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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第6章ー西大陸からの使者ー
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姫と警部が彼の話ー

マリーナは画面越しに軽く頭を下げる。

「殿下、お久しぶりです」


アルティシアもにこりと微笑み、頭を下げる。

「お久しぶりです。先の聖戦での働き、感謝しています」


マリーナは淡々と答える。

「ハ!ありがとうございます」


ベルは驚きと戸惑いの入り混じった表情で画面を見つめる。

「アルティシアさん、お久しぶりです……。でも、急にどうしたんですか?」


アルティシアは真剣な瞳を向け、言葉を選ぶように答えた。

「今日は、ベル様に直接お伝えしたいことがあって参りました」


ミリィも小さく息を呑む。

「直接……ですか……?」


アイザックは静かにアルティシアの隣に立ち、淡々と説明を添える。

「事は重要です。落ち着いて聞いていただく必要があります」


ベルは深呼吸をひとつし、画面越しのマリーナに小さく頷いた。

「……わかりました。聞きます」


アルティシアは軽く頷き、微笑みを崩さずにベルを見つめた。

「ありがとうございます、ベル様。では、早速ですが……」


部屋の中には、緊張と期待が混ざった独特の空気が漂い始めた。


アルティシアは落ち着いた声で続けた。


「ラグレシアとタブランカ王国は、以前から友好関係にあり、先の聖戦では避難民の受け入れもしていただきました」


ベルは頷く。

「うん、それは聞いたことある」


アルティシアは小さく息を整えた。


「そのタブランカのアダラ王女が、中央大陸へ向かったそうです」


ミリィが眉を寄せる。

「……強者を求める王女、ですよね」


「はい」


アルティシアは静かに頷く。


「そして、その方が中央大陸で会おうとしている相手も……想像はつきます」


ベルは肩をすくめた。

「まあ……そうなるよね」


モニター越しのマリーナが腕を組む。

「殿下は、それを止めるために来たのですか」


アルティシアは一瞬だけ言葉を選び、そしてはっきり答えた。


「はい」


紫の瞳が、まっすぐベルを見つめる。


「……あの方を、渡すわけにはいきませんから」


ベルはきょとんと目を瞬いた。

「え?」


ミリィも小さく首を傾げる。


アルティシアは少しだけ頬を赤くしながら、それでも凛と背筋を伸ばした。


「私は――あの方に、先に出会っています」


隣でアイザックが静かに咳払いする。


「殿下」


しかしアルティシアは引かなかった。


「ですから、アダラ王女の思い通りにはさせません」


ベルは困ったように頭をかいた。


「えっと……なんか、思ってたより大変な話になってない?」


ミリィが小声で呟く。


「……ベルさん、たぶん“なってます”」


アルティシアは一歩前に出た。


紫の瞳がまっすぐベルを見据える。


「ベル様は私の運命の相手。例え相手が誰であろうとも渡す気はございません!」


きっぱりと言い切り、さらに続ける。


「例え、そのために他国と争うことになろうとも」


部屋の空気が一瞬止まった。


ベルはぽかんと口を開けたまま固まり、ミリィは目を丸くする。


モニター越しのマリーナもわずかに眉を上げた。


沈黙を破ったのは、隣に立っていたアイザックだった。


白髪の紳士はこめかみを押さえ、深く息を吐く。


「殿下」


そして静かに、しかし心底困った声で言った。


「マジでご勘弁を」


ベルはようやく我に返る。


「え、ええと……?」


ミリィが小声でつぶやく。


「……なんだか、話がすごい方向に……」


アイザックは姿勢を正し直し、改めてベルたちに頭を下げた。


「申し訳ございません。殿下は時折、このように……大変情熱的になられるのです」


アルティシアはむっとした顔で振り返る。


「“時折”ではありません。これは真剣なお話です」


「ええ、存じております。ですが国家問題に発展する宣言は、もう少し段階を踏んでいただけると助かります」


ベルは頭をかきながら、まだ状況を飲み込めずにいた。


「えっと……つまり?」


ミリィが小さくため息をついた。


「……ベルさん、たぶん王女様、本気です」


マリーナが画面越しに静かに口を開いた。


「お待ちください。アルティシア殿下」


アルティシアは振り向く。


「なんでしょう、警部」


マリーナはまっすぐ画面越しに視線を向けた。


「私も彼の方――ベルを、他人に渡す気は毛頭ございません」


一瞬、部屋の空気が止まる。


アルティシアは小さく首を傾げ、くすりと微笑んだ。


「あら? 警部がそのようなご冗談を言うなんて珍しい」


マリーナの表情は変わらない。


「冗談ではございません」


その言葉に、アルティシアの紫の瞳がわずかに細くなる。


そして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


「あらあら、それはそれは」


ミリィは隣で固まっていた。


「……え、えっと……」


ベルは頭をかきながら、困ったように二人を見比べる。


「なんか……急に怖い話になってない?」


アイザックは深く目を閉じた。


「……殿下、警部。どうか国家間問題に発展する前に、落ち着いていただけますと大変助かります」


アルティシアはゆっくりとアイザックへ視線を向けた。


「アイザック、わたくしたちは今、とても大切なお話をしています」


アイザックは姿勢を崩さぬまま、静かに答える。


「故に申しております」


「国家間の緊張を高める形での大切なお話は、できればもう少し穏便に進めていただけますと」


アルティシアはふう、と小さく息をついた。


「穏便、ですか」


紫の瞳が再びマリーナへ向く。


「ですが警部も、ずいぶん大胆なお言葉でしたわね」


マリーナは表情を変えない。


「事実を述べただけです」


「まあ」


アルティシアは楽しそうに微笑む。


「それはつまり――私の恋のライバル、ということでしょうか」


ミリィが隣で小さく固まった。


「……ら、ライバル……」


ベルは頭をかき、苦笑する。


「この二人が会えば……そうなっちゃうよね……」


アイザックは静かに天井を仰いだ。


「……本日も平常運転でございますね」


ベルは頭をかきながら、二人を見比べた。


「整理すると今、マリーナさん、アルティシアさん、それにアダラ姫+ビビ……の三つ巴って感じ?」


ミリィは小さく息をつき、こくりと頷く。

「……状況だけ見ると、そうなりますね」


アルティシアは楽しそうに目を細めた。

「ええ、そうとも言えますわね」


マリーナは画面越しに静かに腕を組む。

「私は争うつもりはありません。ただ、譲る気がないだけです」


「まあ」


アルティシアはくすりと笑う。

「それを“争い”と呼ぶのではなくて?」


マリーナは表情を変えない。

「結果がそうなるなら、仕方ありません」


ミリィは横で小さく震えた。

「……なんだか、国家規模の話になってきてます……」


アイザックはこめかみを押さえ、深いため息をつく。


「もう本当に勘弁してほしい」


アルティシアは胸に手を当て、誇らしげに言った。


「ルグレシアは王家の中で唯一、魔王殺しベル・ジット様との友好的関係を発表しております。言うなれば……国をあげて、わたくしとベル様の恋を応援してくれているのですわ」


