マリーナVS月光師団長
クレタは肩をすくめた。
「まぁなんでもいいや」
槍を軽く回す。
「やるなら――とっととやろうぜ」
マリーナは一歩前に出た。
「こちらとて望むところ」
冷たい視線を向ける。
「表に出ろ」
一瞬の沈黙。
そしてクレタの顔がぱっと歪んだ。
「くぅ〜〜っ!」
胸を押さえて体を仰け反らせる。
「痺れるじゃねぇかよ……!」
楽しそうに笑う。
「警部さんよぉ」
槍を肩に担ぐ。
「そういうの――うち、嫌いじゃねぇ」
椅子を蹴るように立ち上がり、酒場の出口へ歩き出す。
「ほらよ」
振り返りもせず手を振る。
「早く来いよ」
「警察様」
マリーナは視線を外さぬまま言った。
「マークス警部補」
背後の部下が直立する。
「先に適当な場所を見つけて、周りの住民を避難させておけ」
わずかに間を置き、続ける。
「中央広場が望ましい」
「は!」
マークスは力強く敬礼した。
「先に行きます!」
そう言うと、足早に酒場を出ていく。
その背中を見送りながら――
クレタが口を歪めた。
「へぇ」
槍を肩に担ぎ直す。
「あんなイケメン顎で使うたぁ――」
くくっと笑う。
「警部ってのは、いいご身分みてぇだな」
マリーナは一瞥だけ寄こした。
「職務だ」
短く言う。
クレタは肩をすくめた。
「つまんねぇ返しだな」
扉を押し開ける。
夜風が酒場に流れ込んだ。
「まぁいい」
振り返り、ニヤリと笑う。
「中央広場だろ?」
槍の石突きを床に軽く打つ。
「警部さんの段取りに――」
ゆっくり外へ出る。
「うち、付き合ってやるよ」
夜の中央広場。
石畳の広場には、もう人影はない。
家々の窓も閉ざされ、灯りだけが静かに揺れている。
広場の入口――
マークスは腕を組み、壁のように立っていた。
念のため、誰一人近づけないためだ。
視線は中央へ向けられている。
広場の真ん中。
二人が向かい合っていた。
マリーナ。
そして――クレッタルス・ハイランダー。
マリーナの両手にはトンファー。
黒い警察装備の腕に沿うように構えられている。
一方。
クレタの手には――
白銀に輝く十字槍。
月光を受け、刃が静かに光る。
穂先は異様に長く、普通の槍よりさらに間合いを伸ばしていた。
風が吹く。
クレタが軽く槍を回す。
「へぇ……」
金属が空気を裂く音。
「ちゃんと戦う気満々じゃねぇか」
槍を肩に担ぎ、口元を吊り上げる。
「警部さんよぉ」
マリーナは微動だにしない。
トンファーをゆっくりと回す。
カン、と硬い音が鳴る。
「警告は済んでいる」
低い声。
「ここから先は――」
構えを落とす。
「公務執行だ」
クレタは一瞬、黙った。
そして。
口の端を吊り上げる。
「最高じゃねぇか」
槍を下ろす。
穂先が石畳すれすれに構えられる。
「じゃあよ」
月光の下で笑う。
「始めようぜ」
マリーナは腕を組んだまま、一歩も動かない。
丸い眼鏡の奥の切れ長の瞳が、静かにクレタを射抜いていた。
「――いつでも来るがいい」
低く、冷たい声。
クレタの口元がぐにゃりと歪む。
「そいつはどーも!」
黒と金の髪が揺れた。
次の瞬間。
白銀の十字槍――アークルベーダが唸る。
クレタが身体を捻り、腰の回転を乗せて槍を横から振りかぶった。
巨大な穂先が空気を裂く。
そして。
横薙ぎの一閃。
それが――
戦闘開始の合図になった。
槍が、マリーナの胴を薙ぎ払う。
常人なら視認すらできない速度。
だが。
マリーナは腕を組んだまま。
ほんの僅か、首を傾けただけだった。
槍の穂先が、
鼻先をかすめて通り過ぎる。
金髪が一房、ふわりと舞った。
静寂。
マリーナが小さくため息をつく。
「……遅い」
その瞬間。
赤いハイヒールが地面を叩いた。
次の瞬間、彼女の身体は槍の内側に潜り込んでいた。
長い脚がしなる。
鋭い回し蹴り。
狙いは――
クレタの顎。
「っ!」
クレタの目が見開かれる。
「くぅ〜〜っ!」
歯をむき出しにして笑った。
「痺れるじゃねぇかよ!!」
槍が、再び唸る。
次の瞬間、クレタが槍を横から振りかぶった。
低く、鋭く、空気を薙ぐ横凪の一撃。
唸りを上げて迫る穂先。
マリーナは半歩踏み込み、右腕を振り上げた。
――ギィンッ!
