表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第7章ー姫神奪還作戦ー
200/327

覚悟を決めろー

「光の姫神よ。貴様に魔王殺しに止めを刺す栄誉をやろう」


ブリジットが、両手で自らの頬を掻きむしるようにして笑う。


抑えきれない。


押し殺そうとしても溢れ出る、歪んだ愉悦。


口元が裂けるように吊り上がる。


「そうだ……一撃で終わりにするなどつまらん」


影に締め上げられ、刃を受け続けるベルを見下ろしながら、息を荒くする。


「じわじわと削り取るがいい。以前の主人を、なぁ!」


アカリが、静かに歩み寄る。


無表情のまま。


死んだ目のまま。


ゆっくりと、ベルの前に立つ。


そして――


右手を、振り上げる。


それを見た瞬間、ベルの表情が歪む。


「待て!」


掠れた声。


「やめろ! ブリジット、やめさせろ!!」


「やめん」


即答。


愉悦に満ちた声。


次の瞬間。


アカリの腕が、振り下ろされる。


ベルの頭部を狙って――


叩きつけられた。


――甲高い音が、響いた。


金属でも、骨でもない。


“砕ける音”。


「……なんだと……!?」


ブリジットの声が揺れる。


アカリの右腕に――


ひびが入っていた。


黒い水晶のような腕に、無数の亀裂が走る。


そして、ぱきり、と。


黒く光る破片が弾け、宙に散る。


ベルは、額から血を流しながら、ゆっくりと顔を上げた。


視線の先。


ひび割れたままのアカリ。


「アカリ……くそっ」


歯を食いしばる。


ブリジットが目を見開く。


「なんだ……?」


理解が追いつかない。


「なんだそいつは……?」


疑念と苛立ちが混じる声。


「貴様が何かしたのか?」


ベルは、息を荒げながら首を振る。


「ちげぇよ……」


血が滴る。


それでも、言葉を絞り出す。


「アカリの身体は……脆いんだ」


一瞬、視線が揺れる。


かつての姿を思い出すように。


「打撃には、とりわけな」


静かに、言い切る。


その言葉は――


ただの説明じゃない。


知っている者にしか言えない、確信だった。


「完全なる遠距離攻撃と支援型……いや、反射の能力もあるはず……」


ブリジットの目が細められる。


恍惚の色を残したまま、思考へと沈んでいく。


視線がアカリの全身をなぞる。


観察。


分析。


「……なるほど」


小さく呟く。


その間にも――


ベルは、顔を上げていた。


血に濡れたまま。


痛みに歪んだまま。


それでも、無理やり口角を上げる。


「アカリ……大丈夫か?」


震える声。


それでも、笑う。


「安心しろ。もうすぐ俺が助けてやる」


応答は、ない。


何も。


ただ、死んだ目がこちらを見ているだけ。


それでもベルは、視線を逸らさない。


次に、ゆっくりと顔を動かす。


ミカゲ。


そして、カタナ。


「ミカゲ……カタナ……」


息が漏れる。


「俺のせいですまない」


締め付けが強まる。


骨が軋む。


それでも、言葉を止めない。


「もう少しだけ……耐えてくれ」


――返事はない。


三体とも。


何も。


何一つ。


ただ虚な目だけが、ベルを映している。


その光景を、ブリジットは見ていた。


そして――


思考が終わる。


「……はは」


小さく、笑う。


次の瞬間。


ツカツカと、足音を立てて歩み寄る。


一直線に。


アカリの背後へ。


無防備に立つその肩へ――


手をかける。


金属の義手。


無機質な冷たさ。


そのまま。


躊躇なく――


握り潰した。


――砕ける。


甲高い音。


黒い水晶のような肩が、粉々に弾け飛ぶ。


ベルの目の前で。


アカリの右肩が、破片となって宙に散る。


繋がりを失った右腕が、重力に従って落ちる。


そして――


地面に触れた瞬間。


さらに砕ける。


ぱきり。


ばらばらに。


無残に。


黒光する欠片へと変わる。


「――――っ!!」


ベルの呼吸が止まる。


視界が、揺れる。


だが。


アカリは――


動かない。


表情も。


声も。


何一つ変えずに。


ただそこに立っている。


壊されたまま。


何も感じていないかのように。


ブリジットが、その様子を見て――


さらに笑みを深めた。


「ほう……」


ぞくり、と震える声。


「なるほどな」


破片を踏みつけながら、呟く。


「実に……壊し甲斐がある」


ブリジットが、ゆっくりと手を伸ばす。


壊れたアカリの背後へ。


黒い結晶の身体。


その中でも、細く、脆そうな――首へ。


金属の指が、絡みつくように触れる。


「姫神とは……」


愉悦に濁った声。


指先が、わずかに力を込める。


「魔王と同じで、死なないものなのだろう?」


ぎし、と。


黒い水晶に、軋む音が走る。


「どれ……どこまでやっても死なないのか、調べてやろう」


ゆっくりと。


確かめるように。


締め上げようとする。


「貴様の目の前で」


その瞬間。


ベルの中で、何かが切れた。


「やめろーーーーーっ!!!」


叫びが、夜の港に響き渡る。


肺が裂けるような絶叫。


血を吐きながら。


全身を締め上げられながら。


それでも、なお――


叫ぶ。


その声は、命令でも。


懇願でもない。


