知ってるわよー
戦いが終わり、街へ戻った四人。
タブラスカは軽く肩を回しながら、穏やかな声で食事を提案する。
「せっかくだし、何か食べに行かないか?」
だが、ベルとミリィは顔を見合わせてから、揃って首を横に振った。
「ごめんなさい、私たち……お風呂に行きたくて」
その言葉にハーミットも小さく頷く。
「私も同意です。さすがにこの格好では、落ち着きませんし」
三人はどこかすっきりとした表情で、そのまま並んで歩き出す。
向かう先は大衆浴場。
「それじゃ、また後で!」
ベルが振り返って手を振ると、ミリィも小さく会釈し、ハーミットは軽く片手を上げた。
あっという間に背中が遠ざかっていく。
タブラスカはその様子を見送りながら、ふっと息を吐いた。
「……さて、僕はどうしようかな」
苦笑を浮かべたまま、その場に一人残された。
大衆浴場に着いた三人は、それぞれ手早く準備を整え、浴場へと向かった。
広い浴場には、まだ時間が早いこともあって客の数はまばらだが、それでも数人の姿がある。
三人はそれぞれ離れて身体を洗い始めた。
ベルは丁寧に髪を濡らし、泡を立てながら一つひとつ確かめるように洗っていく。
ミリィは少し緊張した様子で周囲を気にしながらも、しっかりと自分の身体を洗い流していく。
ハーミットは無駄のない手つきで淡々と身支度を整え、長い髪も素早くまとめていく。
やがてそれぞれが身体を洗い終えると、三人は同じ湯船へと足を踏み入れた。
「……はぁ……」
ベルが小さく息を吐く。
温かい湯が身体を包み込み、張り詰めていた緊張が少しずつほどけていく。
ミリィも肩までゆっくりと浸かり、ほっとしたように目を細めた。
ハーミットは静かに息を吐きながら、目を閉じて湯の温もりを確かめる。
三人はしばらく何も言わず、ただ湯に身を委ねていた。
ベルは湯に肩まで浸かりながら、ふと自分の手元を見下ろした。
「その指輪、お風呂に入る時も外さないの?」
「え?」
ベルは少し慌てて指輪に触れ、申し訳なさそうに視線を上げる。
「あ、ごめんなさい。これはちょっと外せなくて」
気まずそうに言いながら、恐る恐る尋ねる。
「……気になります?」
ハーミットは一度ベルの指先に視線を落とし、それからゆっくりと目を細めた。
「ええ、気になるわね」
その視線は静かで、どこか鋭い。
「——あの『魔王殺し』と同じ、姫神の指輪を持っているなんて」
その一言に、ベルとミリィの動きが一瞬止まる。
ベルは思わず顔を上げた。
「なんで……さっき知らないって」
ミリィも小さく息を呑む。
「……本当は知ってた、んですか?」
その問いに、ハーミットは表情を変えず、右足を湯船からゆっくりと伸ばした。
両手で足首を掴み、慣れた手つきで揉みほぐし始める。
どうやら、それが彼女の習慣らしい。
「もちろん知ってるわ。当然でしょう」
落ち着いた声で続ける。
「各国家の中枢にいる人間で、魔王殺しと、その関係者たちに関する情報を知らない者なんて、今どきいるわけないでしょ」
ミリィが不安そうに身を寄せる。
「それじゃ……タブラスカさんも?」
ハーミットは右足のマッサージを終えると、何事もなかったかのように左足を持ち上げ、同じようにほぐし始めた。
「彼は別よ。彼は——魔王殺し本人以外の情報を、あまり聞きたがらなかったから」
ベルは小さく眉を寄せる。
「それは……どういう?」
問いかけに、ハーミットは一瞬だけ動きを止めた。
「さぁね」
左足を揉みながら、わずかに視線を逸らす。
「彼の考えなんて、私にはわからないわ」
ベルは小さく眉を寄せた。
その声は、どこか静かながらも——わずかに、怒りをはらんでいるように感じられた。
ミリィが少し身を乗り出すようにして口を開く。
「さっき各国家の中枢と言いましたけど……ハーミットさん達って……」
ハーミットは軽く片眉を上げた。
「あら?もしかして彼、まだ話してなかったのかしら?話すと言ってたのに。まったく……」
その声には、先ほどよりもわずかに強い棘が混じる。
ミリィが思わず肩をすくめると、ハーミットは続けた。
「私はククルカンナの国家機関に属しているの。そして彼——タブラスカことプレレッサ・オンリーは王家の人間よ」
ミリィは小さく目を見開いた。
「西大陸のオンリー家といえば……」
ベルが首を傾げる。
「知ってるの?」
ミリィは少し緊張しながらも、言葉を選ぶように答えた。
「昔、聞いたことがあります。英雄願望の強い西大陸の中でも、とりわけ英雄に強い信仰を持つ家だと……」
ハーミットは足のマッサージを終えると、手を軽く叩いた。
「すごいわ。その歳でよく知っているわね。その通りよ」
素直に褒められたミリィは、照れたように視線を伏せる。
「あ、だから『魔王殺し』に会いに来たって……?」
ハーミットは軽く目を細める。
