開戦まで残り2日ー
アンジュと合流したベルは、マリーナたちが待つ街の臨時作戦本部へと足を運んだ。
そこは、教会・ギルド・警察の代表者が集い、最前線であるこの街の防衛を取りまとめる拠点である。
神殿国家軍の侵攻が迫る中、街の状況を逐一確認し、後方の各都市や要塞国家への連絡・視察を行うための臨時の指揮所でもあった。
本部の中には緊張した空気が漂い、地図や報告書、通信機器が机の上に整然と並ぶ。
マリーナたちは指示や作戦を確認しながらも、ベルとアンジュを迎え入れ、状況の最新情報を伝える準備をしていた。
ベルは少し息を整えながら、視線を巡らせる。
ここが、街を、そして民を守るための最前線——自分たちが、いま戦いの中心にいる場所なのだと、改めて実感した。
ベルは臨時作戦本部の一角で、深く頭を下げた。
「みなさん、今回は、こんなことになってしまって、本当に申し訳ありません」
一瞬、部屋の空気が静まる。
だが、マリーナが眉をひそめながら首を振った。
「なぜお前が謝る?ベルのせいではあるまい」
その言葉に、部屋に集まった教会・ギルド・警察の面々も頷き、静かに同意する。
ベルの胸の奥に重くのしかかっていた罪悪感が、わずかに和らぐ。
アンジュはベルを見やり、微笑みを浮かべながら軽く肩を叩いた。
「ほら、ごらんなさい。あなたは自意識過剰すぎますわ」
ベルは小さく息を吐き、少しだけ肩の力を抜いた。
「…そう…ですよね…」
その言葉に、作戦本部の緊張した空気の中でも、ほんの少しだけ温かさが差し込んだ。
マークスは警察部隊の指揮、リックとバロムも教会団への指示を出すため、この臨時作戦本部にはいない。
残されたのは、マリーナとアンジュ、ベル、そして十数人の面々——皆、それぞれの役割に追われ、忙しなく動き回っていた。
マリーナは地図を広げながら、低い声で言う。
「神殿は、おそらく以前から機会を窺っていたと見て間違いない。今回のことは単なるきっかけに過ぎない」
ベルはその言葉を聞き、緊張で肩をすくめる。
マリーナは続ける。
「神殿は元々、世界を自分たちの色に染めるつもりであるからな」
その言葉の重みは、部屋にいる全員の胸を圧し、言葉少なに作業に没頭する面々の動きにも、緊張感を漂わせていた。
ベルは地図に目を落としながら、マリーナの横で静かに聞いていた。
マリーナは声を低く、しかしはっきりと告げる。
「戦況はこうだ。要塞都市を中心に展開しているのが、教会・ギルド・警察の連合軍だ。現時点で人数は合わせて二千。主力は各国の連合軍で構成する予定だ。」
アンジュが横から補足する。
「明日にはさらに各国からの軍の増援が到着する見込みで、総勢は五千に膨らむ」
ベルは息を飲む。数字だけでも迫力が伝わってくる。
マリーナはさらに視線を地図上の赤い印に向け、神殿軍の動きを指で示す。
「対する神殿国家軍は一万五千。騎士団を中心とした戦力だ」
アンジュは鋭い眼差しで続ける。
「戦力だけで言えば、まだこちらは数で劣る。だが、この街と民を守るためには、後方の要塞都市で連合軍と連携して、できる限りの防衛線を張るしかありませんわ」
部屋の空気は緊張に包まれ、ベルも小さく肩を震わせる。
数字の上では分かっていても、現実として迫る戦いの大きさに、心が圧迫されるようだった。
マリーナは地図を片手に、少し遠方の避難ルートについて説明した。
「ミリィは少し遠いが、ルグレシア王国のアルティシア殿下の元へ避難させることにした」
ベルは驚きとともに小さくつぶやく。
「アルティシアさんが…」
マリーナは淡々と続ける。
