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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
はじまりの唄ー
207/322

化け物と呼ばれてー

少年は眉を寄せる。


「何言ってんだ、おっさん」


カゲはびくりと肩を揺らし、少年の背に隠れた。


男は一歩も動けないまま、震える声で続ける。


「お前こそ、よく見ろ! その手や足の爪…それが人間なわけあるか!」


言われるままに、少年は視線を落とした。


カゲの手。


細い指の先から伸びる爪は、獣のように長く、鋭く尖っている。


足も同じだった。

地面を掴むような形で、鋭い爪が月明かりに光っている。


ふと、顔を見る。


唇の隙間から、時折覗く牙。

それもまた、ナイフのように鋭かった。


少年はしばらく黙ったまま、それを見つめていた。


男が震える声を続ける。


「そ、そいつはきっと……オーガの子だ! 見たことはないけど、聞いたことがある! 間違いない」


少年は眉をひそめる。


「なんで見たこともないのに、わかんだよ」


カゲは少年の肩をぎゅっと掴み、体を震わせる。

その指に力が入った瞬間――


「いてっ!」


鋭い爪が少年の皮膚に食い込む。


慌てて手を引くカゲ。


男はさらに声を張り上げた。


「ほら見ろ! 後ろから食われるぞ! 早く逃げろ!」


腰に掛かっていた剣を抜き、構える。


カゲは肩を大きく震わせる。

何かを必死に堪えているかのようだ。


その時、少年が振り返った。


「カゲ、お前って化け物なの?」


あまりに直球の質問に、カゲの動きはぴたりと止まる。

反応に困っているらしい。


「まぁ、なんでもいいや!」


男が慌てて叫ぶ。


「なんでもいいって……お前、相手は化け物なんだぞ!?」


少年は立ち上がり、カゲを守るように腕を広げる。


「おっさん、俺もさぁ、10歳の時に近くの村に来て、それからずっと――化け物だの異端だなんだのって言われてきたんだ」


震えて俯いていたカゲは、ようやく顔を上げる。


少年を見上げるその目に、少しずつ安心が戻っていた。


少年の顔は笑っている。


「俺の友達が化け物だって? 上等だ。俺も化け物だからな!」


そして、もう一度声を弾ませる。


「どっちも化け物同士なんて、最高じゃねぇか!」


カゲは少年の言葉を胸に、ぎゅっと握り返した手をゆるめることができなかった。


「だ……だったら、そうだ、だったら! お前も化け物だ! 自分で言ったんだからな!」


男は剣を振り上げ、一歩踏み出す――


その瞬間、いや、男が動こうとした瞬間に、少年はすでに駆け出していた。


振り下ろされる剣の下に足を滑り込ませ、蹴り上げて跳ね返す。


そのまま男の懐に飛び込み、拳を鳩尾にめり込ませた。


「ぐはっ……」


男の身体はくの字に折れるように前のめりに崩れ落ち、地面にゴロリと倒れ込む。


意識は、とっくに消えていた。


少年は手をパンパンと払い、後ろにいるカゲに向き直る。


「どうだ? お前の友達はつえぇだろ?」


ニカリ、と大きく笑ったその顔に、カゲは金色の瞳を大きく見開き、強く頷いた。



少年が森から戻り、その出来事を報告すると、怒声が飛んだ。


めちゃくちゃ怒られ、叱責の勢いで木に吊るされ、蹴られもした。


さらに罰として、なんと1ヶ月もの間、料理当番を命じられた。


しかし――


実際に料理を作らせてみると、その内容はとにかく得体の知れない謎のものばかり。


香りも形も味も、誰も予想できないものばかりだった。


結局、怒った方も匙を投げ、すぐにお役御免となった。


「俺さ、魔力がゼロなんだって」


少年は小さくため息をつく。

この世界で、草木も動物も人も、どんなに微弱でも必ず魔力を持つ。

魔力とは、言わば生命エネルギーだ。

それが、彼にはなかった。


「村に来てすぐ、教会の偉い人ってのが来て調べてくれて、それで魔力ゼロとなってからは、もう大変よ」


その教会の人間はもちろん、村人や役人にまで、酷い言葉や扱いを受けた。

心ない言葉も、何度も耳にした。


でも――


「それでもさ、俺を見つけてくれたシスターや孤児院のみんなは、俺の魔力がないことなんて全然気にしないんだ。おっかしいだろ?」


