夜ベル様に物申すー
翌朝。
ベルはソファの上で目を覚ました。
固い背もたれのせいで身体のあちこちが軋む。顔をしかめながらゆっくり起き上がり、肩を回した。
「いてて……」
まだぼんやりした頭のまま、部屋を見渡す。
そして、固まった。
部屋は、地獄のような有様だった。
床には脱ぎ散らかされた布や衣服が転がり、昨夜は整っていたはずのベッドの周りもめちゃくちゃだ。
そのベッドの上には——
裸のまま泣いているビビと、
そのビビを指差して腹を抱えて笑っているアダラの姿があった。
「うわぁっ、び、ビビの顔っ……あはははは!」
「や、やめてよぉ……!」
ビビは涙目で身体を隠しながら、必死に抗議している。
ベルはしばらくその光景を眺めてから、ゆっくり口を開いた。
「……何これ」
頭をかきながら、もう一度二人を見る。
「どういう状況?」
アダラは腹を抱えて笑いながら立ち上がると、勢いよく扉を開けた。
「朝メシ食ってくる!」
そう言い残して、ぱたん、と部屋を出ていく。
部屋に残されたのは二人。
寝起きのベルと、ベッドの上で全裸のまま泣き崩れているビビ。
……気まずい。
ベルはしばらく固まったまま立っていたが、恐る恐る口を開く。
「えっと……何があったか聞いてもいい?」
部屋の中を見回して、困った顔で続ける。
「ここ、私の部屋なんだけど……」
ビビはシクシク泣きながら顔を上げた。
「私〜昨日の夜〜男のベルに〜気絶させられて〜」
ベルの動きが止まる。
「待って」
こめかみに指を当てる。
「聞くのちょっと怖い」
ビビは涙を拭きながら続ける。
「聞いてよ〜。アダラが言うには、そのまま抱き上げられて宿に連れてこられて〜……それで〜朝起きたら〜服、着てなくて〜」
ベルは深くため息をついた。
ビビは涙目のまま、へにゃっと笑う。
「私〜……もうお嫁にいけなくなっちゃったかも〜」
ベルは額を押さえながらぼやく。
「……あの人ほんと……毎回なにやってんのよ……」
ベルが額を押さえてため息をついた、その時だった。
コンコン。
部屋の扉が軽く叩かれる。
「ベルさん? 起きてますか?」
ミリィの声だ。
ベルが顔を上げる。
「あ、ミリィ? 起きてるよー」
カチャ。
扉が開いた。
ミリィが小さな体で部屋に入ってくる。
そして――止まった。
ベッドの上。
全裸でシーツをかき集めながら泣いているビビ。
その横で立っているベル。
床には脱ぎ散らかされた布。
部屋の空気が凍る。
ミリィの目が、ゆっくり大きくなる。
「…………」
ベルが手を上げる。
「ミリィ、これ違――」
ミリィがぱっと両手で目を覆った。
「み、見てません! 何も見てません!」
「いや見てるじゃん!」
ベルが思わずツッコむ。
ミリィは顔を真っ赤にしながら、指の隙間からちらちら見ている。
「ご、ごめんなさいベルさん……! その……朝から、その……」
言葉が詰まる。
視線がまたベッドへ向く。
ビビがシーツにくるまりながら泣いている。
「うぅ……お嫁にいけないかも〜……」
ミリィの顔がさらに赤くなる。
「や、やっぱりそういう……!」
「違う違う違う!」
ベルが慌てて両手を振った。
「ほんとに違うから! 私じゃない! 夜のあいつが!」
ミリィがぴたりと止まる。
「……え?」
ベルは頭を抱えた。
放っておくと、ビビはこのままずっとメソメソ泣いていそうだった。
ベルは床に散らばっている布や服を拾い集める。
「とりあえず着てよ」
まとめてビビに渡す。
ビビは「うん……」と小さく頷き、いそいそと服を着始めた。
まず腰の布を巻き、次に胸元へ長い布を持っていく。
くるり、くるりと体に回して――
ベルの目が丸くなる。
「え!? その布、巻いてるだけなの!?」
ビビが手を止めて振り返る。
「……何か〜変?」
ベルは腕を組みながら、少し困った顔をする。
「変っていうか……民族衣装なら何も言えないけど……それ、はだけないの?」
ビビは胸元の布をぎゅっと押さえながら答える。
「よくはだける〜アダラが引っ張るから〜」
ベルは思わずビビの胸元を見る。
豊かな胸を布がぎりぎり支えている。
少し動いたら、すぐにほどけそうだ。
ベルは真顔になった。
「……それは危険だね」
