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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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夜のベルのハーミットー

「ねぇそれって、どういうこと?」


突然の声に、ベルとミリィが同時に扉の方を振り向いた。


扉がわずかに開いている。


その隙間から、光を反射する眼鏡のレンズ。


ハーミットだった。


扉がゆっくりと開き、そのまま腕を組んだまま部屋に入ってくる。


「ねぇ、あなた今、変身?したわよね?」


ミリィがはっとして前に出る。


「……へ、変身ってなんですか?そ、そんなことありえない……」


明らかに動揺した声。


その後ろで、ベルが顔に手を当てる。


やっちまった、という顔だった。


ハーミットは一歩、部屋の中へと踏み込む。


「私、部屋を出てからずっと聞き耳立ててたの。んで様子がおかしいから、隙間からそっと見てたから」


「全部、ですか?」


ミリィの問いに、ハーミットはあっさりと頷く。


「全部」


「最初から?」


「あなたが頭を下げる前から」


ミリィが両手で頭を抱えた。


その様子を見ていたベルが、苦笑いを浮かべる。


「見られちまってたなら、しゃーねぇ」


軽く肩をすくめる。


「あいつにどやされっかもしんねぇけど、誤魔化しようがねぇよ」


ハーミットの視線が、まっすぐベルへ向く。


「あなたたち、何?時間で入れ替わるってこと?」


「そうだ」


即答だった。


「昼と夜で、あいつと俺は入れ替わる。理由なんて聞くなよ?俺たちが聞きたいくらいなんだからよ」


ハーミットは一瞬も迷わず言い切る。


「理由なんてどうでもいいわ。事実を事実として受け止めるだけ」


指で眼鏡を押し上げる。


その仕草はいつも通り、冷静だった。


「記憶は?共有してるのかしら?」


「いんや?」


ベルは首を振る。


「お互いに何を見て何を聞いて何をしてるか、聞かないとわかんねぇ」


その答えを聞いた瞬間——


ハーミットが、ふっと息を吐いた。


わずかに、肩の力が抜ける。


「それを聞いて安心したわ」


「なんだよ?」


ミリィがふと何かに気付いたように顔を上げる。


「あ、大丈夫ですよ。こっちのベルさんにはわからないですから」


「そ。それならいいわ」


ハーミットがわずかに安堵したように頷く。


ベルが眉をひそめた。


「なんだよ?お前ら、気になるな」


「ベルさんは気にしなくていいんです!」


ぴしゃりと言い切るミリィ。


ベルは納得いかない顔で腕を組む。


「なんだよ?また一緒に風呂にでも入ったのか?」


その一言に、ミリィとハーミットがぴたりと動きを止め——


ゆっくりと顔を見合わせた。


妙な間が空く。


ミリィがこほんと小さく咳払いをした。


「私もベルさんたちのこと初めて知ったとき……一緒にお風呂に入ったこと思い出して……しばらくやきもきしましたので。あとで記憶が共有されてないと聞いて安心しましたけど」


