それは心を手に入れたー
夜になると、あの少年が社にやって来た。昼間には少女も訪れ、二人は夢中になって、世界の話をしていた。まだ見たことのない街、広い海、空を駆ける風――二人は「いつか行きたい」と笑いながら話す。
宝玉は石の台の上で、光を揺らしながら耳を傾ける。その声を聞くたび、心は小さく跳ねるようで、光も自然と強く明滅した。
「私も、もし一緒に行けたら――」宝玉の意思は、初めて自ら願いを形にする。まだ旅を知らない二人と共に、指輪になり、同じ景色を見たい、同じ風を感じたい。
動けず、声も出せない宝玉だが、光を通して、静かにその思いを伝える。夜も昼も、世界の話を聞くたび、宝玉は少しずつ、自分の願いを確かめるのだった。
夜、あの少年が社にやって来た。宝玉は光を揺らし、自分の意思を精一杯示す――「話したい、聞いてほしい」という思いだけを。
少年はふと、その光の揺らぎに気づく。小さく首をかしげて、笑みを浮かべながら言った。
「なんだ?おまえも……何かしたいのか?」
宝玉は答えられず、ただ光を揺らすだけ。けれど意思は確かに強く、願いははっきりしている。話したい、聞いてほしい、そしていつか、二人と一緒に世界を見たい――その思いは光の揺らぎに込められ、少しずつ、少年の意識の端に届き始めるのだった。
夜、あの少年が社にやって来た。宝玉は光を揺らし、自分の意思を精一杯示す――話したい、聞いてほしいという思いだけを。
でも、それだけでは足りない。宝玉は心の奥で叫ぶ。
「声……声がほしい……伝えたい……」
光だけでは、まだ何も伝わらない。動けず、声も出せない。でも、宝玉の意思は揺るがない。
会話がしたい。二人のように、笑いながら話したい。自分の思いを、世界に向かって、誰かに聞いてほしい――その願いが、光の揺らぎに込められ、石の中で震える。
少年は、少し首をかしげて光を見る。何かを感じたような気配はあるが、まだ意味までは理解できない。宝玉は焦らない。ただ、声にならない声で、想いを託し続ける。
ある昼、あの少女が社にやって来た。手には、小さなカードの束をたくさん持っている。ひとつひとつ、手書きでいろんな言葉が書かれていた。
少女は微笑みながら、それを宝玉に向け、ひとつずつ意味を伝えていく。宝玉には声も動きもないが、その心は揺れる。
あぁ、そうか――彼女は聞こうとしてくれている。理解しようとしてくれている。私の話を、私の声を、聞こうとしてくれているのだ。
光を揺らす宝玉の意思は、小さく、でも確かに弾む。こんなに嬉しいことはない。静かに、長く閉じていた意思に、温かな喜びが広がっていく。
昼間の静寂の中で、宝玉は初めて、自分の存在を誰かが受け止めてくれていることを感じたのだった。
少女が手書きのカードを床に広げて置いていってくれた。
宝玉は光を揺らしながら、それを必死に見つめ、覚える。ひとつひとつの言葉の意味を、胸の中に刻み込む。
伝えたい――聞いてほしい――その思いが、強く、強く、膨らむ。
私の想い、私の願い、そのすべてを――少年に――
光の揺らぎに、宝玉の意思は全てを託す。動けず、声も出せないけれど、確かに伝えたいという力だけが、夜の社に小さく、しかし確かに響いたのだった。
次の夜、あの少年が社にやって来た。手には、昼に少女が残していったカードをひとつずつ差し出している。
宝玉は光を揺らし、必死に反応する。ひとつひとつの言葉に、自分の意思、願いを重ねて返す。
なかなかうまくいかない。思いは強くても、伝わるのはわずかだけ。言葉は出せず、動くこともできないから、意思だけを光に込めて返すしかない。
それでも、少年は何度も何度も、じっと付き合ってくれた。カードを差し出し、言葉をかけ、宝玉の光の揺れに応えてくれる。
夜は長く、深く、静かに続く。宝玉の意思と願いは、朝まで途切れることなく、少年と交わされるのだった。
「あーそういうことか、お前はよーするに――」
少年は眠そうな顔で言った。目はほとんど開いておらず、ふらふらとした様子で、いくつかのカードを宝玉の前に差し出す。
「外」「出る」「世界」「見たい」「一緒」「知りたい」
宝玉の光は、これまでになく強く、力強く揺れた。そう、そうだ――そうなんだ。
私は、私は外に出たい。世界が知りたい。君と一緒に、いろんなものを見たい――
その意思と願いが、光となって社の中に溢れた。宝玉は、これまでにない輝きを放つ――自分の存在が、初めて力強く、世界に訴えかけるかのように。
「わかったわかったから、わかー」
少年はそのまま、床にふらりと倒れ込んだ。宝玉はじっと見つめる。どうやら、少年は眠ってしまったらしい。その寝顔を静かに見つめながら、宝玉は思う。
