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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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彼にもう一度会いたくてー

ベルはマリーナに促され、食事を取るために1人で食堂へ向かった。

普段はギルドの施設であるこの場所も、戦時下では軍の臨時施設となり、あちこちで忙しそうに人々が行き交っている。


食堂の扉をくぐると、慌ただしく食事をとる兵士や教会、警察、ギルドの職員たちの姿が目に入る。入れ替わりも激しく、次々に人が動き、まるで生き物のように施設全体が息づいているようだった。


ベルは小さくため息をつく。

「また、私だけ、何も役に立ってない…」


ふと周囲を見回す。マリーナやアンジュも、この混乱の中で食事をとっているのだろうか、と想像する。

目の前には、まだ手を付けたままの食器や、足早に行き交う兵士たちの影。誰も、ベルの孤独や不安に気づく者はいない。


ベルはそっと膝を折り、皿を手に取り、少しだけ口に運ぶ。

「せめて…私にできること...私にしかできないこと、見つけなきゃ」


その小さな決意が、戦いの前の静かな心の準備となった。


ベルは右手にある腕輪をじっと見つめる。

「これがなければ…これが外せたら…」


あの独特な話し方、奇妙で異様な姿、そしてあの陽光師団長ルーシェの存在が脳裏に浮かぶ。背筋に悪寒が走り、思い出すだけで吐きそうになる。


「やっぱり…あの人の言うとおりにするしかない…」


マリーナさんやアンジュはあんなふうに励ましてくれたけれど、心の奥では、やはり自分たちのせいだと思ってしまう。

もし仮に戦って、万が一勝てたとしても、たくさんの人が死んだり傷つくことを想像すると、胸が締め付けられる。


逃げたい。

逃げ出したい。


でも、どれだけ考えても、自分には何も変えられない。


「どうしたら…いいのかな…」


ベルは深く息を吸い込み、心の奥の思いをひとつずつ整理する。

とにかく、あいつになれたら、あいつがいたら…あいつに会えたら…


その瞬間、ベルはハッと立ち上がった。

「そっか…この腕輪が外れたら…いいんだ」


小さな希望の光が、絶望の中で微かに揺れ、ベルの決意を支え始めた。


ベルは食堂を出て、建物の外へと足を踏み出した。


街はまだ避難完了前の慌ただしさが残り、教会、ギルド、警察の人々が忙しなく動き回っている。ベルは躊躇せず、片っ端から声をかけた。


「あの、すみません。その腰の剣、少しだけ私に貸してくれませんか?」


剣や斧を携えた人々に向かって、必死に頼む。だが、答えは皆NOだ。


誰だか知らない、どこかの組織の人間かもわからない少女に、仮に冒険者だとしても、自分の武器を貸す者などいるはずもなかった。


しばらくすると、ベルの必死さによりちょっとした騒ぎとなる。


マリーナの声が響く。

「一体何の騒ぎだ?」


その直後、警官が敬礼しながら近づく。

「警部、お疲れ様です!」


マリーナは軽く敬礼を返す。

「なんの騒ぎだ?ベル、お前か?」


ベルは息を切らしながら答える。

「マリーナ、さん」


警官は小さく頭を下げて報告する。

「先程から、こちらの少女が周りの人間に剣を貸すようしつこく要求しておりまして、その対応に当たっておりました」


マリーナは落ち着いた声で言う。

「そうか、ご苦労。この子は私の知人だ。あとは私に任せて職務に戻れ。迷惑かけて悪かったな」


ベルは思わず胸をなで下ろす。

「ハ!とんでもございません!」


こうして騒ぎは収まり、マリーナはベルを近くのベンチに座らせ、自らも隣に腰を下ろす。


マリーナはベンチ越しにベルをじっと見つめる。

「何をしていたんだ?お前らしくもない」


ベルは答えず、ただ申し訳なさそうにマリーナを見返す。


マリーナは腕を組み、少し息をついて言った。

「話してみろ」


ベルは唇をかみ、言い淀む。

「でも…」


マリーナは鋭く声を立てる。

「こんなことになって滅入っているのはわかるが、それにしたってお前らしくもない。ハッキリ言え。お前はそういう奴だろう」


