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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第8章ー甦る英雄ー
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プロローグー

薄暗い魔術研究室の中央に、巨大な水晶の器が静かに佇んでいた。

床には精緻な魔法陣が幾重にも刻まれ、それぞれがゆっくりと呼吸するように明滅している。


水晶の器の内部には、澄み切った魔力の液体が満ちていた。

それは単なる水ではなく、精錬された魔力そのものが形を成したように、淡く光を帯びながらゆらめいている。


その中に、ひとつの存在が浮かんでいた。


白い髪、白い肌、青い瞳。

静止したまま揺らぐことのないその姿は、まるで完成された神像のようにすら見える。


ハーミット・バウアーは、その前に立ち尽くしていた。

白衣のようなコートの裾がわずかに揺れ、赤いハイヒールの音だけが、この静寂にやけに響く。


眼鏡の奥の視線は、まっすぐ水晶の中の少年を捉えている。

怒ったような表情は崩れない。だが、その奥には別の色が滲んでいた。


しばらく沈黙が続いた後、彼女は小さく息を吐いた。


「……結局、ここまで来てしまったわね」


誰に向けた言葉でもない。

それでも、言葉にしなければ押し潰されそうだった。


水晶の中の少年は、目を閉じたまま微動だにしない。

白い髪、白い肌、青い瞳。

それは、彼女が知る“英雄”の理想に限りなく近い姿だった。


だが。


「あなたは、英雄じゃない」


静かに、しかし断言するように言葉が落ちる。


「……少なくとも、私が関わった“これは”」


指先が、水晶の表面に触れる。

ひんやりとした感触の奥で、魔力が微かに脈打つのを感じる。


「英雄なんて、作るものじゃなかった」


かすかに眉が寄る。


「それでも……作ろうとしたのは、私たちだ」


視線が一瞬だけ揺れた。だが、すぐに戻る。


「強力な複数の魔力回路、英雄の遺伝子、再構成された精神と肉体。ここまで揃えれば、理論上は“英雄”になるはずだった」


小さく、自嘲するように笑う。


「でもね、そんな単純な話じゃないのよ」


水晶の中の少年に、言い聞かせるように。


「“英雄であるべきだ”って押し付けられたものが、

 本当に英雄になるとは限らない」


一瞬、彼女の声が少しだけ低くなる。


「むしろ、その歪みの方が問題よ」


再び沈黙。


彼女は視線を逸らさず、じっとその存在を見つめ続ける。


「あなたの中にある“英雄の意思”……それは、本当にあなた自身のもの?」


答えはない。


当然だ。


彼はまだ、目覚めていない。


それでもハーミットは、問いを投げ続ける。


「それとも……ただの模倣?」


自分に言っているのか、彼に言っているのか。

あるいは、その両方か。


彼女はゆっくりと目を閉じ、再び開いた。


「……私はね」


声は静かだが、芯があった。


「あなたみたいな存在を作るつもりなんてなかったのよ」


少しだけ、息が乱れる。


「もっと、違う形を想定していた」


拳が、わずかに握られる。


「少なくとも、“人間”としての尊厳を残したまま、

 英雄という概念に近づける方法があると……そう思ってた」


短く息を吐く。


「でも結果はこれよ」


水晶の中の存在を見下ろす。


「……英雄“のようなもの”」


その言葉には、明確な拒絶があった。


だが同時に。


「でもね」


声が、少しだけ柔らかくなる。


「ここで終わらせるわけにはいかない」


視線が、再び鋭くなる。


「私が関わった以上、責任は取る」


それは義務であり、贖罪であり、彼女自身の正義だった。


「だから……」


少しだけ間を置く。


「せめて、あなたが“何者になるのか”だけは、最後まで見届ける」


水晶の中で眠る少年に、視線を固定したまま。


ハーミットは、静かに立ち続けていた。

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