マリーナは画面越しにわずかに眉を上げた。


「それは随分とまた、ご自分に都合よく曲解されたご様子」


そして腕を組む。


「我々大陸警察も今や魔王殺しベル・ジットを保護対象と公表しています。ある意味、私のために組織が力を入れたと言っても過言ではなく」


アルティシアの紫の瞳が細くなる。


「それは、職権濫用とも呼べるのでは?」


「必要な措置です」


二人の視線がぶつかり、空気がぴりりと張り詰めた。


ミリィは横で小さく縮こまる。

「……すごいことになってきました……」


アイザックは静かに額を押さえた。


「殿下……どうか国家間問題だけは……」


ベルはついに堪えきれず、手をひらひら振った。


「もぅ、あんたらどっちもどっちだよ」


ミリィはおずおずと手を挙げた。


「えっと……マリーナさんと、アルティシア様って……アダラ姫達の、やってることって何が違うんですか?」


その言葉に、マリーナとアルティシアは一瞬だけ黙った。


モニター越しに、互いの目を見る。


しばらくして、二人は同時にふっと笑った。


マリーナが肩をすくめる。


「ミリィには、まだ愛は早い、か」


アルティシアも柔らかく微笑む。


「ミリィもいずれ、恋をすればわかりますわ」


そして二人は同時に言った。


「大切なのは相手の気持ち。つまり愛があるかどうか」


ミリィはしばらく考え込み、ふとベルを見上げた。


「……あるんですか? あの人に」


ベルは少し空を見上げ、ぽりぽりと頬をかく。


「……さぁ」


アルティシアはふと真顔になり、マリーナを見据えた。


「率直に聞きます。警部はベル様のどこに惹かれたのでしょう?」


マリーナは迷いなく答える。


「まず彼から口説かれ、告白されております」


「口説……告……」


アルティシアの声が途中で止まる。


ふらりと身体が揺れ、倒れかけたところをアイザックが素早く支えた。


「殿下」


しかしアイザックは、なぜか顔を背けている。


アルティシアはぐっと姿勢を立て直し、深呼吸した。


マリーナは静かに続ける。


「おや? 殿下はもしや、片思いの段階なのですか?」


アルティシアの紫の瞳がきらりと光った。


「言うではありませんか」


そして胸に手を当て、堂々と言い放つ。


「わたくしは、ベル様に共に歩こうと言われましたわ。つまりはプロポーズ」


部屋の空気が一瞬固まる。


ミリィは目をぱちぱちさせた。


「……プロポーズ……」


ベルは天井を見上げ、ぽりぽりと頬をかく。


「……なんか、話がどんどん大きくなってない?」


アイザックは静かに目を閉じた。


「……本日も平常運転でございます」


モニターの向こうで、マリーナが机に突っ伏して、肩が小刻みに震えている。


「警部! お気を確かに!」


慌てた声でマークスが支える。


マリーナは顔を上げかけて、呟いた。


「プロポー……」


「警部、ほら、落ち着いてください。今度お父様に会わせると……」


その言葉で、マリーナがぴたりと止まる。


そしてゆっくり顔を上げた。


「はっ、そうだ」


姿勢を正し、何事もなかったかのように言う。


「彼は今度、私の父に会ってくれると約束してくれました。また挙式は夏までに行うとも」


部屋が一瞬静まり返る。


アルティシアの笑みが固まった。


「くっ……」


紫の瞳が揺れる。


「そこまで話が……」


ぎゅっと拳を握り、きっぱりと言い切った。


「もはや一刻の猶予もありませんわ」


ミリィが横で固まる。


「……えっと……」


ベルは困ったように頭をかきながら、小さく息をついた。


「……うん、まあ……あの人なら言いそうだよね」


アイザックは静かに空を仰いだ。


「……本日も実に賑やかなことでございます」



「ちなみに私は彼と一緒に寝た事があります。2度ほど」


その言葉に、部屋の空気がぴたりと止まる。


ミリィが目をぱちぱちさせる。

「……え?」


アルティシアの笑顔も固まった。


「それでしたら、初めてベル様をわたくしの部屋に来ていただいた際には、わたくしのベッドの中で『わたくしの初めてをもらえるものならもらいたい』そう言ってくださりました」

「ここにいるアイザックが邪魔したお陰で、未遂に終わった事が残念でなりませんが」