ベルは答えられず、沈黙が続く。

マリーナは知らない。今のベルがこうなっている一番の原因は、マリーナの愛する彼が不在であることだということを。言えない、言えるはずもない。


「話せ」


強い口調に、ベルは小さく息を吸う。

「腕輪を…外そうと思って」


マリーナの目が一瞬大きく見開かれる。

「何を言う。その腕輪は…剣などでは…」


そしてマリーナはハッと息を飲み、顔が驚愕に変わる。

「お前っ、まさか!」


ベルの視線は床に落ちる。心の奥で、どうしようもない決意と恐怖が入り混じる。


マリーナの声が怒りを帯びる。

「何を考えているんだ!?」


ベルは小さく肩を震わせ、言葉を絞り出す。

「だって、だって!腕輪を外すには、もうそれしかないじゃないですか!!」


マリーナの顔に、激昂の色が濃く浮かぶ。

「ふざけるな!そこまでして…」


しかし、次の瞬間、マリーナの表情がふと変わる。怒りが少しだけ引き、冷静さが戻ってくる。

「なぜだ?なぜそこまで腕輪を外したい?その腕輪になにがあるというのだ?私たちにはわからない、何かがあるのか?」


ベルは答えられず、ただ無言で目を逸らす。

胸の奥で、あの陽光師団長ルーシェのこと、そして自分たちが巻き込んだ世界のことがぐるぐると渦巻き、声にできない。


沈黙が二人を包む。

マリーナはじっとベルを見つめるが、今は問い詰めることもできず、ただその沈黙を受け止めるしかなかった。



マリーナはゆっくりと眉を寄せ、思案するように言った。

「もしやとは思うが…彼、銀髪の少年ベルが姿を見せないことと、何か関係があるのか?」


ベルの目が思わず大きく見開かれる。


「やはり、何かあるのだな?」


マリーナはさらに口を開く。

「こんな状況になってまで、彼が現れないことは考えにくい。あるいは彼がこの状況を知ったなら、きっと単独で神殿との戦いを選ぶだろうから、それをどう止めようかと思案したものだ。だが彼は姿を隠してしまったまま」


マリーナの声には困惑と苛立ちが混じる。

「これも普段の彼からすると考えにくいことだ。一体何があった?話せないことなのか?」


ベルは唇をかみ、視線を伏せる。


胸の奥で、考えが渦巻く。

―もういっそ話してしまおうか。

そうすれば、この腕輪を自分の腕ごと切り落とし、彼も戻り、全てに決着がつくかもしれない。


しかし、同時に恐怖も走る。

―それで世界が、みんながどうなるかはわからない…。


ベルは手で赤いスカーフを握り、深く息をついた。心の中で、決断の時が迫っていた。


ベルはゆっくりと首を振る。


―話せない。話してはならない。


胸の奥で言葉を呑み込み、視線を伏せる。

世界から弾かれた存在、異端で認められない自分――そんな自分たちに、これ以上誰かを巻き込むわけにはいかない。


「…ごめんなさい、マリーナさん…」


言葉は小さく、しかし真摯だった。

心の中で、世界の誰にも理解されない孤独と重責を抱えながらも、ベルはこの秘密を胸に秘め続けることを選んだ。


沈黙が、二人の間に静かに流れる。

マリーナは何も言わず、ただベルの背中を見つめる。理解できぬ部分も多いが、今は無理に迫らず、そっと見守るしかない――そんな覚悟が、その瞳に宿っていた。


マリーナはベルの肩に視線を落とし、低く、力強く言った。

「わかった。お前がそこまで言うなら、よほどのことなのだろう」


ベルは目を伏せ、肩を小さく震わせる。


「だが、一つだけ聞かせてほしい」


胸がぎゅっと締め付けられる。


「彼は、無事なのだろうか?」


答えられない。ぎゅっと目を閉じ、唇をかみしめる。


マリーナは息を詰め、少しだけ目を伏せる。

「そう、かー」


「しばらく、ここで待て」


立ち上がると、建物の裏へ消える。


しばらく一人で待っていると、足音が近づき、マリーナが戻ってくる。


「これから作戦室に戻る。一緒に来い。こんな騒ぎをもう起こさないように、しばらくは側にいろ」


戻ってきたマリーナの目は真っ赤に見えた。


ベルは小さく頷き、立ち上がった。

二人は沈黙のまま、作戦室へ歩き出した。



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