最終技ー
ベルが静かに息を吐く。
「……仕方ねぇな」
視線をタブラスカに据えたまま、低く呟く。
「エンカ――鳳翼無双」
次の瞬間。
爆ぜるように、炎が噴き上がった。
赤。
深く、濃く、揺らぎながらも決して崩れない炎が、ベルの全身を包み込む。
その中に、金の火の粉が混じる。
星屑のように舞い、軌跡を残して夜へ散る。
背中から炎が広がる。
形を成す。
不死鳥の翼。
大きく、ゆったりと広がり、羽ばたくたびに金の火の粉を撒き散らす。
地面が焼ける。
空気が歪む。
それでも炎は荒れない。
静かに、荘厳に燃え続ける。
ベルが一歩、踏み出す。
「180秒だけだ」
タブラスカが踏み込む。
迷いはない。
拳を叩き込む。
瞬間――炎が弾けた。
「っ……!」
触れた腕が焼ける。
だが止まらない。
そのまま押し込む。
だが、届かない。
炎が受け止め、すべてを拒む。
ベルが口元を歪める。
「無駄だ……今の俺は無敵だからな!」
踏み込む。
炎を纏った拳が振り抜かれる。
タブラスカはそれを受け流す。
――が、その手が焼ける。
一瞬の遅れ。
ベルが間合いを詰める。
「はっ!」
炎ごと叩き込む。
衝撃。
タブラスカの身体が弾かれる。
それでも、崩れない。
着地と同時に踏み込み返す。
その瞬間。
全身の紋様が、一斉に光を放った。
「なら――こちらも限界まで」
肩、胸、腕、脚。
刻まれた紋様すべてが連動する。
光が走る。
身体の内側から溢れるように。
「――英雄召喚」
空気が歪む。
地面が軋む。
タブラスカの存在が、引き上げられる。
ベルが笑う。
「いいじゃねぇか」
炎の翼が、大きく揺れる。
「来いよ」
タブラスカの白い肌が、変質する。
艶を帯びた白が、硬質へと変わる。
まるで鋼のように。
同時に、全身に刻まれた紋様が繋がる。
赤い光が線となって走り、身体を縫い上げる。
タブラスカは静かに息を吐く。
「英雄召喚を発動した僕に、生半可な炎も攻撃も効かないよ――英雄は傷つかない」
ベルが笑う。
「前にビビってやつも使ってたな!」
炎の翼が大きく広がる。
「俺の鳳翼無双、どっちが強いか――勝負だ!」
地面を蹴る。
跳ぶ。
夜空へと舞い上がるベルの背で、不死鳥の翼が大きく開く。
尾が広がり、金の火の粉を撒き散らす。
タブラスカが迎撃の構えを取る。
ぶつかる。
ベルの拳が唸る。
続けて蹴り。
さらに拳。
連撃。
炎を纏った打撃が、間断なく叩き込まれる。
だが――
タブラスカはすべてを捌く。
両手の手刀で、的確に。
叩き落とす。
弾く。
流す。
無駄がない。
一切のブレがない。
だが――
そのたびに、炎が食い込む。
鋼のような肌が焼ける。
わずかに、だが確実に。
タブラスカの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。
ベルが踏み込む。
「押し切る!」
炎が一段、強く燃え上がる。
ベルが腰を落とす。
炎の翼が大きく広がり、尾が揺れる。
力を溜める。
空気が震える。
「やったことねぇけど、ちょっと無茶するぜ!」
低く呟く。
「カレン!鳳翼無双+鬼の剛力……5倍!重ねろ!」
瞬間――
ベルの全身から、力が溢れ出す。
炎が渦を巻く。
赤がさらに濃くなり、金の火の粉が激しく舞う。
地面が軋み、空気が歪む。
タブラスカの目がわずかに見開かれる。
「おいおい、それはさすがに……ないんじゃないかっ!」
だが退かない。
両腕を交差する。
その手の甲に刻まれた紋様が、さらに強く輝く。
光が一点へと収束していく。
「英雄召喚――英雄の一撃」
全身の魔力が、拳に集まる。
空気が圧縮される。
音が消える。
ベルが踏み込む。
炎を引き裂きながら、一直線に。
「くらえ!」
タブラスカも踏み込む。
迎え撃つ。
「迎え撃つ!」
二つの拳が――
ぶつかる。
瞬間。
光と炎が爆ぜた。
衝撃が、周囲を薙ぎ払う。
地面が割れ、空気が吹き飛ぶ。
ミリィとハーミットが思わず目を覆う。
中心で。
押し合う。
炎と光。
力と力。
拮抗――
だが。
わずかに。
ほんのわずかに。
ベルの拳が、押し込む。
タブラスカの腕が、軋む。
「っ……!」
歯を食いしばる。
それでも耐える。
だが、押し切れない。
炎が、飲み込む。
ベルがさらに踏み込む。
「終わりだ!」
衝撃。
タブラスカの身体が弾けるように吹き飛び、地面へと叩きつけられる。
ベルが立ち止まる。
全身を覆っていた炎が、ふっと消える。
夜の空気が戻る。
「……残り10秒……ギリギリだったな」
小さく息を吐く。
タブラスカは地面に倒れたまま、肩で荒く息をしている。
動かない。
ただ、呼吸だけが乱れている。
少し離れた場所で、ハーミットがその様子を見ている。
その目は――まだ戦いの熱を帯びていた。
「……はぁ……」
興奮が、少しずつ引いていく。
視線が、タブラスカへと戻る。
一拍。
そして。
「……あ」
表情が変わる。
一瞬で血の気が引く。
次の瞬間、弾かれたように駆け出した。
「やめ!やめーーーっ!」
突然の叫びに、ベルが眉をひそめる。
「……なんだよ」
振り返る。
ハーミットはそのまま全力で駆けながら、叫ぶ。
ハーミットが踏み込む。
「そこまでよ!」
ベルはその場に座り込む。
「どっちみち、俺もからっぽだ。これ以上は無理だな」
タブラスカが視線だけをベルへ送る。
「……悔しいな。勝てないまでも、もう少し戦えると思っていたのだが」
ベルが肩をすくめる。
「よく言うぜ」
荒かった呼吸が、少しずつ整っていく。
タブラスカはゆっくりと息を吐いた。
「これで僕は、彼女にも、君にも……2人のベル・ジットどちらにも、負けてしまったわけか」
ベルが苦笑する。
「あぁ、まぁそうなるかな」
タブラスカが身体を起こす。
そして、右手を差し出す。
「負けた僕が言うのもなんだけど、いい勝負だった」
ベルも手を伸ばす。
「あぁ」
タブラスカがわずかに笑う。
「機会があればまた、戦ってくれるかい?」
ベルも笑う。
「機会ってのは、作るもんだろ」
「違いない」
二人の手が、しっかりと握られる。
その瞬間――
ぎしり、と。
ほんのわずかに、力が強くなる。
ベルの眉が、かすかに動く。
「……おい?」
タブラスカは、笑ったまま。
だがその指先に、微かな震えが走る。
握る力が、さらに強くなる。
離さない。
「……」
ハーミットの表情が、変わる。
「ちょっと……それ――」
言い終わる前に。
タブラスカの肩が、びくりと跳ねた。
その瞳の奥で――
何かが、揺れる。




