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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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戦え!思うがままにー

ベルは息を乱しながら、それでも笑う。


「褒めてもらえて……嬉しい、わ!」


額に触れたままのタブラスカの手首を、両手で掴む。


逃がさない。


アダラとビビの稽古がよぎる。

密着している相手の動きなら、少しは読める。


タブラスカはわずかに目を細めた。


「やるじゃないか」


そのまま、掴まれた腕をほんの少しだけ前に押し――引く。


一瞬。


ベルの体幹が崩れる。


「うっ、わっ!」


前のめりに倒れ込む。


その身体を、タブラスカは空いている方の腕で自然に受け止めた。


衝撃もなく、すっと収まる。


距離が、近い。


タブラスカはそのまま、静かに言う。


「掴んだら、すぐ次の攻撃に移らないと。こうなるよ?」


抱き止めたまま、もう一度。


ベルの額に、人差し指を当てる。


吐息がかかるほどの距離で、囁いた。


ベルの顔が真っ赤になり、戸惑いながら身をよじる。


「ち……近いっ」


タブラスカは微笑み、穏やかな声で言う。


「君は純粋だな。そういうところは、かわいいね」


瞬間、ベルがぎゅっと強く目を瞑る。、


その仕草を見た瞬間、タブラスカの視線がわずかに鋭くなり、同じく目を閉じる。


ミリィが慌てて両手で耳を覆い、ぎゅっと目を閉じる。


ベルはそのまま、両手で掴んでいたタブラスカの手を離し、自分の耳を押さえ、大きく息を吸い込んだ。


「アカリィぃぃぃぃぃぃっっっ!!!」


瞬間。


全身から、強烈な閃光が放たれた。


視界を焼くような白光が一帯を覆い、同時に——


爆ぜるような音が、空気を震わせる。


遅れて、耳を突き抜けるような轟音。


光と音が同時に襲いかかり、空間そのものが揺れた。


至近距離。


逃げ場はない。


だがタブラスカは、あらかじめ目を閉じていたことで視界のダメージを最小限に抑える。


それでも——


重なるように叩きつけられた大音量が、思考を一瞬だけ揺らす。


「……っ」


タブラスカはわずかに顔をしかめ、咄嗟にベルを手放し、両手で耳を押さえた。


同じ閃光と轟音は、少し離れた場所にいたハーミットをも容赦なく襲う。


「……っ、またぁっ…!?」


目を焼くような光に、目を押さえる。


続けて押し寄せる轟音に、思考がかき乱される。


「……っ、くっ……!」


堪えきれず、ハーミットはその場に膝をつき、耳を押さえてうずくまった。


視界と聴覚を同時に奪う暴力的な一撃が、空間を支配する。


その一瞬。


タブラスカは、ゆっくりと目を開ける。


「これは……強烈だな」


両手を耳から離す。


しかし——


耳はまだ、何も受け取らない。


音がない。


ただ、世界が静寂に沈んでいる。


ハーミットが何かを叫んでいる。


口の動きは見える。必死に何かを訴えている。


だが、何も聞こえない。


タブラスカは視線を巡らせる。


そして——


背後に、わずかな気配。


振り返る。


そこには、再び三体のベル。


光の残滓を帯びた、三つの影。


どれもが本物に見えるほどに、同じ気配を持っている。


タブラスカは静かに人差し指を上げる。


再び、見極めようとする動き。


だが——


指が、途中で止まる。


「これは……どれも違うね」


言葉を置くと同時に、身体を反転させようとする。


その瞬間——


タブラスカの両足が、影に呑まれるように掴まれた。


黒い腕。


地面から伸びたそれが、しっかりと足首を拘束する。


一瞬。


ほんの一瞬だけ、動きが止まる。


その刹那。


三体のベルのうち、右側の“姿”が揺らぐ。


水のように輪郭が崩れ——


次の瞬間。


中から、本物のベルが飛び出した。


間合いは、完全に詰められている。


ベルが飛び出した勢いのまま、右手を大きく振りかぶり、手のひらでタブラスカの頬を打つ。


「パァンッ」


軽いが、よく響く音が広がった。


その反動で、ベルの体は勢いのまま地面に転がる。


息が詰まり、すぐには起き上がれない。


咳き込みながら肩で大きく呼吸をし、乱れた息を必死に整えようとする。


