尋問ー
ざざざ……と、甲板を踏み鳴らす兵士の足音で、ベルとミリィはゆっくりと意識を取り戻した。
まぶたを開けると、薄明かりの差し込む船室の中。
毛布の中に二人はまだ包まれたまま、身体の重さと戦いながら目を覚ます。
「……ん……?」
ミリィが小さく声を漏らし、隣でベルも眉を寄せる。
力が完全には戻っていない身体を確かめるように、二人は互いを見つめ合った。
遠くで再び、兵士たちの足音が船室に近づいてくる。
目を凝らすベルの瞳に、緊張が走る。
ベルは肩を小さく震わせながら、俯きがちに呟いた。
「ごめん……正直、夜になれば、あいつがなんとかしてくれるって、油断しちゃってた……」
ミリィは小さく息を吐き、目を伏せながら返す。
「……謝らないでください。私も……そう期待してましたから……」
ベルはしばらく沈黙し、拳を軽く握る。
「結局、私、あいつに頼ってばかり……」
ミリィも肩をすくめ、ぽつりと同意する。
「……私も同じです」
毛布の中で二人はしばらく黙ったまま、互いの存在を確かめ合うように、静かに肩を寄せ合った。
やがて、数人の兵士を伴ったターニャが部屋の前に姿を現した。
足を止め、冷たい声で告げる。
「これからあなた達二人を尋問します。これは非公式の尋問となりますので……大陸法の適用外となります」
ベルが慌てて声を上げる。
「待って、ミリィは……」
ターニャは隣の兵士に目で指示を送る。
兵士はミリィに近づき、目隠しと猿轡をつけようと手を伸ばす。
「ターニャ曹長、二人の拘束が……外されています」
報告を受け、ターニャは一瞬目を見開いたが、すぐに冷たい表情を戻す。
「再度の拘束を。記録には残さなくて構いません」
兵士は指示に従い、二人の両手足を椅子にしっかりと固定した。
2人共目隠しを付けられ、ミリィには更に猿轡が装着され、言葉も出せない状態にされた。
ベルとミリィは、それぞれ椅子に縛り付けられ、静かに呼吸を整えながら尋問の時を待つしかなかった。
「それでは、尋問を開始します。ここからは記録して」
ターニャが隣の兵士に告げると、デスクに座った兵士は書類を手に頷いた。
「担当、直入に聞きます」
「魔王殺し、ベル・ジットは今どこに——?」
ベルは肩を僅かにすくめ、声を潜める。
「……知らない」
ターニャは眉を僅かにひそめ、質問を変える。
「質問を変えます。あなたもベル・ジット、共に行動する魔王殺しも同じくベル・ジット。どの様な関係で?」
ベルは少し息を整え、静かに答えた。
「私とあいつは……同じ孤児院で育った、家族のような関係で……」
ターニャは頷き、さらに問いを重ねる。
「なるほど。そちらのミリィという少女は?」
「1年くらい前に森で襲われていた馬車に乗っていて、それからなんとなく一緒に旅をする様になって」
ターニャはじっとベルを見つめ、冷たい声で尋ねる。
「それで、魔王殺しは今どこに?」
ベルは顔をわずかにしか動かさず、低く答える。
「だから——知らないって」
毛布のように包まれた緊張が、室内に静かに漂った。
ターニャは冷たい視線をベルに向け、ゆっくりと歩み寄った。
「素直に答えない場合、魔術ではなく、薬剤による強制自白を行います」
ベルの耳元で低く囁く。
「だから、早く話して」
そのまま元の位置に戻り、デスクの後ろから続けて尋問を重ねる。
「公式記録によると、あなたたち二人は八歳と十歳の時からジット村で暮らしていたとありますが、それ以前はどこで?」
ベルは少し眉を寄せ、肩をすくめる。
「それ以前の記憶がないから……知らない」
「両兄弟は?」
「知らない」
「出身は?」
「知らない」
「魔力がゼロな理由は?」
「……知らない」
ターニャの目が冷たく光る。
