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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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港町、サルガスター

街の外縁から、サルガスタの輪郭がはっきりと見え始める。


高く積まれた倉庫、立ち並ぶ帆柱、そして絶え間なく行き交う人と荷の流れ。


馬車の車輪が石畳に変わり、軽い振動が伝わってきた。


「……ここが、サルガスタです」


ミリィが小さく息を整えながら、窓の外を見つめる。


「大陸行きの船が多く出入りする、大きな港町で……各地から物や人が集まる、流通の要所です」


ベルが静かに外へ視線を向ける。


潮の匂いが、風に乗って入り込んでくる。


ミリィは続けた。


「交易が盛んで……本当に、いろいろなものがここを通っていきます。食べ物も、武器も、情報も……」


一度、言葉を区切る。


「それに……この街は独自の自警団がいます。中央とは少し違う形で、街の秩序を守っているんです」


ハーミットがわずかに眉をひそめた。


ミリィは構わず、淡々と説明を続ける。


「密輸や海賊、それに……あまり表に出せないようなことにも、対応しているはずです」


馬車はそのまま進み、港へと続く大通りへと入っていく。


人のざわめきが一気に近くなる。


「ここは……自由な街です。でもその分、いろんな思惑も集まる場所なので……」


ミリィは少しだけ不安そうに言葉を締めくくる。


「気をつけた方がいい場所でもあります」


ベルは小さく頷いた。


ハーミットは何も言わず、ただ街の奥を見据えている。


馬車はそのまま、サルガスタの中心へと吸い込まれていった。


港の喧騒の中、ベルは迷いなく言葉を落とす。


「港の管理局に行って、西大陸への渡航者記録を確認しましょう。正式な渡航手続きではない可能性も考慮して、この街のギルドと警察にも連絡を。それから——」


ベルはハーミットの手を取る。


「ミリィ、彼女を教会に連れて行ってもらえないかな?」


ミリィは頷く。


「はい」


ハーミットが眉をひそめる。


「なんで教会?私、教会は昔から苦手なんだけど」


「教会で回復魔法による治療を受けてきて」


即座に返すベルに、ハーミットは首を振る。


「私のことなんてどうでもいい。それよりタブラスカを——」


「いいかげんにしなさい!」


ベルの声が鋭く響いた。


一瞬で空気が張り詰める。


ハーミットの肩が跳ね、ミリィは思わず息を呑む。


「いつまでもそんなこと言ってないで、ちゃんと自分のことも大事にして」


「だから私は——」


「もうこの際、あなたの気持ちなんて知りません!私とミリィが、傷だらけの同行者なんて気になって仕方ないの!タブラスカのことは私に任せて。治療してきて」


言い切ると、ベルは手を離し、そのまま踵を返す。


「じゃ、そういうわけで。私は港の管理局に行くから、後でどこかで落ち合いましょう」


人混みの中へ、迷いなく消えていくその背中を見送りながら——


ハーミットは小さく息を吐いた。


「……あの子、なんだか変わったわね」


ミリィは静かに首を振る。


「変わったんじゃありません。戻ったんです」


最近のベルは、ずっと違っていた。


悩み、迷い、立ち止まり、答えを出せずに足を止めることが多かった。


以前のように、考えるより先に動き出すことが、少なくなっていた。


だからこそ今の姿は——


ミリィが初めて会った時の、命懸けで助けてくれた。あの背中にそっくりで、ミリィの胸が熱くなった。


「やっとベルさんらしくなってきましたね」


ふっと微笑む。


「そういうところは、2人ともそっくりです」



港の管理局は、昼間だというのにひどく慌ただしかった。


紙の擦れる音、怒鳴り声、刻印の鳴る音。

人と書類と情報が、絶えず行き交っている。


ベルが特徴を伝えると、係員は一度だけ目を細めた。


「白髪に青い目で白い肌?それで180cm以上?そんな目立つ奴がいたら忘れないだろう」


即答だった。


ベルは一瞬、言葉を飲み込む。


それでもすぐに顔を上げる。


「出国記録にないか調べてみるけど、なんで名前だい?」


ベルはわずかに躊躇したあと、はっきりと答えた。


「えっと……プレレッサ、もしくはタブラスカ」


係員の手が止まる。


「……もしくはって、冗談ならやめてくれよ?」


「冗談じゃなくって、もしかしたら偽名とか使ってるかも」


