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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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ハーミット・バウアー

バーの奥、淡い光の下にハーミット・バウアーはひとり座っていた。


コートの裾は膝のあたりで静かに落ち、その下から赤いワンピースが柔らかく色をのぞかせる。脚を包む黒いストッキングは、光をわずかに吸い込みながら滑らかな線を描き、赤いハイヒールへと続いていた。


椅子に深く腰を下ろしているにもかかわらず、その姿勢は崩れない。背筋はまっすぐに伸び、指先の動きひとつにも無駄がない。


金色のストレートヘアは肩を越えてまっすぐに落ち、照明を受けるたびに淡く輝いた。白い肌に碧眼。眼鏡の奥にある視線は、どこまでも鋭く、何かを測るように静かに据えられている。


その顔には、常に強い緊張が宿っている。


眉はわずかに寄り、口元は固く結ばれている。怒りに似ていながらも、それは単純な感情ではない。


何かを守るために、何かを捨て続けてきた者の顔だった。


ハーミットはグラスを持ち上げる。


琥珀色の液体が、揺れるたびに光を砕く。


一口含む。


喉を通る熱は、すぐに消えていく。


残るのは、静かな重さだけだった。


その余韻の中で、ハーミットはカウンターに肘をつくこともなく、ただまっすぐに座り続けていた。


新しく注がれた酒が、再び彼女の前に置かれる。


透明な液体が、淡い光を受けてわずかに揺れる。


ハーミットはそれを見下ろしたまま、すぐには手を伸ばさない。


金色の髪が肩の上で静かに落ち、眼鏡の奥の碧い瞳が、グラスの表面に映る自分をぼんやりと捉えていた。


「……」


言葉にならない何かが、喉の奥で滞る。


亡命してからの五年。


あの場所を捨てた自分。


英雄を求めた自分。


そして今、ここで繰り返される研究の日々。


——これは、望んだ未来なのだろうか。


ハーミットの指先が、ゆっくりとグラスへ伸びる。


触れた瞬間、冷たい感触が皮膚に伝わった。


それだけで、現実に引き戻される。


彼女は一度、目を閉じる。


次に開いたとき、その瞳はわずかにだけ、強さを取り戻していた。


グラスを持ち上げる。


迷いなく、飲み干す。


喉を通る熱が、また静かに落ちていく。


だが今度は、完全には消えなかった。


胸の奥に、かすかな何かが残る。


それを押し込めるように、ハーミットは静かに息を吐いた。


「……まだ、終わっていない」


誰に言うでもなく、そう呟く。


その声は、先ほどよりも少しだけ、強く響いていた。


ハーミットは、少しだけ目を伏せたまま、静かにグラスを置いた。


琥珀色の液体は、もうほとんど残っていない。


それでも彼女は、迷いなくそれを手に取る。


指先がわずかに震えるのを、意識の奥で捉えていた。


「……自分の行いの責任は……自分で取らないと」


低く、確かめるように言葉を落とす。


そのまま、一気に喉へと流し込んだ。


熱が、鋭く身体の中を駆け抜ける。


視界の端が、ほんのわずかに揺らいだ。


だが、その揺らぎさえも彼女は押し込める。


グラスが空になると同時に、すぐにカウンターを軽く叩いた。


「……おかわりを」


しかし、返ってきたのは注がれる音ではなかった。


「飲み過ぎです」


低く、落ち着いた声。


マスターは、グラスに手を伸ばしかけたまま、静かに彼女を見ていた。


その視線は、責めるものではない。


だが、拒絶でもあった。


ハーミットは、わずかに息を止める。


言葉が、喉の奥で止まる。


何も、思い通りにならない。


グラス一つさえ、満たすことができない。


自分の意志ですら、簡単に否定される。


この世界は。


彼女はゆっくりと視線を落とし、拳を握りしめた。


白衣の袖の下、赤い布がわずかに揺れる。


眼鏡の奥の碧い瞳が、かすかに陰る。


それでも、完全には折れない。


しばらくの沈黙のあと、ハーミットは静かに口を開いた。


「……そう」


短く、それだけを言った。


そしてグラスから手を引くと、指先に残る感覚を確かめるように、ゆっくりと手を握り直す。


視線は、再び前へと向けられていた。


ハーミットは、グラスの縁に触れていた指先を、ゆっくりと離した。


視線が、ほんの一瞬だけ泳ぐ。


だがそれを悟られないように、静かに呼吸を整えた。


――明日。


心の中で、その言葉だけが落ちる。


彼の起動試験。


その名を直接口にすることはできない。


けれど、意識の奥でははっきりと輪郭を持ってそこにあった。


――これから、何が起きるのか分からない。


胸の奥に、静かな不安が広がる。


未知。


そして、それを自分がどう受け止めるのかも分からない。


ハーミットはわずかに目を細める。


それでも、表情は崩さない。


眼鏡の奥の碧い瞳に、かすかな揺らぎだけが残っていた。


グラスを持つ手に、わずかに力が入る。


そして、すぐにそれを自覚して力を抜いた。


――私は、一生逃れられない。逃げるわけにいかない。


誰に向けるでもない確かな意志が、静かに心の中に落ちる。


すべてはこれから始まるのだから。


その事実だけを、ハーミットは静かに受け止めていた。


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