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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第7章ー姫神喪失ー
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逃げない覚悟

昼下がりの街。


石畳の通りには人の往来が絶えず、露店からは香ばしい匂いが漂っている。


その喧騒から少し離れた路地裏。


ベルは、壁にもたれながら小さな魔道通信装置を耳に当てていた。


「東大陸の……ハリス?」


わずかに眉を寄せる。


通信の向こうで、落ち着いた声が返る。


「そうだ。詳しくは話せないが――どうやら“魔王殺し”に関わる動きがあるようだ」


マリーナの声は低く、慎重だった。


ベルは肩を落とす。


「西の次は東……ぜんぜん放っておいてくれない……」


小さく息を吐く。


人通りの向こうでは、子どもたちが笑いながら走っている。


その光景が、妙に遠く感じた。


「仕方あるまい」


マリーナは淡々と続ける。


「それだけ“魔王殺し”とは、世界にとって興味と関心を集めることを達成したのだ」


ベルは苦笑する。


「三体も……魔王倒しちゃってますもんね」


指先で装置をいじりながら、ぼそりと呟く。


「一体でも倒せぬ存在を、だ」


短く返る言葉。


重みが違う。


ベルは少しだけ視線を落とした。


「なんだか……どんどん話が大きくなってる……」


ぽつりと漏れる本音。


その声には、不安が混じっていた。


「それは間違いない」


マリーナは即答する。


「我ら大陸警察はもちろん、あの教会のみならず――世界中の国家や組織が、“魔王殺し”に接触を図ろうとしている」


一拍。


「その目的も理由も、様々だがな」


ベルは黙る。


路地の外から、賑やかな声が流れ込む。


日常の音。


だが、自分が立っている場所は、その外側だと理解してしまう。


「……怖いなぁ」


ぽつりと漏れる。


本当に、小さな声で。


「正直、逃げたくなる」


言ってから、少し笑う。


自嘲気味に。


それでも――


「でも、逃げないって決めたから」


顔を上げる。


黒い瞳に、わずかな強さが戻る。


通信の向こうで、マリーナは何も言わなかった。


ただ、その沈黙が肯定のようだった。


風が路地を抜ける。


ベルは装置を握り直す。


世界は、確実に動いている。


そしてその中心に――


自分がいるという現実からは、もう逃げられなかった。


ベルは通信機を耳に当てたまま、ふと視線を落とした。


両手。


十本の指に嵌められた指輪が、光を受けて静かに輝く。


それぞれ形も違えば、纏う雰囲気も違う。


ベルはそのうちの一つに指をかけ――するりと外した。


何の抵抗もない。


当たり前のように外れ、当たり前のようにそこにある。


指先で軽く転がす。


ただの指輪にしか見えない。


だが。


それを、再び指に嵌める。


――戻る。


意識の奥に、かすかな“繋がり”が。


ベルは小さく息を吐いた。


「あいつは当然として……」


夜の自分を思い出し、少しだけ複雑な顔になる。


「私も、アカリ、ミカゲ、カタナ……」


指先に意識を向ける。


応えるような、応えないような、曖昧な感覚。


「だんだん使える……ううん、力を貸してもらえるようになってきてるし」


言い直す。


それは“自分の力”ではない。


ベルはそっと拳を握る。


身体の動き、感覚、判断。


アダラとビビとの修行で鍛えたのは、確かに自分自身だ。


それとは別に――


この指輪たちも、少しずつ応えてくれるようになってきている。


(両方、ちゃんと進んでる……)


そう感じられる。


通信の向こうで、マリーナが口を開いた。


「そういえばその指輪、二人とも付けているが」


一拍。


「付ければ誰でも使えるものなのか?」


ベルは少し考える。


手の中の指輪を見つめながら。


「どうなんだろ……」


正直な声。


「外れるし、付けるのは誰でもできると思います」


軽く嵌め直しながら続ける。


「でも……」


視線を落とす。


「たぶん、付けたからって使えるわけじゃないです」


指先に、かすかな感覚。


「応えてくれるときと、全然ダメなときがあって」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「私が使ってるっていうより……」


一瞬、迷う。


そして。


「貸してもらってる、って感じです」


通信の向こうで、マリーナは黙る。


やがて、低く呟いた。


「……なるほど」


「所有ではなく、契約に近いか」


ベルは少しだけ苦笑する。


「そんな感じ、かもしれないです」


もう一度、指輪を見つめる。


十の輪。


それぞれが、何かを秘めている。


けれど――


その全てを、自分はまだ知らない。


それでも。


ベルはそっと手を握った。


(ちゃんと向き合わなきゃ)


逃げないと決めた以上。


この力とも、ちゃんと。


路地の向こうから、賑やかな声が流れ込む。


ベルは顔を上げた。


その瞳には、迷いの中でも消えない、小さな意志が宿っていた。


通信の向こうで、マリーナが小さく息を吐いた。


「そうか。今度、彼――銀髪のベルに会った時にでも聞いてみるとしよう」


ベルは少しだけ目を瞬かせる。


そして、苦笑する。


「そうですね。私も聞いてみようかな」


「会ったら..,」


自分で言っておきながら、不思議な感覚に包まれた。


会えば分かるのに。


会えれば...


マリーナは短く続ける。


「では通信はこれで終わりとするが、何かあればすぐに連絡を」


一拍。


声がわずかに低くなる。


「特に東大陸のことはな――奴らもまた、中央とは異なる思想を持つ」


さらに、間。


「危険な存在だ」


ベルの表情が引き締まる。


軽く背筋を伸ばし――


「心得ました!」


笑顔で敬礼する。


その仕草はどこかぎこちなく、それでも真っ直ぐだった。


通信の向こうで、わずかな気配。


「うむ。ではまた」


次の瞬間。


――ぷつり。


音が途切れる。


静寂が戻る。


ベルはしばらく、そのまま装置を耳に当てていた。


やがて、ゆっくりと下ろす。


路地の向こうからは、変わらず賑やかな声。


日常の音。


けれど、その中で。


ベルは、そっと自分の手を見た。


十の指輪。


そして――東大陸。


(危険な存在……か)


小さく息を吐く。


怖くないわけじゃない。


むしろ――怖い。


それでも。


ベルは顔を上げた。


「……向き合うしか、ないよね」


誰に言うでもなく呟く。


その声は小さい。


けれど、確かに前を向いていた。

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