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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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其は炎神の娘なりー

少年ベルの指先。


そこにいるのは――アンジュ。


会議室にいた全員の視線が、一斉にその方向へ向いた。


そして。


次の瞬間、全員が同時に否定した。


少女ベルが眉をひそめる。


「あんた……こんな時にやめてよ」


マリーナも呆れたように肩をすくめた。


「そうだぞ。冗談は二人の時だけにしてくれ」


マークスは深いため息をつく。


「はぁ……こんなことをしている場合ではないのに」


リックが腕を組んで首を振る。


「リーダーにはちょっと……」


バロムも短く言った。


「さすがに無理」


その間。


アンジュだけは何も言わなかった。


ただ、じっと光の中の少年ベルを見つめていた。


少年ベルは、じっとアンジュを見つめたまま言う。


「お前はどうなんだよ?」


少し顎をしゃくる。


「炎神の娘なんだろ?」


アンジュは一瞬だけ視線を伏せた。


「……当然ですわ」


すぐに顔を上げる。


「私こそはこの世界に唯一の神子。炎神の娘ですもの」


胸を張る。


だが。


続く言葉は、少しだけ弱かった。


「……でも」


視線が揺れる。


「さすがに……十万は……」


言葉が途切れた。


幼い頃から、毎日のように言われ続けてきた言葉。


――あなたは炎神の娘。

――この世界でただ一人の神子。


それはずっと、絶対の自信だった。


けれど。


炎は出せる。


だが、熱がない。


見た目は派手でも、ただそれだけ。


身体は重く、自分の思った通りには動かない。


想像した通りの力にならない。


いつもどこかで感じる――理想と現実のズレ。


それでも。


幼い頃から教会では特記戦力として扱われ、敬われてきた。

今では特務執行官という地位もある。


それが、自分の誇りだった。


絶対の自信だった。


――だが。


最近、それが揺らいでいた。


神殿の陽光師団長。


あの男に言われた言葉が、ずっと胸に引っかかっている。


自分は――


本当は――。



少女ベルがそっと口を挟んだ。


「あんまり追い詰めちゃ……かわいそうだよ」


マリーナも腕を組みながら頷く。


「そうだぞ。こいつはそれなりに扱うくらいでいいんだ」


マークスも苦笑する。


「まぁ、ほどほどにしないと」


珍しく言葉を濁すアンジュを見て、

リックとバロムが顔を見合わせた。


そして二人は一歩前に出る。


「リーダー、どうしたんですか」


リックがまっすぐ言う。


「貴女らしくもない」


横でバロムも静かに頷いた。


アンジュは二人を見て、少し慌てたように言う。


「リック、バロム……で、でも……」


だがリックはすぐに言葉を被せた。


「でも、じゃありませんよ」


一歩、さらに近づく。


「我ら教会が誇る特記戦力たる貴女は、一体どこへ行ってしまったんですか?」


その声は真剣だった。


「我々教会の皆が、貴女を信じています」


バロムが短く言う。


「自分を信じて」


リックが力強く続けた。


「さぁ。いつもの貴女を見せてください」


その言葉に、アンジュの瞳がじわりと潤んだ。


少し俯き、ぽつりと呟く。


「でも……」


顔を上げる。


「こないだ裏で、みんなが“痛い子”って笑ってるって言ってましたわ」


一瞬の沈黙。


そしてリックは真顔で答えた。


「痛い子なのは間違いないので」


アンジュが跳ねる。


「なんでですの!?」


少年ベルが、面白そうに口の端を上げた。


「なんだよ?」


腕を組んだまま、アンジュを見る。


「炎神の娘なんて、嘘なのか?」


その瞬間。


アンジュの顔が真っ赤になった。


「お黙りなさっ……」


勢いよく言い返そうとして――


「……ガブっ」


思いきり舌を噛んだ。


「いっ……!」


口を押さえて悶える。


会議室の空気が一瞬だけ微妙になる。


だがアンジュはすぐに顔を上げた。


深く息を吸う。


そして――


胸を張った。


「嘘なんかではありませんわ!」


声が響く。


「私は――」


一歩前に出る。


「私こそはこの世界唯一の神子!」


両足を大きく開き。


両手を大袈裟に広げる。


まるで舞台の上の役者のようなポーズ。


「炎神の娘!」


さらに声を張り上げる。


「ウィル・アンジェリース・フィン・フランヴェルジュ・アインツバーグにして!」


会議室の全員が静かに見守る中。


アンジュは堂々と言い切った。


「教会特記戦力!特務執行官!執行部隊特別隊長――アンジュ!」