「そ。それは本当によかったわ」


ハーミットもわずかに顔を逸らしながら同意する。


ベルはしばらく2人を見比べてから、にやりと口元を歪めた。


「なんだよ?気になるなら、この際3人で風呂入ってみるか?」


「入りませんよ!」


「あなた、バカなの?」


即座に二人の声が重なった。


ハーミットが、じっとベルを見た。


頭の先から、つま先まで。


まるで観察するように、何度も、ゆっくりと視線を往復させる。


その視線は遠慮がない。


値踏みするようで、しかしどこか冷静に分析している目だった。


やがて——


「……不思議ではあるけど、これで納得できたわ」


ぽつりと呟く。


「……納得?」


ミリィが首を傾げる。


ハーミットは腕を組んだまま、ベルから視線を外さない。


ハーミットは腕を組んだまま、ベルから視線を外さない。


「昼と夜で入れ替わる、ってことね」


淡々とした口調で言い切る。


ベルは肩をすくめた。


「そういうことだ」


ミリィが小さく息をつく。


「驚かないんですね……」


「驚いてないわけじゃないわ。ただ——」


ハーミットは一度だけ言葉を切り、眼鏡を指で押し上げる。


「目の前で起きたことを、そのまま受け止めてるだけ」


静かな声だった。


それ以上は追及しない。


詮索もしない。


ただ事実として整理しているだけの態度。


ベルは一瞬だけハーミットを見て、それから軽く笑った。


「助かるわ。説明すんの面倒だからな」


「説明する必要もないでしょう。見ればわかるもの」


ハーミットは短く返す。


ミリィがほっとしたように表情を緩めた。


部屋の空気が、少しだけ軽くなる。


だがその空気のまま、ハーミットが静かに口を開いた。


「それで?」


短い一言。


「あなたたち、これからどうするの?」


「どうって?」


ベルが怪訝そうに眉をひそめる。


ハーミットは腕を組んだまま、視線を逸らさずに口を開いた。


「あなたたち、自分たちが思っている以上に、世界中の国家や各組織に調査されてるわよ」


ハーミットの目が鋭くなる。


「みんな同じところで引っ掛かるの。全てが規格外の「魔王殺し」については逆にまだ理解できる。でも2人目のベル・ジットについては、一体どういうことなのか?とね」


淡々とした口調。


だが、その内容は重い。


「2人目?」


ミリィが小さく首を傾げる。


ハーミットは視線だけでベルを示した。


「あの子、女の子の方よ」


「……あいつがなんだよ?」


ベルがわずかに眉を寄せる。


ハーミットは一歩だけ踏み出す。


「だっておかしいでしょ?」


ハーミットが腕を組んだまま、手のひらを見せる。


「魔王殺しと行動をともにしていると思われはするものの、一緒にいるところは誰も見たことがない。服装は同じ」


1度目を閉じ、また開き。


「1セットしかないはずの姫神の指輪は付けている。さらには能力まで使える。だけど魔王殺しほど強いわけでも活躍するわけでもない」


言葉を切り、わずかに目を細める。


「おかしいわよね?」


ベルがミリィを見た。


「おかしいか?」


ミリィは一瞬だけ言葉を探すようにしてから、そっと目を伏せる。


「いつか誰かにツッコマれるんじゃないかと、思ってました」


ベルの目がわずかに開く。


「マジかよ?お前もそう思ってたのか?」


「ベルさんたちは……子供の頃からそれが当たり前だから気にしてないみたいですけど、やっぱりみんな違和感には気付いてますよ。マリーナさんやアダラさんたちだって。きっと知らないだけで他の人も」


