魔王殺しの血を求めると言うことはー
大陸警察支部を出たベルとアルティシア達は、そのままどこかで落ち着いて話そうということになり、海の見えるカフェに入った。
途中、アルティシアの服装があまりにも目立つということで、近くの店で普通の街娘のような服に着替えている。
もっとも、お忍びはアルティシアの得意とするところだった。
席に着くと、海風が窓からゆるく入り込む。
遠くには青い海が広がり、港の船がゆっくりと揺れていた。
アイザックが紅茶を一口飲み、静かに語る。
「殿下は以前より、“運命的な出会い”を求めて城を抜け出されることが多くていらっしゃいまして」
アルティシアは涼しい顔でカップを傾けている。
「お忍びで街へ出ては、理想の殿方を探しておられました」
ミリィが目を丸くした。
「そんなことしてたんですか……?」
「ええ」
アイザックは遠い目をした。
「ですがベル様と知り合ってからは、そういった発作もぴたりと止まりまして」
ベルはコーヒーを飲みながら首をかしげる。
「発作って……」
「ええ、ある意味で平和になったのですが」
アイザックは小さくため息をついた。
「今思えば、あれは単に嵐の前の静けさだったのだろうと」
アルティシアはにこやかに微笑む。
「失礼ですわね、アイザック」
そして窓の外の海を眺めながら言った。
「わたくしはただ、自分の運命を探していただけですわ」
ミリィはそっとベルを見る。
ベルは頬をかきながら、苦笑していた。
ベルはコーヒーカップを置き、首をかしげた。
「でもアルティシアさんがわざわざ出向いて来るなんて、そんなにあいつにちょっかい出されるのが嫌なんですか?」
アルティシアは一瞬、きょとんとした顔になる。
「……え?」
そして少し驚いたように目を丸くした。
「まさか、昼のベル様」
ゆっくり首を傾げる。
「わたくしが本当に恋敵を止めようと来たとでも?」
ベルとミリィ、それにアイザックが同時に声を上げた。
「え? 違うんですか!?」
アルティシアはぱちぱちと瞬きをしたあと、くすっと笑った。
「もちろん、それも理由の一つではありますけれど」
カップを静かに置く。
「それが本当の理由ではありませんわ」
ミリィが首をかしげる。
「じゃあ……どうして?」
アルティシアは窓の外の海を少し眺め、それからベルへ視線を戻した。
「ベル様に会いに来た、というのもありますが……」
少し間を置く。
「本当の理由は別にありますの」
ベルが眉を上げた。
「別の理由?」
アルティシアは意味ありげに微笑んだ。
「ええ」
そして紅茶を一口飲み、静かに言った。
「そちらの方が、ずっと重要なお話ですわ」
アルティシアは静かに言った。
「西の大陸に『魔王殺し』を行かせるわけには参りませんので」
ベルは首をかしげる。
「? だからそれって、アダラ姫やビビのちょっかい出す話と一緒じゃなくて?」
アルティシアは首を横に振った。
「行動としては同じですが、意図が異なります」
「どういうことですか?」
アルティシアは少し言葉を選ぶようにして続けた。
「西の大陸は極端に強者を求めるきらいがありまして……」
ベルは頷く。
「そんな話してましたけど。だから強い人と結婚して子供が欲しいって」
アルティシアは静かに目を伏せた。
「その意味合いが違います」
少し間を置く。
「なんと言いますか……」
そしてゆっくりと言った。
「例えばアダラ姫があれだけ自由な振る舞いを許されるのも、彼女が“英雄の再来”とまで言われる生まれのためです」
ミリィが小さく息を呑む。
アルティシアは続けた。
「もし彼女が、なんの能力も持たなければ」
視線をカップへ落とす。
「政略結婚のために囲われる人生だったでしょう」
ベルは少し考え込む。
「……それって普通の王族と同じじゃない?」
アルティシアはゆっくり首を振った。
「いいえ」
静かに顔を上げる。
「西では、“強さ”は血で継がれるものと強く信じられています」
ミリィが眉をひそめる。
「……つまり?」
アルティシアは真っ直ぐベルを見た。
「魔王殺しの血は、あの大陸にとって……」
一瞬言葉を止める。
そして静かに言った。
「国家が手に入れるべき“資源”と見なされるでしょう」
カフェのテーブルに、静かな沈黙が落ちた。
「資源」
アルティシアは一度言葉を切り、静かに続けた。
「もっと言うなら――『兵器』と言う方が正しいかもしれません」
ベルは思わず言葉を失った。
「そんな……」
アルティシアは真剣な表情のまま頷く。
「だから、西の大陸に入ったが最後」
「アダラ姫との婚姻のみならず、そのビビさんをはじめ、他の四人の王女」
一瞬、視線を伏せる。
「他にも子を望める者すべてに、ベル様をあてがうでしょう」
ミリィが思わず声を上げた。
「えっ……!?」
アルティシアは淡々と続ける。
「それほどまでに、あの大陸は“強さ”に価値を置いています」
ベルは困ったように頭をかいた。
「いや……さすがにそれは……」
アルティシアは首を横に振る。
「残念ながら、誇張ではありません」
アイザックが静かに補足した。
「西の大陸の国家観は、我々東とはかなり異なります」
「国家の存続と強者を求めるのが最優先。そのためなら、個人の人生は容易く組み込まれる」
ミリィは青い顔でベルを見る。
「……ベルさん……それ……」
