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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第7章ー姫神奪還作戦ー
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奪われる指輪ー

ブリジットの指示で、ベルの両手の拘束が外される。


ミリィを傷つけられるかもしれないという焦りから、必死に解こうとした際、両手足の拘束部分には血が滲んでいた。

ベルは自由になった両手首を慎重に摩り、顔を顰める。


ターニャが静かに声をかける。


「では——」


ベルは小さく頷き、両手の指につけた指輪を一つずつ外していく。

その指輪は、少なくとも10本揃ってから、一度も自ら外した記憶のないものだった。


躊躇いながらも、ベルは外し続ける。

最後の一つも外し終えると、全ての指輪をターニャに差し出した。


その間、ミリィはずっと小さく泣きながら、繰り返す。


「ごめんなさい…」

「ダメです…」


ベルは俯き、指輪を渡す手をわずかに震わせていた。


指輪を外しながら、ベルの胸に思考が渦巻く。


(あいつに——このことをどう伝えれば良いだろうか)


魔力を持たない自分たちにとって、唯一にして最強の力——それが姫神に他ならなかった。

特に、銀髪の少年ベルにとっては、何者にも代えがたい存在。

その存在を、こんな形で——


(もう、彼には一生許してもらえないかもしれない)


ベルの手は微かに震え、渡す指輪の重みが胸に重くのしかかる。

ミリィの小さな嗚咽が、静まり返った部屋に淡く響いていた。


全ての指輪を外した瞬間、ベルの身体が重く沈むように感じた。


姫神の指輪は、能力を発動しなくとも、身につけているだけで恩恵をもたらすものだった。

カレンの体力増強、カタナの先読み、アカリの反射――。

黒髪の少女ベルにはほとんど使いこなせなかった能力たちも、外してみるとその効果はまだ残っているらしく、胸の奥で自分を責める理由になった。


「…みんな、私のことも…ちゃんと守ってくれてたんだ…」


小さく漏れたその言葉に、涙が頬を伝う。

自分が知らない間に受けていた、数多の守りと支えの重さが、手のひらの空虚とともに胸にのしかかった。


ターニャは受け取った指輪を、丁寧にビロードの布が敷かれたトレーに並べていく。

光を受けて微かに輝く金属の輪が、まるで生き物のように揺らめいて見えた。


整った指輪の列をそっとブリジットに差し出すと、彼女の鋭い瞳がひとつひとつを滑るように走る。

その視線に、室内の空気が一瞬さらに張りつめた。


ターニャが整えたビロードのトレーを差し出すと、ブリジットは冷たい指先でひとつずつ指輪に触れた。

金属が微かに光を反射するたび、部屋の空気はさらに張りつめる。


「なるほど……これで全て揃ったな」


ブリジットの瞳は光を帯び、指輪に宿る力を無言で測るように滑った。


「我が国の目的は明確だ。他国や他組織の様に貴様自身にはなく、この力そのものにある」


ベルは息を詰め、両手を机の上でぎゅっと握りしめる。

ミリィは猿轡の奥で嗚咽を押し殺し、ターニャも緊張で顔を強張らせた。


「この姫神の力……我らが戦力として利用可能か、量産できるかの見極めだ」


ブリジットは指輪を一つずつ持ち上げ、ひとつひとつ手のひらで感じながら、淡々と語る。


ベルの胸が重く沈む。

(……私やあいつ自身には興味がないんだ…)

外された指輪の影響で、身体はまだ重く、思考も鈍くなる。


(でも……あいつには、ちゃんと伝えなきゃ……)

ベルの視線が微かに揺れる。

(姫神は、あいつにとっても、私にとっても……)


