勢を保つ。
一瞬のよろめき。
それでも、歯を食いしばる。
再度、足に力を込める。
無理やり踏み直す。
視線を向ける先。
タブラスカが、崩れゆく岩盤と共に海へ落ちようとしている。
「……しゃーねぇ……」
ベルは左手を突き出す。
「イバラキ、上手くやってくれよ!」
指輪が震える。
応じるように――
ベルの左手から、茨の蔦が放たれる。
空気を裂き、一直線に伸びる。
崩れ落ちるタブラスカへ。
絡みつく。
足に、確かに。
「っ、捕まえた……!」
だが、その瞬間。
ずしりと、重みが乗る。
ベルの身体が引きずられそうになる。
「くっ……重てぇ」
踏ん張る。
だが足場は崩れ続けている。
すぐに右手を向ける。
まだ崩れていない岩盤へ。
「もういっちょ!」
蔦が放たれる。
岩に突き刺さる。
食い込み、固定される。
引き合う二つの力。
落下が、止まる。
ぎりぎりで、均衡が成立する。
「よっし……行くぞ!」
ベルが左手の蔦に力を込める。
引き上げようとした、その瞬間――
ふいに。
重さが、消えた。
「!?」
違和感。
引いていたはずの重みが、すっと抜ける。
ベルは反射的に視線を向ける。
タブラスカの方へ。
そこには――
絡みついていたはずの蔦が、力なく揺れているだけだった。
その先。
落下していたはずの身体が――
止まっている。
いや。
落ちていない。
宙に、立っていた。
タブラスカが、静かに顔を上げる。
その瞳は、先ほどまでと同じではない。
冷たい光。
だが、その奥に――
わずかに、何かが揺れている。
絡みついた茨が、音もなくほどけていく。
自ら解いたように。
ベルの手から、力が抜ける。
「……おいおい」
息を吐く。
苦笑に近い声。
「まだやる気かよ」
崩れ続ける岸壁の中。
二人の戦いは、まだ終わっていなかった。
崩れかけた空間の中で――
タブラスカが、ゆっくりと右手を振り上げる。
右手の甲。
刻まれた紋様が、強く、強く輝く。
次の瞬間。
炎が、集まる。
掌へ、腕へ、そして一点へ。
圧縮されていく熱。
空気が焼け、歪み、音すら揺らぐ。
やがて――
それは、形を成す。
巨大な火球。
ただの炎ではない。
存在そのものが災厄のような、圧倒的な熱量。
周囲の空気を焼き尽くし、触れずとも破壊する。
ベルが目を細める。
「そいつぁ、ヤベェな」
だが――退かない。
両の手のひらを、まっすぐ突き出す。
「もう一つの究極、見せてやるよ――」
息を吸い込み、叫ぶ。
「アカリィィィィィィィィィィィィィッ!!」
応じるように、指輪が震える。
ベルの全身が――光を放つ。
淡い光ではない。
焼き尽くすほどの、純粋な輝き。
体中から溢れ出した光が、両の手のひらへと集約していく。
圧縮。
凝縮。
限界まで押し込まれた光。
タブラスカが吠える。
「来い!魔王殺し!」
火球がさらに膨れ上がる。
ベルの掌の光もまた、臨界に達する。
そして――
「見えるものすべて、ふきとばせぇっ!!!!」
解放。
両手から、莫大な光が放たれる。
奔流。
直線的な破壊ではない。
すべてを巻き込み、押し潰し、吹き飛ばす光の洪水。
熱。
衝撃波。
視界を覆い尽くす白。
タブラスカの火球と、正面から激突する。
瞬間――
世界が、弾けた。
光と炎がぶつかり合い、空間が悲鳴を上げる。
衝撃が波となって広がる。
岸壁が崩れ、
海面が抉れ、
空気が裂ける。
互いの“究極”が、真正面からぶつかり合う。
押し合う。
削り合う。
どちらも、譲らない。
だが――
その均衡も、長くは続かない。
限界を超えた力同士が、
今、崩壊しようとしていた。
タブラスカの身体が、わずかに揺れる。
ほんの、指先ほどの綻び。
だが――
その瞬間。
均衡が、崩壊した。
光が、喰い破る。
火球は、抵抗する間もなく押し潰され――
消滅する。
次の瞬間。
奔流が、解き放たれた。
圧倒的な光。
視界が白に焼き潰される。
音が遅れる。
いや――音そのものが、置き去りにされる。
すべてを飲み込む、純粋な破壊。
タブラスカの身体が、その中心で弾き飛ばされる。
防御も、力も、意味をなさない。
ただ流される。
光に削られ、押し潰されながら――
一直線に、叩き落とされる。
海へ。
着弾。
次の瞬間。
世界が、爆ぜた。
海面が、消し飛ぶ。
水が蒸発し、空へ吹き上がる。
巨大な空洞が生まれる。
海が、裂ける。
押し退けられた水が、壁のように立ち上がる。
露出する海底。
岩盤が、砕ける。
いや――砕けるという次元ではない。
削り取られる。
抉り抜かれる。
まるで巨大な刃で“えぐり取られた”ように、地形そのものが消し飛ぶ。
衝撃が遅れて広がる。
爆風が岸を薙ぎ払う。
残っていた岩盤が、まとめて吹き飛ぶ。
地面がめくれ上がり、空へ舞い上がる。
空気が震える。
海が吠える。
やがて――
限界を迎えた水が、崩れ落ちる。
巨大な水の壁が、中央へと雪崩れ込む。
轟音。
すべてを飲み込みながら、海が閉じる。
衝突。
さらに衝撃。
波が何重にも広がり、遠くまで叩きつけられる。
その余波が、岸を打ち、空気を揺らす。
そして――
静寂。
残ったのは、変わり果てた光景。
そこにあったはずの岸壁は、跡形もない。
海岸線は後退し、地形は抉られ、削り取られ――
巨大なクレーターのように、世界が歪んでいる。
たった一撃で。
この場そのものが、別の場所に変わっていた。
崩れきり、今や崖と化した岩盤。
その縁に――
ベルは張り付くように留まっていた。
左手。
そして左足の先から伸びたカタナの刃が、岩肌に深く突き刺さっている。
それだけで、体勢を維持している。
風が吹き抜ける。
眼下には、何事もなかったかのように広がる海。
さきほどまでの破壊の痕跡は、もう見えない。
ただ、静かに波が揺れているだけ。
ベルは、その海を見下ろしたまま――
ぽつりと呟く。
「……ばかやろが……」
力の抜けた声。
だが、その顔は。
悔しさに、歪んでいた。
奥歯を噛み締める。
指先に力が入る。
「……あぁ……これかぁ」
息が、震える。
「しちまいそうだ……後悔ってやつを」




