昨夜は結局ー
「お風呂に行ってる間にいなくなって帰って来ないと思ったら...」
ベルとミリィは、公園のベンチに腰掛けている。マークスが昨夜の一連の出来事を説明する。
「そうなんだよ。警部も致命的な怪我はないけど、あちこち傷だらけでさ。魔力も限界まで使って電池切れ状態だったんだ」
「相手の月光騎士団長?はテロリストとして警察が勾留してるけど、警察内部にも神殿と繋がってる勢力がいるから、そう長くは拘束できないだろうね」
ベルは小さく息をつき、目を伏せる。
「そんなことがあったから……かぁ……」
昨夜のことを思い返す。マリーナが戻る様子もないまま、覚悟を決めて宿の酒場でルーシェを待っていた。だが、いつになっても現れない。
(……とりあえず、いいのかな……)
ベルはそう思いながら、静かに部屋へと戻ったのだ。
そんな戦いがあったなら、彼が来なかったのも頷ける。それどころではなかったのだろう。
「昨夜はあの陽光師団長となんかHな約束してたんだって?警部が心配して様子を見てこいって言われてさ」
ベルの顔がみるみる赤くなる。ミリィも思わず目を丸くして、そっとベルの肩に手を置いた。
マークスは軽く笑いながら、肩をすくめる。
「いや、昨夜の話だろ?大丈夫だったのか?」
ベルは慌てて手で顔を覆い、声を小さくする。
「Hな約束って……そ、そんなの……!」
「結局、あの人来なかったから.,.」
ミリィは心配そうにベルを見上げ、そっと声をかける。
「ベルさん……そ、それは本当に……大丈夫……ですか?」
ベルはしばらく黙って考え込む。昨夜の記憶が頭をよぎるが、言葉にする勇気は出ず、ただ肩をすくめるだけだった。
マークスはそんな二人を見て、くすりと笑う。
「まあ、何もなかったならよかったよ」
ベルは小さく肩をすくめ、顔を伏せたまま。「……はい……」と小さな声で答える。
ミリィはベルの手をそっと握り、心配そうに眉を寄せる。
「ベルさん……無理しないでくださいね……」
マークスは少し顰めっ面になり、二人を見つめながら言った。
「それにしても、気をつけなよ。君、可愛いんだからさ……もっと自分を大切にしないと。まだ若いんだし」
「変な男に引っかからないようにしないと。その点、俺なんて公務員で安心誠実だからー」
「いえ、結構です。」
と手のひらを差し出しつつ、ベルは小さく肩をすくめた。
ミリィはベルの手をそっと握り、心配そうに眉を寄せる。
マークスは二人を見やり、少し安心したように息をつく。
「うん、まあ……無事でなによりだ」
公園の柔らかい光が、戦いの余韻と共に二人を優しく包んでいた。
マークスは少しバツの悪そうな顔で、公園のベンチに座るベルとミリィを見た。
「それから、教会のあの三人のことなんだけどさ……」
ベルが顔を上げ、少し不安そうに訊ねる。
「どうかしたんですか?」
マークスは苦笑いを浮かべる。
「いやー、それが……いなかったらしいんだよね」
ベルは眉をひそめ、言葉を選ぶように訊く。
「……行き先を間違えたってこと?」
マークスは首を横に振る。
「違う違う。さすがにそんなミスはしないよ」
ベルは少しほっとしたように息をつき、しかしすぐに理解した。
「どうも……大陸警察の救出部隊が到着する前に、自力で逃げ出したらしくてね」
小さく笑みを浮かべながらベルは続ける。
「さすが……意外性だけはある人たちね」
ベルは小さく笑みを漏らすが、すぐに真剣な顔に戻る。マークスの言葉は、単なるお節介ではなく、確かに自分たちを思っての忠告だと感じたからだ。
ミリィも、隣で小さく頷く。二人は戦いの余波を受け止めながら、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
そしてベルは、昨夜からの不安と緊張が、今ようやく少し和らいだことに気づいた。
マークスは少し笑みを浮かべ、しかし目は真剣そのものだ。
「でも、これで少しは状況が好転するかもしれない」
ベルは眉をひそめる。「どういうことですか?」
マークスは腰を落ち着け、ベンチに座る二人に向かって説明する。
「神殿はこれまで、ほぼ絶対の不可侵だったんだ。誰も手を出せなかった」