指輪を失った喪失感と、あの力が持つ絶対性が、胸の奥で圧し潰すように重くのしかかる。


ベルはただ、膝に置かれた両手を握り締め、目を伏せるしかなかった。


ブリジットは冷たく笑みを浮かべ、一つ一つ指輪をトレーから持ち上げる。


「貴様らがどう思おうと関係ない。これより我が軍のためにこの力を使う」


ターニャは黙って傍らに立ち、表情を硬くしたまま、ブリジットの指示に従う。


ミリィの目からは、恐怖と泣きそうな光が揺れる。


ベルはその小さな肩に手を伸ばしたくなる衝動を抑え、ただ指輪が奪われていく様子を見守るしかなかった。


ブリジットは差し出された指輪の一つを手に取り、軽く指にはめようとした。


ターニャがすぐに声を上げる。


「閣下、それは――」


だがブリジットは手を止めず、指輪をゆっくりと自分の指に滑り込ませた。


「ほぉ……」


その瞬間、ブリジットの目が微かに細められ、唇の端に薄く笑みが浮かぶ。


ターニャは思わず体を前に傾け、強く制止する。


「閣下、まさか――!」


しかしブリジットは微動だにせず、指輪を指に留めたまま冷静に観察する。


「なるほど……姫神の指輪とは、そういうものか」


ブリジットの瞳に理解の光が宿る。


その声には恐ろしいほどの冷静さと、同時に計算された好奇心が混じっていた。


ターニャは少し震えながらも、黙って傍らに立ち、閣下の反応を見守るしかなかった。


ベルとミリィは、捕らわれたまま、その圧倒的な存在感に言葉を失った。


ブリジットは指輪を外すと、別の指にはめ直した。


指輪は付ける指に応じて、まるで自ら形を変えるかのように太さを調整する。


どの指にでも、誰の指にでもぴったりと収まるその柔軟さに、ブリジットの眉がわずかに上がる。


「これは……面白い」


小さく目を細め、指輪を見つめながら、ブリジットは静かに呟く。


「どんな仕組みだ……?」


その声には、好奇心と計算された興奮が混ざり合い、冷たい部屋の空気が一層張りつめた。


ターニャは傍らで息を呑み、ただ黙って閣下の動きを見守るしかなかった。


ベルとミリィは、指輪の持つ未知の性質に圧倒され、互いに顔を見合わせる。



ブリジットは指輪を手に取り、指先で転がしながら部屋を歩く。


「姫神の能力が報告通りであるならば―」


「なるほど、この力を軍事利用できれば、我が帝国の戦力は飛躍的に増す」


「量産できれば戦線に複数投入可能だ。無理でも特殊部隊に装備すれば、単独で戦況を覆せる」


短く冷徹に言い放ち、指輪を弄る手を止めない。


ブリジットは再び指輪を自分の指にはめ、指先で軽く回す。


「どれ、試してみよう」


言葉が終わるより早く、ブリジットの手首から大きく曲がった鎌のような鋼鉄の刃が伸びた。制服を突き破り、腕の外側に生え出した刃は光を反射して冷たく輝く。


ブリジットは微笑みながら刃を軽く振り、動きの感触を確かめる。指輪を付けるだけで、その使い方の感覚が頭の中に鮮明に浮かぶようだった。


ベルが小さく呟く。


「カタナ…」


ブリジットは指輪を見つめ、目を細める。


「ほぅ、カタナと言うのか、この指輪は」


指輪を指先で回しながら、冷ややかに言葉を続ける。


「これは面白い。なるほど、体力の許す限り、いくらでも増やせるらしいな」


そう言いながら、ブリジットの手首からさらに刃が生えた。大小さまざまな鎌が縦に三本、腕に沿って並ぶ。


その刃は鋼鉄の光を放ち、黒く禍々しい色を帯びている。ベルのものとは異なり、見る者に威圧感を与える凶悪な雰囲気を漂わせていた。


ブリジットは腕の刃を軽く振った。曲線を描く鋼鉄の鎌が空気を切り裂く音を立て、床に小さな傷をつける。


「なるほど、感覚はわかる」


指輪を通じて刃の動かし方が頭の中に伝わるのを確かめるように、ブリジットは鋭く上下左右に振る。


三本の鎌が光を反射し、黒々とした禍々しい影を室内に落とす。椅子に拘束されたベルとミリィは、目を見開き息を呑むだけで身動きできず、その威圧に耐えた。


ブリジットはもう一つの指輪を手に取り、自分の指にはめる。


「こっちは――こうか」


言葉が終わるより早く、足元の影が揺らぎ、ゆっくりと膨らみ始めた。まるで触手のように形を変え、ブリジットの意思で自在に動く。


影はそのままターニャの両足を捕らえた。ターニャは必死に逃げるでもなく、体を硬直させ、触手の圧力に耐える。


ベルとミリィは椅子に縛られたまま、その異様な光景を息を呑んで見つめるしかなかった。


影の触手はターニャの両足を絡め取ったまま、ターニャの義肢には明確な負荷がかかり、金属が軋む微かな音が響く。


ターニャは体を硬直させ、目だけでブリジットを見上げる。


