余計なお世話というものよー
馬車の揺れが、やけに大きく感じられる。
ハーミットは視線を落としたまま、言葉を続ける。
「私が子供達を守るために提言した施術は、捻じ曲げられ、結果的に殿下の人生をも捻じ曲げてしまった」
ベルが、思わず一歩踏み込むように身を乗り出す。
「ハーミット…あなた」
その呼びかけに、ハーミットはすぐに首を振る。
「同情なんていらないわ。私の見通しの甘さが招いた結果よ。普段の私であれば、そうなることは予想できていた。なにせ、それこそが西大陸の考え方なのだから」
淡々とした言葉。
それでも、どこかで自分を責め続けている響きがあった。
「でもー」
そこで言葉が途切れる。
ハーミットは顔を上げないまま、両手を強く握りしめる。
やがて、ぽつりと零れ落ちるように。
「自分のアイデアに興奮を抑えられなかった…ゴミの様に扱われる子供達を助ける方法を思いついたって…私は柄にもなく…浮かれていたの」
その瞬間、堪えていたものが決壊するように、目から涙が溢れ落ちた。
静かに、けれど止められないまま。
ベルは言葉を失う。
ただ、目の前のハーミットを見つめることしかできなかった。
ミリィもまた、息を呑んだまま固まっている。
馬車の揺れだけが、変わらず続いていた。
そして、その中で。
「…ハーミット」
ベルの声が、静かに落ちた。
馬車の揺れが、少しだけ落ち着く。
ハーミットは一度大きく息を吸い込み、乱れかけた呼吸を整えた。
そして、まるで自分に言い聞かせるように言葉を吐き出す。
「全く、余計なお世話というものね。私のしたことは、ただただ、1人の男の人生を狂わせてしまっただけ」
声は落ち着いているが、その奥にはまだ震えが残っている。
窓の外へと視線を向けたまま、続ける。
「あの優しくて誠実な、人の痛みを自分のこととして受け止めてしまう様な、西大陸には全く相応しくない、空気の読めない嫌な男を、変えてしまった」
言い切ると、わずかに口元を歪める。
その表情は、責めているのか、懐かしんでいるのか――どちらともつかない。
ベルは黙ったまま、ハーミットの横顔を見ていた。
ミリィもまた、何も言えずに俯いている。
馬車は変わらず進み続ける。
その中で、重たい余韻だけが、しばらく残っていた。
その言葉が落ちた瞬間、馬車の中の空気が凍りつく。
車輪の軋む音だけが、やけに大きく響いた。
ベルは、ハーミットを見たまま言葉を失う。
数拍の沈黙のあと、静かに口を開いた。
「……だから、あなたは抵抗もしない、と言うの?」
ハーミットは視線を逸らしたまま、淡々と答える。
「これでわかったでしょ?私は、彼に何をされても文句は言えないの。そんな権利、私にはない。例え殺されたって…彼がそうしたいと思うのなら、甘んじて受け入れるわ。私にはそれだけの罪がある。彼の心と身体を犯してしまったのだから」
その言葉に、ベルの表情がわずかに強張る。
静かな声で、はっきりと返す。
「……違う」
短い一言。
だが、揺らぎはない。
ミリィが息を呑み、ベルの横顔を見上げる。
ベルは一度だけ目を閉じ、それから真っ直ぐハーミットを見た。
「あなたが何をしたかは、まだ全部はわからない。でも」
少しだけ言葉を区切る。
「だからって、“何をされてもいい”なんてことにはならないわ」
空気が、静かに張り詰める。
ベルは続ける。
「それは償いじゃない。ただの……逃げよ」
その言葉は強くもあり、同時にどこか優しかった。
馬車は揺れながら、止まることなく進み続けていた。
ハーミットの声が、張り詰めた空気を切り裂くように響いた。
「いいじゃない!逃げたって!私は逃げたいの!この結果から、現実から…逃げたいのよ…逃げたって…いいじゃない…」
言葉は崩れ、抑えていたものが一気に溢れ出す。
ハーミットは前屈みになり、両手で顔を覆った。
肩がわずかに震える。
指の隙間から、耐えきれなかった涙がぽたり、ぽたりと落ちていく。
馬車の揺れに合わせて、その雫が小さく弾んだ。
ベルは一瞬、何も言えずにその様子を見ていた。
だがすぐに、ゆっくりと手を伸ばす。
躊躇いはあった。
それでも、迷わずハーミットの肩に触れる。
何も言わず、ただそこにいることを示すように。
ミリィも小さく息を呑み、手を胸の前で握りしめたまま見守っていた。
馬車は変わらず進み続ける。
泣き声だけが、静かな空間に落ちていた。
ベルはハーミットに向けて、まっすぐに言葉を落とす。
「タブラスカさんを見つけよう。そして、ちゃんと話しましょう」
「今更…話なんて…」
ハーミットが力なく呟く。
ベルは首を横に振った。
「話すことを避けてきたんでしょ?きっとあなたは」
その一言に、ハーミットの肩がわずかに震える。
ベルは視線を逸らさず、静かに続けた。
「私にも似たような経験があるから…その人が何より大切にしているものを、私のせいで奪われてしまった時…」
ミリィが小さく息を呑み、ベルを見つめる。
ベルは一度だけ、ほんのわずかに視線を伏せた。
「私は彼と話すのが怖かった。自分が悪いのはわかっていた、わかっていたからこそ、彼に直接、責められることから避けていたの。その時の私は…きっと耐えられないとわかっていたから」
静かな声だった。
けれど、その奥には確かな痛みがあった。
「でも、彼は私を責めたりしなかった。そんな事思ってもなかったみたい。そんなことより、とにかく助けることだけを考えてたの」
ハーミットがゆっくりと顔を上げる。
ベルは、その視線を受け止めた。
「会って、話をしましょう」
一拍、間が空く。
ベルは続ける。
「じゃないと、本当の気持ちなんてわからないもの」
その言葉は、優しくもあり、逃げ道を塞ぐようでもあった。
馬車の揺れの中、三人の間に、静かな緊張が落ちる。
ハーミットは何も言わなかった。
ただ、ベルの言葉を、真正面から受け止めていた。
馬車の揺れが、わずかに強くなる。
ハーミットはベルを見据えたまま、低く言い放った。
「綺麗事にしか、聞こえないわ」
ベルは一瞬だけ言葉を飲み込む。
それでも、視線は逸らさなかった。
「綺麗事でもいいじゃない。話をしてから決めてくれたらいいから」
その言葉に、ハーミットの表情がわずかに歪む。
呆れとも、苛立ちともつかない微かな色。
「……食えない女ね」
吐き捨てるようでいて、どこか力の抜けた声だった。
ベルは小さく肩をすくめる。
「...それは初めて言われたわ」
そのやり取りに、ミリィが思わず小さく息を漏らす。
張り詰めていた空気が、ほんのわずかだけ緩む。
それでも、三人の視線の奥にはまだ、消えきらない重さが沈んでいた。
馬車は止まらない。
港町サルガスタへ向かって、ただ静かに進み続けていた。