服をきちんと着直したビビは、それでもまだベッドの上でメソメソ泣いている。
その隣では、事情を聞いたミリィが小さな拳を握りしめていた。
「ゆるせません!」
珍しく、ぷりぷりと怒っている。
ベルは少し身を引いた。
「ミ、ミリィさん?」
様子をうかがいながら首をかしげる。
「どうしたの?」
ミリィはむっとした顔で腕を組む。
「前から思っていたんですけど……」
一度、きゅっと唇を結び、はっきり言った。
「夜のベルさんはデリカシーがありません!」
ベルは一瞬ぽかんとして、それから頭をかいた。
「お……おぅ……」
視線を逸らしながら、ぼそりと言う。
「なんか、ゴメン。ほんと」
ベッドの上では、ビビがまだシクシクと泣いている。
ミリィはその背中をぽんぽんと優しく叩きながら、きりっとした顔で言った。
「ビビさん、安心してください。ベルさんにはあとでちゃんと反省してもらいますから」
「それはあいつの方だよね?私じゃない、よね?…」
ベルの小さな抗議は、誰にも聞かれていなかった。
ミリィは腕を組んだまま、まだ少し怒った顔をしている。
「実は私も、昨日からベルさんにはちょっと頭に来ているんです……」
ベルは思わず身を乗り出した。
「夜よね? 夜の方だよね?」
ミリィはきっぱり頷く。
「もちろんです!」
すると、ベッドの上でまだ涙目のビビが顔を上げた。
「な〜に〜? あなたも〜やられちゃったの〜?」
「やられてません!」
ミリィは即座に否定する。
ベルは両手を軽く上げた。
「ちょっと……二人とも落ち着いて……」
しかしミリィは真剣な顔のまま話を続けた。
「私……こないだ皆さんの船を助けに行く時、夜のベルさんに抱き上げられて……」
ベルの目が丸くなる。
「え? 本当に何かあったの? うそでしょ?」
ミリィは少し俯き、小さな声で言った。
「お尻……叩かれました……」
ベルが固まる。
「お尻を……叩かれた?」
「はい……パシッと」
ベルは天井を見上げながら考える。
「あぁーでもそれってー」
言いかけたその時。
「あの魔王殺しは、とんだ女ったらしってことかー」
別の声が遮った。
部屋のドアが開く。
そこには、朝食を終えて戻ってきたアダラが立っていた。
アダラは肩をすくめて言った。
「でもさー、別に尻触られたくらいよくね?」
ミリィがすぐに言い返す。
「触られてません! 叩かれたんです!」
「どっちでも同じだろー? 仕方ねぇって」
アダラは手をひらひらさせながら続ける。
「ビビもいい加減泣くなって!」
ベッドの上のビビを指さす。
「野良犬に噛まれたと思ってさ!」
ビビは涙目のまま顔を上げた。
「魔王殺しな野良犬なんていや〜だ〜」
そう言った途端、またぽろぽろと涙がこぼれる。
「うわぁ〜ん……」
部屋の中に、再びビビの泣き声が響いた。
ベルは困ったように頭をかいた。
「なんか……私じゃないけど、ほんとゴメン」
アダラは気にする様子もなく手を振る。
「気にすんなって! 仕方ないさ」
そしてベッドの上のビビを指さした。
「だって男なんてみんな、尻や胸が好きなんだから。昨日の夜もさ、ビビの胸見せたら、魔王殺しめっちゃ見てたし」
ビビの顔が一瞬で真っ赤になる。
「なんで見せたの〜! や〜め〜て〜よ〜!」
シーツをぎゅっと握りしめて抗議する。
アダラはけろっとしている。
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
ビビは涙目で訴えた。
「へるよ〜……心がすりへるんだよ〜」
またぽろぽろと涙がこぼれる。
ベルは額を押さえながら天井を見上げた。
「……あーもう……」
小さくため息をつく。
「あいつほんと何やってんのよ……」
ミリィは腕を組んだまま、まだむっとしている。
「やっぱり反省してもらわないといけませんね」
ベルはふと顔を上げた。
「……あれ?」
少し考えるようにしてから、アダラを見る。
「でもその話からすると……ビビの服脱がしたの、アダラ?」
アダラはきょとんとして答えた。
「ん? そだよ?」
ベッドの上のビビがびくっと顔を上げる。
「なんで〜! なんで〜ぬがすの〜!?」
涙目のまま訴える。