ベルは椅子に縛られたまま、唇を噛みしめる。


「…ミカゲまで…」


目隠しをされたミリィは、何が起こっているのか分からず、ただ小さく震え、猿轡の奥で声を詰まらせる。動けないもどかしさと、感じる圧迫感が胸に冷たい恐怖を押し付けた。


ブリジットは触手を左右に揺らしながら、ターニャの足にかかる軋む義肢の感触を楽しむように観察する。


「なるほど……この指輪も面白い。力の出力や範囲も、直感的に理解できる」


影の触手はそのままターニャの足元で揺れ、静かに威圧感を放ち続ける。ベルは息を殺し、次の一手に備えた。


「どれ、もう一つ」


ブリジットは三つ目の指輪を自分の指にはめた。すると全身をまばらに覆う光の盾が浮かび上がる。


「なるほど――光の術、か。これはこれでなかなか」


ブリジットはおもむろに指先を壁にかけられた剣に向ける。五本の指すべてから細い光線が放たれ、剣の刃に五つの穴が正確に穿たれた。


「これも使えるな」


ベルは息を詰め、小さく呟く。


「アカリ…」


椅子に縛られたまま、ベルの目は剣に開いた穴と、ブリジットが指輪の力で自在に術を操る様子を追った。


「む…これは」


ブリジットが立ちくらみを起こしたかのように、ほんのわずかに身体がふらつく。


「閣下!」


支えようとするターニャを、ブリジットは片手で制した。


「騒ぐな」


ブリジットは目頭を掴み、短く息を吐く。


「この指輪は恐ろしく体力を奪われるな」


さらに試そうと四つ目の指輪に手を伸ばすが、そこで一瞬、逡巡するように目を閉じる。


「どうやら、私では三個が限界らしい。指輪が教えてくれた」


「全く、道具如きが生意気なことだ」


凶悪な笑みを浮かべ、ブリジットは手にした四つ目の指輪をターニャに差し出す。


「付けてみろ」


ターニャは言われるまま、渡された指輪をそっと身につける。


「こ、これは…」


「どうだ?理解したか?」


ブリジットの目が鋭く光り、ターニャの反応をじっと見据えていた。


「ハ! この指輪の力はつまり――」


ターニャは腰に下げたサーベルを鞘ごと外し、両手に持つと、そのまま軽々と曲げてみせた。


「身体強化です」


ブリジットは目を細め、唇をわずかに歪める。


「ほぉ……その指輪は貴様にやろう。使いこなせ」


「ハ!」


ターニャの目が光り、力強くうなずいた。その瞬間、周囲の空気が少し張り詰めるように変わった。


「ちょうどよい。吾輩が三つ、親衛隊に他の指輪を一つずつ任せる。明日以降、能力計測を行う。備えるよう伝えておけ」


ターニャはすぐにうなずき、言われるまま了解した。


「吾輩もこれから自室で指輪を調べる。何かあれば呼べ」


「ハ!」


ターニャが即座に応え、ブリジットは新しいおもちゃを手にした子供のような笑みを浮かべて、部屋を出ていった。


その背中に、ターニャが問う。


「閣下、この者達はいかがしましょう?」


ブリジットは振り返ることなく、ただ一瞥を投げた。


「あぁ、そう言えばまだいたのか」


ベルとミリィを興味なさげに眺め、そして足を進めながら言い捨てる。


「貴様に任せる。海に捨てるなり、兵士に下賜するなり、好きにするがいい」


部屋にはブリジットの足音だけが残り、残された二人とターニャに、静かな緊張が漂った。


ブリジットの足音が遠ざかると、ターニャはベルとミリィの方へ歩み寄った。


「貴方達の処遇はこれから考えます。しばらく、こちらで待機してください」


ベルは椅子に縛られたまま軽くうなずく。

ミリィはまだ猿轡と目隠しが外されていないため、表情は見えないが、小さく震えているのが分かる。


ターニャは椅子を軽く叩き、二人の動きを確認する。


「無理に動く必要はありません。怪我や疲労を癒やすことに集中してください」


その声には軍人としての冷静さと同時に、二人を思いやる優しさが滲んでいた。


ベルは指輪を外した手を軽く握りしめ、沈黙のまま小さく息を吐く。

ミリィも少し肩の力を抜き、呼吸を整える。


ターニャは近くの兵士に目を向け、静かに指示した。


「拘束を解き、必要であれば手当を行ってください」


兵士の一人が戸惑いながら尋ねる。


「わ、我々に下賜いただけるのでしょうか……?」


ターニャは即座に、冷たい侮蔑の目を兵士に向けた。


「馬鹿なことを言わないように。二人に何かあれば、軍法会議にかけるので、そのつもりで」


言われた兵士は慌てて敬礼した。


そう言い捨てると、ターニャは部屋を後にした。


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