意地のぶつけあいー
朝の光が、ゆるく差し込んでいる。
テーブルの上には簡単な食事。
ハーミットは椅子に腰掛けたまま、気だるそうにカップを傾けていた。白衣のようなコートを羽織り、その下には赤いワンピース。脚には黒いストッキング、足元は赤いヒール。整った体のラインは隠しきれず、無造作に組んだ足がそれを強調している。金髪のストレートが肩に流れ、眼鏡の奥の碧眼は、朝から機嫌が良いとは言えない色をしていた。
向かいに座る青年は、静かに食事を続けている。白い髪、白い肌、青い瞳。長い髪は首の後ろで一つに結ばれ、肩からは赤地に金の刺繍が施された布を掛けている。白い緩やかなズボンに、足元はレザーのサンダル。整った所作に無駄はなく、静かで穏やか、それでいてどこか現実から少し浮いたような存在感があった。
会話はない。けれど沈黙でもない、いつもの朝。
そこに、足音が近づく。軽い足取りが二つ。
扉の向こうで一度だけ止まって、すぐに開いた。
ベルが顔を出す。
「――あ、いた」
その後ろで、ミリィが少し遅れて覗き込む。
「べ、ベルさん、やっぱりちょっと待ってくださいって……」
ベルはそのまま中に入り、迷いなく歩く。ミリィも慌てて後を追った。
二人はそのままテーブルの前で止まる。座っている二人を見下ろす形。朝の静かな時間に、場違いな距離だった。
タブラスカが顔を上げる。
「やぁ、おはよう」
ベルは軽く頭を下げる。
「おはようございます」
ミリィは一拍遅れて、ぎこちなく続いた。
「……おはよう、ございます」
ハーミットはカップを持ったまま、眉を寄せる。
「おはようって……あなた達は先日の……」
ベルが先に口を開く。
「また会いましたね。ハーミットさん」
ハーミットはため息混じりに視線を細めた。
「昨日は彼と一緒にギルドの依頼をこなしてたって聞いたけど……まさか、また彼を誘いに?」
ベルは小さく笑う。
「そんな、まさか」
タブラスカが穏やかに口を挟む。
「僕はぜんぜん構わないよ。むしろ大歓迎」
「ちょっと……やめてください」
ハーミットがすぐに制する。
ベルは肩をすくめて笑った。
「あはは。その話は置いといてー」
タブラスカが興味深そうに視線を向ける。
「今日はどんな用件だい?」
ベルは一歩も引かず、そのまま言った。
「タブラスカさん、私と勝負しませんか?」
「……は?」
ハーミットの声が止まる。
タブラスカは一瞬だけ間を置いて、わずかに笑った。
「……君は本当に、面白いな」
後ろで、ミリィが力なく声を漏らす。
「ベルさーん……」
ハーミットがカップを持ったまま立ち上がる。
「ちょっと……あなた、いったい何を言い出すの?」
ベルはあっさりと言う。
「私と彼とで、勝負してみたくなったんです」
ハーミットは額に手を当てた。
「だから……なぜそうなるの!?」
タブラスカが穏やかに口を開く。
「ハーミット、別にいいじゃないか」
わずかに微笑む。
ベルもそれを見て、軽く笑った。
「あなたならそう言ってくれると思ってた」
「ご期待に添えてなによりだよ」
ハーミットは眉を寄せたまま、ため息をこぼす。
「私としては、あまり私たちに関わってほしくないのだけれど」
ベルはあっさりと言う。
「それは無理です。だってもう関わっちゃったもの」
タブラスカが小さく笑う。
「ははは、たしかに間違いないね」
「プレ……タブラスカ様!」
ハーミットが思わず声を強める。
タブラスカは軽く肩をすくめた。
「ハーミット、諦めて。彼女は引かないよ」
ベルは迷いなく言い切る。
「はい。意地でも勝負してもらいます」
ハーミットの眉がさらに寄る。
「あなた……いい加減に――」
その言葉を、タブラスカの声が遮った。
「ハーミット!」
一瞬だけ、空気が止まる。
タブラスカは穏やかなまま、しかしはっきりと言う。
「いい加減にするのは、君だ」
ハーミットは言葉を飲み込み、苛立つように爪を噛む。
タブラスカが小さく息を吐いた。
「すまないね。ベル君」
ベルは首を振る。
「わがまま言ってるのは私なので。でも、ごめんなさい」
一歩踏み込む。
「私のわがまま、聞いてください!」
勢いのまま、頭を下げる。
その様子を見て、タブラスカはわずかに目を細めた。
「本当に、昨日までの君とは違うんだね」
