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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
街道の魔ー
218/326

そんなもんいらねぇよー

「あ、やっと起きたー!」


少女が、ぱっと顔を明るくして笑う。


屈託のない、無邪気な笑顔だった。


だが――


少年には、状況がまるで理解できない。


「……お前誰?なんで裸なの?」


視界のすぐそこに、少女の身体がある。


近すぎる距離。


思考より先に、目がそちらに引き寄せられていた。


少女はまったく気にした様子もなく、にこにことしたまま答える。


「私はただ一振りの剣。生まれて三百年」


どこか誇らしげに、胸を張る。


「私を上手に使えるご主人様を探してたんだ。そして今、見つけた」


そう言って、まっすぐに少年を見つめた。


銀の瞳が、迷いなく向けられる。


「……俺?」


戸惑い混じりの声。


少女は、当然のことのように頷いた。


「ねぇ、君!私のご主人様になってよ」


期待に満ちた声。


きらきらとした銀の瞳が、まっすぐに向けられる。


だが――


少年はしばし黙り込んだ。


眉を寄せ、状況を整理するように視線を彷徨わせる。


目の前の少女。


自分の膝の上にある頭。


さっきまでの戦い。


そして――今の言葉。


「……」


数秒の沈黙。


やがて、少年は口を開いた。


「やなこった」


吐き捨てるように言う。


一切の迷いもなく。


その言葉に――


少女の動きが、ぴたりと止まった。


「え?なんで?」


少女は、心底わからないといった顔で問い返した。


笑みも消え、ただまっすぐに。


「使うとか、ご主人様とか、なんか気に入らねぇ」


少年は吐き捨てる。


ぶっきらぼうに。


どこか苛立ちすら滲ませて。


「なんでよ!?私って、剣だから、誰かに使って欲しいんだよ」


少女の声がわずかに強まる。


だが、それでも言っていることは変わらない。


“当たり前”を、そのまま口にしているだけ。


少年は、小さく息を吐いた。


「剣だかなんだか知らねぇけどさ」


言葉を切り、視線を上げる。


銀の瞳を、正面から見る。


「お前、今こうして俺と話してるじゃねぇか」


「うん?」


少女は首を傾げた。


本当に、それだけだった。


そこに疑問を持つ理由すら、ないかのように。


少年は、少しだけ目を細める。


「それなのにさ」


一拍。


「自分で物みてぇに言うのは、俺は嫌だね」


低く、言い切る。


その言葉は強くはない。


だが、確かに芯があった。


少女は、何も言わずにそれを受け止める。


ただ、じっと。


初めて触れた“違う考え方”を、確かめるように。


夜の静けさの中、二人の間にだけ、言葉の余韻が残っていた。


「君……私のこと好きなの?」


少女は、興味深そうに身を乗り出してきた。


銀の瞳が、じっと少年を覗き込む。


「急になんだよ?」


少年は眉をひそめる。


戸惑いを隠すこともなく、ぶっきらぼうに返した。


少女はきょとんとした顔のまま、首を傾げる。


「だって、私のことかわいいとか、物扱いしたくないとか……それって好きだから?」


まっすぐな問いだった。


飾りも、遠慮もない。


少年は少しだけ視線を逸らし、考え込む。


「……好きとかなんとか、よくわかんねぇけど」


ぽつりと呟き、再び少女を見る。


「嫌いじゃないな。お前、めっちゃ強いし」


それが、今の正直な答えだった。


少女の顔が、ぱっと明るくなる。


「わかる!君もめっちゃ強いから!」


弾むような声。


嬉しさを隠すこともなく、そのまま笑う。


「だからいいなと思ったんだー!」


ころころと転がるような笑顔。


屈託のない、まっすぐな喜び。


少年はそれを、少しだけ眩しそうに見て――


「あー……お前のその笑顔は、俺けっこう好きかもな」


ぼそりと呟いた。


「じゃあいいじゃない?」


少女は、あっさりと言った。


何の迷いもなく。


「それとこれとは話が違ぇだろ」


少年は即座に返す。


「えー、そっかなー?同じだと思うけど」


首を傾げる少女。


本気でそう思っている顔だった。


「どこがだよ。むちゃくちゃなやつだなー」


少年はやれやれと肩をすくめる。


呆れたように息を吐いた。


「私のご主人様になれば、めっちゃ強くなれるよ?」


少女が、ぐいと身を乗り出す。


「私、めっちゃ使えるんだからね?」


どこか誇らしげに。


だが――


少年は、すっと目を閉じた。


「それだよ」


低く呟く。


「使えるとか使えないとか、そういうの気にくわねぇ」


少女は、ぴたりと動きを止めた。


「どゆこと?」


まっすぐな疑問。


少年は、ゆっくりと目を開く。


「お前がなんなのか、正直よくわかんねぇけどさ」


一度言葉を切る。


目の前の少女を見る。


「俺には、普通の女の子にしか見えねぇ」


静かに、そう言った。


そして――


自分と少女を、交互に指差す。


「だったら、物みてぇにじゃなくて」


一拍。


「俺と、お前」


言い切る。


「二人の話なんじゃねぇの?」


その言葉は、強くはない。


だが、はっきりと境界を引くような響きを持っていた。


少女は、その言葉をじっと見つめるように受け止めていた。


少女の銀色の瞳が、じわりと潤んだ。


「それ、絶対私のこと好きじゃん!」


ぱっと顔を輝かせる。


「なんでだよ!?」


少年は思わず声を荒げた。


少女は当然のように言い切る。


「つまりー、私のこと大切にしたいってことでしょ?」


まっすぐな視線。


逃げ場のない言葉。


少年は少しだけ言葉に詰まり――


「ちょっと違う気もするけど、まぁそっかなー……」


歯切れ悪く認める。


「じゃ好きじゃん」


即答だった。


「んんんんんー?」


少年は唸る。


