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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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それが乙女というものだからー

ベルは小さく、震える声でつぶやいた。

「ア…アンジュさん…無事で…」


アンジュは振り向くことなく答える。

「えぇ、無事ですとも。少なくとも今のあなたよりは!」


その声には怒気がこもっており、普段の柔らかさは消えていた。

地面で跪いたままのベルを一瞥し、アンジュは続ける。

「あなたはいったい…」


しかし、すぐに視線を切り替え、ルーシェへと戻す。

「まぁ、その話はあとにしましょう。今は——」


ルーシェは肩をすくめて軽く笑う。

「今日はそんなつもりできてないからさー、戦える装備はないんだよねー」


アンジュは鋭く前傾し、その目に火が灯る。

「それは好都合、このままわたくしの正義の前にひれ伏しなさい!」


ルーシェは手を振りながら、軽く茶化すように応える。

「わー、大変だー、これは僕、大ピンチーだぞ、と」


その言葉が終わるより早く、ルーシェが長い手を天にかざす。

天を掴むようなその動きの中で、手のひらに現れたのは——太陽剣ジークバルド。


アンジュは驚き、声を上げる。

「いつの間に…一体どこから?」


ルーシェは柔らかく、しかし堂々と告げる。

「太陽剣——陽光輪、ー陽光は世界のすべてに恵を与えるー」


天に掲げられた太陽剣は、瞬く間に強烈な輝きを放つ。

途端、高熱を帯びた光が四方に広がり、ルーシェの足元の地面を真っ赤に焼き尽くす。

範囲は徐々に拡大し、ルーシェを中心に大地を支配するかのように広がっていった。


アンジュは剣を握りしめ、身をかがめる。

「くっ……」


地鳴りにも似た熱の波が、二人の間に迫る。

ベルは跪いたまま、ただその光景を見つめるしかなかった。


眩いばかりの熱波が、真っ赤に焼けた地面ごとアンジュに迫る。


しかしルーシェはひょうひょうとした調子で、手を振りながら告げた。

「それじゃ、僕、このまま引かせてもらうよー」

「じゃあねー、かわいそうな、かわいそうな、自称神の子さん」


そして一瞬、ベルに目をやり、声をかける。

「明日までなら間に合うと思うからー、その気になったら僕のところに来なねー」


ルーシェはひらひらと手を振り、次の瞬間には文字通り姿を消していた。


アンジュは冷ややかに、しかし少し呆れたように息をつく。

「あいかわらず……妙な奴ですわ」


その場には赤く焼けた大地だけが残り、街の静けさをさらに際立たせていた。

ベルは跪いたまま、ルーシェの去った空を見上げ、言葉を失ったまま立ちすくむ。


ルーシェの姿が消え、熱波も静かに去った。

彼の立っていた場所を中心とした床はまだ赤く焼けているが、いずれ熱も引くだろう。


アンジュは静かに息を整え、鞭と短剣を後ろ腰にしまう。

その目はまだ強く、揺るがぬ威厳を放っている。


その視線は跪いたままのベルに注がれる。


「あなたは一体、何をやってるんですの?」


ベルは肩を震わせ、目を伏せたまま答えられずにいた。

胸の奥に込み上げる罪悪感と無力感が、言葉を飲み込んでしまっていた。


アンジュはため息をひとつつき、優しくも厳しい眼差しで続ける。

「——さあ、立ちなさい。今は目の前の現実に向き合うときですわ」


いつまでも動かないベルに、アンジュは仕方ないという顔で服を手渡す。

着せながら、ゆっくりと事情を尋ねる。

「ほら、もうよろしくてよ」


ベルは震える声で答える。

「…ありがとう…こんなことになって…本当にごめんなさい」


頭を下げようとしたその瞬間、アンジュの右手が鋭くベルの頬を打つ。


「いいかげんになさい!」


アンジュは鋭い視線でベルを見下ろし、指先を軽く立てて強調するように告げた。

「あなたは一体、自分を何様だと思ってますの?」


ベルは言葉に詰まり、小さく震える声で答える。

「…え?」


アンジュは少し顔をしかめ、厳しい口調で続ける。

「今回、こんなことになった原因は、たしかに『魔王殺し』ですわ」


人差し指を立て、ひとつひとつの言葉に力を込める。

「結局のところ、あれもこれも、確かに彼のせい。

そう言えば、彼には私もたくさんひどい目に遭わされてますわね。

なんだかムカついてきました」


その言葉の裏には怒りと苛立ちが混じっており、ベルはただ静かに俯くしかなかった。


アンジュはため息をひとつつき、鋭い目線をベルに向けたまま、冷静に語り始める。

「とは言え、今の状況はあなたたちのせいではありません。

元々、神殿とは不可侵と言いながらも、教会はもとより警察やギルド、国家も警戒していたのです」


その声には揺るぎない理性と重みがあった。

「彼らはそう——極端に過激な思想をお持ちでしたから」


指をひとさし、さらに強調する。

「今回のきっかけは確かに『魔王殺し』と関係者であるあなたたちかもしれません。

でも、遅かれ早かれ、きっとこうなっていたと思います」


アンジュはベルの肩にそっと手を置き、柔らかくも断固たる口調で告げる。


「だから——自分を犠牲にする様な真似はおやめなさい。

自己犠牲は一見すると美徳のように思えますが、わたくしも、教会も認めておりませんわ」


ベルはその言葉を胸に刻み、少しずつ俯いていた肩がわずかに上がる。


安堵と罪悪感、恐怖と希望——複雑な思いが心の奥で絡み合っていた。


ベルは小さく震える声でつぶやく。

「で…でも、私があの人に抱かれ、抱かれたら…それで世界が救われるなら…」


その言葉には、迷いと自己犠牲の色が濃く滲んでいた。


アンジュは眉をひそめ、静かに、しかし鋭く問いかける。

「あなた、処女ですわね?」


ベルは思わず顔を上げ、目を大きく見開く。

言葉が詰まり、体が小さく震える。


アンジュの瞳は揺るがず、力強くベルを見据えたまま。

「だから、そういう考えはやめなさい。自己犠牲は美徳ではありませんわ」


ベルの唇がかすかに動き、言葉を探す。

胸の奥で、理性と恐怖、そして罪悪感が絡み合っていた。


アンジュはベルを真っ直ぐ見つめ、強い口調で告げた。

「当然ながら、私も処女ですわ!

この清らかなる心と身体は、いつか自らが心と身体を許せる殿方にお会いした時のために、大事にとっておかないと」


その眼差しは揺るがず、しかしベルへの思いやりが滲む。

「仮に身を捧げたとしても——あーんな怪しい組織の怪しい男が、約束を守れるとは思えません。

そもそも神殿の人間が教皇の勅命を覆せるわけもなく。

そんなの、いつものあなたならすぐに言い返していたことでしょう」


少し微笑みを浮かべ、声の調子を柔らかくする。

「それに——乙女の清らかさより大切なものなど、この世界のどこにもありませんわ」


そして一歩ベルに近づき、真剣な目で続ける。

「そのために壊れてしまう世界なら——壊してしまいなさい」


その言葉の後、アンジュはいつもの優しい笑顔を見せた。

ベルはその笑顔に、少しだけ肩の力を抜くことができた。


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