「状況を知った殿下からの要請だ。仲が良いんだな」
ベルは少し顔を赤らめて答える。
「それもあるけど…アルティシア殿下って、あいつのこととても気に入ってるから」
その言葉にマリーナの額に青筋が浮く。
「なるほど…よもや殿下が恋敵とは。そんなことを微塵も見せずにやるとは、さすがわがライバル」
アンジュは呆れた声で口を挟む。
「あなたは魔王殺しのことになると、ほんとポンコツですわね」
マリーナはすぐさま反撃する。
「四六時中ポンコツの貴様に言われたくない」
アンジュは怒り半分で叫ぶ。
「なんですの!その言い方!」
臨時作戦本部には、戦況の緊迫感の中でも、ほんの一瞬だけ笑いがこぼれ、ベルはその隙間に少しだけ心を休めることができた。
マリーナは地図を見つめながら、声を低く、しかし明確に告げた。
「神殿騎士団も手強くはあるが、武技と魔術を中心とした古い戦い方なのは間違いない。戦力差は数倍だろうと、戦略的戦術的、また近代装備を備える我らなら、決して絶望的な状況とも言い切れない」
その視線は冷たく、鋭く、作戦本部の面々に向けられた。
もちろん、激しい戦いになることは避けられず、死傷者も桁違いになることは想像に難くない。
だが、マリーナの口調には迷いがなかった。
「聖戦を宣言された以上、我々は戦うしかない。和平交渉は成立しない。どちらかが倒れるまで戦うしかない——それが、聖戦だ」
ベルは小さく息を呑む。
言葉の重さが胸に響き、これから始まる戦いの厳しさを改めて実感する。
それでも、マリーナやアンジュ、そしてこの臨時作戦本部にいる全員が、この街と人々を守るために、動き出しているのだった。
マリーナは指で地図の一角を指しながら言った。
「懸念材料があるとすれば——」
アンジュがすぐに続ける。
「あのルジェルドとかいう陽光師団長ですわね」
ベルは小さく息を呑む。
アンジュは眉をひそめ、言葉に力を込める。
「わたくしたちも大きな油断から、一度は敗れましたが…あの太陽剣、あれはちょっと厄介ですわ」
マリーナが静かに頷くと、アンジュは続ける。
「あの剣は近くにいるだけで、相手の体力を奪う。そしてルジェルドの口振からすると、おそらく奪った体力を他の物に分け与えることもできる。私はそう仮定しております」
マリーナは言葉を噛み締めるようにして応じた。
「それは…軍を率いるのに最適な能力だな」
作戦本部の空気が、わずかに重くなる。
強大な相手の存在が、これから始まる戦いの厳しさを、改めて示していた。
アンジュは腕を組み、眉をひそめながら言った。
「ちょっと卑怯な気もしますけど、遠距離からの物理、魔術攻撃でなんとかするしかありませんでしょうね」
マリーナは地図に視線を落としつつ冷静に答える。
「まだ敵軍が戦闘可能領域に入るまで丸二日ある。それまでに作戦を立案して、対策を練るしかあるまい」
アンジュは小さく舌打ちをして、少し憤った様子で続ける。
「それにしても、あの陽光師団長、ほんっとにムカつきますわ!わたくしのことを、まるで痛い子みたいに扱って」
マリーナは軽く肩をすくめ、笑みを浮かべる。
「あぁ、それは正しいな。貴様は痛いぞ」
ベルは小さく息をつき、困ったように目を伏せる。
「助けてもらってアレだけど…痛い人と思ってた…」
アンジュの目が大きく見開かれ、怒りがさらに増す。
「あなたたちまで!いい加減にしてくださいまし!待遇の改善を要求しますわ!」
部屋の空気は一瞬和み、緊張感の中に少しだけ笑いが差し込んだ。
それでも、二日後には、街を守るための本当の戦いが始まるのだと、三人は改めて認識していた。




