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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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アカリ顕現するー

影が揺らめき、ざわめくような気配がベルの周囲を包む。


黒く深い闇の中から、ゆっくりと――まるで夜そのものが形を取るように――細身の女性が現れた。長く艶やかな黒髪が足元まで垂れ、白い肌が月明かりのように淡く光る。静かに、しかし確かな存在感で、影の中から抜け出したその姿は、言葉を発しなくとも世界の空気を変えるほどだった。


ベルは息を呑む。そこに立つのは――闇の姫神、ミカゲ。目を細めると、気だるげな瞳がこちらを見据えている。抑揚のないその視線の奥に、ベルの願いを受け止める強さが秘められていた。


ベルの目から涙が溢れた。久しぶりに流れる、嬉しい涙だった。


「ミカゲ…出てきて…くれたのね。ありがとう」


ミカゲは静かに、気だるげな声で応える。


「貴女のためではありません。ただ、我が愛しの主様のためならば――」


その言葉に、影の姫神らしい冷たさと、どこか重く深い愛情が滲んでいた。ベルは胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。


ミカゲはゆるやかに首を傾げ、気だるげに声を落とす。


「貴女は知らないでしょうけど…主様は眠っている間、ずっと私の元にいるのです。だからそう、今までも、ずっと私の胸の中で眠っていた。私にとって、それはそれはとても幸せな時間――幸せの極み。だから私は、今のままで良いのです」