「でも今回の宣言のあとは」
「そう。教会の特記戦力アンジュが拉致・監禁され、さらに神殿騎士団の師団長が、大陸警察特別捜査官であるマリーナと戦い、テロリストとして捕縛された」
ミリィが小さく息をのむ。ベルも無言で耳を傾ける。
「つまり、警察と教会と神殿の関係が、これまでとは違って完全に“敵対”になったってことだ。しかも、ギルドまで加われば……状況は大きく動くのは間違いない」
ベルは深く息をつく。「なるほど……昨夜のことは、その序章だったんですね」
マークスは頷き、遠くの街並みを見つめる。「まだ安心はできないが……この混乱の中で、君たちにもチャンスが生まれるかもしれない」
ミリィは小さく頷き、ベルも視線を前に据えた。二人の心に、少しだけ希望の光が差し込む――
ベルはベンチに座ったまま、手元で指を組みながら考え込む。ミリィも小さく肩を揺らし、まだ不安げだが、マークスの言葉で少し落ち着いた様子だ。
「で、私たちはどうすればいいんですか?」ベルが小声で聞く。
マークスは地図を取り出し、指で街の主要ポイントを示す。
「まずは情報の整理だな。昨夜の戦いで陽光師団長はどう動いたか、神殿騎士団はどうなったか。これを把握しないことには作戦も立てられない」
ミリィが小さく息をつく。「でも、あの……私たちにできることってあるんでしょうか」
「焦らなくていいよ、ミリィ」ベルがそっと肩に手を置き、落ち着いた声で言う。「私たちでも、やれることはあるはず」
マークスは頷き、二人に向かって手を広げる。
「状況は混乱しているが、チャンスでもある。教会、警察、神殿、ギルド――それぞれの思惑が交差する今、動き方次第では有利に立てる」
ベルの目が少し光る。「……じゃあ、私たちも状況を見ながら、できる範囲で動くってことですね」
「その通りだ」
マークスは力強く頷く。
「ただし、無理は禁物だ。君たちは特記戦力とかじゃない。必要なときにだけ動くんだ」
ミリィは小さく頷き、ベルも深く息を吸って落ち着く。二人の心に、少しだけ覚悟が芽生えた。
「じゃあ、まずは……」
ベルは考えをまとめるように小声で呟き、次の行動を思案し始めた。
翌日、二人は街の図書館や公文書館を回り、昨夜の戦闘や神殿騎士団の動き、ギルドの噂話などを地道に集めることにした。
「ベルさん、ここに情報があります」
ミリィが書類の束を差し出す。
ベルは受け取りながら目を通す。
「ふむ……教会の特記戦力はこのルートで移動した、と」
「それから、例の神殿騎士団の師団長は、まだ拘束されているらしいです」
ミリィの声に少し安心が混じる。
「よし、これで少し見通しがついたね」
ベルが笑みを浮かべる。
「無理はしないで、でも状況を動かすには私たちも動かないと」
マークスも街の外で見守りつつ、無線で報告を受けていた。二人の小さな行動が、これからの大きな局面にどう影響するか――その答えはまだ誰にもわからない。
だが、ベルとミリィは少なくとも、自分たちの意思で動くことができると実感していた。
ベルとミリィは、街の路地や人通りの少ない通りを慎重に歩きながら、昨夜の戦いや陽光師団長・神殿騎士団の動きについて話し合っていた。
「ベルさん、ここはどうでしょう……?」
ミリィが小声で言う。
ベルは地図を指でなぞりながら考える。
「うーん……この路地を通れば、神殿の見張りも少なそう。情報収集には向いてるかも」
ミリィは少し緊張した顔で頷く。「でも、見つかったら……」
「大丈夫。焦らず、無理せず。私たちは急ぐより、確実に情報を得ることが大事」
ベルは優しく答え、ミリィの手をそっと握るような仕草をして安心させた。
街の外でマークスが二人を見守り、無線で情報を受け取る。彼もまた、二人の小さな動きが、これからの大きな局面に影響を与えることを理解していた。
「私たちの力は小さいけれど、やらないよりはましだもの」
二人の背後には、街の喧騒と人々の生活が続いていた。誰もまだ知らない、神殿・教会・警察・ギルドの思惑が交錯するこの街の未来。
それでも、ベルとミリィは自分たちの意思で、慎重に、確実に一歩を踏み出していくのだった。




