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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
暗い闇の奥からー
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光の下へー

白い――何もない世界で、闇が揺れる。


揺れて、揺れて、揺れて――


だんだんと、人の形を帯びていく。


その中で、目だけは変わらず、あり続ける。


光も映さないその瞳に、満ちあふれる輝き。


そして闇は、そっと少年を抱き上げる。


その腕に包まれたまま、二人は外へ向かう。


影が揺れ、溢れ、そこから何かが現れる。


黒く濃密な闇が徐々に形を成し、やがて人の姿を帯びる。


足元まで伸びる漆黒の髪、白い肌、細身でしなやかな体。


切れ長で眠たげな瞳が、光を映さずにこちらを見つめる。


真っ黒なノースリーブのドレスが、闇と溶け合うように揺れる。


少年を抱き上げたまま、その姿は影から現れ、月明かりの下で静かに浮かび上がった。


その、影食いと呼ばれていたものは、腕に抱いた少年をじっと見つめる。


冷たくなりかけていた少年の顔に、生気が戻りつつある。


白くなっていた肌に、ほんのり血色が差す。


影食いは腕の中の少年の頬に、自らの頬をそっと寄せた。


あぁ……温かい。


これが人間、これが我が求めた『愛』……


さぁ、起きよ。そして約束通り、我を愛せ。


そう告げると、影食いは少年の首に、静かに歯を立てる。


「つっ……」


その痛みに、少年は目を覚ました。


まだ虚ろな目を開いた少年は、視線だけを影食いに向けて呟いた。


「……あぁ、なんだ、お前か」


影食いは変わらずじっと見つめ返す。感情のない瞳で。


「なんか、見た目が変わってるから驚いたけど……その目は変わんねぇな」


その言葉に、影食いの瞳がわずかに揺れた。


(この少年は、私を見ている……ちゃんと、見てくれている)


心が、静かに揺れる。


何か――そう、これは何か。


胸の奥が、あたたかい。


影食いが口を開く。


「お前は我を愛すると約束した。その約束を果たせ。でなければ、また闇に落とす。今度は、永遠に」


感情のない声で告げる。


少年は目を閉じて、笑った。


「なんだ……そりゃ、そんなん愛でもなんでもねぇじゃんか」


その言葉に、影食いの心が揺れる。


(嘘か……騙された……おのれ、やはりまた闇の中に……)


少年がゆっくり目を開き、口を開く。


「愛なんて、俺には正直よくわかんねぇけど……とりあえず、あの何もない世界でお前がどんな気持ちでいて、どうして欲しかったのかは、よくわかった」


影食いの心が、さらに揺れる。


(理解してくれようと、している……?)


「俺がお前にできることがあるかわかんねぇ、でも、とりあえず、これからはお前の願いってやつ? 少しは答えてやれると思うんだ」


影食いは、耳を澄ませるように沈黙する。


「我の……願い?」


「俺がお前に名前を付けてやる。俺がお前を、この世界でなんなのか、決めてやる」


「我は我だ。他のなんでもなく――」


「だってお前、何かになりたかったんだろ?」


その瞬間、影食いと呼ばれた存在の心に衝撃が走った。


あぁ――そうか。


温かさに触れたいと、人間になりたいと、そう思っていたけれど、本当は、我は――あの何もない世界で、自分が何かになりたいと願っていたのだ。


そうだ。我は、自分を知りたかった。


この世界にとって、我はなんなのか。なぜ、ここにあるのか――知りたかった。


そのための『愛』だったのだ。


この少年は、我にそれを教えてくれる。我の心をこれほどまでに揺さぶる。我に――『愛』を、与えてくれる――


「名前を付けて――欲しい。なんでもいい、我は何かになりたい。この世界にとって、必要とされたい。お前に、必要と思って欲しいから」


少年はにかりと笑った。


「そうさ、思ったことはそのまま言えばいい。して欲しいことがあるなら、して欲しいって言え」


そして少年は、影食い――いや、今や心を持つ存在を指差し、静かに言った。


「そうだな……お前の名は――」


「ミカゲにしよう」


その言葉が、永遠にも思える孤独の闇を切り裂いた。


何百年もの間、何者でもなく、世界に存在を認められず、ただただ彷徨っていた我。だが、今――その存在に、名が与えられた瞬間、世界が揺れ、空気が変わる。存在そのものが、認められたのだ。


