戦いの最中ー
「イバラキ!」
ベルの背中から、茨が一気に伸びた。
黒い棘の蔦が空中でうねり、ビビの両手首へ巻きつく。
ぎり、と締まり、そのまま両腕を頭上で縛り上げる。
動きを封じる。
自由になったベルの両腕が動く。
「リューナ!俺に竜の力を!」
その瞬間――
空気が震えた。
ベルの腕と脚の皮膚がざわりと波打つ。
次の瞬間、肌が黒く変色する。
鱗。
腕と脚が、黒い鱗に覆われた竜の手足へと変わった。
指先には鋭い爪。
脚の筋肉が膨れ、重い力が地面へ落ちる。
同時に、全身を包んでいた炎がさらに強く燃え上がる。
赤い炎が竜の鱗を舐めるように揺れる。
鬼の剛力。
竜の肉体。
炎の破壊力。
三つの力が同時に重なる。
ベルが一歩踏み込んだ。
砂浜が爆ぜる。
「いくぞ!」
竜の爪を振り上げる。
剛力と炎を纏った一撃が、至近距離から叩き込まれた。
ベルがビビの首から下を狙い、再び攻撃を仕掛ける。
赤い炎を纏った腕、竜の爪、剛力を増幅した蹴り――そのすべてが一斉に押し寄せる。
アカリの光弾が飛び、カレンの剛力が身体を押し潰そうと襲いかかり、イバラキの茨が絡みつき、エンカの炎が周囲を灼き尽くす。カタナの刃が突き刺さる隙を狙い、ミカゲの影が背後から締め上げるように攻撃する。
しかし、ビビは一歩も怯まない。
全身に刻まれた紋様が光り、鋼鉄のような肌がすべての攻撃を弾く。
飛んでくる光弾は足で蹴り飛ばし、伸びる茨は手足を使って流し、炎や剛力の衝撃は体をくねらせて受け止める。刃は腕や脚で弾き返し、影の締め付けは跳躍でかわす。
その動きはまるで踊るかのようで、柔軟でしなやか、だが一瞬たりとも力を緩めない。
「これでも倒しきれねぇか!」
ベルが息を荒くして叫ぶ。
ビビは鼻先が触れるほどの距離を保ちながら、体をくるくると回し、飛び、蹴り、跳ね返す。
「動きが読み辛ぇ」
ベルの声に続き、再び連続攻撃の波が押し寄せるが、ビビは微動だにせず、踊るように応戦し続ける。
ビビが一瞬距離を取り、ゆっくりと足を踏みしめる。
胸元の英雄核に魔力を集中させ、全身の紋様が赤く光り始める。
その輝きは瞬く間に増幅し、ビビの身体を包む魔力のオーラが荒れ狂うように揺れ動く。
「英雄権化―」
その瞬間、ビビの全身が魔力を纏い、まるで戦場そのものを支配するかのような威圧感を放った。
ベルは距離を測り、攻撃を仕掛ける。
光と炎、刃と影――双方の攻撃が幾重にも重なり、打ち合うたびに砂と水蒸気が舞い上がる。
ビビは踊るような動きのまま、攻撃を受け止め、弾き返し、ベルに隙を与えない。
そして一瞬の隙を見つけるや否や、至近距離まで踏み込み、全身の魔力を集中させて大魔術を放つ。
地面が割れ、光と炎と重力の渦が一気に押し寄せ、ベルを中心に戦場を揺るがす。
「この力…ヤベェ…!」
ベルの声が叫びに変わる。ビビは微動だにせず、踊るように攻撃の波を制御し、さらに反撃の体勢を取る。
ベルは咄嗟に全身の刃を立て、盾のように密集させて防御を固める。
ビビの大魔術の光と炎の奔流が襲いかかるが、刃が次々と弾き返す。
その背後から茨のつたと影が絡み、上からの攻撃をさらに抑え込む。
全身を覆う赤い炎が灼熱の圧力となり、攻撃の直撃を緩和する。
前方にはアカリの光の防御壁が展開され、光の衝撃波が連続で押し寄せる魔力を吸収する。
砂煙と光の嵐が舞う中、ベルは全身で防御を固め、体勢を崩さず耐え続ける。
「ここまで…だな…!」
ベルの声は叫びにも似て、全身の刃と魔力が同期するように震えた。
ビビの大魔術が収束し、砂煙と光の嵐が晴れた瞬間、耳元に低く甘い声が響いた。
「今の攻撃を耐えたベルくんにはーご褒美あげないとねー」
その声と同時に、背中に柔らかく胸が押しつけられる。
「なっ!」
