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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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陽光と昼のー

「あれー?君まーだこんなところにいるんだー?」


聞き慣れた声に、ベルはふと振り向いた。


そこに立っていたのは——陽光師団長、ルーシェ。


長身の身体を、いつものゆらゆらした独特の歩き方で揺らしながら、普段着で静かに立っている。騎士の装備はなく、肩の力の抜けた姿だが、その存在感は変わらず大きい。


ベルは言葉が出ず、ただ小さく息をつき、目を合わせる。


「……あなた」


言葉は小さくても、胸に深く届く。緊張と安堵、そして少しの戸惑いが混ざり合った瞬間だった。


ベルは膝に力が入らず、かすれた声で言った。

「あなた……あなたのせいで……なんでこんなことに……」


ルーシェは首をかしげ、ゆるりと笑う。

「ひどいなー、なんでもかんでも人のせいにしないでよー」


ベルの目に涙が浮かぶ。

「でも……でも……」


ルーシェは手をひらりと動かし、軽く肩をすくめる。

「今回こうなったのも、全部、君のせいなんだからさ」


その言葉に、ベルは言葉を失った。胸の奥で、確かに——それは間違いではないと、自覚がある。


「世界を揺るがす異端の存在、それに関わる者たち全て……神殿の抹殺指令を素直に受けていればよかったのに。抵抗して——しかも、神殿騎士団の双翼の一角、月光の——彼女をも倒してしまった」


ルーシェは目を細め、でもその声は柔らかい。

「そりゃー、こうなるのは当たり前だよねー?」


ベルは視線を落とす。胸の奥で、悔しさ、申し訳なさ、恐怖、すべてが絡み合い、言葉にならなかった。


ルーシェはふわりと笑いながら、ベルの前に一歩近づく。

「今からでも遅くないよ。幸いここは人気がない。今からでも、ここで僕にその身を捧げれば——?」


その言葉に、ベルの背筋を冷たい悪寒が走った。思わず肩を震わせる。


ルーシェは軽く肩をすくめ、さらに柔らかく言葉を重ねる。

「そうしたら——僕の権限で、侵攻は止められるかも——知れないよー?」

「ま、ここまで事が大きくなったら、できるかどうかは、やってみないと僕にもわかんないけどねー」

「だからほら、僕の申し出を最初に素直に聞いてれば、全てまるーく収まっていたのに」


すると、ルーシェの空気が一変した。


軽やかでふざけたような普段の態度はどこへやら、瞳に鋭い光を宿し、背筋を伸ばすその姿は、荘厳にして厳かな大司教のようだった。声の調子も、柔らかさを帯びつつも重々しく響く。


「——世界をあるべき姿に……」


ベルの鼓動が速まる。今まで冗談めかしていたルーシェが、ここまでの威厳をまとって、目の前に立っている——その事実に、言葉を失った。


ルーシェの声が、街の静けさの中で重く響く。


「この現状は、貴女の選択の結果です——貴女の選択が、この世界を危機に陥れたのです」


その瞳は冷たく、しかしどこか悲しみに満ちている。ベルの胸を貫くような眼差しだ。


「この世界の秩序を守るために、神殿も、神の名の下に聖戦を宣言したことは——遺憾であり、大変悲しい事です」


ベルは視線を落とす。言葉は胸に重くのしかかり、体の震えを止められない。


ルーシェの声がさらに厳かさを帯びる。

「悔い改めなさい……己の傲慢さを」

「悔い改めなさい……己の背徳を——」


その声が、街の空気ごと支配するかのように重く、ベルの心を圧迫する。


ルーシェは一呼吸置き、最後に低く荘厳な声で告げた。

「世界をあるべき姿に——」


ベルは膝を折ったまま、ただその言葉を胸に刻む。冷たい空気が肌を撫で、街全体が静まり返ったまま、嵐の前の緊張を抱えていた。


ルーシェはふっと笑みを浮かべ、声の調子も軽やかに戻った。

「そーんなわけだからー、ラストチャンスをあげるよ」


肩の力を抜き、あのゆらゆら揺れる独特の立ち方でベルの前に立つ。

「ほらほらー、服を脱いで、僕の前に跪くんだよ」

「そしてこう言うんだ——」


ルーシェは楽しげに手をひらひらと動かし、目を細める。

「『ルーシェ様、どうか迷える子羊をお救いください』ってねー」


ベルはその言葉に、目を大きく見開いたまま、声も出せずに立ちすくむ。


軽やかでふざけた雰囲気——しかし、その背後には確かな存在感があるルーシェ。

ベルの胸は、緊張と戸惑いでいっぱいだった。


ベルの心は折れかけていた。

みんなを、世界を巻き込んでしまった現状に、先ほどのルーシェの言葉が胸に重くのしかかる。


普段なら言い返すところだが、今のベルにはそれもできなかった。

一番の理由は——「あいつがいないから」


ベルは足元を見つめる。沈んだ視線の先に、静かに間を詰めたルーシェの手が伸び、強く顎を掴む。


「ふぐっ……」思わず息が詰まる。


ルーシェの声は軽く、しかし命令の色が混じる。

「時間がないんだー、早く脱げよ」


もう、ベルの心は折れていた。

力なく両手を上げ、首に巻いた赤いスカーフの結び目を解く。


その様子に、ルーシェは嬉しそうに笑う。

「そーそー、やっと素直になれたじゃないか」

「これで世界が救われるよー、たぶんねー」


ベルはゆっくりと、力なく服を脱ぎ始める。ブーツを、グローブを、太いベルトを……

その動きは止めようがなく、無力な自分を実感させるかのようだった。


服を脱ぎ終え、立つベルを見て、ルーシェは子供のようにはしゃぐ。

「んー!いいねー、素敵だねー。やっぱり僕の見込んだ通りの身体だー、素晴らしいよ!」


ベルの目は虚ろで、心はもはや折れていた。

(これで……これで世界が救われるなら……)


ルーシェは柔らかく声をかける。

「さぁ、次で準備は終わりだよ。さっき言ったみたいに、やってみてー」


促されるまま、ベルは力なく跪いた。


(なんだっけ……えっと、そう……初めて会った頃に、ミリィがやってた……)


ベルは跪いたまま、頭を下げようとする。

その動きも、全てが虚ろで、覚悟でも諦めでもない——ただ、心が折れたまま従っているだけだった。



その瞬間、聞き覚えのある声が街の静けさを裂いた。


「おやめなさい!」


風を切る音が耳を打ち、ルーシェの足元に真紅の短剣が突き刺さる。刃も柄も、すべてが鮮やかな赤に染まっていた。


同時に、跪いたままのベルの背中に長いマントが掛けられる。やはり真紅のマント——守る者の象徴のように、静かに広がった。


ルーシェは肩をすくめ、顔にいつもの軽やかな笑みを浮かべる。

「ちぇー、いいところだったのにー。ひどいことするなー」


その言葉に背筋が凍る。だが、現れた人物は一歩も動じず、ゆっくりと、ベルとルーシェの間を塞ぐように立った。


両腕を組み、仁王立ちの姿勢。ベルを守るかのように、光も影も、すべてを遮るかのように立ちはだかる。


「陽光師団長ム・ルシェルド・アルガドべガル!

このわたくし——教会特務執行官、ウィル・アンジェリース・フィン・フランヴェルジュ・アインツバーグが、

こんな下劣な真似、許しませんわ!」


声は鋭く、揺るぎなく響き渡った。

その赤い影の存在感に、街の空気までもが引き締まる。





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