昼に会うー
翌朝は、しとしとと雨が降っていた。
黒髪の少女は質素なベッドの上で、眠ったまま体を丸めている。
雨音が次第に大きくなると、少女はゆっくりと目を開けた。
「んん…なんか…身体中が痛い…」
夜の間に何をしていたのか、朝起きるといつも疲れや傷が残っている。
だが、今朝はそれが段違いだった。
体のあちこちに鈍い痛みが走り、全身が鉛のように重い。
「まるで…森の中を一晩中走っていたみたい。あいたたたっ」
そして、なぜか後頭部が強く痛む。
まるで、かかと落としでも食らったかのようだ。
少女は頭をさすりながら、ため息をつく。
「これは…きっとその通りなんだろーなー」
雨音を聞きながら、少女は心の中で呟く。
「ほんとにあいつときたら…ダメージ受けたら私にも響くんだから、もっと気を遣って欲しい」
「おー起きたね。おはよう」
部屋のドアが開き、金髪にそばかすの小柄な少女が入ってきた。
「あ、おはよーねぇー。昨日の夜、蹴った?」
「蹴った蹴った、ごめんごめん」
黒髪の少女は眉をひそめながらベッドの上で体を起こす。
「あいつがまた何かしたんだと思うけど…今度は何したのー?」
金髪少女がベッドの横を指差す。
黒髪の少女が指の先を見やると、床の上に、見知らぬ少女が丸まって寝ていた。
「この子は…?」
「なんか知らないけど、あいつが夜中にこっそり連れ込んでて。裸でいたから、とりあえず適当な服着せてみた」
見ると、床で寝ている少女はシスター服を身につけていた。
「大丈夫これ?勝手に着せて怒られない?」
「大丈夫大丈夫。しばらく中央教会に行ってて帰ってこないから」
「ほんとーかなー…」
黒髪少女は床の少女をじっと見つめる。
「それにしてもこの子…もしかしてー」
床の少女が、二人に見られていることに気付いたのか、ゆっくりと目を開き、体を起こした。
「あなたーもしかして、カゲ?」
呼ばれたカゲが小さく頷く。
「あー!やっぱり!初めまして、よろしくね!私はー」
少女はにこやかに自己紹介を始める。
金髪の少女も顔をほころばせて言った。
「あー、そういやそんな名前で呼んでたな。知ってるのか?」
黒髪の少女は少し照れくさそうに頷く。
「うん、なんか少し前に森で出会った友達がいるって言ってた。毎日遊んでるんだって-」
「女の子とは、言ってなかったんだけどね」
三人の間に、柔らかな空気が流れた。
カゲがキョロキョロとあたりを見渡す。
どうやら少年を探しているようだった。
金髪少女と黒髪少女は顔を見合わせる。
「ごめんねー、あいつなら今はいないんだ。また夜になったら会えるから、それまで私と一緒に待ってよ?」
カゲはシュンと落ち込んだ表情で俯く。
「あちゃー、落ち込んじゃった。ほんとに仲良しなんだねー」
金髪少女は笑みを浮かべ、声を弾ませる。
「とりあえず起きたなら朝ごはん食べな。その子も連れといで」
黒髪少女はベッドから降り、座り込んで落ち込んだままのカゲの手をそっと取る。
「行こ、朝ごはんだよ」
二人はカゲの手を引き、一緒に部屋を出て行った。
孤児院のリビングで、黒髪の少女とカゲはテーブルに隣り合って座り、二人で朝食を食べていた。
少女はカゲの食べっぷりに、少し関心を抱きながら見つめる。
決して裕福ではない質素な食事。パンもチーズもなく、ふかしたじゃがいもと具のない塩スープだけ。それでもカゲは、ご馳走にありついたかのように夢中で口に運んでいた。
じゃがいもがみるみるうちに減っていく。
「おいしい?」
黒髪少女の問いかけに、カゲは夢中のまま頷く。
ふ
「…オイ、シ…」
はぐはぐと、まだ手を休めずに食べ続けるカゲの姿に、少女は微笑みを浮かべた。
「あいつから、あなたの話きいてたよ」
カゲがごくりと飲み込み、少女の顔をじっと見つめる。
「森で友達ができたんだーて、名前教えてもらえないから、カゲって呼んでるんだーて、他にもいろいろ」
カゲが少し照れたような表情を浮かべる。
「いつもあいつと遊んでくれてありがとう」
「でもあいつ、バカでしょ?たまに嫌になったりしない?」
その言葉に、カゲの反応が一気に強くなる。
「…オマエ…キライ!」
黒髪少女は驚きの声を上げた。
「え?えーーー!?」
「なんでなんで?」
カゲはさらに声を荒げる。
「ルサイ!オマエ、キライ!」
怒りにまかせて、じゃがいもに手を伸ばす。
少女は困ったように笑みを浮かべた。
「あー、なんか、嫌われちゃったみたい…」
やがて日が落ちて夜になり、坊主頭の少年が姿を現した。
目を開けると、目の前にはカゲが立っていた。とても驚いた顔で、少年の目を見つめている。
「びっくりしたろ?そうなんだ。俺ってこんななんだよ」
カゲはまだ反応しない。
少年は少し不安そうに、声を落とす。
「…やっぱお前も、怖いって思った?」
カゲは慌てて首を左右に振る。
「コワク…ナイ」
「ビックリ、ダケ」
