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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第6章ー西大陸からの使者ー
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氷の世界ー

「そっちもそれで全力みたいだし、このままサクッと終わらせてもらうから!」


ユキメは両手を胸の前に差し出し、軽く手拍子を打ち始めた。リズムに合わせて、静かに口を開く。


「こーおれー、こおれー。あーさのまばゆいぬくもりもー、よーるのやさしいしずけさもー…」


手拍子が軽やかに響くたび、冷気がわずかに周囲の空気を凍らせ、歌声とともにその力はどんどん増していく。


凍りついた砂浜、波間の水面、海の端々、さらには空気中の水分までが、ゆっくりと、しかし確実に氷へと変わる。夜の浜辺全体が、ユキメの魔力に取り込まれるように白銀の世界へと染まっていった。


「これはーマズイかもー」


ビビがさらに高く逃げようとする瞬間、茨の蔦と影が同時にその両足を捕らえた。重力の圧と合わせられ、一気に地面へと叩きつけられる。


「なーなんで!? まだ意識あるっていうのー!?」


落ちたビビの足元の影から、低く響く声が漏れた。


「主様の意識はすでに夢の中。すぐに起きるでしょうけれど」


「私たちは、主様の呼びかけなどなくとも、動くべき時は動きますので」


さらにイバラキの冷ややかな声も重なる。


「いっつも勝手に動いて……あとで彼に叱られてる子も、いるけどね」


「それはいけません。次からはご自重くださいね」


「アンタのことでしょ」


「な、なにこれーに、にぎやかー」


ビビは困惑しつつも、複数の声が入り混じる中で、身動きの自由を失ったまま空中で揺れていた。


ユキメの歌と手拍子が響く中、ビビは全力で脱出を試みた。しかし、地に着いた手足は次第に凍りつき、筋肉は重く、感覚すら失われていく。


「そんなー…精霊4体と英雄核使ってるのにー?」


必死にもがくビビの周囲で、空気がきしむ音が微かに響いた。だが次の瞬間、その音さえ消えた。ユキメの歌も、手拍子も、他の姫神の声も、波の音も、すべてが凍りついた世界に吸い込まれるように消えてしまった。


ビビが顔を上げると、そこには凍りついた大地と海が広がっていた。砂粒一つ一つが氷の粒子に変わり、波は動きを止め、港や街の建物も凍結して、まるで時間そのものが静止したかのようだった。空もまた灰色に凍り、雲の輪郭さえ透明な氷の層のように固まっている。風の音も、鳥の声も、息さえも凍りつき、世界全体が冷気に包まれた聖堂のような荘厳さを帯びていた。


「…っ」


口を開けようとした瞬間、唇や舌までも凍りつき、声は氷の牢獄に閉ざされる。目に映るのは、光すら凍り、世界全体が赤子のように静かで、しかし圧倒的な力で支配されている光景だった。凍てつく世界の荘厳さに、ビビの心も体も、抗えぬ震えを覚える。


凍りついた砂浜に、ビビの両手両足が完全に固定される。動こうにも、足元は氷にがっちりと絡め取られ、手は地面に張り付いたように動かない。


ビビの心の中で思うー


「これはーまずいかもー」


全身の紋様が赤く光を強め、英雄核の力が胸から全身に走る。地水火風の精霊の力も、凍った世界の中で微かに振動する。しかし、手も足も凍結で動かず、体を浮かせることもできない。


空気は静まり返り、波の音も、風の音も、遠くの街のざわめきも、全てが凍結の静寂に飲み込まれていた。見渡す限りの海面も、空も、砂浜も、音も温度も、全てが凍りついている。


必死に力を込めるビビの身体が、僅かに震える。凍結に縛られた手足から伝わる重さ、肌にまとわりつく氷の感触。英雄核が赤く脈打つたび、紋様が光り、彼女の意思を世界に送り続ける。


心の中でさらに思うー


「こんな状況でもー負けられないー」


声は出せずとも、その意思は胸の英雄核と全身の紋様を通じて、凍てついた世界に確かに伝わる。氷の層に閉ざされながらも、ビビの力はなおも抗い、世界の静寂を微かに震わせる。


凍りついた世界で、音は全く届かない。波も風も、街のざわめきも、全てが凍結の静寂に沈む。


しかし、ビビの頭の中だけに、ユキメの声が鮮明に響いた。


「凍りついた世界ではー音も響かない。ただ、魂と熱い血潮だけが命を生かしてるだけ。究極の凍結、それはー」


「刻をも凍らせるー」


ビビは目を見開き、胸の英雄核が赤く脈打つ。外界の凍結とは無関係に、ユキメの声だけが彼女の意識に直接届き、全身の紋様が光を増して震える。


ユキメの声が、ビビの頭の中に直接響く。


「時間がない。主がもうすぐ起きるからー、その前に終わらせる」


ユキメが一瞥をくれると、凍らせていたビビの手足の氷が、一気に全身へと広がった。


ビビの身体は、氷に覆われる。手も足も胴も首も、完全に動きを封じられる。


その瞬間、ビビは動きを止め、胸の英雄核だけが赤く脈打ち、必死の意志を世界に送り続ける。


ビビの身体は全身氷に閉ざされ、手も足も動かず、砂浜にがっちり固定されていた。


胸の英雄核が赤く脈打ち、紋様の光が全身に走る。


光は徐々に膨張し、氷を押し広げるように揺らめき、凍りついた世界の中で存在感を際立たせていた。


その光はまるで生き物のように、ゆっくりと胸から迫り出し始めた。膨張するたびに、氷を内側から押し広げ、脈打つ光が微かに震え、世界の静寂の中で存在感を強めていく。


胸元から突き出す赤い塊は、まるで意志を持つかのようにうごめき、凍てついた砂浜に静かに圧迫感を生み出していた。


ユキメは凍りついた世界の中で、その光景を見つめる。


(さすが魔王核…凍った世界でも動けるとは)


胸の英雄核がゆっくりと生物のように迫り出し、光と熱を放つ様子を目にして、ユキメの胸の内に思わず興奮が湧く。


(燃えるじゃん!)


