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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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森の探索開始ー

森の中をしばらく、ベルは宛てもなく歩き続けていた。


木々の間を抜け、足音だけが静かに落ちる。


視線は鋭く周囲に向けられているが、目的の気配はまだ掴めていない。


やがて、背後から声がかかる。


「さっきから何をしてるんだい?」


ベルは足を止めることなく、振り返らずに答えた。


「……何って……魔獣を探してるんですけど……」


タブラスカは少し間を置いてから、淡々と返す。


「僕には宛てもなく歩いているようにしか見えないが……」


ベルの足がぴたりと止まる。


振り返り、少しだけ強い口調になる。


「……そうですけど、それが何か!?」


その反応に、タブラスカは一瞬だけ目を細めたが、すぐに落ち着いた声で続ける。


「……僕はギルドの依頼を受けた経験はないが、狩りや魔獣討伐は何度も経験があるんだ。その僕から言わせてもらうと……」


少しだけ間を置き、ベルを見る。


「どうして魔力感知や索敵を使わないんだい?」


「……?」


ベルはきょとんとした顔になる。


次の瞬間、タブラスカの表情がわずかに変わる。


「……まさかとは思うけど、使えない、とか?」


その言葉に、ベルの顔が一気に赤くなる。


言葉が詰まる。


タブラスカは軽く肩を落とし、やや呆れたように呟いた。


「嘘だろ? 魔力感知もなしで、この森の中で単体の魔獣を探し出すなんて……無謀にも程がある」


ベルは何も言い返せず、ぎゅっと唇を結んだまま視線を逸らした。


タブラスカが一歩前に出る。


「わかった。じゃあ僕に任せて」


ベルの前に立ちはだかるようにして、軽く周囲へ意識を向けた。


ベルは慌てて声を上げる。


「ちょっと、余計なことは――」


タブラスカは振り返らず、淡々と問いかける。


「じゃあこのまま、宛てもなく見つかるまで探す気なのかい?森に住む魔獣だよ?」


一歩、言葉を重ねながら進む。


「それも群れでもなく、単独行動の野獣。警戒していて、気配も消している個体を」


足を止め、ベルの方へ視線だけ向けた。


「人間が魔力感知もなしに探せると思うかい?」


ほんのわずかに間を置いて、言葉を締める。


「君が高名な武術家というならまだしも」


ベルは口を開きかけて――結局、何も言えなかった。


視線を落とし、黙ったまま立ち尽くす。


その様子をよそに、タブラスカは軽く目を閉じる。


魔力が、静かに周囲へと広がっていく。


森の空気がわずかに変わる。


やがて目を開け、自然な動作で方向を示した。


「うん、近くはないけど、そんなに遠くもない。行こうか」


指先が森の奥を指す。


「あっちだよ」


ベルは何も言えず、ただその背中を見てから、小さく息を吐いた。


そして、黙って後を追った。


「気付かれた……!?」


ベルは咄嗟に立ち上がり、逃げる動作に入る。


タブラスカが鋭く声を飛ばした。


「馬鹿! まだ気付いてない、定期的に周りを警戒してるだけだ!」


しかし、もう遅かった。


ベルが動いたことで、ベロンの視線が確実にこちらを捉える。


低く唸るような気配。


次の瞬間――


「仕方ない!」


タブラスカが腰に差していた湾曲した短剣を抜いた。


銀色の刃が森の光を反射する。


ベルが一歩踏み出そうとする。


「私が戦うから……」


「そんなこと言ってる場合か! 来るぞ!」


言葉が終わるより早く、ベロンが地を蹴った。


一瞬で距離が詰まる。


重い突進。


ベルの体が反射的に動く。


右手を突き出し、人差し指を真っ直ぐベロンへ向ける。


左手で右手首を支えるように添えた。


「アカリ!お願い!撃って!」


指先に光が収束する。