ベルは目を丸くし、ぽつりと漏らす。


「なにそれ…私も眠っている時は、そうなの…?」


ミカゲは少し間を置き、淡々と答えた。


「貴女は…その辺りに転がってるんじゃありませんか?知りませんけど」


ベルは思わず吹き出しそうになり、涙と笑いが交じったような表情でミカゲを見る。


ベルの胸に、久しぶりの熱い希望が戻る。


「彼は――ちゃんと、いるんだ」


小さく息をつき、ベルは願いを紡ぐ。


「ミカゲ、なんとかあいつ…彼と話がしたいの、なんとかできない?」


ミカゲは気だるげに首を傾げ、ゆっくりとした口調で答える。


「…それは、誰のためですか?」


ベルは迷わず答えた。


「私とみんなのため、そしてもちろん、彼のためだから」


その言葉には、抑えきれない熱が籠められていた。ミカゲは一瞬、目を伏せて逡巡する。やがて顕現した身体をゆっくりと影の中へ引き戻す。


ベル「あ、あれ…?ミカゲ…ミカゲさん…?」


その瞬間、顕現していたはずのミカゲが、するすると影の中へ滑り込むように戻った。ベルは慌てて手を伸ばすが、もう届かない。胸の奥でざわりとした不安が膨らむ。


影の奥から、あの気だるげな声が響いた。


「慌てずとも、その願い。私が応えてさしあげましょう」


その声は、冷たくもあり、優しくもあり、ベルの胸に静かな安堵を落とす。肩の力が少し抜ける。息が、少しだけ、落ち着いた。


だが、その影の中からさらに声が続く。低く、確信に満ちた響き。


「アカリ…あの子に声をかけて。同じ様に願いなさい。話はついてます」


ベルは影の中の存在を見つめながら、小さく息をつき、心の中で決意を固めた。


「わかった…やってみる…」


影の気配が、静かに、そして確かに、ベルを包む。


ベルは再び両手の指輪に視線を落とす。

その指先には、淡く光を帯びる10の指輪。


「アカリ…お願い。彼と話がしたいの。私と、みんなと、彼のために…」


声に力を込め、心の底から願う。


すると、わずかに指輪が震えた。

小さな振動が手のひらを伝い、ベルの胸に温かく広がる。


「…うん、わかってくれたんだ」

ベルの唇から、小さく、しかし確かな笑みがこぼれた。

心の奥で、希望の火がゆっくりと灯り始める。


ベルの手のひらの指輪が、かすかに震えた。

淡い光が指先から漏れ出し、ゆっくりと形を帯びる。


「……あ、アカリ……?」


目の前に立っていたのは、光の姫神――アカリ。

全身が半透明の水晶のように輝き、腰まで届くストレートの髪を静かに揺らしている。柔らかく、澄んだ光が周囲をほんのりと照らす。


「初めまして……アカリと申します」

少女は小さくぺこりと頭を下げる。おっとりとした声には、初めて会う相手への礼儀と、控えめな緊張が混ざっていた。


ベルは言葉を失い、ただその光景を見つめる。

「…いてくれたんだね」

胸の奥で久しぶりに、静かに安心が広がる。

影の中で静かに佇んでいた不安が、アカリの光に少しずつ溶かされていくのを感じた。


ベルは息を整え、少し震える手をそっとアカリの前に差し出した。

「アカリ……お願い。彼と話がしたいの。私と、みんなと、彼のために」


アカリは微笑んだまま、ゆっくりと頷く。

「承知いたしました、ベルさん。お力になれるよう、最善を尽くします」


光の粒子がベルの周囲で淡く震え、指輪もまた強く振動した。

まるで小さな心臓が跳ねるかのように。


「……ありがとう、アカリ」

ベルの声に熱がこもる。絶望の淵で芽生えた、ほんのわずかな希望の光。


その瞬間、アカリの体から放たれた光が指輪に吸い込まれるように流れ込み、十の指輪が一斉に震えた。

影の中で眠っていた力が、目覚める――ベルの胸に、確かな手応えとして伝わってきた。


「……よし、これなら」

ベルの心は固く決意に満ち、未来への小さな希望が胸の奥で灯った。

彼がそこにいてくれる、姫神たちの力がある、そして自分にはまだ、できることがある――そう信じられた。


アカリの腰まで届く髪が、光を帯びてふわりと宙に浮いた。

その一筋一筋の光の中に、ベルの姿が映し出される――まるで水晶のスクリーンのように。


映るのは、銀髪の少年ベル。寝起きのせいか、髪はぐしゃぐしゃで、半分寝ぼけたような目をしている。

「……ん……あれ……ここは……?」

小さく伸びをしながら、彼はまだ完全には目を覚ましていない。


ベルはその光景を見て、胸がじんと熱くなる。

「あ……あいつ……」

確かにここにいる、無事で――ほんの少し呆れたような寝ぼけ顔のまま、そこにいる。


アカリは静かに微笑む。

「主様、目覚めておいでですわ。話を、聞いていただけますか?」


少年ベルはぼんやりと光の中のベル――自分自身の姿――を見つめ、そして、少しずつ目を開いた。


少年ベルの寝ぼけた目が、光の中の少女ベルに向けられる。

「……お前か」

寝起きのぼんやりした声に、少女ベルの胸はじんと熱くなる。


「そう……私よ、無事でよかった」

少女ベルは心の奥で、ようやく少し安心した気持ちを抱く。


少年ベルはまだ眠そうに身を起こし、光の中のベルを見つめる。

「……お前も大変だったみたいたな」


その声に少女ベルは軽く息をつき、目に力を込める。


「ええ、でももう……諦めない。私のために、みんなのために、そしてあなたのために」


少年ベルの目が微かに光る。

「……わかった。ありがとうな」


少女ベルは小さく頷き、指輪の震えを手のひらで感じながら、確信をもって言う。

「ありがとう……ミカゲも、アカリも、みんな信じる」


影と光が二人をつなぎ、長い絶望の先に、ようやく希望の火が灯った。


少女ベルは光の中で少年ベルを見つめ、少し俯いて言った。

「今回は私のせいで、こんなことになって本当にごめんなさい」


少年ベルは寝ぼけたような目を細め、肩をすくめる。

「いいって、気にすんな。なんかよくわかんねぇけど」


