表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
237/322

英雄の名をー

人の流れがゆるやかに続く通り。


ベルとミリィは並んで歩きながら、通りの店先を眺めていた。


そのとき、背後で小さなざわめきが生まれる。


「――っ」


ミリィの手から、持っていた袋が奪われた。


肩を押され、足がわずかによろめく。


男はそのまま路地へと駆け出していく。


「待って!」


ベルが反射的に一歩踏み出す。


だが、その一瞬前に。


白い影が、視界を横切った。


迷いのない踏み込み。


青年は男の進行方向を、真正面から塞ぐのではなく、斜めに入り込む。


男が避けようと体を振った、その瞬間。


青年の足が、相手の足元を軽く払う。


バランスを崩した男の体が、前のめりに傾く。


「――うわっ!」


情けない声とともに、男はそのまま地面に転がった。


乾いた音。


その拍子に、手から袋が離れる。


青年は落下の軌道を読み、無駄のない動きでそれを拾い上げた。


「……これだな」


低く、落ち着いた声。


余計な力みのない所作で、袋をミリィへと差し出す。


ベルは思わず足を止め、その様子を見ていた。


「……すごい」


小さくこぼれる。


ミリィは袋を受け取りながら、深く頭を下げた。


「ありがとうございます……助かりました……」


ベルも続いて頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


ベルは少し迷ったあと、まっすぐに青年を見た。


「あの……よかったら、お礼に食事でもご一緒しませんか?」


青年は二人を見る。


一瞬だけ間を置いて、にこやかに微笑んだ。


「……それはありがたい。では、お言葉に甘えようか」


柔らかな声音。


その返事には、気負いのない余裕があった。


ベルの表情が明るくなる。


ミリィもほっとしたように微笑んだ。


三人は自然と歩調を合わせ、にぎやかな通りの奥へと進んでいった。


人の流れが続く通りから少し外れた場所に、落ち着いた雰囲気の店があった。


木枠の扉を押して中へ入ると、外の喧騒がふっと遠のく。


柔らかな照明と整えられた内装。派手すぎず、それでいてどこか洗練された空気が漂っていた。


三人は空いている席に案内され、腰を下ろす。


店員がメニューを置き、軽く一礼して去っていく。


ベルはそれを受け取りながら、少し楽しそうにページをめくった。


ミリィは控えめにそれを覗き込みながら、小さく頷く。


やがて注文が決まり、しばらくの後。


テーブルの上に、料理が次々と並べられていく。


湯気の立つ料理と、彩りの良い皿。


香りがふわりと広がり、自然と空気が和らいだ。


ベルは一度姿勢を正し、プレレッサをまっすぐ見た。


「改めまして……私はベルです」


隣で、ミリィも小さく頭を下げる。


「ミリィと申します……先ほどは、本当に助かりました」


ベルも続けるように、静かに言葉を添えた。


「危ないところを助けていただいて……ありがとうございます」


ミリィはさらに深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


プレレッサは二人を見て、にこやかに微笑んだ。


「気にしなくていい。大したことではない」


穏やかな声でそう返すと、テーブルに並ぶ料理へと視線を落とす。


場の空気は、先ほどまでの緊張が嘘のように静かに落ち着いていた。


彼は軽く礼を返し、落ち着いた姿勢のまま二人を見た。


背筋の伸びた立ち姿に、過度な力みはない。それでいて、どこか自然と目を引く整った雰囲気がある。


髪は白く、光を受けてわずかに柔らかく揺れていた。後ろで束ねられたそれは整っており、清潔感と静かな品の良さを感じさせる。


肌は明るく澄んでおり、余計な影を感じさせない。そこに映える瞳は、透き通るような青で、見る者の視線を自然と引きつける。


そして身に纏っている装いは、この大陸ではやや見慣れない、西大陸の空気を感じさせるものだった。布の重なりや仕立ての意匠に、文化の違いがさりげなく表れている。