そして最後に、くるりと髪を払って。


胸を張る。


「花も恥じらう可憐な乙女ですわ!」


少年ベルが、ゆっくりと口を開いた。


「だったらさ、アンジュ」


その瞬間。


アンジュは見た。


光の中に映る少年を。


目の前にいるその少年は――


かつて、自分の目の前で魔王と死闘を繰り広げた男。


あの『魔王殺し』。


誰も成し得なかった偉業を成し遂げた少年。


史上初。


姫神の力を借りたとはいえ、魔王を滅ぼした存在。


その少年が――今。


ゆっくりと頭を下げた。


「頼む」


低く、静かな声。


「俺たちを助けてくれ」


いつもの軽い調子は、どこにもない。


真剣な顔。


真っ直ぐな声。


その姿を見た瞬間。


アンジュの背筋が――ぞくり、と震えた。


その光景に――


その場にいた全員が、息を呑んだ。


確かにあの少年は、悪いことをしたと思えば素直に頭を下げる男ではあった。


頼みごとをする時に、そうしたこともあったかもしれない。


だが――


戦いを、誰かに委ねたことはない。


一度も。


いつでも。


誰よりも早く、真っ先に。


たとえ遅れても、必ず。


自分の足で戦場に立ち、自分の手で戦ってきた。


あの少年が。


『魔王殺し』が。


今。


頭を下げている。


そして――


戦ってくれと、願っている。


アンジュの唇が、ゆっくりと開いた。


「これは……震えますわ」


光の中の少年を見つめたまま、呟く。


「本気で、わたくしに頼んでいますの?」


少年ベルは迷いなく答えた。


「そうだ。お前に頼んでいる」


アンジュの指先が、わずかに震える。


「わたくしに、ですわね?」


「そうだ。お前にだ」


「本気で?」


「本気だ」


アンジュの瞳が揺れる。


「後悔しませんか?」


「後悔なんてするはずがねぇ」


「わたくしでよいのですか?」


「お前がいいんだ」


アンジュは小さく息を吐いた。


「わたくし……いつも失敗ばかりですのよ?」


少年ベルは少し笑った。


「今日のお前は失敗しないさ」


その言葉に、アンジュの肩がわずかに震えた。


「あなたが、わたくしに願うのですね?」


「俺と、みんなと、世界がお前に願うんだ」



「もう一度聞きます」


ゆっくりと目を閉じる。


深く、息を吸う。


そして――


静かに、問いかけた。


「わたくしに願うのですね?」


少年ベルはまっすぐ答える。


「あぁ」


一拍。


「『魔王殺し』がお前に願っている」


――瞬間。


空気が、震えた。


アンジュはゆっくりと目を開いた。


その瞳には、先ほどまでの迷いはもうない。


「リック!」


「バロム!」


呼ばれた二人は即座に背筋を伸ばし、アンジュの後ろへ整列した。


アンジュはくるりと背を向ける。


「わたくし――ちょっと行ってきます」


そう言うと、マントを翻した。


そのまま迷いなく、会議室の扉へ向かう。


「ちょっ、ちょっと!」


少女ベルが慌てて声を上げた。


マリーナも立ち上がる。


「おい、どこへ行く気だ!?」


だがその瞬間。


光の中から、少年ベルの声が飛んだ。


「いいからいいから」


その一言で。


動こうとしていた全員の足が、ぴたりと止まる。


扉が開く。


アンジュは振り返らない。


そのまま会議室を出ていった。


廊下を抜け。


建物の外へ。


太陽は隠れ、鉛色の雲が広がる空。


風がマントを揺らす。


アンジュは足を止めた。


そして――


ゆっくりと。


天を仰いだ。


どんよりと黒く曇った空に向けて


アンジュは大きく息を吸った。


そして――


両手を大きく、高く広げる。


空へ向かって。


胸を張り、天を仰ぐ。


マントが風に大きくはためいた。


次の瞬間。


声が、空へ突き抜けた。


「お父様!」


静まり返った空へ、真っ直ぐに届く声。


「あなたの子!」


「この炎神の子――!」


胸を張り、名乗りを上げる。


「ウィル・アンジェリース・フィン・フランヴェルジュ・アインツバーグがここに願いますわ!」


その声は、震えていない。


むしろ、今までで一番強かった。


アンジュは拳を握る。


「今こそ!」


空を睨み上げる。


「今こそ条件は整いました!」


言い切る。


「そう確信しましたわ!」


胸に手を当てる。


「世界中の皆の!」


「この、わたくしへの願い!」


そして――


静かに、しかし確かに言った。


「想い!」


「確かにこの胸に届きましたわ!」


今まで。


何度も、こうしてきた。


空に向かって叫び。

名を名乗り。

願いを届ける。


けれど――


一度として、何も起きたことはなかった。


空はいつも静かで。

風が吹くだけで。


何も返ってこなかった。


