ベルの言葉ー
ベルはゆっくりと立ち上がり、鋭い目でアダラを見下ろした。
「じゃ、お前は俺の言うことなんでも聞くってのか?」
アルティシアとマリーナはそっとベルを見上げる。
二人の顔には徐々に落ち着きが戻り、どこか安堵した表情が浮かんだ。
ミリィもまた、肩の力を抜きつつ、ベルの様子を見守る。
アダラは顔を上げ、力強く頷いた。
「そ、そうだ!」
ベルは一歩前に踏み出し、視線を鋭く向ける。
「なんでも?どんなことでも?」
アダラは迷わず答える。
「そうだ……私にできることなら、この身体も、心も好きにするといい!」
ベルは軽く笑みを浮かべ、ビビに目をやる。
「へぇ、そいつはそのビビのためか?」
「そうだ!なんでも言うことを聞いてやる!その代わりビビをー……」
しかし、言いかけたアダラの声をベルは遮るように叫んだ。
「ふざけんなっ!!」
その一言に、アダラとビビは同時に身体を大きく震わせ、驚きと恐怖が入り混じった表情を見せた。
部屋には張り詰めた空気が漂い、全員が息を呑んで次の動きを見守っていた。
ベルは深く息をつき、少し呆れたように笑った。
「あんたすげぇな、偉いよ。幼馴染とはいっても、血の繋がりもない相手のためにそこまで出来るってのは、尊敬するぜ」
アダラの目が一瞬、鋭く光る。
「……私の覚悟を、ビビの心を、愚弄してんのか?」
ベルは肩をすくめ、笑みを崩さず答える。
「あぁ、してるね!大いに愚弄してやるよ」
「まったく、もう1人のベル、あいつとそっくりだぜ」
「他人のためなら簡単に自分を差し出しやがってよ!俺にはとても真似出来ねぇよ」
アダラは拳を握りしめ、声を震わせる。
「ふっふざけるな!私とビビが一体どんな気持ちで……これまで……」
ベルは怒りを帯びた瞳でアダラを睨む。
「お前は一体何がしてぇんだよ!?大切な家族を守りたいんじゃないのか!?
その方法が、わけのわかんねー魔王殺しなんて呼ばれてる奴に、自分と、その守るべき大事な家族を差し出すことなのか!?」
アダラの目から涙が滲む。
「……それでも、死ぬより、死ぬよりは、他に方法がないんだ!」
ベルは強く首を振った。
「死ななきゃいいってもんじゃねぇだろ!」
そして視線をビビに向ける。
「ビビ、お前だってそうだぞ!?本当に俺みてぇな、会ったばっかりのやつでいいのかよ」
ビビは胸布をそっと巻き直しながら、ふわりと笑った。
「え?ぜんぜん〜いいよ〜?どっちかと言うとラッキ〜?みたいな?」
しばし空気が止まり、部屋には静寂が漂った。
「……だってよ」
アダラが涙を拭いながら言う。
ベルは目を細め、小さく頷く。
「お、おぉ……そうか……なら、いいのか?」
マリーナが声を荒げ、鋭く否定する。
「よいわけあるか!」
アルティシアも真剣な表情で、ベルを見据えた。
「ベル様、いいところまでいってましたのに、最後まで貫いてくださいまし」
ミリィは小さく息を呑み、目を丸くした。
「ビビさん……すごいな」
部屋には緊張と驚きが混ざった空気が漂い、皆がしばらくその場に立ち尽くした。
ベルは珍しく眉をひそめ、少し動揺した様子で口ごもる。
「えー……と、つまりな、何が言いたかったかと言うと……」
しばらく逡巡し、言葉を探すように視線を彷徨わせた後、やや肩をすくめて言った。
「困ってんなら、そう言えってんだよ。そんだけでいいんじゃねぇのか?」
アダラは首をかしげ、きょとんとした表情で問いかける。
「……?どういうことだよ?」
アルティシアは静かに前に踏み出し、優雅に手を合わせて説明を始めた。
「ここはわたくしがご説明します」
アダラは少しほっとしたように息をつき、頷いた。
「お、おぉ、頼む」
アルティシアは軽く咳払いをしてから、柔らかい声で告げる。
「ベル様はこう申しておいでです」
そしてわずかに肩を揺らし、ベルの口調を真似るように、微妙にしわがれた声で続けた。
「いいから俺に任せとけ。俺がなんとかしてやるよ」
その言葉に、部屋の空気は少しだけ和らぎ、皆が息を整える。
ベル自身も、照れくさそうに肩をすくめ、視線を少し逸らした。
アダラは少し息を詰め、ベルの顔を真剣に見つめた。
「つまり……魔王殺しベル・ジット、お前が今から……」
ベルは大きく頷き、力強く視線を返す。
アダラは息を飲み、さらに確認するように言葉を重ねた。
「今から私とビビを抱くってことで、いいんだよな?」
ベルは頭を傾げ、軽く首をかしげた。
「お前……今の俺の話聞いてたか?」
