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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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意地のぶつけあいー

朝の光が、ゆるく差し込んでいる。


テーブルの上には簡単な食事。

ハーミットは椅子に腰掛けたまま、気だるそうにカップを傾けていた。白衣のようなコートを羽織り、その下には赤いワンピース。脚には黒いストッキング、足元は赤いヒール。整った体のラインは隠しきれず、無造作に組んだ足がそれを強調している。金髪のストレートが肩に流れ、眼鏡の奥の碧眼は、朝から機嫌が良いとは言えない色をしていた。


向かいに座る青年は、静かに食事を続けている。白い髪、白い肌、青い瞳。長い髪は首の後ろで一つに結ばれ、肩からは赤地に金の刺繍が施された布を掛けている。白い緩やかなズボンに、足元はレザーのサンダル。整った所作に無駄はなく、静かで穏やか、それでいてどこか現実から少し浮いたような存在感があった。


会話はない。けれど沈黙でもない、いつもの朝。


そこに、足音が近づく。軽い足取りが二つ。


扉の向こうで一度だけ止まって、すぐに開いた。


ベルが顔を出す。


「――あ、いた」


その後ろで、ミリィが少し遅れて覗き込む。


「べ、ベルさん、やっぱりちょっと待ってくださいって……」


ベルはそのまま中に入り、迷いなく歩く。ミリィも慌てて後を追った。


二人はそのままテーブルの前で止まる。座っている二人を見下ろす形。朝の静かな時間に、場違いな距離だった。


タブラスカが顔を上げる。


「やぁ、おはよう」


ベルは軽く頭を下げる。


「おはようございます」


ミリィは一拍遅れて、ぎこちなく続いた。


「……おはよう、ございます」


ハーミットはカップを持ったまま、眉を寄せる。


「おはようって……あなた達は先日の……」


ベルが先に口を開く。


「また会いましたね。ハーミットさん」


ハーミットはため息混じりに視線を細めた。


「昨日は彼と一緒にギルドの依頼をこなしてたって聞いたけど……まさか、また彼を誘いに?」


ベルは小さく笑う。


「そんな、まさか」


タブラスカが穏やかに口を挟む。


「僕はぜんぜん構わないよ。むしろ大歓迎」


「ちょっと……やめてください」


ハーミットがすぐに制する。


ベルは肩をすくめて笑った。


「あはは。その話は置いといてー」


タブラスカが興味深そうに視線を向ける。


「今日はどんな用件だい?」


ベルは一歩も引かず、そのまま言った。


「タブラスカさん、私と勝負しませんか?」


「……は?」


ハーミットの声が止まる。


タブラスカは一瞬だけ間を置いて、わずかに笑った。


「……君は本当に、面白いな」


後ろで、ミリィが力なく声を漏らす。


「ベルさーん……」


ハーミットがカップを持ったまま立ち上がる。


「ちょっと……あなた、いったい何を言い出すの?」


ベルはあっさりと言う。


「私と彼とで、勝負してみたくなったんです」


ハーミットは額に手を当てた。


「だから……なぜそうなるの!?」


タブラスカが穏やかに口を開く。


「ハーミット、別にいいじゃないか」


わずかに微笑む。


ベルもそれを見て、軽く笑った。


「あなたならそう言ってくれると思ってた」


「ご期待に添えてなによりだよ」


ハーミットは眉を寄せたまま、ため息をこぼす。


「私としては、あまり私たちに関わってほしくないのだけれど」


ベルはあっさりと言う。


「それは無理です。だってもう関わっちゃったもの」


タブラスカが小さく笑う。


「ははは、たしかに間違いないね」


「プレ……タブラスカ様!」


ハーミットが思わず声を強める。


タブラスカは軽く肩をすくめた。


「ハーミット、諦めて。彼女は引かないよ」


ベルは迷いなく言い切る。


「はい。意地でも勝負してもらいます」


ハーミットの眉がさらに寄る。


「あなた……いい加減に――」


その言葉を、タブラスカの声が遮った。


「ハーミット!」


一瞬だけ、空気が止まる。


タブラスカは穏やかなまま、しかしはっきりと言う。


「いい加減にするのは、君だ」


ハーミットは言葉を飲み込み、苛立つように爪を噛む。


タブラスカが小さく息を吐いた。


「すまないね。ベル君」


ベルは首を振る。


「わがまま言ってるのは私なので。でも、ごめんなさい」


一歩踏み込む。


「私のわがまま、聞いてください!」


勢いのまま、頭を下げる。