トンファーの金属が槍を弾く。
火花が散り、鋼の衝撃が夜気を震わせた。
クレタは槍を引き戻し、そのまま身体を回転させる。
遠心力を乗せた返しの横薙ぎ。
マリーナの左手のトンファーが滑り込む。
ガンッ。
槍の軌道が逸れ、穂先が空を切った。
「はっ!」
間髪入れず、クレタの突きが放たれる。
一直線。
迷いのない刺突。
マリーナは身体をわずかにひねった。
穂先が頬をかすめる。
その瞬間。
トンファーが走る。
下から跳ね上げる一撃。
キィィン!
槍の柄とトンファーがぶつかり、硬い音が弾けた。
二人の距離がわずかに開く。
クレタが槍を肩に担ぎ、口元を歪める。
「へぇ……」
マリーナは何も答えない。
ただ静かに両手のトンファーを構え直した。
その姿を見て、クレタの笑みが深くなる。
「いいじゃねぇか」
槍をくるりと回す。
「弱い相手は嫌いなんだわ」
次の瞬間――
地面が砕けた。
クレタの踏み込み。
突き。
さきほどより速い。
マリーナの右手が動く。
ガキィン!!
トンファーが槍を弾き上げる。
「ははっ!」
クレタは楽しそうに笑う。
「楽しくなってきたじゃねぇか!」
槍が唸る。
横薙ぎ。
回転。
突き。
連続する鋭い攻撃。
マリーナはそれを、
右、左、そして身体の動きで受け流していく。
トンファーが槍を弾き、
柄を押し、
穂先を逸らす。
無駄のない、防御と反撃の構え。
その最中。
クレタの目が、ふと細くなった。
「……」
ほんの一瞬。
何かを見たような視線。
そして次の突き。
槍の軌道が、わずかに変わった。
ガンッ!!
トンファーが弾かれる。
「おっと」
クレタがニヤリと笑った。
「今のは危ねぇな」
まるで――
最初から分かっていたかのように。
クレタの槍が唸る。
横薙ぎ。
突き。
返しの薙ぎ払い。
間断なく続く攻撃を、マリーナはトンファーで受け流していく。
――ガンッ!
柄で穂先を弾き、身体をひねる。
次の突きが脇をかすめた。
そのまま一歩踏み込み、トンファーを振り抜く。
だが。
クレタはわずかに身体を引いた。
まるで、最初からそこに来ると分かっていたように。
「……」
マリーナの目が、ほんの僅かに細くなる。
再び槍が来る。
突き。
マリーナはトンファーで受けた。
ガキィン!!
衝撃が腕を伝う。
(……おかしい)
受けながら、マリーナは思う。
攻撃が速いわけではない。
重いわけでもない。
だが――
噛み合わない。
こちらの動きが、微妙に読まれているような。
ほんの一拍、先を取られるような。
言葉にできない違和感。
「どうした?」
クレタが笑う。
槍を肩に担ぎながら、気軽な声で言う。
「もう終わりか?」
マリーナは答えない。
ただ、静かに距離を取った。
地面を滑るように後退する。
クレタは追わない。
その様子を見て、マリーナは小さく息を吐いた。
(……長引かせるのは得策ではない)
理由は分からない。
だが、この相手。
時間をかけるほど、こちらが不利になる気がする。
ならば――
短く終わらせる。
マリーナがトンファーを構え直す。
そして、静かに呟いた。
「――雷よ」
次の瞬間。
バチッ!!
