私に彼を頂戴ー
壁にもたれたハーミットが腕を組み、ベルたちを見下ろすようにして口を開く。
「これは好奇心からなのだけれど、二つ三つ、聞いてもいいかしら?」
ベルが答えるよりも早く、ハーミットは続ける。
「あなたと彼、二人のベル・ジットは、どちらがメインなの?」
ベルは少しだけ首をかしげる。
「メインって?」
「どちらかがメインで、どちらかがセカンドなんじゃないの?」
「んー……そんなふうには考えたことなかったけど……」
少し考えてから、ベルは小さく笑う。
「どっちかと言うなら、やっぱり私かな?昼担当だし」
その答えに、ハーミットは「ふぅん」とだけ鼻を鳴らす。
「反応うすっ」
ベルが思わずツッコミを入れる。
ハーミットは肩をすくめる。
「ごめんなさいね。そんなに興味ないので」
一拍置いて、視線を細める。
「次に。二人はどうしてそんな関係に?」
ベルは少しだけ目を伏せて、静かに答える。
「さぁ……最初からこうだったから、私たちもそれが普通だと思ってたの。みんな入れ替わるものだとばかり」
その言葉に、部屋の空気がわずかに揺れる。
ハーミットは何も言わず、ただベルを見つめていた。
ベルの言葉に、ハーミットはわずかに目を細めた。
「正直、今の状況はどう思う? やっぱり嫌なのかしら?」
ベルは少し考えてから、小さく首を振る。
「嫌と思ったことは……一度や二度じゃないよ。でも……慣れちゃったし」
それでも、はっきりと続ける。
「でも、普通になりたいとは思ってる。そのために旅に出たんだし」
ハーミットは静かにその言葉を受け取ると、目を細めた。
「よろしい」
一拍置いて、言葉を重ねる。
「今回の件が片付いたら、私が調べてあげる」
ベルが少し身を引く。
「……それって、やっぱり研究対象として?」
ハーミットは即座に首を横に振る。
「まさか! 完全にオフよ。プライベートで調べてあげるって言ってんの」
「なんか怖いな……ハーミットに何かメリットあるの?」
ハーミットの眼鏡が、わずかに光を反射する。
「あるわ」
ベルがじっと見返す。
「……どんな?」
「メリットというより……お願いかしら」
空気が一瞬だけ変わる。
「お願い?」
ハーミットはまっすぐにベルを見て、はっきりと言い切る。
「無事に二人が別々の人間になったなら、魔王殺しは私に頂戴」
その言葉に、部屋の空気が静かに張り詰めた。
ミリィは息を呑み、ベルの横顔を見つめる。
ベルはすぐには答えなかった。
少しだけ、考えるように視線を落とす。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
ベルは少しだけ目を細め、慎重に言葉を返す。
「それはやっぱり……魔王殺しとして?」
ハーミットは即座に首を横に振る。
「もう一度だけ言います。私は魔王殺しそのものにはあまり興味がないの」
軽く間を置き、肩をすくめる。
「ただ――」
「あなた達、名前が同じだからややこしいのよ。説明のために“魔王殺し”と呼ぶわ」
ベルは苦笑する。
「なんかそれは……ほんとごめん」
ハーミットは気にした様子もなく、淡々と続ける。
「だから私が欲しいのは――あの銀髪の少年、ベル・ジット自身ね」
その言葉に、部屋の空気がわずかに変わる。
ベルはすぐには答えず、カップを見つめる。
やがて、小さく息を吐いてから顔を上げる。
ハーミットがわずかに首を傾げる。
「……あなたもあいつに惚れちゃった感じ?」
ベルは即座に手を振るようにして否定する。
ハーミットは小さくため息をついた。
「恋愛感情じゃないわ」
ベルは目を瞬かせる。
「?恋愛でも研究でもないとしたら……なんのために?」
ハーミットはコーヒーを一口含み、ゆっくりと飲み込んでから口を開く。
「彼は、私の良き理解者になれると思うの」
静かに、確信を込めて。
「昨日そう感じたわ」
ベルは少しだけ目を細める。
「理解者?」
ハーミットはまっすぐに答える。
「そう。彼がいれば、私は大丈夫。そう思えたの」
一瞬の間。
そして、はっきりと告げる。
「だから私に頂戴な」
ベルは思わず呆れたように肩を落とす。
「ちょうだいって……犬や猫じゃないんだから」