ベルはすぐに顔を上げる。
「変わってないよ。ただいろいろ考えるのやめて、気持ちのままに行動するって決めただけ!」
街の外。
建物も人影も離れた、開けた平地。
風が抜けるだけの、何もない場所。
向かい合う二人の間に、余計なものはない。
少し離れた位置で、ハーミットとミリィが見ている。
風が、二人の間を抜けた。
タブラスカが一歩前に出る。
「それじゃ、ルールを決めよう」
穏やかな声。
けれど場は自然と締まる。
「武器は使わず、無手。どちらかが降参するまで」
一拍。
ベルを見る。
「いいね?」
ベルはすぐに頷いた。
「うん、それでいい」
そのとき、少し離れた位置から声が入る。
「もう一つ」
ハーミットが腕を組んだまま、鋭く言った。
「わたしが『やめ』と言ったら、どんな場合でもそこで終了しなさい」
視線は二人を順に射抜く。
「いいわね?」
ベルは素直に頷く。
「はい」
タブラスカも軽く肩をすくめた。
「もちろん」
ハーミットは小さく息を吐いた。
「……まったく」
タブラスカが再びベルへ向き直る。
「じゃあ――」
わずかに足を引く。
構えはない。
けれど隙もない。
「いつでも来ていいよ」
風が、二人の間を抜けた。
ベルが腰を落とし、両手を前に出して構える。低く、ぶれない姿勢。対するタブラスカは変わらず立ったまま。力みも、構えもない。
「構えないの?」
ベルが言う。
タブラスカはわずかに首を傾ける。
「必要となれば」
ベルはふっと笑った。
「余裕出しちゃって、ムカつく!」
軽い声。けれど目は外れていない。
タブラスカも、わずかに笑う。
「君こそ、ずいぶんと余裕があるね」
「あなたが私よりはるかに強いの知ってるから、逆に思いっきり胸を借りようと思って」
タブラスカはわずかに頷く。
「それは素晴らしい。どうしてこんな勝負を挑んだんだい?」
ベルは少しだけ視線を逸らして、
「昨日言い合って、まだまだ言い足りないから……」
一歩、踏み出す。
「スッキリしようと思って!」
地面を蹴る。
一気に距離を詰める。
頭の奥で、記憶が弾ける。
ビビとアダラに稽古をつけてもらった時のこと。
思い出せ。みんなが力になろうとしてくれたことを。
ミリィと共に攫われた時も、結局何もできなかったことー。
神殿にあいつを封じられて、絶望して諦めかけたことー。
前回、指輪を取られて、何もできなくて悔しくて泣いたことー。
いつもいつも困ったらあいつに全部任せて、私はただ待っていたことー。
全部、忘れない。
忘れないまま――私は、強くなる。
タブラスカの目前まで迫る。
それでも、彼は動かない。
ベルは右手を突き出す。
「アカリ! お願い!」
ミリィがはっとして、両手で目を覆う。
瞬間、ベルの掌から強烈な光が放たれた。
真昼の太陽の下でもなお、視界を焼くほどの閃光。
少し離れた位置で見ていたハーミットも、反射的に顔をしかめる。
「っ……!」
次の瞬間、たまらず眼鏡を投げ捨て、片手で目を押さえた。
「ちょっ……なにこれ……っ!」
タブラスカがわずかに顔をしかめ、左手で目を覆う。
「……目眩ましか」
その隙に、ベルは背後へ回り込む。
気配で反応するタブラスカ。
だが、動かない。
(気付いてる……まだダメだ)
ベルは歯を食いしばる。
「アカリ! ミズキ! 一緒にお願い!」
左右の空間に、水分が集まり始める。
空気が震え、やがて水の球が生まれる。揺れながら膨らみ、形を持ち――人の輪郭を取る。
その内側に、光が灯る。
タブラスカがゆっくりと振り向く。
「これは――」
その視界に入ったのは、三人のベル。
タブラスカは小さく笑った。
「面白いな」
タブラスカは三人のベルを見て、わずかに目を細める。
揺れる水の輪郭。内側に灯る光。気配のばらつき。
ほんの一瞬。
そして、何も迷わず一歩踏み出す。
「これかな?」
すっと伸びた指先が、
一人のベルの額に触れた。
コツン、と軽い音。
(――なんで)
触れられたベルの目が見開く。
次の瞬間、左右の“ベル”が揺らぎ、水へと崩れた。
残った本体の身体が、わずかに固まる。
タブラスカはそのまま指を離し、小さく笑った。
「悪くないけど、それなりに武の心得のある人間には効かないと思うな」