全体として控えめでありながら、どこか洗練されている。


そして、ただそこにいるだけで場の空気を少しだけ整えてしまうような、不思議な落ち着きを纏っていた。


穏やかな声音で、自然に口を開く。


「僕は、タブラスカと言う」


続けて、少し肩の力を抜いたように言葉を重ねる。


「西大陸から少し前に中央大陸へ来たばかりでね。まだ右も左も分からない」


わずかに肩をすくめる。


「今も連れが迷子になってしまって。財布を持たせていたものだから、途方に暮れていたところだった」


そこで一度、視線を二人へ向ける。


にこやかな表情のまま、ほんの少しだけ力の抜けた笑みを浮かべて。


「だから、君たちと出会えたのは僕にとっても幸運だよ」


彼の言葉を聞きながら、ミリィがそっとベルへ身を寄せる。


「ベルさん……」


声をひそめて、耳元に囁いた。


「西大陸……この人、やっぱり……」


ベルはわずかに目を細め、小さく頷く。


「うん……そうかも」


二人のやり取りに、タブラスカは穏やかな表情のまま軽く首を傾げた。


「何か?」


ベルは一瞬だけ迷うように視線を揺らし、それから自然な笑みを浮かべて首を横に振る。


「ううん。私たちも西大陸に知り合いがいて」


続けて、彼の姿を改めて見つめた。


「あなたの髪と肌と目……同じだなーと思って」


ミリィもこくりと頷き、控えめに続ける。


「はい……珍しい色合いだなと思いまして」


その言葉に、タブラスカは一瞬だけ目を見開いた。


ほんの刹那。


だがすぐに、何事もなかったかのように柔らかな笑みに戻る。


「……そうか。確かに、珍しいと言われることは多いね」


穏やかな声でそう言って、軽く話題を流すように続ける。


「西大陸では、時折そういう特徴を持った人間が生まれることもあるからね」


テーブルの上では、料理の湯気が静かに立ち上っていた。


ミリィが、ふとした疑問を口にした。


「タブラスカって名前……英雄タブラスカからですか?」


その一言を聞いた瞬間。


白髪の青年の空気が、わずかに変わった。


一拍置いて、目を見開く。


それから、抑えきれないように表情がゆるみ、口元に明確な笑みが浮かんだ。


「……知っているのかい?」


声に、はっきりとした喜びが滲む。


ミリィは少し驚きながらも、小さく頷いた。


「本で読んだり、少しお話を聞いたりしたくらいですけど……」


ベルが横から首をかしげる。


「何だっけ?」


ミリィは少し考えるように視線を上に向けてから、小声で答える。


「ほら……アダラさんが言ってた……」


二人がこそこそと話し合う、その様子を前に。


青年は、感慨深そうに何度も頷いていた。


「そうか……そうか」


どこか噛みしめるように呟く。


そして、はっきりとした喜びを乗せて言葉を続けた。


「英雄タブラスカを知っているとは」


穏やかな笑みのまま、しかしその内側には確かな高揚が見える。


「中央の人間も捨てたものじゃないね」


その言葉に、ベルはわずかに眉をひそめた。


「中央の人間もって……何かあるんですか?」


問いは穏やかだったが、ほんの少しだけ引っかかりが滲んでいる。


青年は慌てる様子もなく、軽く手を振るようにして答えた。


「気を悪くしたならごめん。他意はないんだ」


穏やかなまま、落ち着いた口調で続ける。


「ただどうしても、西大陸は自分たちの考えを押し付けがちなところがあってね」


その言葉に、ベルとミリィは一瞬顔を見合わせる。


そして、同時に思い浮かべる。


アダラと、ビビの顔。


「あー……」


ベルが小さく声を漏らし、肩の力を抜く。


ミリィも控えめに頷いた。


「なんとなく……わかるかもです」


完全に納得したわけではないが、妙に腑に落ちる感覚。


青年はそんな二人の反応を見て、少しだけ目を細めた。


静かな食事の時間の中で、空気は穏やかに流れていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