係員は軽く息を吐き、首を横に振った。


「入出国には何かしらの身分証が必要だから、偽名は使えないよ」


ベルはすぐに食い下がる。


「じゃーどっちかだから、お願い!調べて」


その目には迷いはない。


ただ、答えを求める強さだけがあった。


係員は少しだけ黙り込み、やがてため息混じりに席を立つ。


「……分かったよ。少し時間はもらうけど、確認してみる」


奥へと消えていく背中を見送りながら、ベルは静かに息を吐いた。


情報が、わずかでもいい。


確かな“何か”に繋がるなら、それでいい。


港の喧騒の中で、ひとつの糸口を掴むために、ベルはそこに立ち続けていた。


待合室のベンチに腰を下ろし、ベルは売店で買ったホットコーヒーを一口だけ口に含む。

熱が、少しだけ体に染みた。


サンドイッチにかぶりつきながら、ぼんやりと考える。


(朝から、何も食べてなかったわね……)


視線が、自然と空席の向こうに向く。


「ミリィも……何か食べてればいいけど」


あの遠慮がちな性格では、きっとろくに食べていないだろう。

そんなことを思いながら、ベルはもう一口サンドイッチを齧る。


その時だった。


軽い足音が、左右から同時に近づいてくる。


気配で、すぐにわかる。

面倒な類の人間だ。


ベルの左右に、軽薄そうな若い男たちが腰を下ろした。


ベルは目だけを向ける。


「……何?なんか用?」


冷えた視線に、男たちは気にした様子もなく笑い合う。


「冷たいなー」

「もうちょっと愛想よくしてくれても良くない?」


ベルは小さくため息を吐いた。


男の一人が、わざとらしく肩をすくめる。


「君さー、なんか人を探してるんだろ?」

「俺たちが探すの、手伝ってやるよ」


ベルは即座に首を振る。


「結構です。1人でできますので」


その言葉を聞いても、男は距離を詰める。


そして、さりげなくベルの黒髪に指を滑らせた。


「君、かわいいよねー。俺たちと一緒に探そうよ」


次の瞬間。


ベルの手が、その手を強く振り払う。


「ちょっと、触らないでよ!」


男は大げさに手をさすり、声を上げる。


「いてっ!あぁ、折れた!折れたかもしんない!」


「おい!大丈夫かよ!」

「ひでぇことするなぁっ!」


男たちは、わざとらしく騒ぎ立てる。


ベルは、じっとりとした目でその様子を見つめた。


そして、わずかに息を吐く。


「……ミカゲー」


小さく呼ぶ。


「悪いけどお願いしていい?」


その瞬間。


ベルの足元の影が、ゆらりと揺れた。


黒い影から、二本の腕が静かに伸びる。


次の瞬間。


男たちの顎を、下から強烈に撃ち抜いた。


鈍い音とともに、小さな悲鳴が漏れる。


そのまま、二人は後方へ吹き飛び、床に崩れ落ちた。


一瞬で静かになる周囲。


ベルは、何事もなかったかのようにサンドイッチを手に取り直す。


「ほんっと……最悪」


淡々と一言。


そして、何事もなかったかのように食事を続ける。


「ミカゲ、ありがとー」


影は何も言わず、静かにその場に沈んだままだった。


ベルはサンドイッチを口に運びながら、ぼんやりと考えていた。


最近、変化がある。


前から協力してくれていたアカリだけじゃない。

ミカゲも、呼べば普通に力を貸してくれるようになった。


ミズキも同じだ。

以前は呼んでも反応が薄かったのに、今はしっかり応えてくれる。


(……どういうことだろ)


コーヒーを一口飲む。


他の姫神は、まだ試していない。

だが——


どこかで一度、確かめておくべきだと思った。


もしかしたら。


(みんな、力を貸してくれるようになってる……?)


理由はわからない。


それでも、確かめる価値はある。


ベルは、静かに自分の手を見下ろした。


両手に嵌められた、十本の指輪。


あいつが何よりも大切にしているもの。


封じられた存在たちのいる指輪。


指先に触れるように、ベルは指輪を見つめる。


「……カレンが力貸してくれたら……気持ちいいんだろうなー」


ぽつりと呟く。


「カレン、剛力...お願い。」


そして、ベンチに座ったまま両手を構えた。


シュッ、シュッ。


空を切る、何の変哲もない動き。


速くもない。鋭くもない。


ただの、普通のパンチ。


ベルは何度か同じ動きを繰り返すと、軽く頷いた。


「..今度、ちゃんと試してみよ」


そう言って、再びサンドイッチにかぶりついた。


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