宿屋にてー
ビビを抱いたまま、ベルはアダラを連れて宿へ戻った。
夜もだいぶ更けている。廊下は静まり返り、足音だけが木の床に響く。
ミリィの部屋の前に立ち、ベルが扉を叩く。
コン、コン。
返事はない。
もう一度、少し強めに叩く。
コンコンコン。
やはり反応はない。
「なんだ、もう寝てるのか?」
ベルが肩越しに振り返る。
アダラが腕を組みながら言った。
「どうするんだよ?」
ベルは少し考えてから、あっさりと言う。
「じゃ、まぁ俺の部屋でいいか?」
アダラは肩をすくめた。
「屋根と壁があればどこでもいい」
「んじゃ、決まりだな」
ベルはそのまま廊下を歩き出す。
腕の中では、ビビがまだ気絶したまま静かに眠っている。
夜の宿は静かで、灯りの少ない廊下に三人の影がゆっくり伸びていた。
そうしてベルは、自分の部屋の扉の前に立った。
部屋に入ると、ベルは腕の中のビビをそっとベッドへ寝かせた。
気絶したままの体はぐったりしているが、呼吸は穏やかだ。髪が枕に広がり、微かに胸が上下している。
ベルは一歩下がり、軽く肩を回した。
「お前とこいつはベッドな」
アダラが腕を組みながら首をかしげる。
「ベルはどうするんだ?」
「俺はソファで寝るさ」
部屋の隅にある小さなソファを親指で示すベル。
アダラは不思議そうな顔をする。
「なんだよ、一緒に寝ればいいだろ?」
ベルはベッドをちらりと見てから肩をすくめた。
「さすがに三人は狭いだろ?」
アダラは少し考えてから、ふーん、と鼻を鳴らす。
その横で、ビビは相変わらず静かに眠ったままだった。
戦いの余韻が嘘のように、部屋の中はすっかり静まり返っていた。
ベルはベッドの横に立ったまま、ふとアダラの胸元を指さした。
「ところで、お前らの服ってどうなってんだ?」
指の先にあるのは、アダラの胸に巻かれた布。
アダラは自分の胸元を見下ろして、あっさり答える。
「あーこれかー。単に布を巻いてるだけだな。私らの国じゃ普通かな」
「へぇ……」
ベルが感心したように眺めていると、アダラは「だからー」と言いながら振り返った。
そしてベッドで気絶しているビビの胸元に手をかける。
ぐいっ。
思い切り引っ張る。
するり、と布が抜けた。
アダラは引き抜いた長い布を広げて、得意げにベルへ見せる。
「ほらな?」
ベルは一瞬その布を見てから、ベッドで眠るビビへ視線を移した。
そして、少し間を置いて言う。
「……お前、起きたら怒られるんじゃねぇの?」
アダラはきょとんとした顔で、手に持った布とビビを見比べる。
部屋の中には、静かな寝息だけが聞こえていた。
アダラは肩をすくめながら言った。
「どっちみち脱がさなくちゃだし、いんじゃね?」
ベルが眉をひそめる。
「なんで?」
「ビビは寝る時、服脱ぐから」
そう言いながら、アダラはベッドに横たわるビビの足元にしゃがみ込み、透けた素材でできたゆったりした履き物をぐいっと引っ張る。
布がするすると下がる。
ベルは思わず声を上げた。
「おいおい、俺がいるんだぞ?羞恥心とかねぇのかよ?」
アダラは手を止めず、あっさり答える。
「別に?」
それからちらりとベルを見て、当然のように言った。
「脱ぐのはビビだけだから」
ベルは一瞬ぽかんとした顔になり、それから呆れたように頭をかく。
ベッドの上では、当のビビはまったく気づかないまま、静かな寝息を立てていた。
「じゃー俺は寝るから。後は勝手にやってくれ」
ベルは呆れたように手をひらひら振ると、部屋の隅のソファへ向かった。
どさり、と体を投げ出すように横になる。今日一日の疲れがどっと押し寄せ、背中が沈み込む。
ベッドの方では、アダラがまだビビの服をどうこうしている気配がする。
「おい、静かにしろよ……」
ベルは目を閉じたまま、面倒くさそうにぼそりと言う。
「わかってるって」
アダラの軽い声が返ってくる。
それ以上はもう聞かなかった。
港の夜は静かで、窓の外からは遠く波の音だけがかすかに届く。
ソファの上でベルの呼吸がゆっくりと落ち着き、やがて部屋はすっかり静まり返った。
夜は、ゆっくりと更けていく。




