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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第7章ー姫神喪失ー
163/204

ブリジット出立ー

翌朝。


灰色の空の下、軍船の甲板には冷たい風が吹き抜けていた。


吐く息は白く、金属の甲板は朝露と霜でわずかに滑る。


その中央に――ブリジットは立っていた。


軍服の裾を風に揺らし、背筋を真っ直ぐに伸ばす。


キリキリ、と小さな音が規則的に鳴る。


その前方。


整然と並ぶ影が、二列。


最前列に、七名。


その後方に、二十一名。


計二十八名の兵が、寸分の乱れもなく整列している。


重装備の金属が朝の光を鈍く反射し、誰一人として口を開かない。


ただ、視線だけが真っ直ぐにブリジットへと向けられていた。


親衛隊の面々は、それぞれが異質な圧を纏っている。


静かに佇むだけで、後列の兵士達とは明らかに格が違う。


空気そのものが、張り詰めていた。


その中で――


ターニャだけが、わずかに遅れていた。


整列はしている。姿勢も崩れてはいない。


だが、ほんの僅か。


呼吸のリズム。

体重のかけ方。

足の踏ん張り。


その全てに、鈍さが混じっている。


見なければ気づかない程度の差。


だが――


ブリジットは、見逃さない。


キリキリ、と音が一歩分、近づく。


甲板に響く靴音が止まる。


沈黙。


冷たい風が吹き抜ける。


「……遅いな」


低く、呟く。


その一言だけで、場の空気がさらに張り詰めた。


ターニャの背筋が、ほんの僅かに強張る。


だが、声は出さない。


出せない。


「まあいい」


興味を失ったように視線を外す。


それだけで、圧が一瞬緩む。


甲板に緊張が満ちたまま――


ブリジットはわずかに顎を引いた。


「……親衛隊」


その一言で、最前列の七名がわずかに動く。


「改めて名乗れ。今回の任務、貴様らの顔と声を刻ませてやれ」


静かに命じる。


甲板に整列する二十八名。


その最前列――七名の親衛隊は、明らかに異質だった。


ただ立っているだけで、空気の重さが違う。


彼らはブリジットの命に従い、一歩前へ出る。


その動きに、後列の二十一名の兵士たちの視線が自然と引き寄せられた。


これは将軍への儀礼ではない。


これから共に戦場へ赴く者たちへ向けた、確認だ。


――誰が上に立つのか。


最初に名乗ったのは、小柄な少女。


黒髪を太い三つ編みにまとめ、眼鏡の奥の瞳は鋭い。


年若い外見に反して、隙のない立ち姿。


だがその一歩には、ほんの僅かな重さが混じっていた。


「ターニャ・アンネクルツ、曹長。斥候・偵察を担当します」


短く、的確。


次に出たのは、やけに背の高い男。


金髪を刈り込み、無精髭を生やした細身の体。


どこか気怠げだが、その目は油断なく周囲を見ている。


「エレン・サンドロス。工兵だ」


軽い口調。だが隙はない。


続いて、細身でタレ目の男。


肩までの黒髪が揺れる。


落ち着いた雰囲気の裏に、計算高さが滲む。


「アルマー・ミルカロス。砲兵」


言葉は短い。


必要なことしか言わない。


その隣。


長い銀髪を風に流す少女。


整った顔立ちに、冷え切った視線。


微動だにしないその姿は、人形のようですらある。


「アイリーン・エルザドス。狙撃」


一言。


それだけで、空気が一段冷える。


次に動いたのは、圧倒的な巨体。


二メートル近い身長、筋肉の塊のような体躯。


短く刈った黒髪に、豪快な笑み。


「モーリス・アレクサンドだァ!」


その声だけで、空気が震える。


「前は任せろォ!」


頼もしさと同時に、暴力そのものの気配。


続いて、赤髪の青年。


短髪に整った顔立ち。


軽薄そうな笑みを浮かべながらも、その目は鋭く細められている。


「アベル・ラングレン」


肩をすくめる。


「前線処理担当ってとこだな」


軽い。だが、その軽さが逆に危うい。


そして最後。


銀髪の男が一歩前に出る。


無表情。


感情の一切が削ぎ落とされたような顔。


背に負った二本の大剣だけが、その存在を物語る。


数秒の沈黙。


名乗らない。


ただ、それだけで十分だった。


静かに列へ戻る。


七名が再び並ぶ。


その姿は、まるで一つの完成された兵器のようだった。


後列の兵士たちは、ようやく理解する。


自分たちが従うのは――


ただの精鋭ではない。


異質な“戦場の化け物”たちだと。


ブリジットはその様子を見下ろし、わずかに口元を歪めた。


キリキリ、と小さな音が鳴る。


「理解したか」


低い声。


「貴様らは、その七名の指示で動く」


風が吹き抜ける。


「足を引っ張るな。死ぬぞ」


ただ事実を告げるように言い放つ。


張り詰めた空気の中――


ブリジットが、ゆっくりと口を開いた。


「時に――ターニャ曹長」


「ハ!」


反射のように返る声。


だが、その声の奥にわずかな硬さが混じる。