その一言に、少女ベルは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。

心の奥で、ずっと抱えていた後悔と不安が、ほんの少しだけ和らいだ。


少年ベルはまだぼんやりしながらも、柔らかく微笑む。

「……でも、もう大丈夫だろ?俺たち、これから一緒にやるんだから」


少女ベルは静かに頷き、指輪に手をやった。

「うん……信じて、進もう」


光と影に包まれた二人は、長い絶望の後で、やっと少しだけ未来を見つめることができた。


少年ベルはまだ少し眠そうに目をこすりながら言った。


「そんじゃさっそく、今の状況教えてくれよ。俺は森の湖でミリィから話聞いたとこまでしかわかんねぇから」


少女ベルはこくりと頷く。


「うん、わかった。まとめて話すね」


それからベルは、ここまでの出来事をできるだけ簡潔に話した。

神殿国家の聖戦宣言。

各勢力の集結。

そして想定をはるかに超えた敵軍。


話し終えると、光の向こうで少年ベルが腕を組む。


「んー……つまり今、十万の大軍が攻めてきてるってことだな?」


「うん、そう」


「で、それをなんとかしたいんだな?」


少女ベルの顔がぱっと上がる。


「そう!なんとかしたいの!」


少年ベルは小さく息を吐く。


「なるほどなぁー」


その間の抜けた声に、少女ベルは思わず身を乗り出した。


「なんとか、しなくちゃいけないの!お願い」


少年ベルは頭をかきながら、少しだけ顔をしかめる。


「俺はその腕輪をなんとかしないと出れねぇし、どっちみち夜じゃねぇとだしなぁ」


少女ベルは一瞬言葉に詰まり、指輪を見つめる。


「……わ、私が姫神全員の力を引き出して戦ったりは、無理?」


恐る恐る尋ねる。


少年ベルは少しだけ考え、肩をすくめた。


「できるかもしんねぇけど」


そして、さらっと言った。


「アカリ一人でヒィヒィ言ってんだから、たぶん死ぬぞ。お前」


少年ベルは頬をかきながら、少し言いにくそうに続けた。


「お前が姫神の力をうまく扱えねぇのは、まあ……お前にも問題あるのは確かなんだけど」


少女ベルは身構える。


少年ベルは遠慮なく言った。


「お前、あんまり好かれてねぇし」


「あぅっ……」


胸の真ん中に、ぐさりと刺さった。

思わず肩が落ちる。


少年ベルはそんな様子を見て、ふっと小さく息を吐いた。


「でもな」


少しだけ声の調子が変わる。


「単純に、お前の身体に負担かけねぇ様に気遣われてるのもあるんだぜ?」


少女ベルが顔を上げる。


少年ベルは肩をすくめた。


「あいつら、なんだかんだ優しいから」


少年ベルはあっさりと言った。


「だから今回、俺はなんもできねぇし、お前もなんもできねぇよ」


その言葉を聞いた瞬間、少女ベルの胸の奥で何かが弾けた。


「諦めろって言うの!?」


思わず声が強くなる。


「そんなこと、絶対、絶対にできないよ!」


拳を握りしめる。


「みんな今、戦おうとしてるんだよ!世界を守ろうって……命をかけて!」


声が震える。けれど、目だけはまっすぐだった。


「私のせいで始まったことなのに……私だけ何もしないなんて、そんなの……!」


言葉が詰まり、唇を噛む。


光の向こうで、少年ベルは黙ってその様子を見ていた。


少年ベルは少女ベルの剣幕を、どこか呆れたように眺めていた。

そしてぽりぽりと頭をかきながら言う。


「お前、人の話最後まで聞かないとこ、変わんねぇよなー」


少女ベルの眉がぴくりと跳ねた。


「あ、あんたには言われたくないわよ!」


すぐに言い返す。


少年ベルは軽く手を振った。


「いいからいいから」


まるで子どもをなだめるような調子で続ける。


「ちょっとこのまま俺を、作戦会議室?に連れてってくれよ」


少女ベルはきょとんとする。


「え?」


少年ベルはあくびを一つ噛み殺しながら言った。


「ちょっと俺に、いいアイデアがあるんだ」


廊下を急ぐベルの影から、淡い光が揺れていた。

その光をまとったまま、ベルは臨時作戦会議室の扉を開く。


中にいた面々の視線が、一斉に入口へ向いた。


次の瞬間――


「……な、なんだあれは」

「光……?」

「人……なのか……?」


どよめきが広がる。


ベルの隣に立っていたのは、半透明の身体をした少女だった。

水晶のように透き通る肌。腰まで伸びた髪が、淡く光をまとってふわりと揺れている。


少女はにこにこと穏やかに微笑むと、


ぺこり。


丁寧に頭を下げた。


そのあまりに自然な挨拶に、会議室の空気が一瞬止まる。


そして――


つられるように、その場にいた全員が思わず頭を下げた。


バロムも、リックも、マークスも。

アンジュですら、反射的にぺこりと頭を下げてしまう。


静まり返った部屋の中で、ベルが慌てて両手を振った。


「ま、まぁまぁ!説明はあとで!あとでしますから!」


強引に流す。


そのとき――


アカリの髪が、ふわりと浮かび上がった。


広がった光の髪の中に、水面のような光の膜が現れる。

そこに映し出されたのは――


銀髪の少年。


部屋の空気が、ぴたりと止まった。


「……っ」


マリーナの目が見開かれる。


信じられないものを見るように、光の中の少年を見つめる。


そして。


「……生きて……」


声が震えた。


「生きて……いたのか……」


その場で膝が崩れ落ちる。


「ばか……っ……」


ぼろぼろと涙があふれる。


「ばか……ばか者……!」


怒っているのか、安堵しているのか、自分でもわからない声で叫びながら。


マリーナはその場で、まるで女の子のように泣き崩れた。



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