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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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英雄失踪ー

三日が経っていた。


街の空気は変わらない。人の流れも、喧騒も、何一つ。


それなのに、ベルの中には、あの時の光景がまだ残っていた。


ハーミットの、あの言葉と目。


振り払えないまま、ベルとミリィは通りを歩いていた。


人混みの中、ふとベルの視線が止まる。


見覚えのある背中。


白いコート。


わずかに傾いた歩き方。


ベルの足が、無意識に止まる。


ミリィも気付いたのか、小さく息を呑む。


その人影は、前と同じように――いや、少しだけ違って見えた。


包帯が増えている。


腕に、首元に、足元にも。


応急的に巻かれたような、雑さが残っている。


歩き方も、前と同じように不安定ではあるが――倒れそうなほどではない。


それでも、どこか無理をしているように見えた。


ベルが一歩、踏み出しかける。


その瞬間。


その背中が、ぴたりと止まった。


ゆっくりと振り返る。


つば広の帽子の下、視線がこちらを捉える。


一拍の間。


そして、口が開く。


「あ.あなたたち...」


小さく、息を吐くような声。


三日前と同じようで、少しだけ違う。


ほんのわずかに、力が抜けている。


「彼を見なかった?」


静かに、そう尋ねる。


その言葉に、ベルはすぐには答えられない。


三日前の拒絶が、頭をよぎる。


けれど同時に、目の前の姿から目を逸らすこともできなかった。


増えた包帯。


隠しきれていない違和感。


それでも、変わらず“彼”を探している。


ベルは小さく息を吸う。


ミリィもまた、言葉を飲み込んだまま、二人のやり取りを見守っていた。


通りの喧騒だけが、変わらず流れている。


その中で、三人だけが、わずかに立ち止まっていた。


三日ぶりに向き合う形になったまま、わずかな沈黙が流れる。


ベルは目の前の姿から視線を外さず、ゆっくりと口を開いた。


「…何かあったの?」


問いかけながら、その視線はハーミットの身体をなぞっている。


増えた包帯。隠しきれていない違和感。


ハーミットはその視線に気付いたように、わずかに身を縮めた。


片手で、自分の身体を抱くようにして覆う。


それから、少しだけ間を置いて答える。


「彼…タブラスカが昨日から帰ってなくて…聞けば、今朝になっても帰らず、慌てて探して始めたところという。今まで彼がこんなに長時間いないことはなかった」


淡々とした口調だった。


だが、言葉の端に、隠しきれない焦りが滲んでいる。


視線はどこか定まらず、落ち着かない。


それでも、話している内容だけははっきりとしていた。


ハーミットの関心は、自分の状態ではなく――あくまで“彼”に向いている。


その一点だけが、変わらず残っていた。




通りの喧騒の中、三人だけがわずかに浮いたように立ち止まっている。


行き交う人々のざわめきが、逆にその場の沈黙を際立たせていた。


ミリィが一歩だけ前に出る。


包帯の増えたハーミットの姿を見つめながら、言葉を選ぶように口を開いた。


「…あれから...ずっとあのままなんですか?」


声は小さいが、はっきりとした心配が滲んでいる。


ハーミットは一瞬だけ視線を落とし、それからわずかに息を吐いた。


「…あのままというより、日々変わってしまって…このざまよ」


吐き捨てるような声音だった。


自嘲にも似た響きが、かすかに混じっている。


ベルの視線が、ハーミットの身体をなぞる。


増えた包帯と、隠しきれていない痕跡。


確信に近いものが、静かに形になる。


「やっぱり、タブラスカにやられたのね」


その言葉に、ハーミットは何も返さない。


ただ、ほんのわずかに目を逸らした。


肯定も否定もしない沈黙が、そのまま答えになっている。


「私のことは今はどうでもいい…早く彼を見つけないと」


遮るように言い切る。


話題を強引に切り替えるその様子に、焦りが滲んでいた。


ミリィが小さく息を吸い、静かに続ける。


「…心配ですよね」


その言葉に、ハーミットの肩がわずかに揺れた。


ほんの一瞬の間。


それから、抑え込むように言い放つ。


「心配?…そんなんじゃないわ」


その声は平静を装っているが、どこか硬い。


感情を切り捨てるような、拒絶に近い響きがあった。


人通りの中で、三人の間にだけ張り詰めた空気が漂っている。


ハーミットは感情を押し殺したまま、淡々とした口調を崩さない。


「あなたたちがどう思っているか知らないけど、私にとって、あのタブラスカは世話をする対象でしかないのよ。仕事だから、やってるだけ」


その言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


