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RUN&GUN ― 二人で一人の逃走譚 ―  作者: F94
第5章ー炎神の子ー
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涙の朝ー

朝の光が窓から差し込む宿屋の部屋。ベッドの中で、ベルは小さな体を抱え、静かに泣いていた。まぶたをぎゅっと閉じても、涙は止まらない。昨夜の出来事が頭を離れず、心が震えている。


一晩中、隣で慰めていたミリィも、そっと階段を下り、一人で宿屋の一階に降り立った。カウンターに腰を下ろすと、モーニングメニューを手に取るものの、視線は遠く、目は真っ赤に腫れていた。


店の主人はその様子を察したのか、何も言わずそっとミルクの入ったカップを彼女の前に置く。


「ありがとう……ございます」


小さな声がカウンターに響く。ミリィはカップを両手で包み込み、温かさを胸に感じながらも、心の奥ではまだベルのこと、昨夜の出来事のことを思い、息を整えることしかできなかった。


ミリィはカップを両手で包み込み、ゆっくりとミルクを口に運ぶ。

温かいはずなのに、その味はどこか遠く感じられた。


(私……こんな時、何ができるんだろう……)


ぼんやりとカウンターを見つめながら、胸の奥で言葉が渦を巻く。


最初に助けられてから、ずっとそうだった。

家族と再会できるまで、ベルに守られて、助けてもらって――。


けれど、自分は。


(私は……何も……)


小さく息を吐く。


結局、自分はベルの後ろに隠れているだけだった。

何かしてあげたいと思うのに、どうすればいいのか分からない。


「はぁ……」


気づけば、またため息がこぼれていた。


カウンターの上で、ミリィはぎゅっとカップを握りしめる。

その温かさだけが、今の自分をかろうじて現実に引き留めていた。


そしてふと、頭に浮かぶ。


――今も、あの部屋で泣いているであろうベルの姿が。


ミリィはカウンターに肘をつき、まるで酔い潰れたようにぐったりと崩れていた。

まだ朝だというのに、体から力が抜けている。


その背中に、ふと声がかかった。


「朝から浮かない顔だな」


聞き覚えのある声だった。


ミリィははっとして振り返る。


そこに立っていたのは、見慣れた金髪。


「マ……マリーナさん!」


思わず声が弾む。


マリーナは肩をすくめながらカウンターの隣に腰を下ろした。

ちらりとミリィの赤い目を見て、ふっと息をつく。


「……泣いた顔だな」


ミリィは慌てて目元をこすった。


「ち、違います……その……」


言葉が続かない。


マリーナは何も追及せず、カウンターに肘をついて店主の方へ手を軽く上げた。


「同じの、もらえるか」


やがてミルクの入ったカップが置かれる。


マリーナはそれを一口飲み、横目でミリィを見る。


「で?」


短く、それだけ言った。


「何があった」


「それがー……」


ミリィは言葉を探しながら、これまでのことをぽつぽつと話し始めた。


神殿の教皇による宣言以降のこと、神殿騎士から逃げて逃げて、アンジュ達に助けられて、この街に来たこと。

そして――昨夜の出来事。


ルーシェの言葉。

腕輪のこと。

ベルがどんな顔をしていたのか。


途中で何度も声が詰まり、言葉はたどたどしく途切れた。

それでもミリィは、最後まで話した。


マリーナはその間、一度も口を挟まず、ただ黙って聞いていた。


やがてミリィの話が終わると、マリーナは小さく息を吐く。


「陽光師団長――ム・ルシェルド・アルガドべガル、か」


静かにその名を口にする。


「我々警察は、教会ほど神殿に詳しくはない。が――その男のことは聞いたことがある」


マリーナは視線を少し遠くに向けた。


「それと双璧をなす、月光師団長についてもな」


マリーナはそっとミリィの頭に手を乗せ


「ミリィ、よく頑張った。辛かっただろう」


その言葉にミリィの出し切ったと思った目に涙が浮かぶ。

「マリーナ.,さん、私、、何も出来なくて」


ミリィの頭を優しく撫でていたマリーナが、カウンターの上のミルクを手に取り、残り半分ほどを一気に飲み干す。


コップを静かに置き、立ち上がった。


「まずは――」


ミリィの方を見ず、しかしどこか優しい声で言う。


「二階で泣いている、我が未来の妹を……なんとかしてやらなくてはなるまい」


「ベル、入るぞ」


マリーナはノックを一度だけして、返事を待たずにドアを開けた。


部屋の中は静かだった。

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。


ベッドの上では、ベルが毛布にくるまったまま小さく丸くなっていた。

顔は見えない。けれど、肩がわずかに震えている。


マリーナは何も言わず歩み寄り、そのままベッドの端に腰を下ろした。


しばらく、沈黙。


やがてマリーナが静かに口を開く。


「話は聞いた」


毛布の中の震えが、ぴくりと止まる。


「辛かっただろう」


責める響きはない。

ただ事実を受け止めるような声だった。


「だが、安心しろ」


マリーナは前を向いたまま、短く言う。


「私が来た」


その言葉は、静かな部屋の中で、まっすぐに落ちた。


マリーナはベッドに腰掛けたまま、静かに言った。


「先に話させてほしい。あの三馬鹿達のことだが」


毛布がぴくりと揺れる。


「安心しろ。今、警察の救出部隊が向かっている。数日中には片が付くだろう」


部屋の中に、しばらく沈黙が落ちた。


やがて、もぞりと毛布が動く。


毛布の奥から、掠れた声が漏れた。


「マリーナさん……私……今夜……」


マリーナはすぐに遮った。


「何も言うな」


声は穏やかだったが、はっきりとしていた。


「話はミリィから聞いた。私に任せておけ。全て解決するつもりで来たのだから」


毛布の中で、ベルの息が震える。


「マリーナ……さん……」


次の瞬間、もぞもぞと毛布が動いた。

そして小さな体がするりと抜け出すと、ベルはそのままマリーナの腰にしがみついた。


細い腕が、ぎゅっと抱きつく。


マリーナは一瞬だけ目を伏せ、それからベルの頭にそっと手を置いた。


「腕輪についても、きっとその陽光師団長を捕まえて――なんとかしてやるさ」


静かな声でそう言うと、ベルの髪をゆっくり撫でた。


「だから今は、少し休め」


マリーナに抱きついたまま、ベルの体から少しずつ力が抜けていった。


やがて、かすかな寝息が聞こえ始める。


泣き疲れてしまったのだろう。


マリーナは何も言わず、ベルの頭を撫で続けた。

細い黒髪を指でそっと梳くように、ゆっくりと。


そのまま、静かに目を閉じる。


「……そのルシェルドとかいう男」


低く、誰に向けるでもなく呟いた。


「許せんな」


言葉は短い。


「人としても、男としても――まさにクズと言える」


マリーナはゆっくりと目を開け、窓の外へ視線を向けた。

朝の光が街を照らしている。


「……彼とは大違いだ」


そう言うと、再びベルの頭を静かに撫でた。


眠る少女を起こさぬように、ただ優しく。


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