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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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目覚めの朝ー

夕暮れの光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。

橙色の光が、静かな室内をやわらかく照らしている。


重たい瞼をゆっくりと持ち上げると、視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。


身体が、ひどく重い。


どこか奥の方で鈍く脈打つような痛みがある。


ベッドの上に寝かされていると気づくまでに、少し時間がかかった。


すぐ傍で、ページをめくる小さな音。


視線を横にずらすと、椅子に腰掛けたハーミットの姿があった。


足を組み、片手で本を開いている。

赤いワンピースに黒いストッキング、艶のある赤いハイヒール。

金の髪はまっすぐに流れ、白い肌と碧眼が夕焼けに染まっていた。


「起きたみたいね。気分はどう?」


ベルはゆっくりと上体を起こしかけて、すぐに顔をしかめた。


頭の奥が、ずきりと痛む。


「頭いたい……私、どうして?ミリィは?」


ハーミットは本を閉じることなく、ちらりとだけ視線を向けた。


「あなた、タブラスカを探して見つけたって言ったあと、倒れたのよ。ミリィは用事があるって出かけて行ったわ」


淡々とした口調。


だが、その視線はほんのわずかに鋭かった。


ベルはぼんやりと天井を見上げる。


(……ああ、そうだ)


断片的に、記憶が繋がる。


光。影。

広がっていく糸。

見つけた、という感覚。


そして——限界。


「……そっか」


小さく呟いて、額に手を当てる。


指先が、微かに震えていた。


「無茶しすぎよ」


本を閉じる音が、静かに響く。


ハーミットが脚を組み替え、じっとベルを見た。


「顔色、最悪だったわよ。血まで流して」


ベルは苦笑する。


「ちょっと、がんばりすぎただけ……」


「“ちょっと”で倒れるようなことをするのは、一般的に無茶って言うのよ」


ぴしゃりと返される。


ベルは言葉に詰まり、視線を逸らした。


「……でも、見つけたんでしょ?」


ハーミットの声が、少しだけ低くなる。


ベルはゆっくりと頷いた。


「うん……この街の近く。そんなに遠くない」


その言葉に、ハーミットの指先がわずかに止まる。


「そう」


短く答えると、視線を窓の外へと向けた。


夕焼けが、少しずつ色を濃くしている。


「なら——行くしかないわね」


静かな声だった。


だが、その奥には、はっきりとした決意があった。


ベルはまだ重い身体をゆっくりと起こしながら、小さく息を吐く。


「……うん」


短く返事をして、足を床へと下ろす。


わずかにふらつくが、倒れはしない。


「大丈夫?」


「大丈夫。ちょっと休めば、動けるから」


そう言って、無理にでも笑う。


「……本当に?」


疑うような視線。


ベルは一瞬だけ言葉に詰まり、それでも頷いた。


「本当に」


その様子をしばらく見つめたあと、ハーミットは小さく息を吐いた。


「……ならいいけど」


椅子から立ち上がり、本を閉じて机の上に置く。


ヒールの音が、静かに床に響いた。


「準備しなさい。ミリィも戻ってくる頃でしょうし」


背を向けたまま、そう言う。


ベルはその背中を見ながら、もう一度だけ深く息を吸った。


(見つけたんだ)


逃がさない。


今度こそ——。


胸の奥で、静かに決意が固まっていった。


その時、不意に扉がノックされた。


ハーミットが顔も上げずに答える。


「どうぞ」


扉が静かに開き、小さな影が部屋に入ってくる。


リュックを背負ったままのミリィだった。


「ただいま、です」


ベルの視線がそちらに向く。


「ミリィ……心配かけてごめん」


ミリィはすぐに駆け寄り、ベッドの傍に立つ。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫。ちょっと頭痛いけど」