「では、姫神という存在を知っていますか?」
「それは……はい」
「その指輪が姫神の指輪だと?」
「この十個の指輪が...そうです」
「拘束時の情報では、外すことが出来ないと」
ベルは椅子に縛られたまま小さく息を吐き、視線を伏せた。
ターニャは椅子の前に立ち、冷たい目をベルに向ける。
「私達の目的は、魔王殺しそのものというよりも——その力にあります」
ベルは眉を顰め、力なく反論する。
「先の魔王戦を観測していた我が隊のデータによると、魔術の使えないベル・ジットが魔王をも打ち倒す秘密は、その姫神の指輪にあると見て間違いない、と我が国は判断しました」
ベルの瞳が一瞬、揺れる。
「……姫神を……?」
ターニャは冷たく頷く。
「事実、三体の魔王を討伐したのは、最終的にベル・ジット本人ではなく、姫神とのことです」
ベルは小さく息を吐き、戸惑いながら口を開く。
「でも、それは——」
ベルが言いかけるより早く、ターニャは鋭い声で遮った。
「静かに。自由な発言の許可はしていません」
椅子に縛られたベルは、視線を伏せて小さく息を吐く。
ターニャは腕を組み、無言でじっと見下ろす。
(早く早く終わらせなければ、あの人が出てくる前に)
「拘束の際、その指輪は取れなかったと報告にあります。外す方法は?」
ベルは口を閉ざしたまま、僅かに肩を震わせる。
ターニャは眉をわずかにひそめ、冷たく言った。
「答えたくなければ結構です」
すぐ隣に立つ兵士に目で指示を送り、低く命じる。
「あちらの少女に電通機を」
兵士は黙って頷き、用意に取り掛かる。
「やめて!ミリィには何もしないで!」
ベルの声が、縛られた椅子の上で震える。
ターニャは冷たい瞳をベルに向け、微かに笑みを浮かべる。
「それは貴女次第です」
再び、尋問の手を緩めない。
「指輪の外し方は?」
ベルは小さく息を吐き、声を潜める。
「……付けている本人が、外そうと思えば……」
ターニャは眉を上げ、頷く。
「閣下の言う通り、意識連動型……」
「では、外して——」
その言葉を発しようとした瞬間、廊下の奥から音が響いた。
足音、そして──キリキリと、何かが鳴く鋭い音。
そのキリキリとした音を耳にしたターニャは、静かに眼鏡を外し、目頭を押さえた。
そしてゆっくりと眼鏡をかけ直し、深く息を吐く。
「残念ながら——私の尋問は、これまでとなりました」
ターニャの視線が、椅子に縛られたベルと、目隠しと猿轡をつけられたミリィに向けられる。
その目には、強い憐れみの色が含まれていた。
ターニャは静かに横に下がり、道を開ける。
廊下の奥から、ブリジット将軍が現れた。
歩を進めるたび、キリキリと金属が軋むような音が響く。
「ターニャ曹長、首尾は?」
ターニャは背筋を伸ばすと、
「ハ!あとは指輪を外すのみとなります」
ブリジットは顔を大きく歪め、冷たい笑みを浮かべた。
「よろしい。まだ残っているということだな」
その不気味な笑みに、椅子に縛られたベルだけでなく、ターニャも背筋が凍る。
「指輪を外す方法は?」
「閣下のご推察の通り、意識感応型とのことです」
「よろしい。では——」
ブリジットは鞭を軽く振り、
「指を落とせ」
室内に、緊張が張りつめる。
ターニャは声を震わせ、小さく呟く。
「閣下……」
ブリジットの冷たい視線が、迷いなく二人を射抜いた。
「なんだ?早くやれ」
ブリジットの目が冷たく光る。
「貴様がやらないなら、他の兵士にやらせよう」
声にわずかな苛立ちを滲ませ、鞭を軽く振る。
「切り落とした指は、貴様の穴という穴にぶち込んでやる」
室内の空気が、一瞬で凍りついた。
椅子に縛られたベルの身体が、小さく震える。
