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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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余計なお世話というものよー

馬車の揺れが、やけに大きく感じられる。


ハーミットは視線を落としたまま、言葉を続ける。


「私が子供達を守るために提言した施術は、捻じ曲げられ、結果的に殿下の人生をも捻じ曲げてしまった」


ベルが、思わず一歩踏み込むように身を乗り出す。


「ハーミット…あなた」


その呼びかけに、ハーミットはすぐに首を振る。


「同情なんていらないわ。私の見通しの甘さが招いた結果よ。普段の私であれば、そうなることは予想できていた。なにせ、それこそが西大陸の考え方なのだから」


淡々とした言葉。


それでも、どこかで自分を責め続けている響きがあった。


「でもー」


そこで言葉が途切れる。


ハーミットは顔を上げないまま、両手を強く握りしめる。


やがて、ぽつりと零れ落ちるように。


「自分のアイデアに興奮を抑えられなかった…ゴミの様に扱われる子供達を助ける方法を思いついたって…私は柄にもなく…浮かれていたの」


その瞬間、堪えていたものが決壊するように、目から涙が溢れ落ちた。


静かに、けれど止められないまま。


ベルは言葉を失う。


ただ、目の前のハーミットを見つめることしかできなかった。


ミリィもまた、息を呑んだまま固まっている。


馬車の揺れだけが、変わらず続いていた。


そして、その中で。


「…ハーミット」


ベルの声が、静かに落ちた。


馬車の揺れが、少しだけ落ち着く。


ハーミットは一度大きく息を吸い込み、乱れかけた呼吸を整えた。


そして、まるで自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。


「全く、余計なお世話というものね。私のしたことは、ただただ、1人の男の人生を狂わせてしまっただけ」


声は落ち着いているが、その奥にはまだ震えが残っている。


窓の外へと視線を向けたまま、続ける。


「あの優しくて誠実な、人の痛みを自分のこととして受け止めてしまう様な、西大陸には全く相応しくない、空気の読めない嫌な男を、変えてしまった」


言い切ると、わずかに口元を歪める。


その表情は、責めているのか、懐かしんでいるのか――どちらともつかない。


ベルは黙ったまま、ハーミットの横顔を見ていた。


ミリィもまた、何も言えずに俯いている。


馬車は変わらず進み続ける。


その中で、重たい余韻だけが、しばらく残っていた。


その言葉が落ちた瞬間、馬車の中の空気が凍りつく。


車輪の軋む音だけが、やけに大きく響いた。


ベルは、ハーミットを見たまま言葉を失う。


数拍の沈黙のあと、静かに口を開いた。


「……だから、あなたは抵抗もしない、と言うの?」


ハーミットは視線を逸らしたまま、淡々と答える。


「これでわかったでしょ?私は、彼に何をされても文句は言えないの。そんな権利、私にはない。例え殺されたって…彼がそうしたいと思うのなら、甘んじて受け入れるわ。私にはそれだけの罪がある。彼の心と身体を犯してしまったのだから」


その言葉に、ベルの表情がわずかに強張る。


静かな声で、はっきりと返す。


「……違う」


短い一言。


だが、揺らぎはない。


ミリィが息を呑み、ベルの横顔を見上げる。


ベルは一度だけ目を閉じ、それから真っ直ぐハーミットを見た。


「あなたが何をしたかは、まだ全部はわからない。でも」


少しだけ言葉を区切る。


「だからって、“何をされてもいい”なんてことにはならないわ」


空気が、静かに張り詰める。


ベルは続ける。


「それは償いじゃない。ただの……逃げよ」


その言葉は強くもあり、同時にどこか優しかった。


馬車は揺れながら、止まることなく進み続けていた。


ハーミットの声が、張り詰めた空気を切り裂くように響いた。


「いいじゃない!逃げたって!私は逃げたいの!この結果から、現実から…逃げたいのよ…逃げたって…いいじゃない…」


言葉は崩れ、抑えていたものが一気に溢れ出す。


ハーミットは前屈みになり、両手で顔を覆った。


肩がわずかに震える。


指の隙間から、耐えきれなかった涙がぽたり、ぽたりと落ちていく。


馬車の揺れに合わせて、その雫が小さく弾んだ。


ベルは一瞬、何も言えずにその様子を見ていた。


だがすぐに、ゆっくりと手を伸ばす。


躊躇いはあった。


それでも、迷わずハーミットの肩に触れる。


何も言わず、ただそこにいることを示すように。


ミリィも小さく息を呑み、手を胸の前で握りしめたまま見守っていた。


馬車は変わらず進み続ける。


泣き声だけが、静かな空間に落ちていた。


ベルはハーミットに向けて、まっすぐに言葉を落とす。


「タブラスカさんを見つけよう。そして、ちゃんと話しましょう」


「今更…話なんて…」


ハーミットが力なく呟く。


ベルは首を横に振った。


「話すことを避けてきたんでしょ?きっとあなたは」


その一言に、ハーミットの肩がわずかに震える。


ベルは視線を逸らさず、静かに続けた。


「私にも似たような経験があるから…その人が何より大切にしているものを、私のせいで奪われてしまった時…」


ミリィが小さく息を呑み、ベルを見つめる。


ベルは一度だけ、ほんのわずかに視線を伏せた。


「私は彼と話すのが怖かった。自分が悪いのはわかっていた、わかっていたからこそ、彼に直接、責められることから避けていたの。その時の私は…きっと耐えられないとわかっていたから」


静かな声だった。


けれど、その奥には確かな痛みがあった。


「でも、彼は私を責めたりしなかった。そんな事思ってもなかったみたい。そんなことより、とにかく助けることだけを考えてたの」


ハーミットがゆっくりと顔を上げる。


ベルは、その視線を受け止めた。


「会って、話をしましょう」


一拍、間が空く。


ベルは続ける。


「じゃないと、本当の気持ちなんてわからないもの」


その言葉は、優しくもあり、逃げ道を塞ぐようでもあった。


馬車の揺れの中、三人の間に、静かな緊張が落ちる。


ハーミットは何も言わなかった。


ただ、ベルの言葉を、真正面から受け止めていた。


馬車の揺れが、わずかに強くなる。


ハーミットはベルを見据えたまま、低く言い放った。


「綺麗事にしか、聞こえないわ」


ベルは一瞬だけ言葉を飲み込む。


それでも、視線は逸らさなかった。


「綺麗事でもいいじゃない。話をしてから決めてくれたらいいから」


その言葉に、ハーミットの表情がわずかに歪む。


呆れとも、苛立ちともつかない微かな色。


「……食えない女ね」


吐き捨てるようでいて、どこか力の抜けた声だった。


ベルは小さく肩をすくめる。


「...それは初めて言われたわ」


そのやり取りに、ミリィが思わず小さく息を漏らす。


張り詰めていた空気が、ほんのわずかだけ緩む。


それでも、三人の視線の奥にはまだ、消えきらない重さが沈んでいた。


馬車は止まらない。


港町サルガスタへ向かって、ただ静かに進み続けていた。


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