次の瞬間――


貫通性のある光の線が、まっすぐベロンへと放たれた。


ベルの放った光術を、ベロンはあっさりと身をひねって回避した。


着弾した光が後方の木を貫き、焦げた跡を残す。


しかし、ベロンは止まらない。


回避と同時にさらに距離を詰めてくる。


ベルはすぐさま次の光を放つ。


「っ……!」


二発目。


続けて三発目。


光が連続して放たれるが、ベロンはそれらを最小限の動きで避けながら、確実に前へと進んでくる。


――避けながら、削るように。


気づけば距離はほとんどない。


すでに射程圏内。


ベロンが低く身を沈め、次の瞬間――飛びかかる体勢に入る。


ベルの目が見開かれる。


「……っ!」


すぐに次の光術を放とうと、指先に力を込める。


だが――


ベロンが跳んだ方が、早かった。


巨大な影が一気にベルへと迫る。


咄嗟にベルは両手を前に突き出した。


光術の盾を張ろうとする。


「アカ……」


しかし、詠唱は最後まで届かない。


間に合わない。


鋭い爪が目前まで迫る。


ベルは息を詰め、反射的に目を強く閉じた。


「……っ!!」


その瞬間――


金属がぶつかる、甲高い音が森に響いた。


ベルの目の前に、タブラスカが飛び込んでいた。


短剣がベロンの爪を受け止める。


衝撃が火花のように散る。


タブラスカはその勢いを殺さず、刃を滑らせるように動かした。


次の瞬間、横一閃。


ベロンの身体を斬り裂く。


浅いが確かな傷。


ベロンは低く唸り、身体を引きながら後方へ跳んだ。


木々の間に着地し、距離を取る。


再び、睨み合い。


タブラスカはベルの前に立ったまま、静かに刃を構えていた。


タブラスカが静かに左手を掲げた。


その手の甲には、いくつもの紋様が刻まれている。


その中の一つが、淡く光を帯び始めた。


次の瞬間――


ベロンの足元から炎が噴き上がる。


一気に全身を包み込む灼熱。


ベロンが苦悶の唸り声を上げ、身をよじるように暴れ始めた。


炎に焼かれながら、必死に体勢を立て直そうとするが、動きが乱れる。


その一瞬の隙を、タブラスカは逃さなかった。


一歩で距離を詰める。


地面を踏み砕くような踏み込み。


次の瞬間――


袈裟懸けに、剣が振り下ろされた。


鋭い刃が空気を裂き、炎を裂き、肉を裂く。


断末魔の叫びが森に響き渡る。


ベロンの身体が、頭から腹にかけて深く切り裂かれ、血が噴き出した。


やがて炎が収まり、動きが止まる。


ベロンは力なく、その場に崩れ落ちた。


静寂が戻る。


風が、わずかに木々を揺らす音だけが残った。


タブラスカは倒れ伏した魔獣へと近づくと、躊躇なく剣を振り下ろした。


一瞬で首が落ちる。


血が大きく噴き出すが、タブラスカは気にした様子もなく、軽く刃を振って血を払い、そのまま鞘へと納めた。


それから、へたり込んでいるベルのもとへ歩み寄る。


静かに手を差し出した。


「大丈夫かい? ああいう時こそ、目を閉じるのは危険だよ」


ベルはまだ呼吸が整わないまま、かすれた声で答える。


「あ……ありがとう、ございます」


震える手で、その手を取る。


引き上げられるようにして、ようやく立ち上がった。


しかし足はまだ震え、顔から血の気が引いたままだ。


その様子を見て、タブラスカが小さく息を吐く。


「魔獣と戦うのは慣れていない様だけど……魔獣との戦闘経験は?」


ベルは視線を落としたまま、ぎこちなく答えた。


「……以前、一度だけ、ベロンの群れと戦ったことがあって……」


その言葉に、タブラスカはわずかに目を見開く。


やがて、呆れたように片手で頭を押さえた。


「一度って……それはとても討伐依頼を受けるレベルではないと思うよ」


ベルは小さく肩をすくめる。


「……そうですね……ごめんなさい」


森に、また静けさが戻っていた。


ベルは小さく頭を下げる。


「また、あなたに助けられちゃいました……ありがとうございます」


タブラスカは軽く肩をすくめる。


