姫と警部が彼の話ー
マリーナは画面越しに軽く頭を下げる。
「殿下、お久しぶりです」
アルティシアもにこりと微笑み、頭を下げる。
「お久しぶりです。先の聖戦での働き、感謝しています」
マリーナは淡々と答える。
「ハ!ありがとうございます」
ベルは驚きと戸惑いの入り混じった表情で画面を見つめる。
「アルティシアさん、お久しぶりです……。でも、急にどうしたんですか?」
アルティシアは真剣な瞳を向け、言葉を選ぶように答えた。
「今日は、ベル様に直接お伝えしたいことがあって参りました」
ミリィも小さく息を呑む。
「直接……ですか……?」
アイザックは静かにアルティシアの隣に立ち、淡々と説明を添える。
「事は重要です。落ち着いて聞いていただく必要があります」
ベルは深呼吸をひとつし、画面越しのマリーナに小さく頷いた。
「……わかりました。聞きます」
アルティシアは軽く頷き、微笑みを崩さずにベルを見つめた。
「ありがとうございます、ベル様。では、早速ですが……」
部屋の中には、緊張と期待が混ざった独特の空気が漂い始めた。
アルティシアは落ち着いた声で続けた。
「ラグレシアとタブランカ王国は、以前から友好関係にあり、先の聖戦では避難民の受け入れもしていただきました」
ベルは頷く。
「うん、それは聞いたことある」
アルティシアは小さく息を整えた。
「そのタブランカのアダラ王女が、中央大陸へ向かったそうです」
ミリィが眉を寄せる。
「……強者を求める王女、ですよね」
「はい」
アルティシアは静かに頷く。
「そして、その方が中央大陸で会おうとしている相手も……想像はつきます」
ベルは肩をすくめた。
「まあ……そうなるよね」
モニター越しのマリーナが腕を組む。
「殿下は、それを止めるために来たのですか」
アルティシアは一瞬だけ言葉を選び、そしてはっきり答えた。
「はい」
紫の瞳が、まっすぐベルを見つめる。
「……あの方を、渡すわけにはいきませんから」
ベルはきょとんと目を瞬いた。
「え?」
ミリィも小さく首を傾げる。
アルティシアは少しだけ頬を赤くしながら、それでも凛と背筋を伸ばした。
「私は――あの方に、先に出会っています」
隣でアイザックが静かに咳払いする。
「殿下」
しかしアルティシアは引かなかった。
「ですから、アダラ王女の思い通りにはさせません」
ベルは困ったように頭をかいた。
「えっと……なんか、思ってたより大変な話になってない?」
ミリィが小声で呟く。
「……ベルさん、たぶん“なってます”」
アルティシアは一歩前に出た。
紫の瞳がまっすぐベルを見据える。
「ベル様は私の運命の相手。例え相手が誰であろうとも渡す気はございません!」
きっぱりと言い切り、さらに続ける。
「例え、そのために他国と争うことになろうとも」
部屋の空気が一瞬止まった。
ベルはぽかんと口を開けたまま固まり、ミリィは目を丸くする。
モニター越しのマリーナもわずかに眉を上げた。
沈黙を破ったのは、隣に立っていたアイザックだった。
白髪の紳士はこめかみを押さえ、深く息を吐く。
「殿下」
そして静かに、しかし心底困った声で言った。
「マジでご勘弁を」
ベルはようやく我に返る。
「え、ええと……?」
ミリィが小声でつぶやく。
「……なんだか、話がすごい方向に……」
アイザックは姿勢を正し直し、改めてベルたちに頭を下げた。
「申し訳ございません。殿下は時折、このように……大変情熱的になられるのです」
アルティシアはむっとした顔で振り返る。
「“時折”ではありません。これは真剣なお話です」
「ええ、存じております。ですが国家問題に発展する宣言は、もう少し段階を踏んでいただけると助かります」