「動きが遅い。背筋にも僅かな乱れを感じる」


キリキリ、と小さな音。


一歩、近づく。


「吾輩の気のせいか?」


ターニャの頬を、冷や汗が伝った。


「いえ、閣下のご指摘通りであります!」


即答。


だが、その呼吸がわずかに乱れる。


「なぜだ?」


間を置かない。


「作戦行動開始の重要な場面で、なぜその様な事が起きる?」


さらに一歩。


音が鳴る。


「簡潔に理由を述べよ」


視線が刺さる。


ターニャの目が、揺れた。


「……それは……」


言葉が詰まる。


ほんの一瞬。


その一瞬を――


ブリジットは見逃さない。


小さく、ため息をついた。


「ドベルク」


低く呼ぶ。


無言で立っていた銀髪の男が動く。


背の二本の大剣のうち一本を抜き――鞘ごと、差し出した。


「ハ」


短い返答。


ブリジットはそれを受け取る。


手にした瞬間、わずかに重心を確かめるように振る。


キリキリ、と音が鳴る。


その動きを見た瞬間。


ターニャの足が、無意識に一歩下がった。


静寂。


ブリジットの口元が、わずかに歪む。


「逃げたな」


冷たく言い放つ。


「2発だ」


甲板に重い沈黙が落ちたまま――


ブリジットの視線が、ターニャを射抜く。


冷たい、感情のない目。


「下を脱いで、四つん這いになれ」


その命令は、あまりにも淡々としていた。


ターニャの呼吸が一瞬止まる。


「閣下……し、しかし他の兵が……」


わずかに視線が揺れる。


後方に並ぶ27名。


その存在を、意識してしまった。


次の瞬間。


乾いた音が響く。


ブリジットの手が、ターニャの頬を打った。


顔が横へ弾かれる。


「余計な事は気にするな」


低く、冷たい声。


キリキリ、と小さな音が鳴る。


一歩、距離を詰める。


「むしろ――見せてやればよいではないか」


その言葉は、まるで価値を測るようだった。


人としてではなく。


“駒”として。


ターニャの顔が歪む。


屈辱。


怒り。


だが――それを押し殺す。


ゆっくりと、拳を握りしめ。


震えを止める。


背後の視線が、突き刺さる。


それでも。


「……ハッ」


短く、答える。


声は、震えていなかった。


ただ静かに。


命令に従う覚悟だけが、そこにあった。ブーツと制服の下を脱いだターニャがその場に両手と両膝を着く。尻は昨日の鞭を受け、手当はされているが今も血が滲んでいた。ターニャの表情は見えないが、全身が小刻みに震えている。魔装義肢の両足が鈍い輝きを放つ。


後列の兵士たちの中に、微かな動揺が走る。


視線が、集まる。


だが、誰も声を出さない。


出せない。


親衛隊の一人であるという事実。


そして、その背後に立つブリジットの存在が――すべてを押し潰していた。


キリキリ、と音が鳴る。


ブリジットはそれを見下ろし、わずかに口元を歪める。


まるで、最初から分かっていたかのように。


その場の空気は、さらに冷え切っていった。


「では、約束通りに」


言葉と同時に――


風が裂けた。


鈍い音。


一撃。


間を置かず、もう一撃。


乾いた衝撃が甲板に響く。


ターニャの背中が大きくのけぞる。


「ーつっ...!!」


歯を食いしばり、声を飲み込む。


沈黙。


数秒。


ブリジットは興味を失ったように剣を返す。


「戻せ」


ドベルクが無言で受け取る。


何事もなかったかのように背へ戻した。


ブリジットは再び全体へ視線を向ける。


「理由は不要だ」


冷淡に言い放つ。


「結果だけが全てだ」


それだけ。


それ以上の言葉はない。


ターニャは動かない。


いや――


動けない。


その場に倒れたまま、意識を保つので精一杯の様子。


「誰でも同じだ。命令に従えないもの、ついてこれないものは修正する。覚えておけ」


そしてターニャを一瞥し、笑う。


「それは弾薬庫にでも放り込んでおけ」


甲板の空気は、さらに重く沈んでいた。


誰も、返事はしない。


ただ――沈黙の中で、全員が理解していた。


この部隊において、例外は存在しない。


ブリジットは全員を見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「これより中央大陸へ進軍する」


風が強くなる。


マントが大きくはためいた。


「目的は一つ――魔王殺しの捕捉、及び調査」


その言葉に、誰一人として動じない。


だが、緊張だけが確実に深まる。


「生死は問わん」


一拍。


「ただし」


キリキリ、と音が鳴る。


「吾輩の前に連れて来い」


静かに。


だが、絶対の命令として落とされた。


甲板の空気が凍りつく。


「出航」


短い号令。


直後、船体が低く唸りを上げた。


蒸気と魔力の混ざった駆動音が響き、巨大な軍船がゆっくりと動き出す。


その先にあるのは――


中央大陸。


そして、まだ見ぬ“魔王殺し”。

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