「そこは気にしなくていいよ。ただ……討伐依頼を受けるなら、もう少し戦いに慣れてからにするか、仲間を募るべきだと、僕は思うけどね」


その言葉に、ベルは何も返せなかった。


正論で、否定の余地がない。


「……はい……」


か細い返事だけが落ちる。


少しの沈黙のあと、ベルが顔を上げる。


「タブラスカさん、強いんですね」


タブラスカは一瞬だけ目を細め、それから穏やかに笑った。


「まぁね。色々経験してきたから」


その笑顔は、どこか遠くを見ているようで――


言い知れない哀しみが滲んでいた。


ベルはその表情に気づき、はっと息を呑む。


思わず、言葉を失ったまま見つめてしまう。


「どちらにしても、これで依頼達成だね。証を持って早く帰るとしよう。あまりのんびりしていると日が暮れてしまう」


太陽は、すでに傾き始めていた。


「……はい。そうですね」


タブラスカは倒した魔獣の証を確認すると、元来た道を戻り始める。


ベルも少し遅れて、その背中を追った。


森を抜け、乗合馬車の停留所に着いた頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


夜になる前には街に戻れそうだと分かり、ベルは小さく安堵する。


少しの沈黙のあと、ベルが口を開いた。


「あの……タブラスカさん」


タブラスカが振り向く。


「なんだい? 改まって」


ベルは足を揃え、静かに頭を下げた。


「今日は本当にごめんなさい。私……ついムキになってしまって……あなたにも迷惑をかけて」


タブラスカは穏やかに目を細める。


「もういいじゃないか。二人とも怪我もなく、こうして無事に依頼をこなしたんだから」


「そ、そういうわけには……」


ベルが言いかけると、タブラスカは軽く肩をすくめた。


「ああ、それじゃあまたお礼に何かご馳走してくれないかな?」


その言葉に、ベルは思わず吹き出す。


「ふふっ……」


タブラスカは少し首を傾げる。


「何かおかしなことを言ったかな?」


「いえ、違うんです。ちょっと……私の知り合いに似てて」


その答えに、タブラスカは興味深そうに目を細めた。


「それは……君の大事な人かな?」


ベルは少し考えてから、苦笑する。


「そんなんじゃないです。仲間というか、家族というか……子供の頃から一緒な、兄弟みたいな? もちろん私がお姉さんですけど」


今度はタブラスカが吹き出した。


「君は、面白いな」


「え……? そうですか?」


タブラスカはやわらかく目を細めて、静かに言った。


「うん、とても魅力的だよ」


その言葉に、ベルの耳まで一気に赤くなる。


「おや、思ったより素直な反応をするんだね」


ベルは慌てて視線を逸らした。


「……そういう冗談はやめてください」


「冗談なんかじゃないよ。僕は思ったことは素直に言うことにしてるんだ」


「あぁー……だからですか」


タブラスカが少し首を傾げる。


「何がだい?」


ベルは軽く首を振った。


「気にしないで。こっちの話です。ただ……ハーミットさんも大変だなーって」


「どうして彼女の話が出るんだい?」


「わからないなら、いいんです」


ますます不思議そうな顔をするタブラスカ。


やがて、馬車が近づいてくる音が聞こえた。


2人は自然と視線を向ける。


到着した馬車に乗り込み、予定通り出発する。


揺れる車内で、ベルが小さく口を開いた。


「それと……ごめんなさい。今夜はもう帰らないといけなくて」


タブラスカは少し眉を寄せる。


「そうか……それは残念だね」


「でも、お礼はさせてほしいので……明日のランチでいかがですか?」


タブラスカの表情が、ふっと緩む。


「それはいい。それじゃあ明日の昼、昨日の店でどうかな?」


「わかりました。明日のお昼に」


そうして2人は、ようやく互いに穏やかな笑みを浮かべた。

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