ベルはしばらく黙ってから、苦笑した。
「……あの人、逃げそうだなぁ」
アルティシアは即座に言った。
「逃げても追われます」
そして真っ直ぐベルを見た。
「だから止めに来たのです」
アルティシアは静かに言葉を続けた。
「カダブランカをはじめ、西の大陸のその考え方が間違っているとは思いません」
カップを両手で包むように持つ。
「我がルグレシアはもちろん、どこの国や民族でも同じ考えではあります」
少し苦く笑う。
「むしろ王家としては、正しい姿なのかもしれません」
ミリィは黙って聞いていた。
アルティシアはゆっくり顔を上げる。
「けれど――ベル様」
真っ直ぐにベルを見る。
「魔王殺しが関わるとなると、話は違ってきます」
海の光が窓から差し込み、テーブルの上に揺れた。
アルティシアは静かに言った。
「極端な結果になってしまう可能性が高いのです」
ベルは腕を組み、少し考え込む。
「極端……?」
アルティシアは頷いた。
「ええ」
「西の大陸は“強さ”を何よりも重んじます」
「そこに、魔王を討った存在が現れたら――」
言葉を選ぶように、少し間を置く。
「彼を中心に、国そのものの在り方が変わるほどの影響が出るかもしれません」
ミリィが息を呑む。
「……そんなにですか?」
アイザックが静かに補足した。
「歴史上、魔王を討った者はおりません」
「前例がない以上、どこまで熱狂が広がるか誰にも予測できないのです」
ベルは窓の外の海をぼんやり見た。
「……なんか、あの人また面倒なことになりそうだなぁ」
アルティシアは小さく頷いた。
「ええ」
そして静かに言った。
「だからこそ、止める必要があるのです」
アルティシアは静かに続けた。
「アダラ姫達のように、ベル様の血を求める国や組織も、これから増えることでしょう」
紅茶を一口飲み、淡々とした声で言う。
「アダラ姫が極端に行動力があり、またそれを許される存在だった――ただそれだけの話です」
ミリィが不安そうにベルを見る。
アルティシアはふっと小さく笑った。
「もちろん、わたくしとて王族です」
「ベル様の血を欲している部分も、ないとは言い切れません」
そして少し肩をすくめる。
「99%純愛とはいえ」
ベルは思わず吹き出した。
「残り1%は?」
アルティシアは悪びれもせず答える。
「国家戦略ですわ」
ミリィがぽかんとする。
アイザックは静かに頷いた。
「大変正直なご説明かと」
ベルは苦笑しながら頭をかく。
「なんか……正直すぎて逆に安心するなぁ……」
アルティシアはにこやかに言った。
「嘘をついても意味がありませんもの」
そして真剣な表情に戻る。
「ですが、だからこそ申し上げます」
「西の大陸に行けば、ベル様は“人”として扱われない可能性が高い」
「それだけは、避けたいのです」
ベルは腕を組み、しばらく考えてから頷いた。
「わかりました。ただの恋の鞘当てじゃないってことですね」
アルティシアは静かに微笑む。
「もちろんですわ」
そして真っ直ぐベルを見る。
「わたくしのベル様でなかったとしても、同じような存在がいたなら、同じように止めた……と思います」
ベルは少し間を置き、じっとアルティシアを見る。
「ちょっと自信ないんかい」
ミリィが思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
アルティシアは一瞬きょとんとしたあと、くすっと笑う。
「正直者ですので」
アイザックが静かに頷く。
「殿下は昔からそのようなお方でございます」
アルティシアはカップを持ち上げながら言った。
「ですが一つだけは確信していますわ」
「ベル様が関わると、世界はだいたい騒がしくなる」
ベルは苦笑する。
「それ、あの人のせいだよね」
アルティシアは楽しそうに頷いた。
「ええ。ですから――」
少し身を乗り出す。
「今回はわたくし達が、先回りしておこうというわけです」
「確かに……言われてみると、その可能性もあり得ますね」
「さすが賢姫と名高いアルティシア殿下」
聞き覚えのある声に、ベル達は振り返った。
そこには、腕を組んで立つマリーナの姿があった。
ただ、いつもの整った姿ではない。
髪は少し乱れ、制服はところどころ破れ、ガーターベルトに吊られたストッキングにも裂け目が入っている。
ベルは思わず立ち上がった。
「マリーナさん!? どうしてここに……てかなんでそんな格好に……」
マリーナは少しだけ息を整え、淡々と答える。
「国家からの緊急要請として、緊急用の転送魔法陣を使用しました」
そして自分の袖の破れをちらりと見た。
「急かしたせいで出力が安定せず、この有様です」
ミリィが目を丸くする。
「えっ……転送魔法って、そんな……」
アイザックが静かに頷いた。
「長距離の緊急転送は、術式が不安定になりやすいのです」
アルティシアは椅子に座ったまま、少し驚いた顔でマリーナを見ていた。
「まあ……警部」
そしてくすりと笑う。
「随分と大胆な登場ですこと」
マリーナは腕を組んだまま答える。
「殿下が先に動かれたと聞きましたので」
視線がまっすぐアルティシアに向く。
「こちらも急ぐ必要があると判断しました」
ベルは困ったように頭をかく。
「……なんかまた、騒がしくなってきた気がする」
ミリィが小さく頷いた。
「……気のせいじゃないと思います」