ベルは頭をかきながら、まだ状況を飲み込めずにいた。
「えっと……つまり?」
ミリィが小さくため息をついた。
「……ベルさん、たぶん王女様、本気です」
マリーナが画面越しに静かに口を開いた。
「お待ちください。アルティシア殿下」
アルティシアは振り向く。
「なんでしょう、警部」
マリーナはまっすぐ画面越しに視線を向けた。
「私も彼の方――ベルを、他人に渡す気は毛頭ございません」
一瞬、部屋の空気が止まる。
アルティシアは小さく首を傾げ、くすりと微笑んだ。
「あら? 警部がそのようなご冗談を言うなんて珍しい」
マリーナの表情は変わらない。
「冗談ではございません」
その言葉に、アルティシアの紫の瞳がわずかに細くなる。
そして、ゆっくりと口元に笑みを浮かべた。
「あらあら、それはそれは」
ミリィは隣で固まっていた。
「……え、えっと……」
ベルは頭をかきながら、困ったように二人を見比べる。
「なんか……急に怖い話になってない?」
アイザックは深く目を閉じた。
「……殿下、警部。どうか国家間問題に発展する前に、落ち着いていただけますと大変助かります」
アルティシアはゆっくりとアイザックへ視線を向けた。
「アイザック、わたくしたちは今、とても大切なお話をしています」
アイザックは姿勢を崩さぬまま、静かに答える。
「故に申しております」
「国家間の緊張を高める形での大切なお話は、できればもう少し穏便に進めていただけますと」
アルティシアはふう、と小さく息をついた。
「穏便、ですか」
紫の瞳が再びマリーナへ向く。
「ですが警部も、ずいぶん大胆なお言葉でしたわね」
マリーナは表情を変えない。
「事実を述べただけです」
「まあ」
アルティシアは楽しそうに微笑む。
「それはつまり――私の恋のライバル、ということでしょうか」
ミリィが隣で小さく固まった。
「……ら、ライバル……」
ベルは頭をかき、苦笑する。
「この二人が会えば……そうなっちゃうよね……」
アイザックは静かに天井を仰いだ。
「……本日も平常運転でございますね」
ベルは頭をかきながら、二人を見比べた。
「整理すると今、マリーナさん、アルティシアさん、それにアダラ姫+ビビ……の三つ巴って感じ?」
ミリィは小さく息をつき、こくりと頷く。
「……状況だけ見ると、そうなりますね」
アルティシアは楽しそうに目を細めた。
「ええ、そうとも言えますわね」
マリーナは画面越しに静かに腕を組む。
「私は争うつもりはありません。ただ、譲る気がないだけです」
「まあ」
アルティシアはくすりと笑う。
「それを“争い”と呼ぶのではなくて?」
マリーナは表情を変えない。
「結果がそうなるなら、仕方ありません」
ミリィは横で小さく震えた。
「……なんだか、国家規模の話になってきてます……」
アイザックはこめかみを押さえ、深いため息をつく。
「もう本当に勘弁してほしい」
アルティシアは胸に手を当て、誇らしげに言った。
「ルグレシアは王家の中で唯一、魔王殺しベル・ジット様との友好的関係を発表しております。言うなれば……国をあげて、わたくしとベル様の恋を応援してくれているのですわ」
マリーナは画面越しにわずかに眉を上げた。
「それは随分とまた、ご自分に都合よく曲解されたご様子」
そして腕を組む。
「我々大陸警察も今や魔王殺しベル・ジットを保護対象と公表しています。ある意味、私のために組織が力を入れたと言っても過言ではなく」
アルティシアの紫の瞳が細くなる。
「それは、職権濫用とも呼べるのでは?」
「必要な措置です」
二人の視線がぶつかり、空気がぴりりと張り詰めた。
ミリィは横で小さく縮こまる。
「……すごいことになってきました……」