ベルは一瞬だけ目を細める。


感情を飲み込むことなく、そのまま真正面から言葉をぶつけた。


「…仕事だから?仕事だから、そんな事されても我慢するの?」


空気がわずかに揺れる。


ハーミットの視線が、鋭くベルを射抜いた。


「…うるさいわね。先日も行ったけど、私たちのことは放っておいてちょうだい」


短く、切り捨てるような言葉。


それでもベルは引かない。


まっすぐに、変わらない目で応じる。


「余計なお世話だとは思うけど、関わった以上ほうってなんておけないわ」


ハーミットの口元がわずかに歪む。


苛立ちとも、諦めともつかない表情だった。


「…あなたのそういうところ、本当に嫌い」


間を置かずに返ってきたその言葉に、ベルは一度も視線を逸らさない。


「私も、そんなことする人も、そんなことされて我慢してる人も、どっちも嫌い」


静かな声だった。


だが、その中にある芯は強い。


ハーミットは小さく息を吐き、肩の力をわずかに抜く。


「…あら、気が合うわね」


皮肉とも本音ともつかない言葉が落ちる。


そのやり取りの横で、ミリィは身を縮めるようにして二人を見ていた。


視線を交互に動かしながら、言葉を挟む隙を見つけられずにいる。


強い感情がぶつかり合うその場に、ただ圧倒されるしかなかった。


人通りが途切れた通りの一角。三人だけが、その場に取り残されたように立っている。


遠くから聞こえる足音や声が、まるで別の世界のもののように響いていた。


ベルがハーミットを見据える。


「それで、心当たりとかないの?」


ハーミットはすぐには答えず、わずかに視線を落とす。


ほんの一瞬、迷いのようなものが浮かんでは消えた。


やがて、言葉を選ぶように口を開く。


「魔王殺しと戦ったことで、英雄タブラスカが使ったと言われる武器が必要だと、何度となく言っていたから…もしかしたら」


ミリィの肩が小さく震える。


不安を隠しきれないまま、控えめに問いかけた。


「それは…?残っているんですか?」


ハーミットは一度目を閉じ、息を整えるようにしてから答える。


「あるわ。いえ、あるらしいわ」


その曖昧な言い方に、ベルの視線が鋭くなる。


「らしいって?」


ハーミットは視線を逸らしたまま、淡々と続ける。


「西大陸にある王陵、英雄タブラスカの墓に納められているらしいの」


その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気がわずかに重くなる。


ベルの目がわずかに見開かれ、思考が一気に動き出す。


「じゃあもしかして…」


ハーミットは短く、しかしはっきりと頷いた。


「もしかするかも、知れない」


そして、わずかに拳を握る。


決意を押し込めるように、はっきりと言い切った。


「だから西大陸に戻る前に、捕まえないと」


その言葉だけが、静かな通りに真っ直ぐ残った。


人通りが再び戻り始める中、三人の間だけは張り詰めた空気が残っていた。


ベルが視線を少し上げ、静かに口を開く。


「そうなると…ここから西大陸へ向かうなら」


ミリィは一度だけ辺りを見回し、記憶をたぐるようにして答えた。


「ここから1番近くて、大きな港があるのは、サルガスタでしょうか…交易が盛んで流通の拠点になっている街です」


その言葉に、ハーミットの表情がわずかに動く。


「…サルガスタ、か。ありえるわね」


短くそう言うと、踵を返し、二人に背を向けた。


決断したように、迷いのない足取りで歩き出す。


その背中を見て、ベルがすぐに声を上げる。


「待って、私たちも行くわ」


足を止めたハーミットが、ゆっくりと振り返る。


視線は冷たくも、どこか疲れを含んでいた。


「…教えてもらっておいてなんだけど、これ以上関わらないで欲しいのよ」


一拍置いて、言葉が続く。


「こんなことになったのは、あなた達と関わったせいとも言えるのだから」


その言葉は、拒絶でありながら、どこか責任を引き受けるようでもあった。


ベルが小さく息を吸い、ミリィに視線を向ける。


「ミリィ。行くわよ」


ミリィはすぐに頷いた。


次の瞬間、二人は左右からハーミットに歩み寄る。


戸惑う間もなく、彼女の腕をそっと支え、そのまま立たせるように抱え上げた。


「なっ!ちょっ…」


突然のことに、ハーミットの声がわずかに上ずる。


身体が浮いた感覚に、抵抗しようと力が入るが、ベルはそのまま揺るがない。


真っ直ぐにハーミットを見て、はっきりと言い切る。


「悪いけど、私達のせいだと言うなら、関わらせてもらうわ。最後まで」


一瞬、空気が止まる。


ハーミットは小さくため息をつき、力を抜いた。


「…もう、勝手にしなさい」


呆れたようでいて、どこか諦めた声。


ベルはすぐに表情を明るくする。


「うん、そうさせてもらうわ!」


ミリィが少しだけ胸を張り、前を向く。


「では参りましょう。港町サルガスタへ!」



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