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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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英雄の条件ー

「あなたにとっての英雄ってなんですか?」


ベルの問いに、タブラスカは少しだけ目を見開いた。


「西大陸では英雄願望、英雄信仰が根付いていてね。僕らの信じる宗教においても始祖英雄が神として崇められているんだ。だから、西では英雄の再来を皆が願っている――」


「皆じゃなくて、あなたにとっての英雄のことを聞いてるんです」


言葉を遮られ、タブラスカは一瞬だけ動きを止めた。


「僕にとって、か……」


手のひらで口元を覆い、静かに考え込む。


「そうだね……やはりそれは、強さだと思うよ」


「強さ?」


ベルが問い返すと、タブラスカは迷いなく頷いた。


「そう、強さこそが英雄としての絶対条件であり、もっとも優先されるべき資質だと思う」


「人格とか……行動なんかよりも?」


タブラスカは再び頷く。


「力なき正義は理想でしかない。正義を、正しいことを行うには、やはり何よりも力が必要なんだ。絶対的な力が、何者にも圧倒する優れた強さが、英雄の絶対条件であるはずだ」


その言葉は揺るがなかった。


ベルは、静かにその答えを受け止めたあと、小さく息を吸う。


「私……私は、それはちょっと違うと思う」


まっすぐに、タブラスカを見上げる。


「それは私が弱いからそう考えてるだけかもしれないけど……でも、それでもやっぱり、強さだけじゃ本当の意味では人は救えないと思う」


タブラスカは、静かにベルを見つめた。


「強くなければ誰も助けられないよ」


その言葉が、落ちる。


テーブルの上に、重く、はっきりと。


タブラスカは静かに息を吐いた。


「決して、力が正義だとは思わない」


一拍置いて、言葉を続ける。


「でも、正義には力が必要だと思う。それは君もわかるだろう?」


ベルは唇を噛みしめる。


「それは……確かに。私は弱いから……自分にもっと力があれば……もっと早く、もっとたくさんの人を……助けられたと思うことは、これまで何度も……」


声が少しだけ震えた。


その言葉を、タブラスカは穏やかに受け止める。


「君はそんなことを考えなくていいんじゃないかな?」


ベルが顔を上げる。


タブラスカは、はっきりとした口調で続けた。


「君はとても戦いに向いているとは思えない。力もなく、身体も華奢で、何より戦いに向いた性格ではない」


淡々と、しかし確信を持って。


「今日の昼間、森での出来事で確信した」


ベルの指先が、わずかに強く握られる。


「……向いてないから、戦うべきじゃない、と言うんですか?」


タブラスカは迷いなく頷いた。


「その通りだよ」


静かな断定。


「弱い人たちを守り、導くために、英雄がいるんだ。だから戦いは、戦える者に任せればいい」


その視線は、まっすぐにベルを捉えていた。


「君たちは、守られるだけでいいんだ」


その言葉は、優しさの形をしていながら、確かにベルの心に突き刺さる。


タブラスカは続けて語り出した。


「例えば西の大陸には、伝統的な戦いの手法がある」


淡々とした口調。


「争いが起きた時、民族総動員で戦争をするのではなく、代表者一名が戦い、その結果で決めるんだ」


「元々未開の地だった西大陸は人口が少なくてね。無駄に人を減らさないための知恵でもあった」


一度言葉を切り、ベルを見る。


「でも、とても合理的だと思わないかい?」


ベルはすぐに答えられなかった。


タブラスカは構わず続ける。


「戦争なんて、本来は悪でしかない。けれど、侵略された時には戦わざるを得ない」


「そんな時、比類なき強さの英雄がいれば、無駄に民が血を流すこともない」


「民が死んで、家族が涙を流すこともない」


その言葉には、理屈だけでなく、確かな信念が込められていた。


「弱いものは、皆、強いものの庇護下にいるべきなんだ」