アイザックは静かに額を押さえた。
「殿下……どうか国家間問題だけは……」
ベルはついに堪えきれず、手をひらひら振った。
「もぅ、あんたらどっちもどっちだよ」
ミリィはおずおずと手を挙げた。
「えっと……マリーナさんと、アルティシア様って……アダラ姫達の、やってることって何が違うんですか?」
その言葉に、マリーナとアルティシアは一瞬だけ黙った。
モニター越しに、互いの目を見る。
しばらくして、二人は同時にふっと笑った。
マリーナが肩をすくめる。
「ミリィには、まだ愛は早い、か」
アルティシアも柔らかく微笑む。
「ミリィもいずれ、恋をすればわかりますわ」
そして二人は同時に言った。
「大切なのは相手の気持ち。つまり愛があるかどうか」
ミリィはしばらく考え込み、ふとベルを見上げた。
「……あるんですか? あの人に」
ベルは少し空を見上げ、ぽりぽりと頬をかく。
「……さぁ」
アルティシアはふと真顔になり、マリーナを見据えた。
「率直に聞きます。警部はベル様のどこに惹かれたのでしょう?」
マリーナは迷いなく答える。
「まず彼から口説かれ、告白されております」
「口説……告……」
アルティシアの声が途中で止まる。
ふらりと身体が揺れ、倒れかけたところをアイザックが素早く支えた。
「殿下」
しかしアイザックは、なぜか顔を背けている。
アルティシアはぐっと姿勢を立て直し、深呼吸した。
マリーナは静かに続ける。
「おや? 殿下はもしや、片思いの段階なのですか?」
アルティシアの紫の瞳がきらりと光った。
「言うではありませんか」
そして胸に手を当て、堂々と言い放つ。
「わたくしは、ベル様に共に歩こうと言われましたわ。つまりはプロポーズ」
部屋の空気が一瞬固まる。
ミリィは目をぱちぱちさせた。
「……プロポーズ……」
ベルは天井を見上げ、ぽりぽりと頬をかく。
「……なんか、話がどんどん大きくなってない?」
アイザックは静かに目を閉じた。
「……本日も平常運転でございます」
モニターの向こうで、マリーナが机に突っ伏して、肩が小刻みに震えている。
「警部! お気を確かに!」
慌てた声でマークスが支える。
マリーナは顔を上げかけて、呟いた。
「プロポー……」
「警部、ほら、落ち着いてください。今度お父様に会わせると……」
その言葉で、マリーナがぴたりと止まる。
そしてゆっくり顔を上げた。
「はっ、そうだ」
姿勢を正し、何事もなかったかのように言う。
「彼は今度、私の父に会ってくれると約束してくれました。また挙式は夏までに行うとも」
部屋が一瞬静まり返る。
アルティシアの笑みが固まった。
「くっ……」
紫の瞳が揺れる。
「そこまで話が……」
ぎゅっと拳を握り、きっぱりと言い切った。
「もはや一刻の猶予もありませんわ」
ミリィが横で固まる。
「……えっと……」
ベルは困ったように頭をかきながら、小さく息をついた。
「……うん、まあ……あの人なら言いそうだよね」
アイザックは静かに空を仰いだ。
「……本日も実に賑やかなことでございます」
「ちなみに私は彼と一緒に寝た事があります。2度ほど」
その言葉に、部屋の空気がぴたりと止まる。
ミリィが目をぱちぱちさせる。
「……え?」
アルティシアの笑顔も固まった。
「それでしたら、初めてベル様をわたくしの部屋に来ていただいた際には、わたくしのベッドの中で『わたくしの初めてをもらえるものならもらいたい』そう言ってくださりました」
「ここにいるアイザックが邪魔したお陰で、未遂に終わった事が残念でなりませんが」
「確かに、ありましたな。そんなことも」
ミリィはおずおずと手を挙げた。
「あの……お二人の話を聞いていて……やっぱり感じるのですが……」
