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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
休憩しましょ。
128/160

私の中の天使と悪魔ー

ベルたちは、アンジュが空へと舞い上がるのを見送ったあと、誰ともなく会議室を後にしていた。

残されたのは、わずかに数人の職員だけ。目の前で起きた出来事は、あまりにも非日常で、言葉にすることができる者は誰もいなかった。


ベルも、マリーナも、同じだった。互いに目を合わせることもなく、ただ静かに椅子を立ち、無言で部屋を出る。


廊下に出ると、どこか張りつめていた空気がゆるみ、肩の力が自然と抜けていくのを感じた。

それは恐怖や緊張の終わりを意味するものではない。だが、同時に――この戦争も、なんとかなるのではないかという、漠然とした安堵感が胸に広がっていた。


ベルはふと、振り返り、会議室に残る数人の背中を見た。誰もが沈黙のまま、しかしどこかほっとした表情を浮かべている。

その光景を目にして、ベルは小さく息を吐いた。戦いはまだ続く。しかし、今、この瞬間だけは――世界は少し、優しくなったように思えた。


廊下を歩きながら、ベルはまだ心の中でアンジュの飛び立った姿を反芻していた。足音だけが静かに響くその中で、背後から声がかかった。


「ベル!」


振り返ると、マリーナが軽く眉を寄せて立っていた。

「これからどうなるか予測ができないが、私は今のうちに仮眠を取る。お前も来い」


ベルは首を横に振る。

「いやー、私はとても眠れる気分じゃなくって……」


しかしマリーナは容赦しない。

「いいから寝るんだ。こういう時には休憩を取るのも仕事のうちだ」


その言葉と同時に、ベルの腕を軽く掴むと、強引に仮眠室の方向へ歩き始める。

「ま、待って! 私は別に……!」


ベルの抗議も虚しく、マリーナの後ろに引きずられる形で、二人は仮眠室へ向かった。廊下の先には、わずかな光の中で待つベッドが並んでいる。

ベルは心の中で、「眠れなくてもいいけど……ここで少し休むしかないか」と、少し諦め混じりに目を閉じた。


仮眠室のドアが閉まると、ベルはベッドの上で体をゴソゴソと動かした。枕を抱え、毛布を巻きつけても、心はまだ落ち着かない。


「……全然眠れそうにないなぁ」

小さな声で呟くベルの頭上で、マリーナはすでにベッドに横たわり、まるで戦場の合間の休息を熟知しているかのように手際よく目を閉じた。


「ベル、あまりモゾモゾするな。寝返りも最低限にしろ」

軽く眉を寄せて注意するマリーナ。


「いや、だって眠れないんだもん……」

ベルは毛布の中で腕を組み、目だけをぱちぱちさせる。


マリーナは小さくため息をつき、手元のブランケットをベルに軽くかける。

「眠れなくてもいい。目を閉じてじっとしていれば、体は休まる。これも立派な休憩だ」


ベルはちょっと不満そうに唇を噛みながらも、仕方なく目を閉じる。しばらくの間、部屋には二人の呼吸だけが響く。


やがて、マリーナの呼吸が深く、安定していくのを感じながら、ベルもなんとなく体の力が抜けていくのを覚えた。

「……ふぅ、なんとかなるかも」

小さく呟いたベルに、マリーナは寝息だけで答えた。


戦場の合間に、二人の静かな時間がゆっくりと流れていく。ベルはまだ完全には眠れなかったが、それでも心は少しだけ落ち着いていた。


「だめだー、眠れない……」

ベルはベッドの上で体をもぞもぞと動かし、毛布を何度も整えてみたが、どれも効果はなかった。

ついに諦めて、思わず身体を起こす。


そのとき、背後に気配を感じた。

振り向くと、いつの間にかマリーナがベルのベッドの端に腰掛けていた。


「眠れないのか?」

マリーナの静かな声に、ベルは軽く頷くしかなかった。


次の瞬間、マリーナは迷いなくベルの布団に入り込んできた。

「えー、ちょ、ちょっと……!」

抗議するベルの声も届かず、マリーナは有無を言わさずベルをそっと抱きしめ、ベッドの上で横になる。


「不安で眠れない時は、こうするとすぐに眠れる」

マリーナは微笑みながら囁いた。

「私も幼き頃、母がよくそうしてくれたんだ」


その言葉に、ベルの胸のざわめきが少しずつ静まっていく。

恐怖や緊張、今日の出来事で高ぶった心のすべてが、マリーナの腕の中でゆっくりと溶けていくようだった。


ベルは目を閉じ、息を整えながら、マリーナの胸に顔を埋めた。


(なにこれ..、おっきなマシュマロみたい...気持ちいい...)