静かに、しかしはっきりとした口調だった。


ベルは少しだけ天井を仰ぎ、息を吐く。


「マジかー。そいつは確かに気にしたこともなかったぜ」


その様子に、ハーミットが大袈裟にため息をついた。


「あなたたち……ことの重大さを理解しているのかしら?」


ベルが眉をひそめる。


「重大さ?」


ハーミットの目が鋭くなる。


「今、世界中のあらゆる研究機関が「魔王殺し」の調査に躍起になっているの。それらは馬鹿じゃないわ。遠からず、入れ替わりの事実にも気付かれる事でしょう」


その言葉に、ミリィの表情が強張る。


「その時、あなたたちはどうするの?」


部屋の空気が、ぴんと張り詰める。


ベルはじっとハーミットを見返した。


少しの沈黙。


やがて——


「それって、なんかマズイのか?」


間の抜けたような声。


その瞬間——


「はぁっ!?」


ハーミットの顔が初めて大きく崩れた。


思わず身を乗り出し、ずれた眼鏡を慌てて押し上げる。


ハーミットが身を乗り出す。


「何言ってるの!?自分たちの秘密が世界に暴かれるのよ!?」


ベルは一瞬きょとんとした顔をしてから、困ったようにミリィを呼び寄せる。


そっと身を屈め、耳元で小さく囁く。


「それってマズイ?」


ミリィも同じように顔を寄せ、声を潜めた。


「具体的な根拠はすぐには思いつきませんが、マズイ気がします」


ベルは「ふむ」と小さく頷く。


それから顔を上げて、ハーミットの方を見る。


「なんか、困るかも知れねぇ」


「なんかゆるいなぁっ!もうっ!」


ベルは肩の力を抜いたまま、気のない調子で言った。


「ぶっちゃけ俺はどうでもいいからなぁ」


ハーミットの眉がぴくりと動く。


「……どうでもいい?」


「秘密にしろと言われてるから秘密にしてるけど、俺自身は元々隠す気なんてねぇんだよ」


あっさりとした口調。


ハーミットの視線が鋭くなる。


「どういうつもり?もしそれであなたやあなたの周りの人間に危害や被害が及ぶことになったら、あなたは耐えられるの?」


その言葉に、ベルは一瞬だけ目を見開いた。


そして——


ふっと、口元を緩める。


「なるほどなー……あんたやっぱ優しいな」


「なっ……」


ハーミットの顔が一気に赤くなる。


視線を逸らし、誤魔化すように爪を噛む。


「や……そんなことより、話を逸らさないで!あなたの大切な人、昼間の彼女にだって危険が……」


その言葉を、ベルの手が遮った。


ひらりと前に突き出された掌。


静かに、しかし強く制する。


「大丈夫だ」


短い一言。


そして——


拳を握る。


「そうなる前に——」


空気が変わる。


次の瞬間。


「ぶっつぶす!」


その言葉と共に放たれた気迫に、ハーミットの身体が思わず一歩引いた。


頬を、ひと筋の汗が伝う。


数秒の沈黙。


その緊張を、ぽつりとした声が壊した。


「私も昼のベルさんも、2回くらい攫われましたけどね……」


ミリィだった。


ベルが眉をひそめる。


「昼間に起きることはすぐ対応はできねぇからしゃーないだろ?てか簡単に攫われんなよ」


「むぅ……」


ミリィが頬を膨らませた。


ハーミットの問いに、ベルは肩をすくめた。


「まぁ、そうなるな。完全に俺が油断してた。あいつに怒られるのがめんどくせーだけだ」


心底嫌そうな顔をするベル。


ハーミットはさらに踏み込む。


「私を拘束もしないの?このまますぐ報告するかもしれないわよ?」


「いいさ、遅かれ早かれバレるなら、今バレても一緒だろ?あんたが言ったんだぜ?」


ベルはあっさりと言い切る。


「……私を脅したり、危害を加える気もないのね?」


「はぁ?」


ベルが呆れたように息を吐く。


「あんたもしつけーなぁっ。なんかそんな目にでもあったことあんのか?」


その一言で——


ハーミットの空気が変わった。


視線がわずかに泳ぐ。


手が、微かに震える。


足元も定まらず、呼吸が浅くなる。


明らかな異変。


それを察したミリィが、すぐに動いた。


ベルの服の裾をそっと掴み、顔を近づける。


「ベルさん……それ以上はやめてあげて」


小さく、耳元で囁く。


その視線は、ハーミットを真っ直ぐに見ていた。


ベルはベッドから静かに降り、立ち上がる。


その動きに、ハーミットの肩がビクリと震えた。


完全に怯えている。


ベルたちの方を見ようともせず、扉へと縋りつくように立っている。


ミリィが一歩前に出た。


「ベルさん……やめて、お願い!」


必死の声。


ベルはその頭に、そっと手を置く。


「いいから、俺に任せとけって」


軽く、落ち着いた声。


その笑顔に——理由は分からないまま、ミリィの緊張が少しだけほどけた。


握っていたベルの裾を、そっと離す。


ベルはゆっくりとハーミットに向き直り、一歩近づく。


その瞬間——


ハーミットの震えがさらに強くなる。


扉のドアノブを掴もうとするが、手がうまく動かない。


指先が空を掠め、掴み損ねる。


目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


ベルはさらに一歩、距離を詰める。


そして、ハーミットの前に立つ。


怯え切ったその姿を、静かに見下ろす。


ハーミットは耐えきれなくなったように、その場に崩れ落ちた。


腰が抜けたようにへたり込み、うつむく。


部屋に、重い沈黙が落ちる。


「なぁ」


何気なく放たれたベルの声に、ハーミットの肩が小さく揺れた。


ベルはその場にしゃがみ込む。視線は床に落としたまま、淡々と続ける。


「あんたの事情は知らねぇし、聞く気もないけどさ。聞いても俺にわかるかわかんねぇし」


一拍。


「俺はあんたのこと何も知らねぇし、あんたも魔王殺しじゃない俺のことは何も知らねぇだろ?」


ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「お互い知らないもん同士、何言ってんだ?て思うかも知んないけど」


ベルが両手を軽く広げた。


その仕草は大げさではなく、ただ静かだった。


ハーミットは、反応しない。


目は開いたまま、何も映していない。


光を失ったような瞳。


全てを諦めきった、その表情。


それは変わってしまったタブラスカといる時に見せる。彼女の防衛本能の結果だった。自分の心を守るためにー心を殺し、全てが終わるのを待つ時の。


ベルはしばらく黙ってから、少しだけ顔を上げる。

視線を真正面から、ハーミットへ向けた。


ベル「あんた、偉いよな」


その一言に、ハーミットの肩がわずかに揺れた。


止まっていた呼吸が、ゆっくりと戻る。


光を失っていた瞳に、かすかな色が灯る。


ゆっくりと、ぎこちない動きで顔を上げる。


目の前にあるベルの顔。


近い距離。


逃げ場のない距離。


それでも、ベルは静かに笑っていた。


「誰も言ってくれないみたいだから、俺が言ってやるよ」


やわらかい声。


「あんたががんばってること、俺はわかってる。よくがんばったな」


その言葉が落ちた瞬間——


ハーミットの瞳が揺れた。


溜めていたものが、ほどけるように崩れる。


じわり、と涙が浮かび、頬を伝う。


堰を切ったように止まらない。


同時に、胸の奥が熱くなる。


どうしようもなく、熱くなる。


言葉にならない感情が、静かに溢れていく。


ベルの一言で、ハーミットの中で何かが決壊した。


止めていたものが、音を立てて崩れる。


次の瞬間——


ハーミットは一歩も踏みとどまらず、勢いのままベルへの胸はと飛び込んだ。


勢いにベルの体が後ろへ押し倒されて倒れ込み、そのまま、逃げ場を潰すように抱きつく。


強く。


離れないように、必死に。


「……っ、ぅ……」


喉の奥から、押し殺しきれない声が漏れる。


呼吸が乱れ、肩が大きく震える。


感情の堤防が壊れたまま、止まらない。


ベルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにそのまま優しく抱きしめる。背中に回した手に、少しだけ力を込めて。


「……本当、がんばってんだな」


ぽつりと、低く落とす。


ハーミットはその言葉に応える余裕もなく、ただベルにしがみつく。


これまで押し殺してきたものが、全部まとめて溢れ出していく。


部屋の中には、荒く乱れた呼吸と、途切れない嗚咽だけが響いていた。



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