静かに言い切られたその結論に、しばし沈黙が落ちる。


ベルはゆっくりと顔を上げた。


「……それは」


小さく、しかしはっきりとした声で。


「とても優しい考えだと思います」


タブラスカがわずかに目を細める。


「でも、その負けた代表者は、その家族は...何よりも誰よりも辛い。それは負けた人に全てを背負わせるだけな気がする」


ベルは続けた。


「それに……それだと、守られる側は、何もできないままです」


その瞳は揺れていない。


「誰かに守られるだけの世界は、きっと……」


言葉を選びながら、ベルはまっすぐに言った。


「私には、耐えられない」


タブラスカは、黙ってその言葉を受け取った。


タブラスカは静かに問いかけた。


「どうして君は、弱いのに戦おうとするんだ? 何もできないのは、自分でもよくわかっているだろう?」


その言葉は、まっすぐにベルの胸へ落ちた。


――わかっている。


そんなこと、自分が一番よくわかっている。


結局、私はいつも何もできない。


誰も守れない。


困った時はいつも、あいつに――


“魔王殺し”と呼ばれる、世界を巻き込むほど強いあいつに頼ってきた。


頼って、甘えて、願って。


私の代わりに戦ってもらっていた。


昔からそうだ。


子供の頃から、ずっと。


どこかで思っていた。


――最後はあいつがなんとかしてくれる。


――あいつがいれば、どうにかなる。


だから私は、自分が何かをしてもしなくても、本当は関係ないのだと、知っていた。


私の力なんて、誰にも影響を与えない。


何かを変えることもできない。


なら。


彼の言う通り、何もせず、あいつに頼って生きていけばいいのかもしれない。


それが、一番正しいのかもしれない。


ベルは、言葉を選ばずにぶつけるように言った。


「私だって、好きで戦いたいわけじゃない。でも……戦わなくちゃいけない時に、守りたい人がいる時に、何もできずにただ見てることなんてできない」


一度、息を吸う。


「何ができるかわかんないし、何もできないことばかりだけど……でも、最初から何もしないのと、できなくてもなんとかしようとするのは、ぜんぜん違うと思う」


その言葉に、タブラスカは静かに首を横に振った。


「同じだよ」


短く、しかしはっきりと。


「何もしないのも、何もできないのも、同じ結果なんだ」


そのまま続ける。


「だから、力のない者は戦わずに、逃げるべきなんだ。代わりに英雄が――僕らが戦う」


ベルは一瞬、言葉を失う。


それでも、視線は逸らさなかった。


「それは……あなたが強いから言えるんだと思う」


タブラスカはわずかに口元を緩める。


「そうだよ。僕が強いから言えるんだ」


あっさりと認めるその言葉に、ベルは小さく息を呑んだ。


「そうね……そうかもしれない……そうなのかもしれない」


自分の中で、何かを確かめるように言葉を重ねる。


「それが正しいのかもしれない」


タブラスカの言葉が、現実の重さとしてのしかかる。


けれど――


ベルは、ゆっくりと顔を上げた。


「だけど、だけどそれじゃ……生きてるとは言えない気がする」


強く、はっきりと。


「私は、自分が弱い、戦えない、何もできないとわかっていても……誰かを助けずに、自分だけ逃げるなんてことは――できません」


その瞳には迷いがなかった。


タブラスカは、静かに目を閉じる。


「君の言うことは素敵だと思う。けれど、君の言葉には理想しかない」


低く、抑えた声で。


「現実は、もっと――過酷だよ」


ベルは唇を噛みしめた。


「わかってる。弱い私が何を言っても……何もできないし、誰にも響かない」


それでも、視線は逸らさない。


「でも」


声が少し強くなる。


「弱いから何もするな? 弱いから黙って見てろ? 弱いから強い人に任せろ? そんなの……やっぱりおかしい」


タブラスカは静かに答える。


「それが現実だよ」


その言葉は、冷たくもあり、同時に揺るがない事実でもあった。


だが――


ベルの中で、何かがゆっくりと崩れていく。


長い間、心の奥に積もり続けていた靄のようなもの。


何年も、ずっと。