ハーミットは落ち着いた声で続ける。
「いいじゃない。あなたと彼は別の人間なのでしょう?」
ベルは少しだけ視線を上げる。
「別の人間だからこそ、私には決められないってことよ」
ハーミットは一拍置いて、静かに言葉を返す。
「つまり、彼次第。あなたは関係ないって話でいいかしら?」
ベルは小さく眉をひそめる。
「……関係ないって言い方はちょっと気になるけど……そう。決めるのはあいつよ」
ハーミットはその言葉に、納得したように小さく頷いた。
「それなら、彼は間違いなく協力してくれるでしょう」
ベルは目を瞬かせる。
「えらく自信あるのね……」
ハーミットは即答する。
「だって彼は優しいもの」
そのまま、淡々と続ける。
「昨日も私の心を受け止めてくれた。抱きしめてくれた」
少しだけ間を置いて。
「そんなこと、誰にだってしないでしょう」
その言葉に、ベルとミリィが思わず顔を見合わせる。
わずかな沈黙。
ミリィが小さく口を開く。
「……教えてあげた方がいいですか?」
ベルは視線をそらし、少しだけ考えてから小さく首を振る。
「……今じゃなくていい。折を見てからの方がいいわ」
そのまま、ふっと息を吐く。
ハーミットはそんな二人の様子を見て、わずかに首を傾げた。
「何かしら、その反応」
ミリィは視線を落としたまま、何も言わなかった。
ベルは慌てるように話題を切り替える。
「と、とりあえずあいつの話は置いといて。まずはタブラスカを見つけないと!」
ミリィも頷きながら身を乗り出す。
「そ、そうですね!彼が船に乗る前に探しましょう!」
そのやり取りを見て、ハーミットは落ち着いたまま言う。
「それなら大丈夫。昨日のうちにギルドへ捜索依頼を出してあるわ」
「え?」
ベルが目を丸くする。
「最初からそうしたらよかったんじゃ……」
ハーミットは首を横に振った。
「無理よ。船に乗ったかどうかも分からない状態では、正式な依頼として扱ってもらえないもの」
少しだけ間を置いて、続ける。
「でも、あなたが“街の近くにいる”という情報をくれた。だから依頼が成立したの」
ベルは一瞬きょとんとして、それからふっと表情を緩める。
「そっか……それならよかった。私、役に立ってるんだね」
その言葉に、ミリィが少しだけ柔らかい表情でベルを見る。
ハーミットは小さく目を細めた。
「ええ、十分に」
静かな声だったが、その中には確かな評価が含まれていた。
ハーミットは淡々とした声で続ける。
「だから今は備えましょう。顔を洗って、朝食を摂りなさい」
ベルは一瞬きょとんとして、それから小さくうなずいた。
「……うん。そうだね」
ミリィも慌てて立ち上がる。
「は、はい!準備します!」
ベルは軽く伸びをしてから、ベッドの方に視線を向ける。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
ハーミットは何も言わず、ただ小さく頷いた。
三人の間にあった張り詰めた空気が、少しだけ緩む。
それぞれが、次に進むための一歩を踏み出し始めていた。
宿屋の一階、食事処。
ベルとミリィは並んで席に座り、メニューを開いていた。
「どれにする?」
「えっと……これと、これにしようかな……」
そんなやり取りをしながら注文を済ませ、やがて湯気の立つ料理がテーブルに並ぶ。
ちょうどそのとき――
入口の方から足音が近づいてきた。
白いコートを手にしたハーミットが、静かに姿を現す。
そして、コートを羽織りながら一言。
「連絡があったわ。行くわよ!」
ベルとミリィは、同時に固まる。
「え……?」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
まだ料理に手もつけていない。
「早くしなさい!」
有無を言わせない声。
ベルとミリィは顔を見合わせ、未練たっぷりに料理へ視線を落とす。
「……あと一口だけでも……」
「ダメ」
即答。
結局、二人は後ろ髪を引かれる思いで席を立ち、ハーミットの後に続く。
未練がましく振り返りながらも、足は止まらない。
そのまま三人は宿を出て、外の光の中へと踏み出していった。