マリーナとアルティシアの視線が同時に向く。
ミリィは少し困った顔で続けた。
「本当にそんな人でいいんですか?」
部屋が一瞬静まり返る。
「私には……とても女性にだらしなく感じるのですが……」
アルティシアとマリーナは、しばらく黙っていた。
やがてアルティシアが小さく笑う。
「まあ……確かに、そう見えるかもしれませんわね」
マリーナも腕を組み、静かに頷く。
「否定はしません」
ミリィはさらに困惑した顔になる。
「えっ……」
アルティシアは楽しそうに肩をすくめた。
「ですが、それでも惹かれてしまうのが恋というものですわ」
マリーナも淡々と続ける。
「それに彼は、誰にでも優しいわけではありません」
アルティシアがふっと笑う。
「そう。だからこそ、面白いのです」
ミリィはベルを見上げた。
「……ベルさんはどう思います?」
ベルは少し考えてから、ぽりぽりと頬をかいた。
「……まあ、あいつらしいとは思うけど」
ミリィと一緒に旅するようになってからはなくなったかど、以前は毎夜毎夜、知らない女性の部屋に泊まっていたようで、朝起きたベルが困惑する毎日だった。そう考えると、ミリィが来てからは、とても健全だったんだなーと思う。
「本当にただ寝てるだけ、みたいだから、逆に余計に謎なんだけど」
アルティシアはふっと微笑み、マリーナを見た。
「マリーナ警部とは、今度ゆっくりお話がしたいと思いますが、いかがでしょう?」
マリーナも画面越しに静かに頷く。
「奇遇ですね。私も今、その話をどう切り出そうかと思案しておりました」
アルティシアは背筋を伸ばし、表情を引き締めた。
「それでは本題に入りますが」
紫の瞳が真っ直ぐモニターを見据える。
「アダラ王女阻止にご協力いただけないでしょうか?」
マリーナは間を置かず答えた。
「こちらこそ」
ミリィは二人を交互に見て、小さく息を吐く。
ベルはぽりぽりと頬をかいた。
「なんか……よくわかんないけど、落ち着いたのかな?」
アイザックは静かに頷く。
「少なくとも、先ほどよりは建設的なお話になったかと存じます」
モニターの向こうで、マークスもほっとしたように肩の力を抜いた。
「いやぁ……本当にどうなることかと……」
しかしアルティシアはふと、いたずらっぽく笑う。
「ただし」
その一言に、空気がわずかに引き締まった。
「協力関係である以上、恋の勝負も公平に行いましょう、警部」
マリーナの口元がわずかに上がる。
「望むところです、殿下」
ミリィは隣で小さく呟いた。
「……落ち着いてませんでした」
「それでは殿下、一つお願いが……」
マリーナがそう言いかけた瞬間、アルティシアは右手をそっと上げてそれを制した。
「アイザック、大陸警察本部に連絡を」
穏やかな声で続ける。
「ルグレシア王家の名において、マリーナ警部の協力要請を取りついでくださいませ」
アイザックは一礼した。
「かしこまりました」
モニター越しに、マリーナが小さく頷く。
「ありがとうございます。それでは後ほど」
アルティシアも優雅に微笑んだ。
「お会いするのを楽しみにしております」
通信が切れる。
部屋がしんと静まり返った。
ミリィがぽつりと呟く。
「……すごい話になってきましたね……」
ベルは椅子の背にもたれ、天井を見上げる。
「うん……なんか、世界規模の話っぽいのに」
少し間を置いて、苦笑した。
「なんで内容がほとんど恋バトルなんだろう……」
アイザックは静かに咳払いをした。
「……殿下の恋は、時に国家規模になりますので」
アルティシアはくすりと笑った。
「仕方ありませんわ。恋は戦ですもの」
ミリィは小さく肩をすくめた。
「……本当に戦にならないといいんですが……」