温もりと優しさに包まれ、やがてまどろむように、静かに眠りについた。


そしてその時、ベルの右腕に付けられた腕輪が、静かに音もなく崩れ、塵も残さず消えたのを、誰も知らない。


数刻が過ぎ、マリーナの目がゆっくりと開く。

部屋の中はすっかり暗く、窓の外を見れば、いつの間にか夜の帳が降りていた。


「私としたことが……三時間ほど寝てしまったのか。弛んでいるな」

マリーナは胸に抱いたままのベルの髪を撫でる。


しかし、その指先に妙な違和感が触れた。

視線を下げると――そこにあったのは、艶やかな黒髪ではなく、短く張りのある銀髪だった。


「……?」

マリーナの呼吸が一瞬止まる。抱き上げた相手の感触、柔らかさ、そのすべてが、昼間の少女のベルとは違っている。


胸に抱いたままの存在に視線を落とし、マリーナはゆっくりと、しかし確実にその異変に気づき始めた。

「……これは……」


闇の中で、彼女の胸の中にいる“ベル”の姿は、昼とはまるで別人のように銀色の髪を輝かせ、夜の静寂に違和感を帯びていた。


マリーナは、一瞬の沈黙の中で思考を整理しようとした。

胸に顔を埋め、静かに寝息を立てるその存在――確かに昼の少女ベルではなく、銀髪の少年、ベル・ジットなのだということだけは理解できた。


「……なぜ、ベルがこうなっているのかは分からないが……」

マリーナは小さく眉を寄せ、視線をそっと落とす。


しかし、その先で彼女の心臓が小さく跳ねた。

(……しかし、そんな理屈よりもこれは……!)


体は少年になっているとはいえ、無防備に胸に顔を埋めて寝息を立てるベルの姿に、マリーナは思わず唇を噛んだ。

(……こ、これは……状況的に……!)


「噂に聞く..夜這い、か?」


目の前で起きていることの理解は追いつかずとも、マリーナの心は騒ぎ、ほのかな動揺と戸惑いが胸の奥に広がった。

その瞬間、部屋の暗闇の中で、二人の間に微妙で静かな緊張が漂った。


マリーナは、自分の胸に顔を埋めているベルを見下ろし、心の中で呟いた。

(この状況であれば、何が起きても――同意したも同然……そう考えて間違いはあるまい)


その決意とともに、マリーナは小さく息を整えた。

「……そういうことであれば――」


言葉を終えると同時に、両手でベルの頭を優しく包み込み、思わず力いっぱい抱きしめる。

ベルはその突然の圧力に、わずかに体をよじらせ、苦しそうな声を漏らした。


「む、んっ……!」


マリーナはその声を耳にしながらも、少し微笑んで抱きしめを緩めず、胸の中でベルを安定させる。

(……すまない。でも、自分でも我慢できないのだ...)


ベルはマリーナに抱きしめられ、思わず体をよじった。

「むーっ……苦しい...」


それでも、腕の中の温もりと安心感が心を満たし、徐々に力が抜けていく。

「……でも、まあ……なんだか落ち着くかも……」

小さな呟きとともに、ベルの呼吸がゆっくりと整い始めた。


マリーナは微笑みながら、抱きしめを少し緩め、ベルの頭をそっと自分の胸に預ける。

「……ふふ、落ち着いて眠れるようになったか」


ベルは静かに寝息を立てる。

その寝顔を見下ろしながら、マリーナは心の中で小さく安堵した。


闇の中、二人の間には穏やかで、ほんのり温かい空気だけが静かに流れていた。


胸の中で眠るベルを抱きながら、マリーナは小さく唇を噛んだ。

理性――天使の声がかすかに囁く。


(天使/理性)

“警部として冷静で……行き過ぎてはいけない……”


しかし本能――悪魔のささやきが胸を支配する。

(悪魔/本能)

“暖かくて、柔らかくて……ずっと抱きしめていたい……!”