「確かに、ありましたな。そんなことも」


ミリィはおずおずと手を挙げた。


「あの……お二人の話を聞いていて……やっぱり感じるのですが……」


マリーナとアルティシアの視線が同時に向く。


ミリィは少し困った顔で続けた。


「本当にそんな人でいいんですか?」


部屋が一瞬静まり返る。


「私には……とても女性にだらしなく感じるのですが……」


アルティシアとマリーナは、しばらく黙っていた。


やがてアルティシアが小さく笑う。


「まあ……確かに、そう見えるかもしれませんわね」


マリーナも腕を組み、静かに頷く。


「否定はしません」


ミリィはさらに困惑した顔になる。


「えっ……」


アルティシアは楽しそうに肩をすくめた。


「ですが、それでも惹かれてしまうのが恋というものですわ」


マリーナも淡々と続ける。


「それに彼は、誰にでも優しいわけではありません」


アルティシアがふっと笑う。


「そう。だからこそ、面白いのです」


ミリィはベルを見上げた。


「……ベルさんはどう思います?」


ベルは少し考えてから、ぽりぽりと頬をかいた。


「……まあ、あいつらしいとは思うけど」


ミリィと一緒に旅するようになってからはなくなったかど、以前は毎夜毎夜、知らない女性の部屋に泊まっていたようで、朝起きたベルが困惑する毎日だった。そう考えると、ミリィが来てからは、とても健全だったんだなーと思う。


「本当にただ寝てるだけ、みたいだから、逆に余計に謎なんだけど」


アルティシアはふっと微笑み、マリーナを見た。


「マリーナ警部とは、今度ゆっくりお話がしたいと思いますが、いかがでしょう?」


マリーナも画面越しに静かに頷く。


「奇遇ですね。私も今、その話をどう切り出そうかと思案しておりました」


アルティシアは背筋を伸ばし、表情を引き締めた。


「それでは本題に入りますが」


紫の瞳が真っ直ぐモニターを見据える。


「アダラ王女阻止にご協力いただけないでしょうか?」


マリーナは間を置かず答えた。


「こちらこそ」


ミリィは二人を交互に見て、小さく息を吐く。


ベルはぽりぽりと頬をかいた。


「なんか……よくわかんないけど、落ち着いたのかな?」


アイザックは静かに頷く。


「少なくとも、先ほどよりは建設的なお話になったかと存じます」


モニターの向こうで、マークスもほっとしたように肩の力を抜いた。


「いやぁ……本当にどうなることかと……」


しかしアルティシアはふと、いたずらっぽく笑う。


「ただし」


その一言に、空気がわずかに引き締まった。


「協力関係である以上、恋の勝負も公平に行いましょう、警部」


マリーナの口元がわずかに上がる。


「望むところです、殿下」


ミリィは隣で小さく呟いた。


「……落ち着いてませんでした」


「それでは殿下、一つお願いが……」


マリーナがそう言いかけた瞬間、アルティシアは右手をそっと上げてそれを制した。


「アイザック、大陸警察本部に連絡を」


穏やかな声で続ける。


「ルグレシア王家の名において、マリーナ警部の協力要請を取りついでくださいませ」


アイザックは一礼した。


「かしこまりました」


モニター越しに、マリーナが小さく頷く。


「ありがとうございます。それでは後ほど」


アルティシアも優雅に微笑んだ。


「お会いするのを楽しみにしております」


通信が切れる。


部屋がしんと静まり返った。


ミリィがぽつりと呟く。


「……すごい話になってきましたね……」


ベルは椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


「うん……なんか、世界規模の話っぽいのに」


少し間を置いて、苦笑した。


「なんで内容がほとんど恋バトルなんだろう……」


アイザックは静かに咳払いをした。


「……殿下の恋は、時に国家規模になりますので」


アルティシアはくすりと笑った。


「仕方ありませんわ。恋は戦ですもの」


ミリィは小さく肩をすくめた。


「……本当に戦にならないといいんですが……」



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