青白い雷が、彼女の腕から走った。
トンファーに電光が絡みつく。
空気が震える。
クレタの眉がわずかに上がる。
「ほう?」
マリーナは低く告げた。
「高速詠唱」
バチバチバチッ!!
雷が身体を走る。
脚へ。
腕へ。
武器へ。
光が弾けた。
地面が焦げる。
「雷装」
次の瞬間。
――消えた。
マリーナの姿が、視界から消失する。
クレタの横。
雷光と共に現れる。
トンファーが振り下ろされた。
バチィィンッ!!
雷光が弾けた。
バチィィンッ!!
振り下ろされたトンファーが、クレタの肩口へ叩き込まれる――
はずだった。
ガンッ!!
火花が散る。
槍の柄が、寸分違わずそこにあった。
「……!」
マリーナの目が鋭くなる。
防がれた。
しかも――
見えていた。
クレタはニヤリと笑う。
「速ぇな」
そのまま槍を押し返す。
マリーナは反動を利用して後方へ跳ぶ。
着地。
同時に詠唱が走る。
「――二重」
空気が震える。
雷が弾ける。
マリーナの身体が、二つに分かれた。
残像ではない。
二人のマリーナが左右に広がる。
「三重」
さらに一つ。
「四重」
雷光が走る。
四人のマリーナが同時に走り出した。
クレタを囲む。
四方向。
雷を纏った高速移動。
地面に焦げ跡が走る。
トンファーが振り下ろされる。
横から。
背後から。
正面から。
同時。
だが――
ガンッ!!
ガンッ!!
ガンッ!!
ガンッ!!
全て。
防がれた。
槍が踊る。
まるで見えているかのように。
クレタは笑った。
「面白ぇな」
槍を回す。
風を切る音。
四人のマリーナが距離を取る。
その瞬間。
マリーナの詠唱がさらに加速する。
「――五重」
雷が弾ける。
「六重」
空気が震える。
「七重」
大気が帯電する。
クレタの目が、わずかに細くなった。
「おいおい」
雷の密度が上がる。
八人のマリーナが円を描く。
詠唱が止まらない。
「八重」
「九重」
雷光が爆ぜる。
空間に魔法陣が浮かぶ。
それぞれの分身の前に。
弾丸のような光。
そして――
マリーナが静かに言った。
「――十重」
世界が青白く染まった。
十人のマリーナ。
十の魔法陣。
十の魔道弾。
それぞれに異なる魔術が込められている。
雷。
貫通。
衝撃。
爆裂。
拘束。
破砕。
圧縮。
灼熱。
凍結。
崩壊。
十方向。
完全包囲。
雷光が弾けた。
「――十重」
空気が震える。
マリーナの身体が、雷を引き裂くようにして十人に分かれる。
残像ではない。
十の分身。
それぞれが、腰のホルスターから銃を抜いた。
黒鉄の魔導拳銃。
カチン、と金属音。
弾倉が回る。
クレタが目を細めた。
「……銃か」
十人のマリーナが同時に構える。
詠唱はすでに終わっている。
今行うのは――装填。
弾丸を指先で挟む。
雷が走る。
魔力が流れ込む。
一発目。
「火」
弾丸が赤く輝く。
二発目。
「水」
蒼い光。
三発目。
「風」
透明な渦。
四発目。
「土」
重い茶色の光。
五発目。
「雷」
青白い閃光。
それぞれの分身が、異なる魔力を込める。
十人。
つまり――
五属性×二。
クレタが笑う。
「へぇ」
槍を肩に担ぐ。
「派手じゃねぇか」
マリーナの目は冷たい。
違和感は消えていない。
だから。
終わらせる。
「――魔道弾」
十の銃口がクレタへ向く。
雷光が足元を走る。
十人のマリーナが同時に言った。
「発射」
バァン!!