マリーナは眉をひそめ、思わず小声で呟いた。

「くっ……私の中の天使と悪魔が戦っている……」


腕の力を少し緩めるべきか、それとも抱きしめを維持すべきか、思考がせめぎ合う。

「……頑張れ、私のエンジェル……!」


だが悪魔の誘惑は手強い。マリーナは胸の奥で戦いながら、思わず声を上げた。

「くっ……悪魔め……なんと手強い……ダメだ……!」


本能の力が理性を圧倒し、腕は自然にベルをぎゅっと抱きしめる形に。理性のかすかな声はもはや聞こえず、心の8割を支配する悪魔の声に従ってしまった。


胸の中で微かに寝返りを打つベルの寝息を聞きながら、マリーナは小さく息を吐いた。

「……でも……いい……これくらい……」


暗闇の中、二人の間には不思議な温もりが漂い、理性と本能の戦いはまだ続きながらも、マリーナは少しだけ自分を許した。


胸の中で眠る夜ベルを抱きしめながら、マリーナは心の奥で囁き声を聞いた。



(悪魔/本能)

“少しだけ……触れたい……その感触をもっと近くで確かめたい……あわよくば、服の中に手を入れたい。


理性――天使の声がかすかに響く。

“ダメだ、警部として……それは許されない……”


マリーナは小さく眉をひそめ、心の中で葛藤する。

「……悪魔め……悪魔....めぇ……!」


胸の中で穏やかに寝息を立てるベルの存在は、理性の声を押しのける。

本能は強く、暖かく柔らかなその感触に惹かれ、理性はわずかに抵抗するだけだった。


マリーナは小さく息を吐き、少し腕を抱きしめる角度を変え、ぎゅっとベルを守るように体を密着させる。

“これ以上は……いや、いや……”

理性の声と本能の衝動がせめぎ合い、心臓はドキドキと早鐘を打った。


闇の中、二人の間には不思議な緊張と温かさだけが漂う。

理性はまだ抵抗しているが、本能の誘惑は圧倒的で、マリーナは息を整えつつもその胸のぬくもりに身を委ねるしかなかった。


マリーナは小さく息を吐き、思わず手をぎゅっと動かす。抱きしめ方を変え、体の角度を微妙に調整する。

「くっ……もうダメだ……こうなったら……!」


マリーナがいそいそとシャツを脱ぎ出す。

「脱がすのはさすがに問題だろうが...私が脱ぐ分には合法!!」


心の中で声が弾ける。

“これは私の意志じゃない……悪魔のせいだ……!”


理性はわずかに抵抗しつつも、腕は自然とベルの体を包み込み、胸の温もりを感じたままになった。

心臓は早鐘のように打ち、呼吸も少し乱れる。けれど、マリーナはそのドキドキを必死に笑い飛ばすように、胸の中で小さく呟いた。


「……ふ、ふふ……これくらいなら、許されるはず…」


闇の中、二人の間には不思議な温かさと緊張感が漂い、理性と本能の戦いはまだ続いていた。

だがマリーナは、少なくとも今はこの瞬間だけ、心の中の悪魔に少しだけ負けてもいい、と自分に言い聞かせていた。



翌朝、ベルが目を覚ますと、最初に目に入ったのは――


シャツを脱いだまま、自分を抱きしめて眠っているマリーナの姿だった。


「……何これ……どういう状況?」

ベルは思わず呟き、ベッドの上で固まる。


夜、マリーナに抱きしめられて眠ったことは覚えている。

でも、夜の間に何があったのか――どうして自分がここにいるのか――頭の中には何も思い出せない。


「……うーん、夢……じゃないよな?」

少女ベルは寝ぼけたように目をぱちぱちさせながら、そっと体をずらして距離を取ろうとする。


朝の柔らかな光が窓から差し込み、静かな部屋の中には、奇妙な温かさと微妙な緊張感が漂っていた。

胸の高鳴りは、夜の記憶がなくても、確かに今の状況がベルの心をざわつかせていた。


ベルはゆっくりと目を開け、頭の中でふと気づいた。


「え……記憶が……ない?」


少し前まで当たり前だった感覚――夜には記憶を失う感覚。――その感覚が、ここしばらくは普通に夢を見ていたのに。つまりーと、ベルははっとする。


ふと右手を見ると、あの腕輪はもうそこにはなかった。


「……アンジュ……ありがとう……」


全てを察したベルの胸の奥に、喜びと安堵、そして切なさが一気に押し寄せる。

涙が溢れ、笑いがこみ上げる。少女ベルは思わず声を震わせながら、隣で静かに眠っているマリーナに抱きついた。


「……おかえりなさい……」


泣き笑いのまま、ベルは安心と感謝の気持ちを胸いっぱいに抱え、マリーナの胸の中で、しばらくそのまま静かに眠った。


「ベ..ベル...い.,.いけない..私は警部でお前は...あ、問題ないな。大丈夫だ、来い」


マリーナはとても良い夢を見た。

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