アダラは悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「えーだってビビ、寝る時いつも裸じゃん?」
ビビがぶんぶん首を振る。
「それは〜男の人が〜いない時でしょ〜?」
涙を拭きながら続ける。
「船の中でも〜男の人が〜いるから〜服着て寝てたでしょ〜?」
アダラは腕を組んで首をかしげた。
「んー……そうだっけ?」
ベルはしばらく二人を見ていたが、やがて深くため息をつく。
「……アダラさぁ」
「ん?」
「ちょっとは考えて行動しようよ」
ベルは少し考えてから、ビビのそばへ歩み寄った。
「じゃーとりあえずはー……」
ぽん、とビビの肩に手を置く。
「とりあえずセーフみたいよ?」
ビビは涙でぐしゃぐしゃの顔のまま首を振った。
「ぜんぜんセーフじゃない〜……」
シーツを握りしめながら訴える。
「裸見られたのはちがいない〜……もぉ〜お嫁にいけないよ〜……」
そのまま、わんわんと泣き出す。
ベルは困った顔でアダラの方を振り向いた。
アダラは腕を組みながら、その様子を見ている。
そして、くくっと笑った。
「ははっ、面白ろ」
「面白くないよ!」
ベルが即座にツッコむ。
ビビはまだ泣き続けている。
ミリィはその背中をさすりながら、小さくため息をついた。
「これは……しばらく泣き止みませんね……」
ベルは天井を見上げた。
「……朝から大変だなぁ、もう」
アダラが腕を組みながら、けろっと言った。
「お嫁にいけないならさ! 魔王殺しの嫁になればよくね?」
その言葉に、部屋の空気が一瞬止まる。
ベルも、ミリィも、ビビも。
三人そろって、ぽかんとアダラを見た。
しばし沈黙。
最初に我に返ったのはベルだった。
深いため息をつき、額に手を当てる。
「……あんた、ちょっと反省しなさいよ」
あきれた声だった。
だが、その横で。
ビビはまだ泣き止みきらない顔のまま、ふと考え込むように視線を動かした。
上を見る。
天井。
下を見る。
自分の膝。
右を見る。
ミリィ。
左を見る。
ベル。
そして、最後にアダラを見る。
数秒の沈黙。
次の瞬間、ビビの顔がぱっと明るくなった。
「それだ〜!」
ビビは涙の跡を残したまま、ぱっと顔を輝かせた。
「アダラ〜たまには〜いいこと言うね〜!」
アダラが鼻を鳴らす。
「だろ? たまには余計だけど」
ベルは二人を見比べて、目をぱちぱちさせた。
「え……いいの? それで」
アダラは肩をすくめる。
「いいも何も」
するとビビが身を乗り出した。
「めっちゃいい〜!」
指を折りながら数え始める。
「顔がいいでしょ〜身体もいいでしょ〜強いでしょ〜めっちゃ強いでしょ〜」
さらに勢いづく。
「しかもあの魔王殺しでしょ〜? 悪い事ない〜」
アダラがふと思い出したように言った。
「金は?」
ベルの方を見る。
ベルは困った顔で、首を横に振った。
アダラは「んー」と少し考え、すぐに手を振った。
「まぁー金は別にいっかぁ。強けりゃどうにでもなるし」
ビビも大きく頷く。
「そーそー!」
目をきらきらさせながら、両手をぎゅっと握った。
「魔王殺しなら〜子供もきっと強いよね〜!」
そして元気よく宣言する。
「よぉ〜し! たくさん産むぞぉ〜!」
ベルは口を半開きにしたまま固まっていた。
ミリィもぽかんとしている。
しばらくして、ベルがようやく声を出した。
「……いや待って」
頭を抱える。
「話、どこまで進んでんのこれ」
ミリィが突然立ち上がった。
「ダ、ダメ!です!」
思わず大きな声が出る。
その場にいた三人が、そろってミリィを見る。
きょとん。
アダラが首をかしげた。
「なんで?」
ミリィは一瞬言葉に詰まるが、それでも必死に言い返す。
「なんでって……だって、女ったらし、です、し……」
アダラはあっさり肩をすくめた。
「いいじゃん。英雄色を好むって言うだろ?」
ベッドの上のビビも、うんうんと頷く。
「そうだよ〜。側室とか〜たくさんいた方が安心だよ〜」
ミリィは顔を赤くしながら、ぶんぶん首を振った。
「そ、それでも、ダメなものはダメ!です!」
きっぱり言い切る。
アダラは口をへの字に曲げた。
「なんだよー。面白いのにー」