その言葉を聞くと、少年は安心した顔で笑った。
「俺たち、二人とも化け物らしい。普通じゃないんだってさ。でも、それってー」
少年がニカリと笑う。
「最高じゃね?」
その言葉に、初めてカゲの口元がゆるむ。
「お!笑った!カゲの笑顔、初めて見た!」
キャッキャとはしゃぐ少年の声に、カゲの目が揺れる。
「…カワ、イイ?」
「おう!世界一かわいいぜ!」
カゲの目と口が大きく開き、しばらくそのまま動かなかった。
少年は不思議そうにその様子を覗き込む。顔と顔が近づく。
咄嗟にカゲは顔を背ける。その頬は耳まで赤く染まっていた。
「なんだー?照れたのか?お前、昨日からヘンだぞー?」
カゲは自分の胸を両手で押さえる。心臓の高鳴りが止まらない。
抑えきれない、この胸の熱は一体何なんだ――
「そーいやそれ、シスター服じゃね?借りたのか?」
少年がカゲの服を見て聞く。
「コレキロッテ、ハダカダメッテ」
少年はへー、と言いながらしゃがみ込み、服の裾を掴むとおもむろにめくりあげた。そして下から覗き込む。
「おー、マジで女になってんじゃん」
あまりに突然な少年の動きについていけず、しばらく呆けていたカゲの顔が、沸騰したかのように真っ赤になる。慌てて服の裾を押さえる。
「なんだよー、いいじゃん。減るもんじゃなし」
「ヘラナイ、デモ、ダメー!ナンカ、ダメ!」
「おまえ、昨日までずっと裸だったじゃん。なんで今更恥ずかしがるんだよー」
カゲは少し怒ったように顔を赤くして答える。
「ダメ!モウダメ!ハダカダメ!」
服の裾を必死に押さえながら言う。
「でも急にどうした?おっぱいなんて姉ちゃんよりあるぜ?」
カゲは首を振り、不思議そうに答える。
「ワカラナイ」
「ナンカ、カワッテタ」
「ふーん、ま、いっかぁ」
少年がニカリと笑う。
カゲはその笑顔を見つめた。昨日までとは違う目で。同じ金色の瞳で。あぁ、この笑顔が好きなんだと、カゲの胸がざわつく。
「あれだなー、カゲはお姫様みたいだな!」
カゲは首をかしげて、
「ヒメ?ナニ?」
問い返す。
「俺もよくわかんねーけど、女はお姫様ってのに憧れるんだってよ!憧れるってわかるか?」
カゲは首を振る。
「んー、ようするにーすげぇいい女!ってことかな?」
「イイ…女?」
カゲが小さく確認するように問い返す。
「みんな好きってことだな!」
カゲが少し考えて、静かに訊く。
「ヒメ、スキ?」
「おう!俺もいい女は好きだな!きっとおっぱいもでかい!」
カゲはそっと自分の胸元を見下ろす。
「ジャ、ナル。ヒメニ」
少年がニカリと笑った。
「おう!カゲならなれるさ!」
「姫になるなら、喋り方も変えないとなー」
「?」
「姫様ってさー、『妾はー、なになにじゃ』とかってしゃべるらしいぜ!他にもー」
カゲは不思議そうに、しかし真剣な顔でその話を聞いていた。
ややあって、教会の方が騒がしくなる。
「なんだ?誰か来てんのか?」
窓から教会の方を見ると、入り口に見覚えのある複数の人影が、
「…あいつら、昨日の!」
2人は部屋を出て、教会の入り口が見える建物の影に身を隠し、様子を窺った。
昨日の男達と金髪の少女が言い争っている。
「だから!ここにそんな化け物なんていないって言ってるだろ!」
男達が応じる。
「嘘はよくねぇなぁお嬢さん。昨日の夜、この教会に入るところを仲間が見てるんだ。とっとこ連れて来ないなら、力づくで押し通るぞ?」
男達は武器を抜き、構える。その様子を見て、少年の背中に隠れているカゲの身体が大きく震える。
少年がそっと両手をカゲの肩に置いた。
「安心しろ。俺がいるだろ?俺に任せておけ!」
カゲの震えがだんだんと落ち着き、その顔にわずかに安心の色が浮かんだ頃、金髪の少女が大声で叫ぶ。
「おい!聞こえてんだろ!今のうちに逃げろ!私じゃこれ以上は抑えきれない!」
声を聞くや否や、少年はカゲの手を取り、駆け出した。あえて教会の入り口から見える位置を通り、一気に走り抜ける。
「やっぱりここにいやがったな!ものども、追いかけるぞ!」
男達も駆け出す。少年とカゲは森へ向かって走る。手を繋いだまま。
その中の1人が手に持った手斧を振りかぶり、思い切り投げた。斧は回転しながら飛び、はるか前を走る少年の肩に当たった。
「ぐあっ!」
後ろから肩に衝撃を受け、少年の身体が大きく揺れる。斧は刺さることなく弾かれ落ちる。しかし肩は大きく裂け、血が飛び散った。
それでも少年は足を止めず、走り続ける。
カゲがその光景に目と口を大きく開き、叫んだ。
「ア…アアアアアアアアアアアアーッ!!」
少年の手を振り払い、立ち止まると両手で顔を覆い、狂ったように叫ぶ。
そのまま一気に森へと走り出した。これまで見せたことのない速さで。
少年は肩を押さえながらも後を追う。
「カゲ!待て!待て…」
(あいつ…こんなに速く走れたのか