「そこは話してるのね。まったく、いつも肝心な事は言わないくせに、余計なことばかり言うんだから」
ベルは少しだけ困ったように笑う。
「あー……なんかわかります。あの人そういうとこありますよね」
その言葉に、ハーミットの眉がわずかに動いた。
「まだ会って数日のあなたに、彼の何がわかるのかしら?」
ベルは少し考えてから、素直に答える。
「……空気の読めなさ、かな?」
「……それはたしかに」
ハーミットは思わずふっと笑った。
空気がわずかに和らぐ。
だがすぐに、ベルは真剣な表情に戻る。
「それで……ハーミットさんも『魔王殺し』が目的なんですか?」
核心に触れる問い。
ハーミットの視線が、まっすぐベルに向けられる。
「いいえ?違うけれど、どうして?」
「え?違う……の?」
ベルが目を丸くする。
ハーミットは何事もなかったかのように右腕のマッサージを始めた。
「私は魔王殺しにはそれほど興味はないわ。関心くらいはあるけどね」
淡々と続ける。
「今回に限っては、魔王殺しに会いに行く殿下の世話と健康管理が主な役目。余計なことをする気はないわ」
少し間を置いて、ぼそりと付け加える。
「……ただでさえストレスが溜まるのに」
ミリィがそっと右手を挙げる。
「どうして、プレレッサ殿下は英雄タブラスカを名乗っているのですか?」
ハーミットは少しだけ目を細めた。
「いい質問ね。詳しくは言えないけど、英雄願望を望む民と一族の期待に応えている……と言ったところかしら。彼、責任感の塊みたいな人だから」
そう言いながら、どこか遠くを見つめる。
その視線には、語られない何かがにじんでいた。
ミリィはその答えに、まだ少し納得しきれない様子で小さく頷く。
「……そう、ですか」
ハーミットは視線をベルに戻す。
「それで、あなたは魔王殺しのなんなのかしら?どうして同じ姫神の指輪を?」
少し間を置き、言葉を重ねる。
「ましてや、その能力を使えるなんて。無関係とは言わせないわよ」
ベルは一瞬だけ目を伏せると、ゆっくり顔を上げた。
「もう知れ渡ってることだから、今更、隠す気もないけど……私、彼とは子供の頃から兄妹みたいに育ってきたから」
その答えに、ハーミットは特に表情を変えない。
「ふぅん、そうなの」
興味がないというより、確認が取れた——そんな反応だった。
そして、何事もなかったかのように左手のマッサージを始める。
ベルは思わず身を乗り出す。
「え?自分から聞いておいて……その反応?」
ハーミットは淡々と答えた。
「言ったでしょ。私、魔王殺しにはそんなに興味ないの。とは言え、気になることはハッキリさせないと気が済まない性分だから」
ベルは少しだけ肩の力を抜き、納得したように息を吐く。
「あー……そうなんだ」
ハーミットはマッサージを終えると、小さく息を吐きながら大きく背伸びをした。
「一つお願いがあるんだけど」
伸びをした拍子に、肩から胸元にかけての豊かなラインが浮かび上がり、ベルとミリィは思わず視線を逸らす。
ハーミットはそんな二人の様子を気にもせず、ゆっくりと体を戻した。
ハーミットは軽く息を整えると、ベルをまっすぐに見た。
「あなた、魔王殺しの知り合いなら、彼を魔王殺しに紹介してくれないかしら?」
ベルは目を瞬かせる。
「……私が?」
「だって、その方が話が早いでしょう? 私、早くこの仕事から解放されたいのよ」
あっさりとした口調で言い切るハーミットに、ベルは少し考え込む。
「うーん……それはわかるけど……」
横からミリィが小さく顔を上げる。
「……ベルさん、どうします?」
ベルは視線を落とし、指先を少し握りしめる。
「どうしよっか。いいっちゃいい気もするけど……あいつがなんて言うか」
その言葉に、ハーミットは間髪入れずに頷いた。
「いいわ。それじゃ今夜時間作ってちょうだい。約束しましょう」
「え?ええ?」
ベルが思わず声を上げる。
ハーミットは構わず続けた。
「これから帰ったら、一時間後にあの店で集合。いいわね?」
ベルは頭を抱えかける。
「う、うわぁ……強引すぎる」
だがハーミットは一切気にせず、きっぱりと言い切った。
「そうと決まれば上がりましょう。時間は有限、1秒も無駄にできないわ」
そう言うと、身体を隠すこともなく立ち上がり、そのまま湯船を出る。
水音が静かに響く。
そのまま足早に脱衣所へ向かう背中を、ベルとミリィは思わず目で追った。
二人もゆっくりと湯船から立ち上がる。
しっかりとタオルで身体を包みながら、同じように脱衣所へと向かった。
ベルは思わずハーミットの背中を見送りながら、小さく呟いた。
「スタイルに自信ある人って……本当隠さないよね」
その言葉に、ミリィは少しだけ顔を赤らめながらも、こくりと頷く。
「……はい。堂々としていて、すごいと思います」