カゲは黙って少年の話を聞いていた。

金色の大きな目を、まん丸に見開いて。


「気にすんな! 世界にはいろんな奴がいる! 生きてればそれでいい! だってさ」


少年は肩をすくめて、にやりと笑う。


「だからカゲも気にすんな。お前がなんであっても、友達は友達だろ?」


カゲはゆっくり頷いた。


「トモダチ……」


「そうだ! 俺たちは友達だ!」


「トモ……ダチ……」


二人の声が、静かな森の夜に溶けていく。


カゲが水面をじっと見つめている。少年ベルが隣で足を水に浸しながらぼんやりと笑う。


ふと、カゲの肩がピクンと動く。

カゲは顔を上げ、周囲を警戒する。


「…なんだ、どうした?」ベルが首をかしげる。


カゲは背筋を伸ばし、視線を森の奥に送る。

微かに、何かの気配が漂っているのだ。


水面に映る月明かりが揺れ、夜の森が深く静まり返る。


森の奥から、かすかな足音と衣擦れの音が響いた。

カゲが瞬時に体を硬直させ、ベルの前に立ちはだかる。


「…ナニカ、イル」


カゲが低く、ぎこちなく唸るように言った。


茂みがざわつき、黒い影が何体も森の奥から現れる。

人間だった。鋭い目つきと剣や鎖を手にした、異様な雰囲気の大人たちだ。


カゲの手足がわずかに震え、背筋を伸ばして警戒する。


ベルは横に立ち、目を細めて影たちの動きを見つめる。

夜の静けさが張りつめ、森全体が緊張に包まれた。


森の奥、木々の間から、黒い影がざわついた。


「おーいたいた。コイツだな?」


「あいつの言ってたことは、本当だったようだな」


低く響く声に、カゲがぴくりと体を硬直させる。

少年の横で、目を細めて茂みを凝視する。


数えると、森の奥から8人の武装した男たちが現れた。

全員、人間だ。だが、普通ではない。

鋭い目つき、剣や鎖を手にした姿。殺気が、夜の空気を切り裂くように漂う。


カゲは小さく震え、背筋を伸ばして構える。

少年も隣で目を細め、影たちの動きを見据える。

森に張りつめた静寂が、一瞬、破裂しそうなほどに緊張する。


少年は茂み越しに男たちを見つめた。


「なんだ…?お前らは」


男たちのリーダー格らしき男が、にやりと笑いながら答えた。


「いやーなぁに、たまたま酒場で出会った奴から面白い話を聞いてなー。人語を話すモンスターがいるってな」


カゲが震えた声で口を開く。


「…モンスタ…」


「あぁ、お前のことだよ。化け物」


「お前みたいなレアモンスター、高く売れるってもんだ」


男たちが揃って笑う。


少年はカゲを抱き寄せるようにして立ち、鋭い目で男たちを見据えた。


「こいつを、捕まえにきたのか?」


「そうさ。俺たちがいいところに連れてってやるから、おとなしくそいつを渡せ」


カゲは少年の背中にぴたりと隠れ、小さく震える。


少年は振り返らず、優しい笑みを浮かべて言った。


「安心しろ」


「俺が絶対、お前を守ってやるから!」


その瞬間、カゲの胸が激しく高鳴った。


心臓が跳ね、身体の奥から熱い感情が湧き上がる。

これまで感じたことのない安心と、誰かに守られるという温もり。


目の前の少年を見つめるだけで、胸がぎゅっと締め付けられ、全身の力が引き寄せられるように震えた。

カゲの心は、熱く、そして強く、少年への想いで満たされていった


それはカゲの心に初めて芽生えた、不思議な気持ちだった。


少年が覚悟を決めた顔をする。


「よし…カゲ、いくぞ!」


カゲは頷き、両手の爪をギュッと立てた。


「なんだ?やる気か?」


男たちは余裕たっぷりに、手にした獲物を構えて笑う。


だが、少年は迷わず駆け出した。男たちとは逆の方向へ。


「なっ!なに!?」


男達が慌てて騒ぐ、


「来い!逃げるんだよ!」


手を引かれたカゲも、恐怖と興奮で全身を満たしながらも、少年と一緒に走り出した。


「この森は俺とこいつの庭だ!捕まえられるもんなら捕まえてみやがれ!」


後ろから男たちの怒声が響く。


だが、二人はその声を無視し、風のように森を駆け抜ける。

笑いながら、恐怖も興奮も忘れて、2人の遊びなれた森の中を逃げ出した。



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