脱出の行方ー
夜が深まり、目を覚ましたベルは、横でそっと様子を伺うミリィから昼間の出来事を聞いていた。
「なるほどな……」
ベルの声に、ミリィは少し肩をすくめ、まだ心細そうに問いかける。
「……どうしましょう?」
ベルは視線を天井に向け、静かに考えを巡らせる。
ミリィの瞳には不安が宿っており、その小さな手が布団をぎゅっと握っていた。
「カタナ」
ベルが低く呼びかけると、踵のあたりから鋭い刃がすっと伸びた。
それを使い、後手に回された縄を瞬く間に切断する。
続いて指先からも刃を出し、足の拘束も静かに断ち切った。
そのまま手を伸ばし、ミリィの手足の拘束も外す。
自由になったミリィは、安堵の息を漏らす間もなく、ベルは鉄格子の前に立った。
右肘から伸びる刃で、鉄格子を横に払うように斬りつける。
金属同士が響く鋭い音に、ミリィは思わず耳を塞いだ。
カタナの刃は、鉄格子を貫くことができなかった。
何度横に払おうとも、金属はびくともしない。金属同士が響く鈍い音だけが、甲板に響き渡った。
「カタナの刃で切れない……だと?」
ベルは少し眉を寄せ、困惑と集中が入り混じった表情で呟く。
「ミカゲ、わかるか?」
足元の影が揺らめき、そこから頭だけがゆっくりと現れる。
目元までしか出さず、ミカゲが落ち着いた声で答えた。
「金属を魔力で強化している様子。それは特別、珍しいことではありません。それより問題は、この船そのものです」
「どういうことだ?」
「魔力も含め……あらゆる力が半減している様子です」
「姫神の力も……?」
「そんな予感はありましたが、先程のカタナの斬撃で確信しました」
ベルは唇を固く結び、力を封じられた状況を思案する。
鉄格子の向こう、揺らめく影の先に、僅かに光が反射した。
状況の厳しさを理解しつつも、ベルの瞳は冷静に次の手を探していた。
鉄格子を切ろうとする刃の金属同士の響きが、甲板に冷たく反響する。
その音を聞きつけたのか、遠くから走ってくる足音が次第に大きくなっていく。
兵士の甲高い呼吸と革靴が木の床を叩く音が、はっきりと聞こえてくる。
「...この状態で見つかるのはマズイな」
迫る足音に気づいたベルは、素早く甲板の端に落ちていた毛布を掴むと、頭から被って身を隠した。
「……ほら、ミリィも」
小さく呟き、自由になったミリィも同じ毛布の下に引き寄せる。
ミリィは顔だけを毛布の外に出し、目をぱちぱちと瞬かせた。
毛布の下で二人は息を潜める。
足音が近づくたびに、心臓の鼓動が早まる。
甲板の隅に潜む影の中で、ベルは次の行動を冷静に考えながら、ミリィの小さな肩をそっと抱き寄せた。
やがて、甲板の中央からドベルクの姿が現れ、二人の兵士を伴ってゆっくりと歩み寄った。
「一体なんの音だ!何をしている!?」
兵士の怒声が甲板に響く。
木の床が軋む足音と声に、ベルとミリィは毛布の中で体をさらに低くした。
「……来やがったな」
ベルは小さく呟き、ミリィの肩にそっと手を添える。
ミリィは顔だけを出し、恐る恐るドベルクたちを見上げる。
「見つけたぞ……」
ドベルクの冷たい視線が二人に向けられる。
甲板の隅、毛布の下で、ベルは次の行動を冷静に計算していた。
鍵を手に取り、牢の中を確認しようとした兵士の手を、ドベルクは無言で制した。
わずかに手を伸ばすだけで、兵士の動きは止まり、視線すら動かせない。
ドベルクは胸元から小さなカプセルのような小瓶を取り出すと、無言で兵士に手渡す。
「……これは……?」
兵士が戸惑いの声を漏らす。
「いいから、牢の中に撒け」
ドベルクの冷たい指示に従い、兵士は毛布に包まれたベルとミリィの上に瓶の中の液体を振りかけた。
ミリィの顔にかかると、思わず小さく「あぁっ」と声を上げる。
ベルは毛布の中で咄嗟に体をすくめ、ミリィを庇うように腕を回した。
その様子を冷静に見届けたドベルクは、足早に甲板を去る。
兵士たちも後に続き、甲板は再び静寂に包まれた。
「あ……あれ?」
兵士が去ったのを確認しようと立ち上がったミリィが、ふらりとよろめき、尻餅をついた。
「か……身体が……」
ベルもすぐに異変に気づき、低く唸る。
「……やられた」
だんだんと身体の力が抜け、意識が朦朧とし始める。
毛布の中で、二人の呼吸が次第に浅くなる。
影からミカゲの声だけが冷静に響く。
「成分は不明ですが……催眠性の薬液の様ですね。解析には時間を要するかと」
「くっそ、ぬか……った……」
力尽きるように、二人はその場に崩れ落ち、意識を失った。
そして、影の中のミカゲも、沈黙したまま動かない。




