反撃の切り札ー
突然現れた光の少女。
そして、その髪に映し出された――
『魔王殺し』の姿。
さらに、それを見た瞬間、泣き崩れたマリーナ。
あまりに情報量が多すぎて、その場にいた全員が状況を処理できないまま固まっていた。
誰も何も言えない。
会議室には、微妙な沈黙だけが漂う。
やがて。
マリーナが一度、大きく息を整えた。
「……取り乱してすまない」
涙の跡を手の甲で拭いながら言う。
「見っともないところを見せてしまったな」
そう言いながら――
マリーナは、少年ベルを映し出しているアカリの腰元にしがみついていた。
ぎゅうっと抱きついたまま、離れない。
アカリは相変わらずにこにこと穏やかな笑顔のまま立っている。
マークスが小さく咳払いした。
「……警部」
マリーナは顔だけ向ける。
「今も見せ続けてます」
ぴしり、と空気が止まった。
その横でアンジュがため息をつく。
「本当に……」
呆れたように肩をすくめる。
「魔王殺しのことになると、ポンコツになりますわね」
光の中で腕を組みながら、少年ベルが苦笑した。
「マリーナは相変わらずだな」
その言葉に、マリーナは涙の跡を残した顔のまま、ふっと鼻を鳴らす。
「あいかわらず、なんだ?」
腕はしっかりとアカリの腰に回したまま、視線だけを上げる。
「褒めるなら褒めろ。甘んじて受けよう」
その様子に、マークスが頭を抱えながら近づいた。
「警部、さすがにその……」
そっとマリーナの腕を外そうとする。
「そろそろ離していただけませんか」
だが。
びくともしない。
マリーナの指は、がっちりとアカリの服を掴んだままだった。
「警部……」
もう一度試みる。
それでも離れない。
むしろ、さっきより力が強くなった気がする。
アカリは相変わらずにこにこしている。
バロム、リック、アンジュ。
そして少女ベル。
三馬鹿も含め、周囲の全員がなんとも言えない顔でその光景を見守るしかなかった。
しばらく格闘したあと。
マークスはついに力を抜いた。
「……はぁ」
小さくため息をつく。
その頃にはもう、半ば諦めかけていた。
そのタイミングで。
光の中の少年ベルが、ぽつりと口を開いた。
光の中で、少年ベルは少しだけ視線を落とした。
「俺は今回、何もできねぇ」
静かな声だった。
「詳しいことは言えねぇけど。悪いな。俺が原因なのによ」
その言葉に、会議室の空気が重く沈む。
誰もがうつむいた。
しばらくの沈黙のあと。
少年ベルが肩をすくめる。
「で、ぶっちゃけどうなんだよ?」
軽い調子で続けた。
「なんとかなりそうなのか?」
その問いに答えたのは――
アカリに抱きついたままのマリーナだった。
「勝てないだろうな」
即答だった。
迷いは一切ない。
「神殿は、この機会に大陸全土を掌握するつもりだろう」
マリーナは淡々と続ける。
「こんなに大規模な侵略、一長一短でできるものではない」
横からマークスが補足した。
「おそらく、何年も前からの計画かと」
マリーナは小さく頷く。
「だが、勝てないからと言って戦わないわけにもいくまい」
その言葉に、少年ベルが眉をひそめた。
「玉砕する気か?」
そして、少し呆れたように言う。
「そんなのつまんねーぞ」
マリーナは鼻で笑った。
「馬鹿を言うな」
「我々の誰もが、最後の一人になるまで戦うつもりでいるだろうが、意地のためだけに命をかけるわけではない」
そして静かに続ける。
「すでに準備を始めているが、この大陸から民衆だけは避難させる計画がある」
会議室の空気がわずかに動く。
「西の大陸国家が受け入れてくれる話になっている」
少年ベルはしばらく黙って話を聞いていた。
そして、ぽつりと呟く。
「この大陸を捨てるのか」
その言葉に、マリーナは静かに頷いた。
「仕方あるまい」
淡々とした声だった。
「神殿は異教徒を許さない。侵略の先にあるのは――虐殺だ」
会議室の空気が重く沈む。
「一人の例外もなく、だ」
しばらく沈黙が落ちたあと、マリーナは続けた。
「なればこそ、今は他大陸に逃げてでも未来に繋げるべきだ、とな」
そこで少しだけ口元を緩める。
「かのアルティシア殿下の提言によるものだ」
光の中で、少年ベルが小さく鼻を鳴らした。
「それはそれで、あいつらしいな」
光の中で、少年ベルはふっと笑った。
「俺に、とっておきの切り札があると言ったら――乗るか?」
その一言で、会議室の空気が一変する。
ざわり、と全員の視線が光の中の少年へ集まった。
アカリに抱きついたままだったマリーナも、さすがにその言葉には反応した。
ゆっくりと手を離し、立ち上がる。
真っ直ぐに少年ベルを見据える。
「こんな時に冗談を言うお前ではあるまい」
低く、静かな声。
「聞かせてくれ」
横で少女ベルが身を乗り出した。
「本当に!?なんとかなるの!?」
少年ベルは肩をすくめる。
「なんとかしてぇんだろ?」
その軽い言い方に、アンジュが腕を組んで眉をひそめた。
「そんな都合の良い切り札なんて……本当にありますの?」
その問いに。
少年ベルは、あっさり答えた。
「あるよ」
マリーナは腕を組み、じっと光の中の少年を見つめた。
「二人の時に焦らされるのは、それはそれで堪らなくもないが――」
アンジュがすかさず眉をひそめる。
「何言ってますの」
マリーナは軽く咳払いした。
「時間がない。もったいぶらずに教えてくれ」
横から少女ベルが身を乗り出す。
「やっぱり、私が姫神の力を使っても死なない方法があるの!?」
少年ベルはあっさり首を振った。
「いや、死ぬって。絶対に」
少女ベルの肩が落ちる。
「あうっ……」
マークスが腕を組み、冷静な声で言った。
「にわかには信じられませんね」
その隣でリックとバロムも頷く。
アンジュはふっと鼻で笑った。
「本当はそんなものないなら、今すぐ謝れば許してさしあげましてよ?」
その瞬間。
少年ベルが顔をしかめた。
「あーもうっ、うっせぇなぁ!」
思いきり叫ぶ。
「ほんっと人の話聞かねぇやつばっかりだぜ!」
その言葉に。
会議室の全員が、同時に同じことを思った。
(お前にだけは言われたくない)
しかし誰も口には出さない。
少年ベルは一度大きく息を吐くと、腕を伸ばして指差した。
「とっておきの切り札――」
その指の先。
「それは――」
ぴたりと止まる。
「お前だ。アンジュ」
アンジュは自分を指差されたまま、きょとんとした。