驚く間もなく、ビビの両足がベルの腰を背後から挟み込み、身体を密着させる。
両腕はベルの腕ごと抱きしめる形で回し、後ろから完全に絡みついた。
耳元でささやかれる声は、甘く、しかしどこか挑発的だった。
「またー至福のお時間だよー」
ベルはその接触の感触に呼吸を乱しつつも、戦闘の緊張を切らさず体勢を整える。
「これも耐えられるかなー?」
ビビがベルの耳たぶに軽く甘噛みを入れる。
「ーっ!」
「あらーベルくんの弱点はっけーん!」
その瞬間、ベルの全身の紋様が再び強く輝き始める。
今度の光はビビだけでなく、ベル自身も包み込み、熱と力の渦を形成した。
「英雄はー…」
ベルは目をぎゅっと閉じる。
「紅蓮の炎にも燃え尽きない」
その言葉と同時に、2人を覆った魔力が真紅の炎へと変化する。
炎はただ燃えるだけではなく、風を巻き起こし、2人を渦巻く炎の中に閉じ込める。
「…くっ」
ベルの歯が食いしばられる。
「がまんできなくなったらーいっちゃってねー」
ビビの声が炎の渦の中でも甘く響き、2人の間に熱と緊張を増幅させた。
渦巻く炎の中で、ベルは苦悶の表情を浮かべながら耐える。
「すごいー英雄核と精霊術の重複呪にも耐えるなんてー」
ビビの声が熱風に混ざって耳元に届く。
「このまま最後までーいっちゃおっかなー」
「これくらい…」
ベルは息を詰め、炎の中でも体勢を崩さずに応じる。
「がまんしなくていいってばー」
ビビの言葉と共に、ベルの竜化した手足以外の皮膚、髪、服までもが灼熱の炎に焼け続ける。
それでもベルは痛みを押し殺し、2人を取り巻く炎の渦に耐え続けた。
「くそっ…ほどけねぇ」
剛力20倍で力を込めても、ビビの身体はびくともしない。
「英雄は誰よりも強き者ー」
ビビの声が耳元で響き、さらに密着してくる。
「誰にも負けられないー」
ベルは全身に力を込めつつも、ビビの揺れる重みと熱に耐えながら、身動きを封じられた状態で応戦し続ける。
「このまま焼き尽くされたくなったらー降参してー」
「降参とは、英雄ってのは親切なんだな…」
ビビはくすりと笑い、顔を耳元に近づける。
「これはベルくんには無理だよ。それともまだ何かあるー?あるなら」
「早く出してー」
ベルは灼熱の炎に包まれながらも、ビビの挑発に歯を食いしばり、次の手を探した。
「ユキメ!頼む!」
ベルの指示に応じ、ユキメの放つ冷気が夜の浜辺に渦巻く。
氷の粒子が空気を裂くように舞い、熱を奪い取る勢いで周囲の地面が一気に凍りついた。
砂粒一つひとつまで凍結し、波打ち際の水面も瞬時に薄氷を張る。
空気そのものが音を立てて凍り始め、凍てつく風が渦を巻き、あたりの匂いや湿度まで凍り付いたかのように感じられる。
赤く輝くビビの炎も、その冷気に押され、揺らめきながら薄く霜のような結晶をまとい始めた。
胸元の英雄核が脈打ち、全身の紋様が一層強く輝き始める。
「もっとーもっと強くー!」
ビビの体から渦巻く魔力が暴れ出し、皮膚の表面を駆け巡る光が鋼鉄のような硬度と熱を帯び、空気を震わせる。
両拳を握りしめるたびに周囲の空間が波打ち、英雄核から光の糸が飛び散るように輝き、紋様が狂気じみた速度で脈動した。
「まだまだー!負けないー!」
魔力が限界を突破し、ビビの全身から波紋のように膨張するエネルギーが押し寄せる。
炎は熱く燃え上がりながらも、その中心で光と力が暴れ、紅蓮の渦をさらに乱れさせる。
英雄核が不安定に揺れ、赤い光と熱が弾けるたび、ビビの身体そのものが光の海に包まれる。
冷気に凍らされる炎の中でも、ビビは魔力を必死に注ぎ続け、凍結と熱の均衡を押し返そうと全力を振り絞った。
「こ、これは…まずいかもー」
渦巻く赤と青の光が夜の浜辺にぶつかり合い、凍りと熱のせめぎ合いが激しさを増していった。