彼女と彼が来てから、私には想いが生まれた。気持ちが生まれた。心が生まれた。そして、願いが生まれた。
二人が来るようになってから、私は楽しい。退屈を忘れ、時間の長ささえ感じない。
けれど、誰も来ない日は、とても辛い。悲しい。
一人でいるのは嫌だ。もう、一人にはなりたくない。待つだけの時間は、もう耐えられない。
一緒にいたい――
宝玉の意思は光となって揺れ、今までにない力強さを帯びる。願いは、孤独への抗いと、二人と共に在りたいという渇望となって、夜の社を満たしていくのだった。
やがて、目の前で眠る少年が、朝になると少女へと変わる。暗い部屋の中にゆっくりと朝日が差し込む。
その光は、宝玉の身体をすり抜け、石の中の存在を優しく照らした。
あぁ、私は光になりたい――
強く、明るく、彼らの旅を照らす光でありたい。
一緒にいたい。一緒に行きたい。
君の声と、笑顔が、私の願い。
宝玉の意思は、これまでにない力強さで光に宿る。静かに、しかし確かに、自らの願いを世界に訴えようとする――二人と共にあるために、輝きながら。
やがて少女が目を覚ますと、微笑みながら「またね」と言って帰って行った。
またね――
それが今日の夜なのか、明日なのか、1週間後なのか、もう待てない。
何もないまま、静かに待つ時間――そんなのはもう嫌だ。一人は嫌だ。
一人になんて、なりたくない。
私を……一人にしないで。
宝玉の光は、これまでにないほどに強く揺れ、孤独への不安も、二人と共にいたいという願いも、すべてを抱えながら、朝の社に静かに広がっていくのだった。
そして夜――笑顔の少年が社にやって来た。
その瞳は柔らかく、でも力強く私を見つめ、言った。
「俺がお前を連れ出してやる」
その言葉に、私の心が震えた。胸の奥から、これまでにない強い気持ちが溢れ出す。光だけではなく、意思が、願いが、確かに私を満たしていく。
そうだ。私には心がある。
彼と彼女が、私に与えてくれた――今の私には心がある。
連れ出して……私を、ここから、連れ出して!
宝玉の光は、かつてないほどに強く、明るく、激しく揺れた。願いが、心が、すべての存在を越えて、少年に届くように――必死で、確かに、伝わらずにはいられないほどに。
「今日、あいつと俺とで必死に考えたんだ」
少年は得意げに笑う。
「できるかどうかわかんねぇんだけど、きっと大丈夫だと思う」
自信たっぷりの笑顔。
「だから、俺を信じろ」
その言葉に、私の心が震えた。かつてないほどに。
「俺がお前に――」
私の心は強く、強く、さらに強く――
「世界を見せてやる」
少年は私を指差し、力強く言い放つ。
「お前に名前を付けてやる」
その瞬間、宝玉の光は、これまでにないほど増し、夜の闇の中でも煌々と輝きを放った。
「お前の名前は――」
少年がそっと私に手を乗せ、微笑む。
「アカリだ。お前にピッタリだろ?」
その瞬間、私の中から光が溢れた。心が、意思が、願いが、全て一度に解き放たれた。
私は、確かに、アカリ――光になる。
宝玉から溢れる光はますます大きくなった。室内を照らし、外までも優しく暖かく、しかし力強い輝きで包み込む。
その光の中で、宝玉の形が変わり始める。憧れた形へ――聞きたい。聞いて欲しい。笑いたい。笑って欲しい。そのすべてを叶えるための姿へ。
光はさらに強く、宝玉を満たす。やがて、光が少しずつ落ち着き、姿が定まった。
光が落ち着くと、そこに現れたのは、細身で華奢な少女の姿だった。身長は低めで、肩幅もまだ子供らしい柔らかさが残る。肌も髪も、全てが水晶でできているかのように半透明で、柔らかく光を通し、揺れるたびに室内の光を優しく反射する。腰までのストレートの髪が揺れ、表情はおっとりと穏やかで、笑うとあどけなさの残る愛らしい笑顔を浮かべていた。
光の中で立つその姿には、子供らしい小さな手足の動きや、まだ大人になりきれていない柔らかい曲線があり、年齢の幼さが自然に感じられた。
少年は、変化を終えた透き通る少女の姿を驚いた顔で見つめていた。
そして、だんだんと笑顔に変わる。
完全に変身を終えたアカリに、右手を差し出し、言った。
「アカリ、これからよろしくな。俺の名は――」
名乗る声に、アカリは心の奥で確かに知っていた。何度も聞いた名だ。けれど嬉しい。
今の宝玉には、それに応える言葉があった。
宝玉はにっこりと微笑み、少年の手を握り返す。
「はじめまして主様。私はアカリです」
聞きたい。聞いて欲しい。笑いかけて欲しい。笑いかけたい。そして――触れたい。
あぁ、今、私の願いが叶った。