「好き、なのかなぁ?」


首をひねりながら、ぼそりと呟く。


少女はそんな様子を楽しそうに見ていた。


「きっとそうだよ!」


自信満々に言い切る。


「だからご主人様になってよ!」


にこりと笑う。


だが――


「んー、絶対違う気がする」


少年は首を振った。


どこか納得しきれない顔で。


少し考えてから、ぽつりと続ける。


「好きとかなんとか、よくわかんねぇけどさ」


一拍。


「そういうのって、ドキドキとかするんじゃねぇの?」


自分なりの基準を口にする。


少女は、きょとんとしたままその言葉を受け取っていた。


少年が、おもむろに両手を伸ばした。


何の前触れもなく。


そのまま――


目の前にあった少女の胸を、ぐっと掴む。


「……」


一瞬、時間が止まる。


少女は、きょとんとしたまま固まった。


何をされたのか理解が追いついていない。


少年はそのまま、しばらくのあいだ手を離さず――


真顔のまま、ぽつりと呟く。


「……ドキドキしてるか?」


静かな結論だった。


少女の思考が、数拍遅れて追いつく。


「なにが?」


間の抜けた声が漏れた。


少年は、わずかに首を傾げた。


「なにが、じゃねぇよ」


掴んだまま、少しだけ力を込める。


「こういうのって、ドキドキすんじゃねぇのか?」


真剣な顔だった。


ふざけている様子は、一切ない。


少女は、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。


言われた言葉を、そのまま受け取る。


「……ドキドキ?」


聞き慣れない言葉を、確かめるように繰り返す。


だが――


何もない。


胸の奥に、何かが湧く感覚も。


熱も。


ざわつきも。


ただ、静かだった。


少年を見る。


自分の胸を見る。


そしてまた、少年を見る。


「ないよ?」


あっさりとした答え。


「なにも感じない」


事実を、そのまま口にする。


そこに迷いも、戸惑いもない。


ただ“そういうものが存在しない”だけだった。


少年は一瞬、言葉に詰まり――


「……マジかよ」


小さく呟いた。


少女は首を傾げる。


何が問題なのかも、わかっていないまま。


「あ、でもさっきはちょっと感じたかも」


少女が、ふと思い出したように言う。


「いつ?」


少年が眉をひそめる。


「んー……君が、私の顔を殴らないで、止めた時」


その言葉に、少年は小さく息を吐いた。


「あぁー……お陰で引き分けになっちまったやつな」


ぶっきらぼうに言う。


だが――


少女は首を横に振った。


「えー?違うよ?」


「……あ?」


「君の勝ちだよ」


まっすぐに言い切る。


迷いのない声で。


少年は、わずかに目を細めた。


「いや、俺は負けたんだ」


低く、吐き出す。


「女殴らないなんて、言い訳でしかねぇ」


そう言って、視線を逸らす。


少女は、その横顔をじっと見つめる。


そして――


さっきの光景を、もう一度思い出した。


拳が止まった瞬間。


目の前で、確かに止められたあの動き。


「……あれ?」


小さく呟く。


「ん?」


少年が怪訝そうに見る。


「あれあれ……あれ?」


少女は、自分の胸元に手を当てる。


「なんだよ?」


「なんかさっきのこと思い出したら……」


少しだけ、言葉が途切れる。


そして――


「ドキドキしてきたかも」


その声は、さっきまでとは違っていた。


わずかに、揺れている。


少女の頬が、ほんのりと色づく。


自分でも理解できない変化。


思い出すたびに、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


今まで感じたことのない感覚。


それが、確かにそこにあった。


少女は、その熱を確かめるように、そっと胸に触れる。


そして、ゆっくりと少年を見る。


あぁ――


だから私は。


彼に触れられたくて。


この身体に――なったんだ。


少女は、胸に手を当てたまま、そっと瞳を閉じた。


内側にある熱を、確かめるように。


そして――


「ごめん」


小さく、呟く。


「さっきのなし。ご主人様とか、使ってほしいとか……やっぱなしにして」


少年が、わずかに目を丸くした。


「お……おぉ?」


戸惑いの声が漏れる。


「俺は最初からそう言ってるだろ。急にどうした?」


少女は答えず、胸をぎゅっと押さえる。


鼓動が、はっきりと速い。


さっきまではなかったもの。


けれど今は、確かにある。


「わかったの」


ぽつりと、言う。


「違う。違うんだって」


少年が怪訝そうに眉をひそめる。


「使って欲しいとか、ご主人様になって欲しいとか……そうじゃないんだって」


ゆっくりと瞳を開く。


まっすぐに、少年を見る。


そして――


両手で、その頬を包み込んだ。


逃がさないように。


確かめるように。


「….君が私を好きなんじゃない」


一拍。


「私が、君を――好きになっちゃったみたい」


言い切る。


その声には、もう迷いはなかった。


少女は、そのまま顔を近づける。


距離が消える。


少年の息が、わずかにかかるほどに。


そして――


唇を重ねた。


今度は、はっきりと。


迷いなく。


触れた瞬間、胸の奥の熱が強くなる。


これが何なのか。


まだ全部はわからない。


それでも――


これが、さっき感じたものの正体だと、確かに理解できた。


しばらくして、ゆっくりと唇を離す。


少女は、すぐ目の前で少年を見つめた。


銀の瞳が、わずかに揺れている。


「……ほら今、私」


小さく、息を漏らすように言う。


「すっごいドキドキしちゃってる」


胸に手を当てる。


鼓動は、まだ速いままだった。






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