そう言って、少しだけ笑う。


その様子を確認すると、ミリィはほっとしたように息をついた。


だがすぐに、その表情が引き締まる。


くるりと振り返り、ハーミットへと向き直った。


「すみません。少しだけベルさんと2人にしてもらえませんか?」


静かながらも、はっきりとした声だった。


その言葉に、ハーミットの視線がゆっくりとミリィへ向けられる。


数秒の間。


無言のまま見つめたあと、口を開いた。


「私に出ていけと言ってるの?ここ、私の部屋なんだけど」


淡々とした声音。


だが、わずかに棘が混じっている。


ミリィは一瞬だけ言葉に詰まり、気まずそうに視線を揺らした。


それでも、目を逸らさない。


「わかってます……でも今、ベルさんすぐには動かしたくないので、ごめんなさい!」


深く、頭を下げる。


部屋に、静寂が落ちる。


数秒。


何も言わずに見ていたハーミットは、やがて小さく目を細め——


ぱたり、と本を閉じた。


椅子から立ち上がり、軽く息をつく。


「……はぁ」


それ以上は何も言わない。


そのまま踵を返し、ヒールの音を響かせながら扉へ向かう。


扉を開け——


一度も振り返ることなく、無言で部屋を出て行った。


扉が静かに閉まる。


部屋の中に、ベルとミリィだけが残された。


扉が閉まる音が、静かに部屋に残った。


ハーミットが出て行ったのを確認してから、ベルはミリィへと視線を向ける。


「話って、何?」


ミリィは一瞬だけ間を置き、小さく息を吸った。


「話というか……そろそろ時間なので」


その言葉に、ベルの表情がはっと変わる。


「あっ……そういうことね!ヤッバ、全然気にしてなかった」


慌てたように言い、額に手を当てる。


ミリィが、少しだけ苦笑した。


「お願いがあるんだけど」


「はい。わかってます」


間髪入れずに返ってくる答え。


ベルは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから小さく頷いた。


「うん、それじゃ、私が変身したら、あいつに状況を説明して、すぐ探しに行ってもらって」


「はい。今夜は何も言わず、部屋から出ないで休む様に言います」


「……ミリィ、さん?」


わずかに間の抜けた声。


ミリィは真っ直ぐにベルを見つめたまま、静かに続ける。


「ベルさん、能力使いすぎて倒れたんですよ?血まで流して。今は休憩すべきです」


「これが終わったらちゃんと休むから!今は時間がないの!」


焦ったように声を上げる。


だがミリィは首を横に振った。


「いけません!今は休憩最優先です!」


「ちょっとミリィ……状況を考えて……」


「状況が見えてないのはベルさんの方ですよ!」


珍しく、強い声だった。


張り詰めた空気が、部屋に広がる。


その一言に、ベルの肩がびくりと震えた。


「ミリィ……」


ミリィは一歩だけ近づく。


その瞳は揺れていた。


怒りではない。焦りと、不安と——恐れ。


「お願いしますから、今は休んでください。お願いします。心配なんです」


言葉の最後が、わずかに震える。


ベルはしばらく何も言えずに立ち尽くした。


そして——


ゆっくりと、頭を下げる。


「……ごめん」


ミリィは頭を下げたまま、言葉を続ける。


「最近のベルさん、何かふっきれたみたいで、初めて会った頃みたいに力強くて行動的で、とっても素敵です。だけど、無茶で無謀でハラハラします。それがベルさんらしいとこなんですけど……私、私、心配なんで!もしもベルさんに何かあったら……私は……」


言葉が途切れる。


下げたままの頭に、そっと手が置かれた。


「悪ぃ。お前に心配かけまくってたんだな、ごめんなぁ」


低く、どこかぶっきらぼうな声。


ミリィがはっとして顔を上げる。


目の前にいたのは、銀髪の少年だった。


窓の外はすっかり日が落ちている。


夜の時間が始まっていた。


ベルは軽く笑いながら、そのままミリィの頭を何度かぽんぽんと叩くと、手を離す。


ミリィは叩かれた頭を両手で押さえ、頬を染めた。


ベルは肩をすくめる。


「あいつ、昔から弱っちいくせに無茶するんだよな」


「無茶なのは夜のベルさんもおんなじです。でも、それが——」


ミリィが言いかけた言葉に、ベルが先に口を開く。


「あいつらしいよ」


「ベルさんですから」


二人の言葉が重なる。


一瞬の静寂のあと——


どちらともなく、ふっと笑った。





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