気づかないうちに積み重なっていた、諦めや無力感が――


少しずつ、晴れていく。


ベルはゆっくりと息を吸った。


「私は弱い」


静かに認める。


「でも、逃げない」


はっきりと。


「例え守れなくても、勝てなくても、助けられなくても――私は逃げずに戦う」


その声は震えていない。


「例えそれが理想でしかなくても」


一歩、踏み出すように。


「私は、その理想を追い求める!」


その瞬間、場の空気がわずかに変わった。


タブラスカは目を細め、ベルを見つめる。


そこにあったのは否定ではないーー


タブラスカは静かに言った。


「それは、君にとって地獄へと続く道になるだろう」


ベルは即座に首を振る。


「いいえ、私が私の理想を追い求める道なら、そこには希望しかないわ!」


タブラスカは目を細める。


「君の心は弱い。すぐに折れてしまうだろう」


「そうね」


ベルは否定しない。


「折れると思う。でも……時間はかかっても、必ずもう立ち上がる。何度でも!」


その言葉に、揺らぎはなかった。


タブラスカは静かに告げる。


「君は、まだ地獄を知らないだけだ。地獄を知れば、きっと二度と立てないだろう」


ベルは一瞬だけ息を呑み、それでもまっすぐに答える。


「だったら、私の前に地獄なんて作らせない! その前に必ず、助けるから」


「それが、君の理想なんだね?」


「それが私の理想よ。もう後ろは振り返らない」


言い切ったベルに、タブラスカは一拍置いてから、小さく息を吐いた。


「訂正しよう」


静かに、しかしはっきりと。


「君は強い」


ベルは首を横に振る。


「弱いままでいいよ。私は弱いまま、理想を求めることにするから」


「君にできるかな?」


タブラスカの問いに、ベルは少しだけ考えるように視線を落とした。


そして――


顔を上げる。


「私一人じゃ無理だと思う……」


素直な言葉。


「でも、私には信頼できる仲間がいる」


その瞳は、まっすぐだった。


「みんながいれば、私はがんばれる」


タブラスカは静かに目を細める。


「結局、強い仲間に頼るんじゃないか」


ベルは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ笑った。


「うん!」


はっきりと。


「もう甘えて、頼って、お願いすることにしたの!」


「もうムキになって、自分だけでなんとかしようなんて思わない」


一度、言葉を区切る。


「私が私であるために、私はみんなの力も借りる! 私ががんばるためにね!」


その言葉に、タブラスカは小さく頷いた。


「そうか……なるほどね」


静かな声。


評価でも否定でもない、ただ一つの理解として。


タブラスカは静かに言った。


「僕と君の考えは相容れない。きっと一生、平行線のままだと思う」


ベルはすぐに頷いた。


「そうね。私もそう思う」


それでも、まっすぐにタブラスカを見る。


「あなたの考えも頭では理解できる」


少しだけ、言葉を選ぶように間を置いてから続けた。


「私も、自分が強かったなら……きっと、同じ考えになると思う」


「でも私は、そういう自分にはなりたくない!」


だから――


ベルは右手を差し出す。


「お互いにがんばりましょ」


その瞳は、澄んでいた。


「お互いの理想のために」


タブラスカは一瞬だけ目を細め、それから自然に手を伸ばした。


その手を、しっかりと握る。


「そして、お互いの現実のために」


握手は短く、だが確かなものだった。


その瞬間、ベルの瞳の奥に、これまでにない強い光が宿る。


タブラスカは、それを見た。


――これもまた、英雄の形なのかもしれない。


弱くても、理想を諦めない。


それは、決して軽いものではない。


むしろ――


とても強い意志だ。


タブラスカは静かに思う。


この少女の生き様を、見届けたい。


いつか終わりが来るとしても、その時まで。


できるなら、ずっと近くで。


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