だが。


今日は違う。


今は――違う。


理由は説明できない。


それでも。


胸の奥に、確かな感覚があった。


――今だ。


アンジュは空を見上げたまま、声を張り上げる。


「お父様!」


「来たるべき時は今こそ!」


「ここに!」


拳を握る。


「わたくしに――」


言い切るよりも早く。


カチリ。


乾いた音が響いた。


アンジュの背中。


いつも背負っている巨大な大剣。


その柄元に取り付けられていた――封印鍵。


それが、ひとりでに開いた。


カチリ、と。


封印鍵が外れた瞬間。


アンジュの背中の大剣が、低く唸るような音を立てた。


次の瞬間――


溢れ出した。


神気。


圧倒的な気配が、アンジュの全身から噴き出す。


空気が震える。


大地が、低く唸った。


風が巻き起こる。


建物の壁が軋み、窓が激しく鳴る。


まるで嵐の中心に立っているかのような圧。


アンジュを中心に、見えない力の波が広がっていく。


大地を揺らし。


空を震わせ。


今にも建物ごと吹き飛ばされそうなほどの圧力。


その気配に――


会議室の窓から様子を見守っていた全員が、息を呑んだ。


マリーナの目が見開かれる。


マークスが思わず一歩後ろに下がる。


アンジュの仲間たちも、言葉を失う。


そして。


建物の中にいるであろう者たちも。


その異常な気配に気付き。


ざわめきが、広がっていった。


会議室の窓越しに、全員がその光景を見ていた。


渦巻く神気。


揺れる大地。


空気を押し潰すような圧。


その中心に立つアンジュを見ながら、少年ベルが口を開く。


「こいつぁすげぇ」


少し身を乗り出し、笑う。


「想像以上だぜ」


その声はどこか楽しそうだった。


隣で浮かんでいるアカリも、くすりと微笑む。


「主様が楽しそうなら、私も楽しいです♪」


ふわりと髪を揺らしながら、にこにこと笑う。


少女ベルは少しだけ呆れたように、少年ベルを見た。


「……知ってたの? このこと」


少年ベルは肩をすくめる。


「知ってるも何も」


窓の外を顎で指した。


「あいつがいつも言ってたじゃねぇか」


少女ベルが、はっとする。


「あ……」


そうだ。


アンジュは、ずっと言っていた。


自分は炎神の娘だと。


神剣を持つ者だと。


この世界で唯一の神子だと。


皆は半分冗談のように聞いていた。


けれど――


彼だけは違った。


彼は疑わない。


仲間を。


家族を。


彼はいつでも、信じている。


少女ベルは小さく笑った。


「ほんっと、かなわないなぁ……」


少年ベルが振り向く。


「あん?なんか言ったか?」


少女ベルはすぐに首を振る。


「なんでもなーい」


その瞬間。


少年ベルの姿が、ゆらりと歪んだ。


光が揺らぐ。


アカリが穏やかな声で言う。


「主様、そろそろですよ」


少年ベルが「あー」と気の抜けた声を出す。


「お、もう時間か」


そして。


少年はゆっくりと、会議室を見渡した。


ベル。


マリーナ。


マークス。


アンジュの仲間たち。


そして、その場にいる全員。


ニヤリと笑う。


「あとはあいつがなんとかすっから」


軽く手を振った。


「またな!」


その言葉と同時に。


少年の姿が、光の中へ溶けていく。


消えた。


そして。


残っていたアカリも、ふわりと浮かびながら手を振る。


「それでは、またです♪」


ひらひらと手のひらを振り。


ニコニコとした笑顔を残して。


その姿は霞のように薄れ――


やがて静かに、消えた。


アンジュは背中へ手を回した。


巨大な大剣の柄を、強く握る。


そして――


一気に引き抜いた。


瞬間。


業火が噴き上がった。


紅蓮の炎。


それはまるで生き物のようにうねり、アンジュの全身を包み込む。


燃え盛る炎。


だが――


熱はない。


ただ、眩いほどの光。


そして空気を震わせる轟音。


炎と光が渦巻き、アンジュの周囲で暴れ回る。


マントが大きく翻る。


髪が空へなびく。


アンジュはそのまま、静かに空を見上げた。


「ありがとうございます」


小さく微笑む。


「パパ」


次の瞬間。


アンジュの足が地面を蹴った。


――跳んだ。


いや。


飛んだ。


爆発的な推進力。


炎が翼のように広がる。


空気が弾ける。


アンジュの身体は一瞬で空へ駆け上がった。


音速を超える勢いで。


紅蓮の軌跡を空に残しながら。


そのまま――


遥か彼方へと飛び去る。


そして。


一拍遅れて。


ドォォォンッ――!!


凄まじい轟音が、大地を震わせながら響き渡った。



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