ただの、本能の叫び。


守りたいものを、奪われる瞬間の。


叫びだった。


だが――


ブリジットは、止めない。


むしろ。


その叫びを浴びて、恍惚と目を細める。


「いい……」


喉を震わせる。


「その声だ……その顔だ……!」


指に、さらに力がこもる。


ぱきり、と。


小さな音。


アカリの首に、細い亀裂が走る。


それでも。


アカリは――


何も変わらない。


抵抗も。


痛みも。


表情も。


何一つ。


ただ、壊されていく。


その光景を、ベルは見ていた。


目を逸らさず。


逸らせず。


ただ、見せつけられる。


「やめろ……」


今度は、かすれた声。


力のない。


それでも、必死に絞り出した言葉。


「やめてくれ……」


血が、唇から滴る。


拳が震える。


だが、届かない。


届かないまま――


現実だけが、進んでいく。


ぱきり、と。


アカリの首に、さらに亀裂が走る。


「やめろ……」


ベルの声は、もはや祈りに近い。


届かないと分かっていても、それでも絞り出すしかない声。


その時――


ドンッ!!


重い衝撃音が、甲板に叩きつけられた。


ブリジットの手が、わずかに止まる。


「……なんだ?」


視線が横へ流れる。


そこに立っていたのは――


ビビだった。


肩で息をし、全身をふらつかせながら。


衣服は焼け焦げ、身体のあちこちに傷が走っている。


それでも。


いつも通りの、あの笑みを浮かべていた。


「まにあった〜……かな〜?」


間の抜けた声。


だがその手には――


確かに、一つの指輪。


ベルの瞳が、見開かれる。


「……ビビ……!」


ブリジットの眉が、わずかに動く。


「ほぅ……まだ生きていたか」


だがすぐに、興味は指輪へと移る。


「それは……」


理解した瞬間、口元が歪む。


「なるほど。新たな姫神か」


ビビが、にやりと笑う。


「返すね〜、ベルくんのだから〜」


そして――


大きく振りかぶる。


「ベルく〜ん!!」


指輪が、宙を切った。


夜の空気を裂き、一直線に飛ぶ。


ベルへと。


ブリジットの目が光る。


「させるか!」


アカリの首を掴んだまま、もう一方の腕が動こうとする。


だが――遅い。


ベルは、すでに動いていた。


影に締め上げられたまま。


骨が軋む。


筋肉が悲鳴を上げる。


それでも――


無理やり、腕を引き上げる。


「――っ!!」


歯を食いしばり、血を吐きながら。


伸ばす。


届かない距離。


それでも。


ほんの、わずかに。


指先が――触れる。


弾かれそうになる。


だがその瞬間、さらに力を込める。


掴んだ。


ぎり、と握り締める。


ベルの手の中に、確かな重みが宿る。


ブリジットの顔が歪む。


「ちっ……!」


舌打ち。


だが、もう遅い。


ベルは、震える手で指輪を見た。


血で濡れたそれ。


それでも、確かに――“繋がっている”。


小さく、息を吐く。


「……一つでいい」


視線を上げる。


ミカゲ。


カタナ。


そして、壊されたアカリ。


「十分だ」


静かな声。


だが、その奥にあるのは――揺るがない確信。


ベルは、ゆっくりと指輪を持ち上げる。


震える指。


だが迷いはない。


そして――


自分の指へと、はめる。


カチリ、と。


指輪がはまった瞬間。


空気が――歪む。


「……っ!?」


ブリジットの目が見開かれる。


圧が、変わった。


目の前にいるはずの“人間”が――別の何かに変わり始めている。


ベルの身体が、軋む。


筋肉が膨れ上がる。


骨が悲鳴を上げる。


血管が浮き上がり、皮膚の下で脈打つ。


「カレン……」


低く、掠れた声。


だがその声は、どこか重い。


人のものとは思えないほどに。


「頼むぜ……」


ぎしり、と。


額の皮膚が盛り上がる。


内側から、何かが突き上げる。


次の瞬間――


裂けた。


血を撒き散らしながら、額から“角”が生える。


一本ではない。


左右。


だが対称でもない。


長さも、太さも、歪。


片方は大きく湾曲し、もう片方は短く鋭く突き出る。


まるで、出来損ないの鬼のように。


「――ぶちかませっ!!」


踏み込む。


その瞬間、甲板が沈む。


足が、もはや人のそれではない。


筋肉が異常に膨張し、骨格ごと変形している。


腕もまた、肥大する。


血に濡れた拳が、ひと回りもふた回りも大きくなる。


影が、軋む。


ミカゲの拘束が、悲鳴を上げる。


「鬼の剛力……!!!」


声が、響く。


低く。


重く。


獣のように。


「20倍!!!」


――弾けた。


影が、引き裂ける。


刃が、弾き飛ばされる。


光が、揺れる。


すべてを力でねじ伏せて。


ベルの身体が――消える。


次の瞬間。


ブリジットの目前。


「な……っ」


言葉にならない。


理解が追いつかない。


目の前にいるのは、もう“少年”ではない。


角を生やし、異形の腕を持つ――半鬼。


その拳が。


振り抜かれる。


空気を圧し潰しながら。


音を置き去りにして。


一直線に。


ブリジットへと――


叩き込まれる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