2人のベル・ジットー
タブラスカと別れたあと、ベルはひとりで広場へと足を運んだ。
もうすぐ日が落ちる。
昼と夜の境目の、曖昧な時間。
人通りの少ない広場。
噴水の水が、静かに揺れている。
ベルはその縁に腰を下ろし、水面を見つめた。
もうすぐ日が落ちる
ゆらり、と波紋が広がる。
その奥に、もう一人の自分が映る。
銀髪の少年。
鋭い視線で、こちらを見ている。
しばしの沈黙のあと、少年が口を開いた。
「よ」
短く、投げるような声。
「なんかあったのか?」
ベルは一度だけ息を整える。
「うん」
「ちょっと、自分の中でいろいろ整理できたから」
少年は目を細める。
「そうか、なんかすっりした顔してるもんな」
ベルは少しだけ視線を落とす。
「ずっと弱い自分が嫌だったんだけど」
小さく言ってから、顔を上げる。
「でも」
一瞬、間を置く。
「それでも、私は私のままでいいって思った」
「弱いままでいい。逃げないで、理想を求めたい!」
水面が揺れる。
少年はすぐには返さない。
やがて、低く短い声が落ちた。
「……それでいいんじゃねぇか」
ベルの目が、わずかに揺れる。
少年は視線を逸らさない。
「お前らしくて、俺はいいと思うぜ」
ぶっきらぼうに、しかし迷いなく。
「弱いままでいいと言うやつは山ほどいる」
「でも最期までずっと立ち続けられるやつはほとんどいない」
一度、言葉を切る。
「だから、お前は最期まで貫いてみろ」
ベルは小さく息を呑む。
少年は続ける。
「もしまたくじけそうになったら」
少しだけ目を細める。
「俺を呼べばいい」
短く、強い。
「お前は昔っから弱っちいからさー」
一拍。
「でも、だからこそ」
言葉を選ぶように、続ける。
「俺に頼れ」
ベルが、少しだけ驚いた顔をする。
少年は構わず言い切る。
「お前が自分で選んだ理想を求めるためなら、なんだって使っちまえばいい」
その言葉は乱暴で、けれど確かに熱を帯びていた。
ベルは、ゆっくりと笑う。
「……うん」
小さく、でもはっきりと。
「ありがとう」
水面が揺れる。
少年は一瞬だけ目を細めた。
「やるならとことんだ!絶対諦めんなよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てるような声。
ベルは静かに頷く。
「諦めないよ」
二人の視線が、水面越しに重なる。
同じ存在。
けれど、確かに支え合う形になっていた。
噴水の水音だけが、静かに響いている。
水面の中で、銀髪の少年がふっと息を吐く。
「同じベル・ジットを名乗るなら、ぜってぇ最期までやりきれよ!」
ベルは真っ直ぐに頷いた。
「うん、わかってる。ぜったい最後までがんばるから!見ててね!」
少年は口の端をわずかに上げる。
「おう! お前の兄貴として見守ってるぜ!」
ベルはきょとんとした顔になって、首を傾げる。
「え? 私、あんたのお姉ちゃんのつもりなんだけど?」
少年は即座に眉をひそめた。
「おいおい、嘘だろ? 歳だって俺の方が上なのに」
「でも、なんかねー弟って感じしちゃうんだよね」
その言葉に、少年が一瞬だけ固まる。
「……は?」
次の瞬間、バッと身を乗り出す。
「さすがに俺が弟はねぇーよ。ありえねー」
ベルはくすっと笑った。
「だってさ、すぐムキになるし、言い方ぶっきらぼうだし、ちょっと可愛いし」
「……お前な」
少年は顔をしかめ、呆れた様な顔になる。
「調子乗んなよ」
それでも、声はどこか軽かった。
ベルは両手を胸の前で軽く握る。
「でもね、頼りになるし、ちゃんと見てくれてるから」
まっすぐに水面の中の少年を見つめる。
「今日だけはお兄ちゃんって呼んであげる」
少年は一瞬だけ目を見開いて、
それから、ふっと視線を逸らした。
「……っ」
小さく舌打ちするように。
「……なんか恥ずいな」
しかし、その口調はどこか優しかった。
水面がゆらりと揺れて、二人の姿が重なる。
沈みかける夕日の色が、静かに広場を染めていった。
対面を終えたベルは、ゆっくりと公園を後にした。
夕焼けが空を赤く染めている。
もうすぐ、夜が来る。
その前に、ミリイに会わなければ。
あの子がずっと、自分を心配ひて気遣ってくれていたことを、ベルは知っていた。
わかっていたのに――
あんなに小さな子にまで甘えて、頼ってしまっていた自分が、情けない。
それでも。
だからこそ、今日は話そうと思った。
今日のことを。
覚悟のことを。
決意のことを。
ベルは胸の前で、そっと手を握る。
もう、後ろは振り返らない。
自分を卑下することもしない。
私は、私だから。
やりたいようにやってやる。
理想主義、バッチコイ!
夕暮れの空を見上げる。
その先にいるような気がして、ベルは小さく呟いた。
「ねぇ、シスター・アリス」
「これで、いいんだよね」
風が吹く。
答えはない。
けれどベルは、まっすぐに前を向いた。
その瞳には、もう迷いはなかった。