ミカゲ――その名に宿る光に、心が一気に押し上げられる。


「あぁ……今、心が、あたたかい」


白く冷たかった唇に生命が戻り、虚ろで暗かった瞳の奥に光が満ちる。胸の奥、深く閉ざされていた空洞に、熱い想いが一気に溢れ出す。


これが――『愛』なのだと、我は知る。


闇だった世界が、今、光に満たされた。長い孤独が、永遠の夜が、たった一つの名前で、心を抱きしめてくれたのだ。


その死んだように白かった肌にも、ただ黒く垂れ下がるだけだった髪にも、艶が溢れ出す。身に纏う真っ黒なドレスにまで光沢が走り、微かに揺れるたびに月光を反射する。その姿は変わらぬまま、しかし圧倒的な神格と存在感が宿った。暗く、深く、けれど神々しく。


眠たげな瞳、気だるげな顔。その表情に、感情があふれ出す。


「我……いいえ、わたくしは今、あなた……主人様に、永遠の愛を誓います。もう求めはいたしません。充分な愛をいただいたのですから」


その声は、静かに、しかし確かに響く。艶やかな唇から零れる言葉が、白銀の月光を震わせる。


「わたくしはこれから、主人様に永遠に、わたくしの愛を与え続けたい――」


闇に包まれていた世界は、いま、愛の熱で揺らぎ、神々しい光に満たされる。長き孤独を経て、初めて手にした心の温もり。ミカゲの誓いは、永遠にこの夜に刻まれた。


少年は苦笑いしながら言った。


「なんか大袈裟なやつだなー、いいって。お互い仲良くやろうぜ」


そして少し間を置いて、くすぐったそうに続ける。


「てことで、そろそろ下ろしてくんない?」


ミカゲは腕の中の少年を見下ろし、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ、わたくしは離したくありません。ずっとこのまま肌を寄せ合っていたい」


少年は驚いた顔で目を丸くする。


「冗談だろ?」


しかしミカゲは柔らかく微笑み、その表情は慈しみに満ちていた。


「いやいや、マジで下ろしてくれよ」


少年の言葉に、ミカゲはゆるやかに首を横に振る。


「え?マジで?」


「マジでこざいます」


静かな夜の空気の中で、二人の間に漂う温もりと微笑み。永遠に感じられそうな、不思議な幸福が満ちていた。


それから小一時間、少年は必死に説得を続けた。どうにかこうにか、地面に足をつけることには成功したものの、立っている少年の腰に、ミカゲはしなだれかかるように抱きついたままだった。


「いや、動けねぇから離れてくれよ」


少年が苦笑交じりに言う。


「ご安心くださいませ。わたくしの影を使えば、歩かずとも移動できます」


「そういうことじゃなくてよー」


それからさらに小一時間、あれこれとやり取りが続いた。多少の不満そうな表情も見せつつ、ミカゲは渋々ではあるが、指輪として少年と一緒にいることを受け入れた。


影が淡く揺れ、黒い光を帯びながら細長く変化する。やがてその影は、滑らかに小さな金属のリングへと姿を変え、少年の指にすっと収まった。


少年は軽く指を握り、ふと微笑む。

手のひらの中で、冷たくも、温かくもない、その存在が確かにそこにあることを感じた。


少年は新たに身につけた指輪をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。


「なんか…変わったやつ仲間にしちまったなー。まぁ、面白いからいいけど」


その言葉に、影の中から声が返ってきた。


「愛とは人を狂わせるものですから」


突然の声に、少年はビクッと肩を揺らし、声の方に目をやると、足元の影の中から、黒く光る髪の先端と、眠たそうな瞳だけを出したミカゲが、じっと少年を見上げていた。


「うわっ、なんだよ!なんでいるんだよ!」


少年の慌てた声に、影食いの新しい姿のミカゲが、微かに微笑みを浮かべる。


少年は目を丸くし、思わず突っ込む。


「普通、指輪になったら呼ばない限り出てこないもんなんだぞ!」


するとミカゲは、影の中からゆったりとした声で答えた。


「これこそ、愛の奇跡。わたくしはいつでも主人様の影の中からお守り申し上げております。いつまでも――永遠に――」


少年は呆れたように肩をすくめつつも、どこか半笑いでミカゲの言葉を受け止める。


「え…ずっといんの?」


「はい。もちろんです」


少年は目を丸くし、さらに続ける。


「え?風呂とかトイレの時も?」


ミカゲの目が垂れるように細められ、頬を淡く染めて微笑む。


「はい。もちろんです」


少年は渋い顔をして小さくため息をつく。


「…それはマジ、勘弁してくれよ」


ミカゲは涼やかに微笑みながら答える。


「ご心配なされずとも、しっかり見守っております」


少年は思わずツッコミを入れる。


「お前が一番心配なんだよ!」




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