ターニャも、目を伏せて背筋を硬くしたまま動けずにいた。
ブリジットの視線がターニャに釘付けになった。
「どうした? 最期の機会だ。やれ」
その声と同時に、近くの兵士を顎で軽く突く。
兵士は言われるまま、手に持った大きな金属の塊を差し出した。
それは、ワイヤーカッターだった。
その刃先を見た瞬間、ターニャも椅子に縛られたベルも、息を詰める。
室内に静寂が落ち、二人の胸の鼓動だけが耳に響いた。
ターニャは震える手でワイヤーカッターを受け取った。
「…かしこまりました」
その姿を見たブリジットの肩が微かに震え、冷たい笑顔がさらに歪む。
ブリジットは静かに歩み寄り、膝をついてベルの椅子に固定された右手の人差し指を掴む。
「い…いや…」
ベルの声を遮るように、ブリジットが踵をカツンと鳴らす。
「何をしている、ターニャ曹長」
ターニャはハッと顔を上げ、視線をブリジットに向ける。
「そっちじゃない。あっちの指だ」
ブリジットが親指で指し示したのは、ベルの隣にいるミリィの手だった。
ターニャの顔が強張る。
「ダ、ダメ!そんなこと…」
ベルが叫ぶより早く、ブリジットの投げたナイフがベルの固定された右手の指の間に突き刺さる。
「次、声を発したなら——少女の右足を落とす」
室内に張りつめた緊張が、さらに重く沈み込む。
ミリィが震える声で呟く。
「ベルさん…わ、私は大丈夫です。あなたに助けられて…いなければ、あそこで終わっていました。だから…大丈夫…です」
その言葉を聞いたベルの目から、自然と涙が溢れた。
ブリジットの瞳が冷たく光る。
「よし、声を出したな。ターニャ、少女の両足を落とせ」
室内に、再び重い沈黙が落ちる。
ターニャの手が、微かに震えながらもワイヤーカッターを握りしめる。
「ま、待って!」
ベルの声に、ブリジットとターニャが鋭く視線を向ける。
「外す…」
「指輪を外す…から」
ミリィが小さく悲鳴をあげる。
「ベルさん!ダメ!」
ベルはかすかに息を吐き、目を細めた。
「ううん……きっとあいつでも、そうすると思うから」
その様子をしばらく眺めていたブリジットが、
ゆっくりと片手の手袋を外す。
その下に現れたのは、金属で覆われた腕。光を反射して、冷たく光っていた。
ベルの目が一気に見開かれる。
「吾輩や親衛隊たちは、身体に魔装義肢化術が施されている、ターニャ曹長」
呼ばれたターニャは、震える足取りで立ち上がり、ブーツを脱ぎ捨てる。
その足も、腕と同じく金属の構造体で覆われていた。
「見ろ。手足の数本が欠けようとも、なんら問題はない」
ブリジットの声は冷たく、確信に満ちていた。
その言葉に、部屋の空気はさらに重く、緊張で張りつめた。
ベルとミリィの胸の奥で、恐怖と決意が混ざり合う。
ベルの声が、震え混じりに漏れた。
「マガニクス…?」
ブリジットはゆっくりと頷き、冷たい笑みを浮かべる。
「そうだ。我が帝国の誇る魔道工学の極みである」
彼女の視線は、金属の腕や足を覆う光に沿って動く。
「中央の大陸警察が使う通信装置を始め、あれらの兵器や装備の大半は、我が国が輸出しているものだ」
その言葉には誇りと威圧が入り混じり、室内の空気は一層重く張りつめる。
ベルは言葉を失い、目の前の光景に視線を固定したまま、ただ呼吸を整えるしかなかった。
「我らが装備する魔装義肢は、戦闘用のものだ」
ブリジットの声は静かに、しかし威圧を帯びて響く。
「だが、もちろん民間用の義肢も存在する。ゆえに、心配無用だ」
その言葉に続き、彼女の顔がゆがんだ笑みを浮かべる。
冷たく、しかしどこか興奮めいた表情が、室内の空気をさらに張りつめさせた。
ベルはその笑みに、わずかに身震いを覚える。