その様子を見て、タブラスカはわずかに目を細めた。


「本当に、昨日までの君とは違うんだね」


ベルはすぐに顔を上げる。


「変わってないよ。ただいろいろ考えるのやめて、気持ちのままに行動するって決めただけ!」


街の外。

建物も人影も離れた、開けた平地。


風が抜けるだけの、何もない場所。


向かい合う二人の間に、余計なものはない。


少し離れた位置で、ハーミットとミリィが見ている。


風が、二人の間を抜けた。


タブラスカが一歩前に出る。


「それじゃ、ルールを決めよう」


穏やかな声。

けれど場は自然と締まる。


「武器は使わず、無手。どちらかが降参するまで」


一拍。


ベルを見る。


「いいね?」


ベルはすぐに頷いた。


「うん、それでいい」


そのとき、少し離れた位置から声が入る。


「もう一つ」


ハーミットが腕を組んだまま、鋭く言った。


「わたしが『やめ』と言ったら、どんな場合でもそこで終了しなさい」


視線は二人を順に射抜く。


「いいわね?」


ベルは素直に頷く。


「はい」


タブラスカも軽く肩をすくめた。


「もちろん」


ハーミットは小さく息を吐いた。


「……まったく」


タブラスカが再びベルへ向き直る。


「じゃあ――」


わずかに足を引く。


構えはない。

けれど隙もない。


「いつでも来ていいよ」


風が、二人の間を抜けた。


ベルが腰を落とし、両手を前に出して構える。低く、ぶれない姿勢。対するタブラスカは変わらず立ったまま。力みも、構えもない。


「構えないの?」


ベルが言う。


タブラスカはわずかに首を傾ける。


「必要となれば」


ベルはふっと笑った。


「余裕出しちゃって、ムカつく!」


軽い声。けれど目は外れていない。


タブラスカも、わずかに笑う。


「君こそ、ずいぶんと余裕があるね」


「あなたが私よりはるかに強いの知ってるから、逆に思いっきり胸を借りようと思って」


タブラスカはわずかに頷く。


「それは素晴らしい。どうしてこんな勝負を挑んだんだい?」


ベルは少しだけ視線を逸らして、


「昨日言い合って、まだまだ言い足りないから……」


一歩、踏み出す。


「スッキリしようと思って!」


地面を蹴る。

一気に距離を詰める。


頭の奥で、記憶が弾ける。


ビビとアダラに稽古をつけてもらった時のこと。

思い出せ。みんなが力になろうとしてくれたことを。



ミリィと共に攫われた時も、結局何もできなかったことー。

神殿にあいつを封じられて、絶望して諦めかけたことー。

前回、指輪を取られて、何もできなくて悔しくて泣いたことー。

いつもいつも困ったらあいつに全部任せて、私はただ待っていたことー。


全部、忘れない。

忘れないまま――私は、強くなる。


タブラスカの目前まで迫る。

それでも、彼は動かない。


ベルは右手を突き出す。


「アカリ! お願い!」


ミリィがはっとして、両手で目を覆う。


瞬間、ベルの掌から強烈な光が放たれた。

真昼の太陽の下でもなお、視界を焼くほどの閃光。


少し離れた位置で見ていたハーミットも、反射的に顔をしかめる。


「っ……!」


次の瞬間、たまらず眼鏡を投げ捨て、片手で目を押さえた。


「ちょっ……なにこれ……っ!」


タブラスカがわずかに顔をしかめ、左手で目を覆う。


「……目眩ましか」


その隙に、ベルは背後へ回り込む。


気配で反応するタブラスカ。

だが、動かない。


(気付いてる……まだダメだ)


ベルは歯を食いしばる。


「アカリ! ミズキ! 一緒にお願い!」


左右の空間に、水分が集まり始める。

空気が震え、やがて水の球が生まれる。揺れながら膨らみ、形を持ち――人の輪郭を取る。


その内側に、光が灯る。


タブラスカがゆっくりと振り向く。


「これは――」


その視界に入ったのは、三人のベル。


タブラスカは小さく笑った。


「面白いな」


タブラスカは三人のベルを見て、わずかに目を細める。


揺れる水の輪郭。内側に灯る光。気配のばらつき。


ほんの一瞬。


そして、何も迷わず一歩踏み出す。


「これかな?」


すっと伸びた指先が、


一人のベルの額に触れた。


コツン、と軽い音。


(――なんで)


触れられたベルの目が見開く。


次の瞬間、左右の“ベル”が揺らぎ、水へと崩れた。


残った本体の身体が、わずかに固まる。


タブラスカはそのまま指を離し、小さく笑った。


「悪くないけど、それなりに武の心得のある人間には効かないと思うな」

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