乾いた銃声。
しかし次の瞬間――
空気が爆ぜた。
火の弾丸が炸裂する。
水の弾丸が奔流となる。
風の弾丸が刃の嵐を作る。
土の弾丸が大地を砕く。
雷の弾丸が閃光となる。
五属性の魔道弾が十発。
十方向からクレタへ襲いかかった。
銃声と同時に、五属性の魔道弾が空間を裂いた。
火が爆ぜ、
水が奔り、
風が刃となり、
土が大地を砕き、
雷が白く閃く。
十方向から放たれた魔道弾は、逃げ場なくクレタへ殺到した。
だが――
クレタは動かない。
ゆっくりと、両手で槍を握る。
槍を真横に構えた。
そして。
身体の前で、槍を回転させる。
最初はゆっくり。
次の瞬間、回転が加速した。
風が巻き起こる。
槍の軌跡が、円を描く。
クレタの口が、低く動いた。
「――月光天」
槍が唸る。
回転はさらに速くなる。
「――月の光は」
魔道弾が目前に迫る。
火、水、風、土、雷。
すべてが同時に衝突する――
その瞬間。
クレタの目が細く光った。
「――すべてを反射する」
槍の回転が、一瞬で円盤のような光の壁を生む。
キィィィィン!!
金属とも魔力ともつかない高音が鳴った。
火の魔道弾が弾かれる。
水が砕け散る。
風刃が軌道を変える。
土弾が跳ね返る。
雷が弧を描く。
十発すべてが――
弾かれた。
反射された魔道弾が、弧を描きながら空間へ散る。
爆炎が遠くで炸裂する。
大地が裂ける。
雷が地面を焼く。
砂煙の中。
槍の回転が止まった。
爆炎と雷光が静まり、中央広場に煙が流れる。
その中で、クレタは槍を肩に担いだまま立っていた。
「……悪くねぇ」
煙の向こうにいるマリーナを見る。
「でもな」
槍の穂先を向けた。
「それじゃ、うちは倒せねぇ」
マリーナは答えない。
ただ静かに銃を下ろした。
(……反射)
先ほどの技。
月光天。
回転する槍が、魔術を弾き返した。
完全な反射ではない。
角度がある。
衝突の瞬間、力が散っていた。
(正面の魔術は意味がない)
ならば。
別の方法で崩す。
マリーナはトンファーを握り直した。
そして、踏み込む。
――雷光。
地面が弾けた。
一瞬で距離が消える。
クレタの目が光った。
「来たか」
マリーナの蹴りが放たれる。
赤いハイヒールが空気を裂く。
狙いは顎。
だが。
クレタは槍を地面へ突き立てた。
身体を浮かせる。
槍を支点に回転。
マリーナの蹴りが空を切る。
「おらァ!」
逆に、回転の勢いのまま蹴りが飛ぶ。
マリーナが腕で受ける。
衝撃。
その瞬間。
槍が戻る。
突き。
薙ぎ。
回転。
怒涛の連撃。
アークルベーダが唸る。
重い。
速い。
そして――間合いが長い。
マリーナはトンファーで受け流す。
ガンッ!
火花。
次の突きが腹を狙う。
マリーナが身体をひねる。
かすめる。
だが。
槍の穂先が光った。
ぽたり。
月の雫のような光。
空中に落ちる。
マリーナの目が動く。
(……?)
次の瞬間。
クレタの突きがそこへ来た。
ガンッ!!
トンファーが弾く。
クレタがニヤリと笑う。
「気にすんな」
槍を回す。
「ただの月の雫だ」
だが。
マリーナは違和感を覚える。
槍の軌道。
ほんの僅かだが。
動きが――
合っている。
まるで。
こちらの動きが分かっているように。
マリーナの目が細くなる。
クレタは楽しそうに笑った。
「どうした警部さん」
槍を肩に担ぐ。
「もう終わりか?」
次の瞬間。
地面が砕けた。
クレタが踏み込む。
槍が閃いた。
戦闘は――さらに激しくなる。




