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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
はじまりの唄ー
210/326

私の名はー

カゲが森の中を走り、少年が必死に後を追う。


その後ろから、武器を手にした男達が迫る。夜の森に、無数の足音がこだましていた。


森を抜け、丘を越え、再び森に入る。やがて、カゲの足が止まった。


そこは、いつもの池のほとりだった。


少年は肩を押さえながら、荒く乱れた呼吸を必死に抑え込む。


「カゲ…逃げるな…逃げるな、よ」


カゲは池の淵に立ったまま、両肩を抱え込むようにして震えていた。


「コ…コワイ…ニンゲンは…コワイ…ニンゲン…ニンゲンナンテ…キライだぁっ!」


泣きながら、叫ぶカゲ。遠くから、男達の足音がこちらに向かってくる。


少年は肩の痛みを押さえ、ゆっくりと近づく。


「クルナ!ニンゲン、キライ!」


カゲの言葉に少年は足を止める。


「カゲ、んなこと言うな。そうだよ。俺もあいつらとおんなじ人間だ。でもさー」


カゲは応えず、ただ震えている。


「人間だって動物だって、いい奴もいれば悪い奴もいる。それはどうしようもねぇよ」


少年はまた、ゆっくりと近づく。カゲが後ずさる。


「でもさ、言ったろ?」


少年が手を差し出す。


「少なくとも俺は、お前を守りたいって思ってるんだぜ?」


その言葉に、カゲがハッと顔を上げる。


そうだ、彼の、少年のその言葉に、これまでに感じたことのない感情が、知らなかった気持ちが胸に芽生えた。


カゲは思い出していた。あの時、あの瞬間に胸の奥で感じた、あの気持ちを—今も心に抱えていたことを。


カゲが震える声で少年の名を呼ぶ。


「おう。俺が守ってやる。約束するからさ」


少年は手をさらに近づける。


「俺と一緒にいようぜ?」


カゲが駆け出し、少年の胸に飛び込む。


そのまま抱きつき、顔を少年の胸に埋めて、泣き出した。


「ゴメン…イタイ…ゴメン…」


少年は怪我をしていない方の腕で、そっとカゲの背中を抱きしめる。


「俺が怪我したから、びっくりしたんだよなー。心配すんな。俺は平気だから」


カゲは小さくコクリと頷く。


やがて、遠くから足音が迫り、もうすぐそこまで来ていることを知らせる。


少年はそっとカゲの身体を離し、後ろを振り向いた。


カゲを守るように立ち、血に染まった背中を見せながら、力強く言い切る。


「大丈夫。安心しろ、お前には、俺がついてる!」


その言葉に、カゲの金色の瞳が大きく揺れる。


心の奥で、あの熱い気持ちが再び蘇る。


あぁ、この強く、熱い気持ちは何だろう。


初めての感覚。怖い。でも嬉しい。痛い。でも心地よい。


この気持ちは…きっと—


「…オナガイ、アル」


カゲがおもむろに呟く。


「なんだ?今じゃないとダメなのか?」


カゲが頷くのが、気配でわかる。


「なんだ?言ってみろ」


カゲは顔を上げ、力強く言った。


「ナマエ…ツケテ」


その言葉に、少年が眉を寄せる。


「カゲ、じゃダメなのか?」


カゲはまた頷く。


「ナマエ、ナイ。ホントノ、ナマエホシイ」


少年は怪訝そうな顔で振り返る。


「それ、今じゃないとダメなのか?」


カゲは真剣な顔で見つめ返す。


「イマ!イマシカナイ」


その真剣な表情に、少年は息を飲む。


そして、ちゃんとまっすぐカゲに向き直った。


少年はしばらく目を閉じ、静かに考え込んでいた。やがてゆっくりと目を開け、カゲをまっすぐに見つめる。


「それじゃ……お前の見た目も、雰囲気も、性格も、全部ひっくるめて、ぴったりの名前を思いついたぜ」


カゲはじっと頷く。その目が少し揺れて、胸の奥で何かが弾ける気配を見せた。


「俺の大切な人から教えてもらった言葉で、俺が好きな言葉なんだ。『可憐』って言うんだけどな」


その言葉が、カゲの胸の奥をそっと撫で、心に柔らかな風が吹き抜ける。


「いいか?今日からお前の名前は――」


少年の声に合わせ、心の中の風がさらに強く吹き上がる。


「カレンだ!」


その瞬間、カゲ――いや、彼女の心に、昨日まで知らなかった感情が押し寄せた。こそばゆく、温かく、強く。抑えきれない想いが胸を満たし、全身を震わせる。


少女の唇が震え、自然と声が零れる。


「カレン…私の…名前」


新しい名とともに、少女の中の何かが目覚めた。小さくても確かな、自分だけの輝きが――。


泉を背にした2人の前に、男達が現れた。彼らは武器を構え、囲むように立つ。


「ようやく追いついたぜ――」


男の声が森の静寂を裂く。しかし、その言葉の続きを告げる前に、男達の視線が揃って止まった。


「なんだそりゃ……」


背後から射す月光を受け、カレン――その名を与えられた少女の身体に変化が起きていた。


黒く長く硬く荒れていた髪は、真っ直ぐに伸び、夜の光を受けて絹のように滑らかで艶やかに流れる白金色に。細く歪んでいた手足はしなやかに整い、爪はまるで漆で塗られたかのように美しく艶めき、荒れていた肌は雪のように白く、柔らかさと潤いを帯びている。


借り物のシスター服は消え去り、その代わりに彼女を包むのは、まるで皇族の舞踏服のような豪奢で上品な衣装。白と淡い金色の絹糸が織りなす華やかな装飾、袖口や裾には繊細な刺繍が施され、動くたびに月光に反射して淡く光る。細やかな透かし模様と宝石のように輝く飾り紐が、品格と華麗さを同時に醸し出していた。


顔立ちもまた変化した。女性らしく整った鼻筋、艶やかで柔らかい桃色の唇――少女の全身から放たれる気配は、威厳と妖艶さを同時に持つ、見る者を圧倒する美しさだった。


そして額にゆっくりと角が生える。七色に輝く宝石のような角が、月光を受けて淡く光を放つ。


少年は目を見開き、声にならない声を漏らした。


「なんだこりゃ……なんて――」


カレンの唯一変わらぬ黄金色の瞳が、少年の視線を捉える。


その瞳の奥に宿る光が、静かに、しかし確かに彼の心を射抜く。


少年は自然と笑みを浮かべた。


「なんて……キレイなんだ」


カレンも微笑む。これまでの無邪気な笑顔とは違う、妖艶で上品な、まるでお姫様のような笑みだった。


月夜の森の中で、二人の間に静かに時が流れる。周囲の危険も、追手の声も、今は遠く霞んだように感じられた。


少年は少し息を整え、肩を抑えながら、カレンの姿を見つめた。


「カゲ……いや、カレン、か?」


カレンは一度深く息を吸い、真っ直ぐに立つ。月光に照らされ、豪奢な衣装が淡く光る。


「あなたに名前をもらい、力を得て。自分の本当になりたい姿になることが叶いました。私は、いえ――」


彼女はゆっくりと胸を張り、声に力を込めた。


「妾はカレン。おまえの、いや、おまえ様のためだけの、姫じゃ」


その言葉に合わせ、金色の瞳が細く笑う。唇の端から、かすかに小さな牙のような歯が覗いた。


少年は息を呑む。月夜の森に、カレンの決意と存在感がひときわ輝いていた。



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