アダラとビビは再び目を合わせ、互いに戸惑いと緊張が入り混じった表情を見せる。
アダラは小さく息をつき、問いかける。
「だから……子作りする気になったんだろ?」
ビビはふわりと肩をすくめ、か細い声で答える。
「え〜そうじゃないの〜よくわかんないけど〜やんないの〜?」
ベルはアルティシア、マリーナ、そしてミリィの順に目を向けた。
ミリィはやはりそっぽを向き、目を合わせようとしない。
ベルは眉をひそめ、軽く頭を振る。
「俺……ちゃんと言ったよな?なんでこいつらに伝わんねぇの?」
アルティシアは小さくうなずき、落ち着いた声で答えた。
「ベル様は間違ってないと思います……」
マリーナは言葉を発せず、目頭に手を当て、静かに感情を抑え込んでいた。
部屋には微妙な沈黙が流れ、全員がベルの次の言動を待っている。
ベルは少し肩を落とし、ため息混じりに呟いた。
「なんか、どうでもよくなってきた」
マリーナはすぐさま顔を上げ、真剣な声で言う。
「考え過ぎるな!お前に考え過ぎるのは向いてない」
アルティシアも続け、力強く頷きながら声を重ねる。
「そう、マリーナ警部の言うとおりです!いつものように考えずに、感じてください」
ベルは目を細め、二人を見やる。
「なんか……お前ら、俺のことバカにしてないか?」
マリーナは少し笑みを浮かべ、否定するように手を振った。
「そ、そんなことはないぞ。ベル、お前は本能に従う方がいい」
アルティシアも小さく頷き、穏やかな声で付け加える。
「そ、そうですわ。自分を信じてください」
ベルはしばし目を閉じ、眉を顰める。
そして、軽く肩をすくめて開いた。
「なんか面倒くさいから、お前らがそれでいいなら、それでもいいや」
その言葉に、アダラとビビは顔を見合わせ、両手のひらを打ち合わせて歓声を上げた。
「いぇーい!」
部屋には笑い声と軽い興奮が広がり、緊張していた空気が一気に和らいだ。
アルティシアが声を張り、静かに提案した。
「じゃんけんを、しましょう」
その真剣な声に、部屋の空気が一瞬で静まり返る。
マリーナは少し首をかしげ、戸惑いながらも問いかけた。
「……アルティシア殿下、いきなりどうされました?」
アルティシアは全員の顔をゆっくりと見回し、目を真っ直ぐに向ける。
「ベル様がその気になられたのは暁光です。ここは一つ、じゃんけんで決めませんか?」
マリーナの瞳に光が宿り、理解を示すように頷いた。
「なるほど……今、理解しました」
アダラは腕を組み、少し不満そうに眉をひそめる。
「それはとりあえず今夜のってことでいいんだよな?私らは絶対にやんなきゃなんないんだ。じゃんけんなんかで終わりにされたらたまんねぇよ」
アルティシアは落ち着いた声で答えた。
「もちろんです。明日も明後日も、チャンスは無限です」
アダラは軽く拳を握り、笑みを浮かべた。
「よし、乗った!」
ビビは肩をすくめ、ふわりとした笑顔で言う。
「私もそれでいい〜勝っても負けてもニコニコね〜」
部屋には、期待と少しの緊張が混ざった空気が漂った。
マリーナが手を前に突き出し、力強く宣言する。
「最初はグー!じゃん、けん...」
アルティシアは悔しげに唇を噛み、眉を寄せる。
「くっ……あいこですか……次こそ」
アダラは手を振り上げ、焦らすように声を張った。
「ちゃっちゃといこうぜ!夜は長いようで短いんだ!」
ビビもふわりとした声で応じる。
「さくさくいこ〜!あいこ〜で〜……」
激戦を繰り広げる四人の声や手の動きに気を取られる中、ベルは何も言わず、ひとりベッドに横たわる。
ミリィはそっと近づき、毛布をベルの肩までかける。
そのまま静かに立ち、万一の事態には自分が盾になる覚悟を胸に秘めていた。
部屋にはじゃんけんの声と、微かな呼吸の音だけが重なり合い、静かな緊張と安心が同居していた。
「あぁ……そっか、そうなんだ。教えてくれてありがとう」
翌朝、ゆっくりと目を覚ましたベルは、先に起きていたミリィに昨夜の話を聞いた。
その内容に頷き、ようやく納得した様子を浮かべる。
目の前の惨状が、やっと理解できたのだ。
アルティシア、マリーナ、アダラ、ビビの四人は、結局じゃんけんの勝負もつかず、誰ともなく寝落ちしてしまったらしい。
部屋の床には、四人がそれぞれ思い思いの体勢で転がっている。
ベルは肩をすくめ、淡々と呟いた。
「要するに、いつも通りってわけね」
微かに笑みを浮かべながら、ベルは床の散乱した光景を眺めた。
昨日の熱気も、今は静かな朝の光に溶け込んでいた。