立ち上がろうとするが、体に力が入らない。


地面に爪を立てるようにして、かろうじて身を起こそうとする。


タブラスカはその様子を見下ろし、ゆっくりと頬に手を当てた。


そして——


「やめ!」


ハーミットが声を上げた。


ベルは地面に転がったまま、荒い呼吸を繰り返しながら、かすれる声で何かを呟いた。


その言葉は、自分自身に向けるような響きを帯びている。


だが、タブラスカの耳には届かない。


タブラスカは首を傾げる。


「なんて言ったんだい?」


ベルはもう一度、何かを言う。


しかしやはり、その声は届かない。


タブラスカは小さく肩をすくめ、やれやれといった様子で首を振ると、ゆっくりとベルへ歩み寄った。


だがその歩みの中で、わずかに眉が動く。


耳の奥に残る鈍い圧。


音が遠く、こもっている。


ハーミットの声も、周囲の気配も、どこか曖昧にしか捉えられない。


そして、同じくゆったりとした動作で右手を振り上げる。


その瞬間、ベルの目が見開かれた。


「だめーっ!!」


咄嗟にハーミットが後ろから飛びつき、タブラスカの右腕にしがみつく。


眼鏡は外れ、片方のハイヒールは脱げている。


白いコートは埃にまみれ、ストッキングにも小さな穴がいくつも空いていた。


腕に組みつかれたタブラスカは、その姿を見て一瞬だけ目を細める。


そして、察したようにゆっくりと腕を下ろした。


「あぁ、もう終わりなんだね」


その言葉は、まだ遠く、こもったままのまま。


それでもハーミットの必死さから、意味だけは十分に伝わっていた。


ハーミットとミリィ、そしてベルが、それぞれ小さく安堵の息を吐いた。


ややあって、ハーミットは投げ捨てた眼鏡を拾い上げ、ゆっくりと掛け直す。白いコートの埃を払いながら、どこかで脱げ落ちたハイヒールを探して視線を巡らせた。


ミリィは座り込んだままのベルに寄り添い、その背をそっと摩っている。


ベルはようやく呼吸が落ち着いたのか、ミリィと小さな声で言葉を交わし、柔らかく笑みを浮かべていた。


タブラスカはその場に立ち尽くしたまま、静かに息を吐く。


そして——


ようやく耳の奥に残っていた鈍い膜が晴れていくのを感じた。


軽く両耳を手のひらで叩くと、周囲の音がはっきりと戻ってくる。


タブラスカはベルへと向き直り、穏やかに微笑んだ。


「すごいね。完敗だよ」


ベルはそれに気づくと、少しだけ照れたように小さく会釈する。


「えへへ、どうも」


タブラスカは静かに問いかける。


「あの力はなんだい? 魔力は全く感じなかったけど」


ベルは一瞬だけ視線を落とし、それから自分の指に並ぶ十の指輪を見つめる。


「これは——姫神って言って、私たちだけの特別な能力、みたいな?」


そう言いながら、そっと指輪に触れる。


「ありがと」


小さく、呟いた。


タブラスカはその言葉を聞き取り、わずかに目を細める。


「姫神か……知ってるかい?」


隣では、ハーミットがストッキングの裂け目に指をかけ、穴から広がるほつれを思い切って引き裂こうとしていた。破れかけた布を、いっそ完全に引き裂いて取り去ろうとしているようだ。


ハーミットは一瞬手を止め、静かに首を振った。


「いいえ、私も聞いたことがありません」


タブラスカは静かに息を整え、ベルを見た。


「なんにしても、この勝負は君の勝ちだ」


ベルは少しだけ肩の力を抜き、頷く。


「自分でも上手くいったなーと思ってるんだ。散々シミュレーションしたんだから」


タブラスカは苦笑しながら首を振る。


「まさか僕が負けるとは思わなかったな。正直、恐れ入ったよ」


ベルは少し照れたように視線を逸らしながらも、はっきりと返す。


「あなたが油断してなければ、こんなに上手くはいかなかったと思います」


タブラスカは肩をすくめて笑った。


「耳が痛いよ。二つの意味でね」


ベルはぱっと笑顔になり、元気よく言う。


「英雄も油断してると足元掬われるってことですね!」


「まさに。勉強になったよ。ありがとう」


タブラスカは穏やかにそう言うと、少し間を置いてから問いかけた。


「どうだい?スッキリしたかい?」


その言葉に、ベルはゆっくりと埃を払いながら立ち上がる。


そして——


最高の笑顔で、Vサインを掲げた。

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