光は胸から全身の紋様へと広がり、赤い脈動はますます鋭く、規則正しい鼓動から狂い始めたかのように、速さを増す。


胸元の核は生物のようにうごめき、ゆっくりと迫り出す。膨張するたびに氷の層を内側から押し広げ、世界の凍りついた静寂を微かに震わせる。


光は皮膚を透かし、紋様を真っ赤に染め上げ、周囲の氷を内側から脈動させる。


その脈打ちは暴走寸前の臨界点に達し、まるで今にも破裂しそうな緊張感が、凍った砂浜と海面を押し広げるように充満していた。


やがて、胸の英雄核はじわじわと膨張し、ビビの身体を押し広げるようにして宙に浮かび上がった。


ビビの全身とは、血管のように細く赤く光る数本の線で繋がり、まるで生き物の脈を直に感じるかのようだ。


浮かんだ核はゆらゆらと揺れ、形を定めないまま膨らみ続ける。光は胸元から全身の紋様へと伝播し、紋様ごとに赤い脈動が激しくなり、氷の世界を内側から震わせる。


赤い光は氷を透かして揺らめき、反射するたびに周囲の凍りついた砂浜や海面、空気さえ赤く染める。


核はまるで意思を持つかのように、微かに形を歪ませ、次第に巨大化。膨張するにつれ、その輪郭は生物のような曲線を描き、凍てついた世界の静寂に圧迫感を刻み込む。


迫り出す光と熱、脈打つ赤の波紋が重なり合い、英雄核は今にも別の何かへと変化しそうな臨界点に達していた。


英雄核が胸から宙へと浮かび、赤く脈打つ光を強烈に増幅させる。


その光は凍りついた世界を裂くかのように広がり、砂浜や海面、港や街、空気までも、熱を帯びた輝きで押し包む。


氷はびくともしないが、光はあたかも溶かすかの勢いで煌めき、赤と白の光の奔流が周囲を圧倒する。


血管のように繋がる赤い線も光を増幅させ、英雄核の存在感は凍てついた世界に爆発的な圧迫感を刻み込む。


凍った空間を押し潰すかのような強い光は、世界を溶かすことはできないまでも、その力の凄まじさを、あらゆるものに痛感させた。


英雄核の赤い脈動は次第に速さを増し、鼓動が胸の奥から全身にまで響き渡る。


その光は揺れ動き、赤と白の輝きが周囲の凍った世界に鋭く反射する。


鼓動は力を増し、まるで核そのものが生き物の心臓のように暴れだす。


そしてついに、臨界点に達した英雄核は大きく動き出す。


浮かぶ核が揺れ、形を歪ませながら宙を押し広げ、赤い光の奔流が一層強烈に周囲を照らし、凍りついた世界に迫力と緊張を刻み込む。


その時―


ユキメが静かに右手を伸ばし、英雄核を掴む。


彼女が核を一瞥した瞬間、まるで核自身が息をのむように、赤く脈打つ光がふっと消えた。


宙に浮かぶ核は凍りついたように静止し、暴れ狂っていた力も沈黙する。


凍てついた世界の中で、英雄核はただ、凛とした存在感だけを残し、その圧倒的な力の余韻が、静寂の空気を震わせた。


ユキメ(これで、とりあえず停止したか)


ユキメは凍りついた英雄核と、ビビの身体を繋ぐ血管のような凍った組織をじっと見つめる。


その不気味さに眉をひそめ、嫌そうに指を伸ばすと、凍結したままの組織を引きちぎった。


切り離された部分は氷の欠片のように崩れ、凍てついた世界の静寂の中に静かに散らばる。


ユキメは凍りついたビビから取り出した英雄核、もとい魔王核を両手で持ち上げ、月明かりにかざしてじっと見つめる。


(氷ればなんでも美しき…か)


その思いを胸に、ユキメは静かに口を開き、魔王核をそのまま呑み込んだ。


月光に反射して赤く輝いていた核は、ユキメの中で沈み、世界の凍てついた静寂の中に溶け込んでいくようだった。


凍りつき、時の止まった世界の中で、ユキメだけが静かに動いていた。


呑み込んだ口を押さえ、左手で腹をさすりながら少し前屈みになる。


やがて視線をベルの眠る氷のゆりかごに向けると、ゆっくりとユキメの元へ降りてくる。


目の前まで来たベルに手を広げると、氷のゆりかごは霧散し、霧散した氷の粒に運ばれるようにして、ベルの身体がゆっくりと落ちてくる。


ユキメはその身体を抱き止め、そっと自分の頬をベルの頬に寄せた。


ユキメ(主、私はがんばったよ。嫌だけど、本当は死んでも嫌だけど、仕方ないから魔王核も飲み込んだよ)


ユキメはそっとベルの胸に顔を埋める。


(主の望みはこれで叶えた。叶えたから―今度は戦いじゃない時に、呼んでくれ)(たまには私に、熱い気持ちをぶつけてね)


そうしてユキメは傷の癒えたベルを砂浜に下ろし、指をパチンと鳴らす。


途端、凍りついた世界が音もなく動き始める。周囲の氷が徐々に溶け、砕け散る。まるで凍ってなどいなかったかのように。


数秒も経たぬうちに氷の世界は消え去り、砂浜にはユキメとベル、そして凍ったままのビビだけが残った。


そして――ベルの目がゆっくりと開く。

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