交渉成立ー
翌朝。
柔らかな光が差し込む中、ベルはゆっくりと目を開けた。
「……ん」
ぼんやりしたまま視線を動かすと、すぐ隣に誰かの気配がある。
「え……?」
目をぱちぱちと瞬かせて、隣を見る。
ハーミットが、同じベッドで眠っていた。
数秒、思考が止まる。
「……あれ……?」
小さく声が漏れる。
ベルはそっと身を起こし、戸惑いながらも距離を取る。
「……どうして……」
状況がうまく理解できず、少し困ったように眉を寄せる。
ベルは一瞬ためらったあと、そっとシーツをめくる。
めくった瞬間、目を見開く。
「え……っ」
視線が一瞬固まって、すぐに逸れる。
ハーミットは、ワンピースを脱いだまま、静かに眠っていた。下着もストッキングだけの姿で。
顔が一気に赤くなる。
「な、なにして……!」
声が少し裏返る。
慌ててシーツを元に戻しながら、落ち着こうと深呼吸するが、うまくいかない。
「ちょ、ちょっと……これ……」
視線を泳がせたまま、どうしていいかわからない様子で立ち尽くす。
それでも、もう一度だけ確認してから、小さく息を吐いた。
「……さ、最悪じゃなかったけど……びっくりした……」
「ベルさん……おはようございます」
その声に、ベルは大きく肩を震わせる。
「み、ミリィ、いたの!?」
ミリィはベッドの横に置いた椅子に座ったまま、少し眠たそうな目でベルを見る。
「一晩中見てましたから……大丈夫です」
「え……?」
ベルが固まる。
「ずっと見てたの……?」
ミリィは小さくうなずく。
「はい。2人がベッドに入るところから」
「はい……昨夜はいろいろあって、ハーミットさんが夜のベルさんに泣いて抱きついて離れてくれなくて」
「仕方ないから夜のベルさんが一緒に寝るって言い出して..,私は止めたんですけど。そのままお姫様抱っこして、ベッドに連れていって……すぐ寝ちゃってました」
「……そっか。いろいろ気を使わせて、なんかごめん」
ベルは少しだけ視線を落として、小さく頭を下げる。
「いえ、私のほうこそ……止めきれなくて」
「いいよ。あいつがやりそうなことだし」
ベルはそう言って、軽く息を吐く。
そのとき、ベッドの上でかすかな気配が動いた。
ハーミットのまぶたが、ゆっくりと開く。
「……あ」
まだぼんやりとしたまま、周囲を見回すハーミット。
視線がベルに向かい、ミリィに向かい、そして自分の状況に気づいて——
一瞬、固まる。
「……っ」
小さく息をのんで、顔を伏せる。
ミリィはそっと視線をそらし、ベルはその様子を見て、少しだけ困ったように笑った。
「おはよ」
やわらかい声が、静かに部屋に落ちる。
ハーミットは無言のままベッドから降りると、ハンガーにかかっていた白いコートを手に取って肩に羽織った。
そのままテーブルへ向かい、静かに声をかける。
「コーヒー、淹れるけど……飲む?」
ベルとミリィが小さく頷く。
ハーミットは慣れた手つきで三人分のコーヒーを淹れ、カップをテーブルに並べた。
無言のまま、それぞれがカップを手に取る。
コーヒーの香りが、少しだけ部屋の空気を和らげる。
やがて、ハーミットは壁に背を預け、カップを両手で持ちながら一口飲む。
静かな時間。
そして――
「……あなたの秘密、知ってしまったわよ」
低く、はっきりとした声だった。
その言葉に、空気が少しだけ張り詰める。
ベルはカップを持ったまま、目だけを上げる。
ミリィも、息を呑んで二人を見つめた。
ハーミットの視線は、まっすぐベルに向けられている。
揺れはない。
だが、その奥には、昨日とは違う強さがあった。
ハーミット「あなたはどうなの?あなたたちの秘密がバレること、怖くはないの?」
ベルは少しだけ目を伏せて、静かに答える。
「バレたら……弱い私に目をつけられたり、周りに迷惑かけたりするのが怖い。でも――」
一度、言葉を切る。
「一番はやっぱり……他人からどう思われるかが、怖いわ」
ハーミットの目が、わずかに細まる。
ベルは続ける。
「私たちって、魔力がゼロってだけで散々“普通じゃない”って言われてきたから……」
カップを見つめながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「これで入れ替わりのことまでバレたら……きっと、化け物扱いでしょ?」
ベルはそこで顔を上げる。
「私は……それが怖い」
部屋に静けさが落ちる。
カップに触れる指先だけが、かすかに震えていた。
ミリィは何も言えず、二人の間を見つめる。
ハーミットはしばらく黙っていたが――
やがて、静かに口を開く。
「私と取引をしましょう」
ベルはわずかに目を細める。
「取引?」
ハーミットはカップをテーブルに置き、まっすぐベルを見る。
「私はあなた達の秘密を報告しないわ」
一瞬の沈黙。
ベルが小さく息を吐く。
「……そっちの条件は?」
「タブラスカを捕まえるのに、正式に助力を乞うわ」
ベルは少し肩をすくめる。
「それならもうやってるけど……」
ハーミットは首を横に振る。
「仮を作りたくないのよ」
その言葉に、ベルは少しだけ目を丸くする。
「そういうとこなら……こちらとしては助かるけど、いいの?」
ハーミットは即座に答える。
「何度も同じこと言わせないで」
一拍置いて、静かに続ける。
「私自身は魔王殺しに、そこまで強い興味はないの」
視線を少し上げる。
「それに、いずれ世界はそのことにたどり着くわ」
両手を軽く広げる仕草。
「私が言おうが言うまいが、ね」
そして、まっすぐにベルを見据える。
「だから今のうちに備えておきなさい」
ベルはその言葉を受け止めるように、静かに頷いた。
ミリィは二人のやり取りを見つめながら、小さく息を呑む。
ただの約束ではない。
それは、これから先を見据えた、静かな覚悟の交換だった。




